01.流星、そして・・・
よろしくお願いします!
*改稿しました
ひとしずく。
まるで空が涙を零したように、一筋の流星が夜闇を裂いた。
――それが、すべての始まりだった。
❇︎
目を開けたら突然、途方もないくらい広い草原が目の前に広がっていた。なんて話、一体誰が信じられるだろう。
けれども事実、少年の目の前には彼が想像したことがないくらい広く、そして美しい草原が広がっているのだ。
淡々と続く緑の絨毯の端は、見ることすらできない。いや、正しく言えば、少年はこの草原の正確な広さなど気にもしなかった。それどころじゃなかったのだ。
なにしろ、何の突拍子もなく少年はこの草原に立ち尽くしていた。
ささやかな風が髪を撫で、彼はまるで今ようやく気がついたかのように目を見開く。
2、3度確かめるように大きく瞬きを繰り返す少年。彼は不安に揺れる視線を落とすと、自らの身体をあらためた。
やがて彼は手のひらをのろのろと持ち上げ、そっと胸に当てる。たったそれだけのことなのに、少年は叫び出してしまいそうな恐怖を抱いていた。
けれど、そこには紛れもない血潮が流れており、命そのものの温もりが宿っていた。そんな単純なことに安堵が押し寄せてくる。
よかった。自分はちゃんと生きている。
そう、思ったところで少年はふと疑問を覚えた。
自分はなぜ生きているのか? どうして死んでいない?
一度浮かんでしまった謎は、目を逸らそうとしていた数多の疑問を引き連れて、少年の精神をかき乱す。
――疑問。
ここは一体どこなのか?
――疑問。
自分はなぜここにいるのか?
――疑問。
何が起こったというのか?
――疑心。
極めつけに……。
「俺は――誰なんだ……?」
問いかけに返る答えは、無い。
「……っ!」
突然、頭が割れそうな痛みが少年を襲った。苦しげに顔を歪ませ、頭を両手で抱え込む。
あまりの苦痛に地面に倒れこむようにして膝をついた。
何もかもが思い出せないのだ。いや、思い出せない、というのは間違っていた。
何一つ無かった。自分が何者で、何をしてきたのか。記憶、そんなものがあったのかさえ怪しくなる。
自分が男であることすら、声を発した時にようやく思い至ったのだ。
けれど、痛みに遠のいていく意識の中、彼は確信していた。
すんなりと出てきた「俺」という言葉。確かに、自分はかつて何者かとして生きていたのだということを。
それなのに、痛みはそれすらも消し去ろうとする。強くなっていく痛みと共に、少年は自分が消えゆくのを感じていた。
「そんなの御免だ、なぁ……!」
呻き、彼は痛みに抗う。手が地面をすがるように搔いた。
けれど、痛みは少年を嘲笑うかのようにあっさりと彼の意識を刈り取った。
上体が傾いで草原に崩れ落ちる。投げ出された手は爪が剥がれ、血まみれになっていた。
と、意識を失ったはずの少年の唇がかすかに動く。けれど彼の必死の声はただ草の先を揺らし消えた。
それきり、少年は動かない。
どのくらいの時が経ったのだろう。
どこからともなく一人の青年が現れ、倒れて動かない少年の元に跪いた。優しげな風貌の青年は、痛みを堪えるように目を伏せている。
「……やっぱり君は強いね」
手向けられた言葉に返答はない。
ややあって、青年はゆっくりと伸ばした手を、少年の額に当てる。
「でも、もう休んでも良いんだよ」
呟き、口の中で何事かを唱える青年。
瞬間、その指先から火花のように微かな光が散った。
光が完全に消え失せた時、ピクリとも動かなかった少年の瞼が僅かに震える。
それを満足そうに見つめながら、青年は微笑んだ。
「おはよう、サーナティオ」
少年の瞼がゆるゆると持ち上がっていく。現れた瞳は、闇を溶かしたような暗い光を湛えていた。