03.王家の使者
少し遅れてしまいました、すいません!
手直しした部分が多かったので誤字脱字あると思います、見つけたら知らせてくれると幸いです!
王城のあるトパーズ区はルビー区の南に位置し、この国の首都に当たる
そのトパーズ区とルビー区に跨り広がっている深い最果ての森を、静かに歩く人影が一つ。
ゆるく巻かれた茶髪に、燻んだ青の瞳。魔法で本性を隠したメロアだった。
だが、その格好は服の上に胸当てや胴当てをつけ、短いスカートタイプの腰巻をしているだけの軽装。武器はといえば、腰にさしたサーベルひとつ。
とても危険な森を進もうとしている者の格好ではない。ありていに言えば、一人きりのことも相まって、ひどく彼女は怪しかった。
そのことを本人すら自覚していた。けれど、
「た、助けて――っ!」
その少女はよほど切羽詰まっていたのだろう。こんな怪しい自分に声をかけたのだから。
「……」
悲痛な叫び声を聞き振り返ったメロアの目の前に、少女が現れる。
横道から転がり出るように現れた少女はなるほど、ひどい怪我を負っていた。
おそらくどこかの貴族の召使いなのだろう。メロアは少女の簡素な服装からそう判断する。しかしその服も、顔も手足も、今は血で無残に汚れている。
そうやって冷静にメロアが分析している間、少女は必死に彼女に近づいていった。その顔には絶えず脂汗が滲み、血の気が失われていく。
ようやくメロアの足元にたどり着いた彼女がメロアの脚にすがりつく。
「ヴェン、……ヴェ、が……ゲホッ!」
途切れ途切れにそう訴えかける。だが、意識がはっきりしないのか何を伝えたいのかが釈然としない。
メロアは舌打ちをしたい衝動に駆られた。それを押さえつけると、
「ヴェンがでたんだな? まだ仲間が戦ってるのか?」
少女に聞き取れるようにはっきりと言う。同時に、少女がやってきた方向を指差してみせる。
それを聞いた少女は目から涙を流し、それでも安心したように相好を崩す。何度も頷き、何かを訴えかける。
その体から不意に力が抜けたかと思うと、少女はうつ伏せに倒れこんだ。
肩口から千切れてしまった右腕を押さえつけていた左腕が、地面に力無く落ちる。もはや血は流れない。
おそらく相当の距離を走ってきたのだろう。彼女には血が残っていなかった。同時に僅かに上下していた胸が完全に動きを止める。
「……」
メロアは少女が最期に流した涙をそっと拭い去る。始めに見た時から助からないことはわかりきっていた。
ヴェンは森の魔物の中でもタチが悪い相手だった。問答無用で襲いかかり群れで人を食う。
できればメロアだって会いたくない相手だ。
「仲間を助けてやる保証はないというのに」
少女はうっすらと微笑みを浮かべていた。
そんな表情をされては、裏切る気持ちも失せる。
「あなたの眠りが安らかなることを……」
呟きが風に消えた時、メロアの姿はすでにそこに無かった。
*
トパーズ区。大陸の南東に位置し、王国アーフェン最大の領土を有する区だ。
領内には、王城・ルディを保有している王都ルディがあり、人種を問わない多くの人々が暮らしている。
人が多く集まれば、当然金も集まる。王都ルディでは街中に市場のテナントがひしめき合い、商人にとっての聖地になっている。
さらに、この街では年に一度の建国祭をはじめ、様々な国の祭り事が行われている。
千年前から変わらない。ルディは紛れもなく王都であり、王国アーフェンの権威の象徴なのだ。
そのルディのある宿屋の一室に、ティオたちはいた。
信じがたいことだが、一晩のうちにルビー区からここに移動してきたのだ。馬を使っても一月以上はかかるというのに。
もちろん、天使(?)メロアの翼で飛翔してきた結果だった。しかし時計はすでに三時を回っている。
トパーズ区の近くに降り立った後、メロアはすぐに魔法をかけ直し、何食わぬ顔でティオとともにルディに入った。そして、数ある宿屋の中でも特上の部屋を選び、今に至る。
特上なだけあって、宿の部屋は広く家具も全てが一級品だった。
ふかふかのソファに身を沈めるようにして、メロアに向かいあっているティオの顔には、濃い疲れが滲んでいる。
本来ならとっくに寝ているはずの時間。正直、今すぐに夢の世界へ旅立てそうだったが、ティオは今それどころじゃなかった。
血の気が失せて白くなるほど唇を強く噛み締めている。今しがた、メロアから聞いた話は、それほどの衝撃をティオにもたらしたのだ。
最果ての森そこで起こった惨劇は。
「少女の証言と血痕を追ってたどり着いた場所に、これがあった」
メロアが差し出したものを震える手で受け取る。
白い、美しい装飾の施された便箋。しかし、ところどころ乾いた血で汚れている。
押された封蝋に象られた紋章は……。
「これ……」
「王家の紋章だ」
メロアがなんでもないかのようにそう言った。
彼女が始めに言っていた、賢者を訪ねて来た理由。ティオは今の今までただの作り話だと思っていた。
けれど、それは間違いだった。この国の王女が眠ったまま目覚めないというのは本当の話だったのだ。
そして、それを真実伝えるはずだった者たちの末路は簡単に想像できてしまった。メロアが出会った少女は必死に職務をまっとうしようとしていたのだろう。
仲間を助けてほしい、王家の依頼を届けてほしい、と。
そして、それは確かに繋がった。
淡々と、感情を交えない語り口で、メロアはさらに語る。
「私がそこに着いたとき――全てはもう、終わっていたよ。
そこにあったのはかつて人だった肉塊と、豪華な馬車だけ。で、一人の使者のそばに、これがあった」
メロアが手紙に目を向けた。
ティオは恐る恐る封蝋から糸を外し、中身を取り出した。そして、ゆっくりと文面に目を通す。
賢者フェイ宛の手紙に書かれていたのは、王女の不幸について。そして、最後は賢者殿のお力を貸していただきたいと、王の署名とともに丁寧に結ばれていた。
「……じゃあ、お前がここに来たのは」
窓の向こう、ルディの町並みの中心の王城を見る。
「王女を救うためだ。さすがに、このまま何も見なかったことにはできないさ」
ティオは軽い驚きを感じながらメロアを見る。彼女のことだから、見捨ててもおかしくないことだと思ったのだ。
「何か文句があるのか? ふん。それに少し気になったことがあっただけだ」
「……」
ティオは眼光の鋭さに慌てて考えるのをやめた。便箋を元通りにし、メロアに返す。
「さて。お前が話せというから、こんな時間になってしまったじゃないか」
メロアが突然そう言った。部屋に立ち込めていた重苦しい空気が霧散する。
確かにトパーズ区を目指す理由を教えろと言ったのはティオだった。けれど、まさかそんな理由だとは想像もしていなかったのだ。
「お前が言わないのが悪いだろ。それも、こんな大事なこと……」
「最初に言ったはずだろう?」
「信じられるか!」
思わず叫び、ますますソファに沈んでいくティオ。
普段から悪いと定評がある目つきが半目になり、さらに酷いことになっている。
今更のように忘れていた眠気が襲ってきていた。
「だいたい、俺たちは賢者じゃねえのに、王女を助けられんのか、よ」
眠気でだんだんとろれつが回らなくなってくる。
「何を言ってる。私は天使だぞ?」
メロアは相変わらず本気なのかわからない。けれど、ティオは素直に思ったことだけを言った。
思えば眠気で頭が動かなすぎたのだ。
「そ、っか。おまえ、すごいん、だなぁ……」
とうとうソファに座ったまま、ティオの瞼が完全に落ちる。
やがて規則正しい寝息をたて始めたティオを、凪いだ瞳でメロアは見つめていた。
「すごかったなら……救えたはずだ」
明日改稿します