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アーフェン  作者: 菜々
Episode.01
2/38

01.流星、そして・・・

よろしくお願いします!

*改稿しました

 ひとしずく。

 まるで空が涙を零したように、一筋の流星が夜闇を裂いた。


 ――それが、すべての始まりだった。


  ❇︎


 目を開けたら突然、途方もないくらい広い草原が目の前に広がっていた。なんて話、一体誰が信じられるだろう。

 けれども事実、少年の目の前には彼が想像したことがないくらい広く、そして美しい草原が広がっているのだ。

 淡々と続く緑の絨毯(じゅうたん)の端は、見ることすらできない。いや、正しく言えば、少年はこの草原の正確な広さなど気にもしなかった。それどころじゃなかったのだ。

 なにしろ、何の突拍子もなく少年はこの草原に立ち尽くしていた。

 ささやかな風が髪を撫で、彼はまるで今ようやく気がついたかのように目を見開く。

 2、3度確かめるように大きく瞬きを繰り返す少年。彼は不安に揺れる視線を落とすと、自らの身体をあらためた。

 やがて彼は手のひらをのろのろと持ち上げ、そっと胸に当てる。たったそれだけのことなのに、少年は叫び出してしまいそうな恐怖を抱いていた。

 けれど、そこには紛れもない血潮が流れており、命そのものの温もりが宿っていた。そんな単純なことに安堵が押し寄せてくる。

 よかった。自分はちゃんと生きている。

 そう、思ったところで少年はふと疑問を覚えた。

 自分はなぜ生きているのか? どうして死んでいない?

 一度浮かんでしまった謎は、目を逸らそうとしていた数多の疑問を引き連れて、少年の精神をかき乱す。

――疑問。

 ここは一体どこなのか?

――疑問。

 自分はなぜここにいるのか?

――疑問。

 何が起こったというのか?

――疑心。

 極めつけに……。


「俺は――誰なんだ……?」


 問いかけに返る答えは、無い。

「……っ!」

突然、頭が割れそうな痛みが少年を襲った。苦しげに顔を歪ませ、頭を両手で抱え込む。

 あまりの苦痛に地面に倒れこむようにして膝をついた。

 何もかもが思い出せないのだ。いや、思い出せない、というのは間違っていた。

 何一つ無かった。自分が何者で、何をしてきたのか。記憶、そんなものがあったのかさえ怪しくなる。

 自分が男であることすら、声を発した時にようやく思い至ったのだ。

 けれど、痛みに遠のいていく意識の中、彼は確信していた。

 すんなりと出てきた「俺」という言葉。確かに、自分はかつて何者かとして生きていたのだということを。

 それなのに、痛みはそれすらも消し去ろうとする。強くなっていく痛みと共に、少年は自分が消えゆくのを感じていた。

「そんなの御免だ、なぁ……!」

呻き、彼は痛みに抗う。手が地面をすがるように()いた。

 けれど、痛みは少年を嘲笑うかのようにあっさりと彼の意識を刈り取った。

 上体が(かし)いで草原に崩れ落ちる。投げ出された手は爪が剥がれ、血まみれになっていた。

 と、意識を失ったはずの少年の唇がかすかに動く。けれど彼の必死の声はただ草の先を揺らし消えた。

 それきり、少年は動かない。



 どのくらいの時が経ったのだろう。

 どこからともなく一人の青年が現れ、倒れて動かない少年の元に跪いた。優しげな風貌の青年は、痛みを堪えるように目を伏せている。

「……やっぱり君は強いね」

手向けられた言葉に返答はない。

 ややあって、青年はゆっくりと伸ばした手を、少年の額に当てる。

「でも、もう休んでも良いんだよ」

呟き、口の中で何事かを唱える青年。

 瞬間、その指先から火花のように微かな光が散った。

 光が完全に消え失せた時、ピクリとも動かなかった少年の瞼が僅かに震える。

 それを満足そうに見つめながら、青年は微笑んだ。


「おはよう、サーナティオ」


 少年の瞼がゆるゆると持ち上がっていく。現れた瞳は、闇を溶かしたような暗い光を湛えていた。

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