01.闇の中で
第2章にあたります
よろしくお願いします!
闇一色の世界。
何もかもが黒で塗りつぶされた宮殿がそこにはあった。神殿のごとく煌びやかな装飾を凝らしながら、その色は全て黒に染め抜かれている。
異様なその宮殿の最奥。ただ一つ巨大な玉座だけが置かれた広間で、女は不意に目を見開いた。
「……珍しい客が来たものね」
突然降り立った気配に、うっそりと微笑んだその口元には、鋭い牙が覗いている。
女の頭には山羊の角が生え、まるで蜥蜴のような尾までもが揺れていた。
まるで、人々が思い描く“悪魔”をそのまま具現化したような、恐ろしくも美しい姿。
女は歩き出す。その視線の先には、ポツリと置かれた玉座。
玉座の正面で女は片膝を着き、頭を下げた。血の色をした流れるような髪が床に着くほど頭を低く下げ、数秒。
何かが動く気配がした。見れば空に見えた玉座には人影のようなものが腰掛けている。
やがて、どこからともなく声は降ってくる。
『シャウラ……』
そう名を呼ばれ、女は顔を上げた。その顔は喜色に彩られている。
「王よ。……仰せのままに」
感じ入ったように呟き、シャウラはもう一度深く頭を垂れた。
そして、膝をついたままの姿勢で背後を振り向く。
ピタリと閉ざされていた広間の扉が今、開かれていた。全てを飲み込むような闇を背に、扉を押し開けたそいつは立っている。
その人物の正体を誰も知ることはできないだろう。顔を隠すように深くフードを被り、全身をローブで覆っている。
しかし、シャウラはいっそう微笑みを深くした。彼女はこの人物を知っている。
「世界の歯車がようやく動き出したのだ。お前の望みは?」
だから問う。その真意を図るために。
やがて返ってきた言葉に、シャウラは一瞬目を見張り、それから声をあげて笑った。
「くっ、くははははっ! なるほど、それが望みか」
シャウラはまた笑い出す。一切反響せずに消えていく笑い声。
ローブの人物は何も言わない。僅かに息を呑み、広間の奥を見つめていた。
巨大な玉座の上で、王と称された者は、笑うシャウラの姿を無感情に見ていた。
*
森の中は夜になると、いよいよ一寸先も見通せないほど暗くなる。
(断じて、こんな時間に歩くべきではないよな)
草原の東に広がる“最果ての森”。名のとおり、ルビー区の最も端にある森だ。
不気味な植物が群生し、どこからともなく魔物の唸り声が空気を揺らす。
あそこで旅団が丸々一つ行方不明になっただの、人食いの木があるだの、嫌な噂が絶えないそこを、なんの因果かティオは真夜中に歩く羽目に陥っていた。
足元を頼りなく照らすランプを片手に、ティオは道のようなものをひたすらに歩く。
遠くから聞こえてくる獣の声に、背筋が冷えるのを味わうのはもう何度目か。
「……!」
木の根につまづき、転びかけたティオは思わず舌打ちを漏らした。
地面に張り出している木の根を憎々しげに睨み、その目を今度は前方に向ける。
「おい、ちょっと待てよ!」
呼びかけに返事はない。前を進むメロアは無言のままだ。ランプを持っていないというのに、暗さをものともせずに進んでいく。
ランプが作り出す光の輪から、その背がどんどん遠ざかっていくのを見て、ティオはため息をついた。さっきからずっとこんな調子だ。
『森にいくぞ』
準備ができたと伝えた後、メロアは当たり前のようにそう言ったのだった。目を白黒させたティオとコエルだが、メロアの決定に逆らうことはできない。
フェイの居場所を知っているのは彼女だけなのだ。
歩き出して、約一時間。森に入った後もメロアは何も教えてくれずじまいだった。
「なんだって言うんだ……」
肩の上のコエルも同意するように頷いている。メロアは振り返りもしない。
ティオはまた大きくため息をついてその背を追いかけた。
そうして歩き続けて、数十分が過ぎた頃だった。
前を行くメロアが突然立ち止まる。
肩を上下させたティオは、その背にぶつかりかけ悪態を吐くが、メロアはひたすらに前を見つめている。
「メロア……?」
一体何があるんだ?
ティオはメロアを軽く押しのけ、前へ出た。
目に入ったそこは、開けた広場のようになっている場所だった。
ランプで照らしてみると、虫が草むらから飛び出し僅かな音を立てた。でもそれだけだ。広間のようになったそこには何もない。
ただ、少しだけ既視感を覚える。自分はつい最近ここにきた気がする。
「キュ!」
記憶を探っているとコエルが肩から滑り落ち、地面を駆けて行った。その背をみて思い出す。
「ここは……」
そう、そこはフェイを探して迷い込んだ場所だった。
昼間とは様相が一変しているが、確かにあの時フェイの痕跡を追い、たどり着いた場所。
「ここは何なんだ?」
「さてね」
背後からの声。メロアは立ち止まったティオに言い前へ歩み出る。
「……はじめるか」
そのまま広間の真ん中まで進み、メロアが振り返る。
「……なんでここに来たんだ?」
ティオの問いに、メロアは意味ありげに微笑む。
「草原はひどく目立つ」
瞬間、溢れ出た光でティオの視界は塗りつぶされた。




