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今年のクリスマスは

作者: 河波 悠

 冬の街にやたらネオンが灯るのは、

 昼の光の短さに、人が耐えられないからなんだってさ



 ☆ 今年のクリスマスは ☆



 街の夜が騒がしくなるこの季節に、俺はいつもほんのちょっとだけ焦る。あの日は必ず、誰かと一緒に笑い合ってなければならない気がして。でももう、家族とのそれとは若干違う気がして。友達と男子会ってのもあるけれど、女子会に比べたら響きが残念すぎるし。嫌いじゃないが、グレード高いなって思う。クリスマスってオシャレ過ぎる行事は。

「いらっしゃいませー」

 からんからんと、誰かの来店を告げるベルが鳴る。ドアを開けた二人連れの女性はカウンターの前を通り過ぎ、真っ直ぐ店の奥へと向かっていった。俺は、あっち側の客かとひとりごちる。

 クリスマスまではあとわずか。年に数度のかき入れ時を迎え、俺、雨宮光のバイト先には、何やら浮ついた空気が流れていた。「シャンゼリゼ」それがこの店の名前。ショーウインドウに並んだ色とりどりの菓子、甘ったるいクリームの香り、そして店内を牛耳るやたら洒落乙なクリスマスソング。言わずもがな、我らがシャンゼリゼはケーキ店なのだ。

 シャンゼリゼには通常のケーキ屋スペースと、ケーキをその場で食べられるカフェスペースがついている。カフェスペースでは店頭に並んでいないケーキを注文することもできるので、この店のファン達はよくそちらを利用する。ちなみに今俺はケーキ屋ポジションに陣取り、店番を担当している所。

「よー、頑張ってっかー」

「あ、虹さん」

 抑揚のない声と共に奥からお盆を引っ提げてやってきたのは、バイト先輩の虹さん。虹と書いてコウと読む、小洒落た名前の持ち主だ。本人は、ニジ君ニジ君間違えられて、キラキラネームと笑われて、いいことねーよとぼやいている。今彼は、カフェ側でウエイターをしているはずなのだが……。

「いいんすか? さっきお客さん入っていきましたけど」

「あー、いいのいいの。マスター行ったから」

 俺は大学に入学してすぐここのバイトを始めたけれど、その頃から虹さんは店にいた。いわゆる古株のバイトさん。大学生なんだけど、俺の学校では見たことがないから、別の所なんだろう。何となくアンニュイな雰囲気を漂わせている彼だが、実は面倒見のいい気さくな兄ちゃんだ。この前急病でバイトに出られなくなった時にも、すぐにシフトを代わってくれたし。

「今日は、シフト虹さんとなんすね」

「そ。男ばっかのケーキ店」

「なんか、嫌っすその響き」

「残念だったな、あの子がいなくて」

 にやにやと楽しそうに笑いながら、またこうやってからかってくる。別に、大して接点もないんだし、学校だって違うんだし、彼女のことはそんな、そういう対象としては、その……。見てるかもしれないけど、一応言っておく。

「止めてくださいよからかうの」

「はいはい。純情ですねー」

「だから違うって……。第一、彼女がバイトに来るようになってから、まだ三か月っすよ? そんな……」

「よく覚えてたな。三月前なんて、俺の記憶からは抜け落ちてるけど」

「揚げ足取らないでください!」

 こうやってすぐに遊ばれる。

 大学生の一年ってやたら大きい気がして、どうにも大人に見えてしまう。その上虹さんは留年しているし。でも、それでも実際は、数歳しか違わない……はずなんだけどな。やっぱり成人と未成年って違うんだろうか。何かしら壁があるんだろうか。例えば、バイト終わりに店の裏でマスターと一服している虹さんを見た時とか、女の子と楽しげに会話ができる所を見た時とか、言いようのない差を感じてしまう。

「うーん……シフト表を見る限りだな、あの子の次のバイトは……あー、六花と一緒だな。残念」

「働け!」

 まだいたのか虹さん。いい加減その話題から離れて、仕事に戻って欲しい。

 先ほどからあの子あの子と話題になっているのは、このシャンゼリゼでバイトをしている女子大生のことだ。名前は晴海時雨。これまた近くの女子大に通っているお嬢さん。年は丁度俺と同じで、大学一年生。彼女がバイトに来たのは夏休みからなので、シャンゼリゼ歴で言えば、俺の方が若干先輩ということになる。

 容姿はと言うと、どう見ても派手とは言えない。切りそろえられた黒髪のロングヘア。シックな色で統一したコーディネート。だいたい下はロングスカート姿。短くてもひざ下の長さなので、ミニスカートもショートパンツも履いている所は見たことがない。化粧もそんな派手な方ではなくて、どことなく清楚と言うか、落ち着いた印象を感じる。……と言って、まだ三か月の付き合いなんだけれども。しかも、このシャンゼリゼの中だけでしか会わないし。

 そう、バイト仲間。あくまで。それ以上でも以下でもないから。……自分で言ってて、寂しくなってきた何でだろう。

 話題を変えよう。俺は、何でケーキ屋? ってよく聞かれる。主に高校の旧友に。俺は高校時代、ひたすら部活に明け暮れたスポーツ馬鹿だった。ケーキ屋でバイトをしている様子なんて、あいつらからは想像もつかないんだろうな。大学の友人の反応も似たようなもので、お前スイーツ男子だったのか! と、からかわれる。誤解がないように言っておくと、別にスイーツ大好きな乙メンと言うわけではない。ただ単に、下宿から歩いて行ける距離でアルバイトを探した結果、シャンゼリゼがヒットしたというだけ。そして、たまたま需要と供給が一致しただけ。

 でも、今考えてみるとなるべくしてそうなったんだろうなと思う。この店は随分気に入っているから。卒業まで勤め上げてもいいと思ってるくらいだ。

「しかしマスターも変わってるよな。あーも毎日常連客の話ばっか聞いて、飽きないんかね」

 だらしなく頬杖をつきながら、虹さんはカフェの方向を見やった。

 この店にはリピーターが多い。勿論ケーキの味がいいからってのもあるんだけど、個人的にはマスターの影響のほうが大きいと思っている。

「ま、昔はバーテンダーになりたかったって言ってましたし。楽しいんじゃないんすか?」

「日々人生相談なんざ、よくやるよなー。さっき来た客、もうダメだ私達破局だ、って今、ツリーの奥で泣いてるぜ」

「……当分マスターつきっきりっすね」

 今の会話で大体イメージは湧いたかと思うが、シャンゼリゼのオーナーは、結構不思議な人だ。まず目に付くのは強烈なオネエキャラ。見た目は割と普通に男の人なんだけれども、思考回路は結構乙女。本当にそっちの趣味の人なのかどうかは、正直今でもわからないけど、虹さんが無事に働いてるっぽいから大丈夫だとは思っている。んでもって人を引き付けるのはその特技。さながらドラマに出てくるバーテンのごとく、お客の心の内を推測するのが得意。悩みを抱えている人は一発で見分けて声をかけるし、常連が落ち込んでるのもすぐにわかる。その上聞き上手で忍耐強いから、客も客で何か話したくなるらしいんだ。ちなみに、俺達が普段マスターって呼んでるのも、その人柄の影響。悩みを吐き出すだけだから、この店にいる時点では何の解決にもなっちゃいないんだけど、マスターの何気ない一言に希望みたいなもんを見出す人は結構いるらしくて、晴海さんの女子大では教祖扱いされているとかいないとか。ってことを、本人からではなく虹さんからまた聞きした。

 虹さんとはまた違った感じで、俺はこの人にも距離を感じる。虹さんのは少し背伸びすれば同じ視界を共有できそうでできないって感じだけど、マスターに至っては、絶対適わないなって感じ。人生の先輩ってやつなんだろうとぼんやり思う。

「ま、マスターも色々苦労したらしいからな。わかるんだろうな」

 あぁ、俺の知らないことが出てきた。マスター虹さんには話してるんだな、そういうこと。つくづく自分がガキだって思うから、何だか守られてるっていうか、妙な気分になる。

 さっきはよくやるよななんて言っていたけれど、虹さんだって、実はカフェで人気だったりするんだ。マスターが他の客の相手をしてる時のつなぎ役とか、よくやってるし。基本面倒くさがりなんだけど、何やかんや言って最終的には世話を焼いてくれる所がいいんだと思う。てゆーか、女性ファンも結構いるんじゃないかなーって思う。あー、何だか焦る。同性から見ても、こんな人がモテるんだろうなとか思う。さっきから「~思う」しか言ってないのは、どこかに悔しいなって思う自分がいるから……だと思う。いや、いるからだ。

「わかるって?」

 これ以上気にするのもガキっぽい気がして、普通に言葉を投げ返そうと努める。

「痛みってやつが。今痛いって思ってるやつはきっと、わかるんだよ。目の前にいる人が、昔痛いって思ったことがある人かどうかってのがさ」

「うーん、何かハードボイルドっぽい話になってきたっすね」

「違くね? それ」

「虹さんには縁なさそうすけど。いい加減だし」

「……失敬な。一応人生の先輩なんだぞ」

「人生の先輩っていうのは、それこそマスターみたいな人だと思う」

「かっわいくねー」

 虹さんは子供っぽくむくれて、店の奥に引っ込んでしまった。かと思ったらすぐ顔を出して、うってかわってにやついた顔でこんなことを言う。

「ってとこもガキだよな、光」

「……ってとこもガキっすよね、虹さん」

 距離を感じない分、虹さんとの差のほうに焦らされている。マスターとは離れすぎていて、おまけにかっこよさがちょっと渋いから、少し甘えてもいいかな程度に思うんだけど。虹さんのはわかりやすい分、何か時々癪なのだ。まぁ、反撃を試みた所で、今みたいに一蹴されてしまうんだが。

 適わないなーと心の奥でだけつぶやいて、ほんのちょっとだけ虹さんにも尊敬のまなざしを送って俺は店番に意識を戻した。

 ほどなく、一組の家族連れがやってきて、ガトーショコラとショートケーキを持って帰っていった。


 ☆ ☆ ☆


 街の夜が騒がしくなるこの季節に、私はいつもちょっとだけ空しくなる。街も人も粉雪みたいにキラキラしてるのに、一人だけ牡丹雪のごとくべちゃべちゃしてる気がして。でも、どうしても粉雪にはなれない気がして。この季節の枠の中に、私はそろそろ入っていられなくなるんじゃないかって寂しくなる。楽しいし綺麗だから好きだけれども、同時にプレッシャーも感じるようになった。クリスマスという、暖かすぎる行事には。

 今年は暖冬だと言うけれど、やっぱり寒波が定期的に訪れるようになった。今日の朝も気温は五度を割っていて、布団からなかなか出られなかった。こんな日に短いスカートをはこうという友人達の気が知れない。寒そうだと一人で勝手に身震いしながら、私はロングスカートになじんだ自分の脚を見下ろす。思えば、今日はゆったりしたトップスを着ているから、だぼっとして妙なコーディネートだ。

「野暮ったい……」

 地味で野暮って言うのが、私の容姿を一番端的に表している言葉だと思う。決して美人な方ではないし、スタイルだってそんなよくないと思うし。自分でも何とかしたいなって人の目は気になるんだけど、どうしてもできない。だから、髪染めないのって言われたら髪痛むからって返して、ちゃんと化粧しなって言われたら、肌荒れるから薄化粧って返して言い訳してるんだ。

 こんなことを友人に聞かれたらまたきっと、だから彼氏出来ないんだよって怒られてしまうな。

 いけないいけない。こんなこと言ってたらバイトに支障が出るかもしれない。まぁ、今日は六花さんと一緒に店番をやる日だから、嫌が応にもテンションは上がるのだろうけど。

「こんにちは、六花さん」

 レジの奥の人影に声をかける。

「や、学校お疲れー!」

 大きめの手作りリースが飾られた白いドアを押し開けると、カラコロ鳴る来店ベル。キラキラとスポットライトを浴びるショーウインドウのケーキの様子は、さながらジュエリーボックスだ。清潔感のある小洒落た店内は、白と言うよりはきなり色に近い、柔らかな色で統一されている。カフェスペースやレジカウンターの小窓から差し込む陽光は、もうだいぶオレンジがかっていて、ツリーとオーナメントに落ちる陰影の深さが、日の短さをひしひし感じさせた。

 なんか温かい。私がこのシャンゼリゼに抱いた印象はまず、それだった。

 そもそも私がこの店に初めて足を運んだのは、バイト探しをしていた時だ。夏休みになって、大学にも慣れてきて、そろそろ働く経験をしなければと思っていて。でも、誰でも受かるよーとか友人に言われていたバイト先の面接にはあっさりばっさり一発で落ちた。そんな時。

 別に友人に言われたからって、バイト先を甘く見ていたつもりはなかった。でも、心のどこかにそういう気持ちがあったのかなとか考え出すと止まらなくって、バカみたいに真面目な私は、何でだろうって自分でも不思議なくらい落ち込んでしまったのだ。

 昼食抜きで面接に臨んでいた私は、空腹と気疲れでもう精神的にボロボロだった。凹んでるときってお腹が空くと、余計陰惨な気持ちになるもんで、私は何とかどちらかを解決しなければと思い、とりあえず空腹を鎮めようと近くにあったケーキ店に入った。

 マスターは何かを感じ取っていたのか……いや、店に入って彼の様子を眺める機会が多くなった今となっては、確信を持って言える。私が凹んでいるのを感じ取っていて、さりげなくケーキに可愛らしいチョコをおまけしてくれた。なんかそれが無性にうれしくて、私は去り際、マスターにお礼を言いに行ったのだ。

 ここでうっかり私は、「ここで働けたらいいのにな」なんて厚かましいことを言ってしまったのだが、結果としてそれはとても幸せに働いた。丁度その時店に勤めていた女性バイトさんがシフトを減らしてほしいと言ってきていたみたいで、私は渡りに船とバイト採用されることになったのだ。人の縁とは不思議だとつくづく思う。最初は不安だった接客も、先輩達に教えてもらって割とすぐに様になった。内気な自分にもこんな一面があったんだなって思った。

「何ぼーっとしてんの?」

「あ、いや……。この店に来た時のことを思い出して」

「あー、あの時ね! 助かったよ、おかげでシフト減らせたから」

「専門学校はどうなんですか?」

「ぼちぼち」

 私がこの店に入るきっかけとなった女性バイトさん、それがこの六花さんだ。一言で言い表すならば、私と正反対って感じの人。私が着たら野暮ったく見えてしまう服だって、彼女が着たら輝いて見えるだろうし、私の手抜きにしか見えないメイクだって、彼女の肌に乗ればナイスなナチュラルメイクになるんだろうなって、そんな人。性格的にもお高くとまってるとか近づきにくいとかそういうのはなくて、かなりのサバサバ系。私にバイトのノウハウを教えてくれたりもした、面倒見のいいお姉さん。なんかもう、全部がかっこよく見える。

 今日だって、細くて長い脚にジーンズとヒールが映えてる。やっぱ、こういう人だよね。男の子が彼女にしたいなって思うのは。

「六花さん、最近あんまりシフト被らなかったですよね」

「そうだねー。入っても大体午前だったからな。ま、今は課題ひと段落してるから、もうちょっと入れると思うよ。かき入れ時だしね」

「あ、嬉しいです。六花さんといると元気出ますから」

「あはは、口説き文句は男に言いなさい。それともアレか。男連中はやっぱ苦手?」

「う……」

 私は女子大に通っている。そして高校も女子高だった。そのためかどうかは一概には言えないけれど、どうにも異性と話すのは苦手だ。距離感がわからないから。

「ま、折角バイトで大学の外出てるんだし、普段会わない人種と会うのもいいと思うけどね」

「うーん……虹さんとは割と普通に話せるんですよ」

「ああ見えて、あいつ喋り上手いからね。ウザかったら殴っていいよ。黙るから」

「そ、そんな……。扱いがかわいそう……」

「で、マスターとも普通に話してるよね」

「あ、はい」

 そこまで言った所で、六花さんはにやりと笑った。

「雨宮か。雨宮なんだなやっぱり!」

「ちょ、何でそこ嬉しそうなんですか」

「だから何度も言ってるじゃん。恋だって」

 大口を開けて豪快に笑う六花さん。全く、何事もすぐこう恋愛に結びつける所さえなければ、素敵な人なんだけど。

「だって、雨宮君私に接するときだけ何かぎこちないし」

「えー…そこ察しようよ…」

「目があったらすぐ逸らされるし」

「まぁ、お年頃なんでしょうね」

「話続かないし! 気を遣うんですよ何か!」

 それは君が雨宮に嫌われたくないって思ってるからだよとか六花さんが言った気がするけど、気にしないし聞こえない。雨宮君みたいな感じの人は、優等生キャラなんてきっと腫物だもの。鬱々してるし。

「きっと、私の優等生オーラが気を遣わせてるんだ……。どうしよう……面倒臭い人間だって思われてるかもしれないです」

「面倒臭くない人間なんていないから安心しなさい」

「それ、フォローになってませんってば…」

 げんなりしながら私が突っ込みを入れると、六花さんはにやつき顔を崩さずに、とにかく制服に着替えてくること。と私を半回転させて、背中を押してきた。そういえば、バイトに来て制服にも着替えず、私は六花さんと喋りまくっていたんだ。再び自己嫌悪が湧き上がる。

 いそいそ更衣室に入った私の背後から、客の来店を知らせるベルが響いた。どうやら常連さんらしく、カウンターの六花さんと世間話をしているみたいだ。見ていなくても思い浮かぶ情景。六花さんはきっと、いつも通り素の笑顔で、楽しくおしゃべりできているんだろうな。

 彼女はすごいって、よく思う。それは先天的なものもあるのかもしれないけど、いつもどんな時も明るくて人生楽しんでるって感じがするから。どこまでもプラス思考だから。だから、近くにいるだけで楽しいかなって気分になってしまう。自分でしっかり目標持って、専門学校にも通っているし。本人は、大学卒業した後、モラトリアムがまだ欲しかったんだよとか嘯いていたけど。

 カリスマ性とはまたちょっと違う。でも、確実に人を引き付ける何かを持っている。その差の原因はどこにあるのかわからない。「持ってる」人と「持ってない」人の違いだって言われればそれまでだけど、何か妙に時々悔しくなる。そして同時に、かっこいいなって思うんだ。

 私もいつかああなれるとは、流石に思っていない。それでも、納得できるような自分になれたらいいなって、ちょっと思っている。

 とりあえず、今自分にできることは、バイトを楽しむことだ。私は気合を入れ直し、カフェコーナーへ注文を取りに向かった。六花さんが喋っていたお客はほどなくして席に座って、タルトタタンを注文してきた。


 ☆ ☆ ☆


 街の夜が騒がしくなるこの季節に、いつも俺は忙しい気がする。それは、バイト先のせいでもあるんだろうが、それ以上に何故か気持ちが急く。素直に街の光を楽しみたい自分と、光を楽しむために色々準備しなきゃならない自分がいて、時々何だこの自給自足って思うから。いずれにせよ、多分自分は好きなんだろう。クリスマスなんて言う面倒臭い行事が。

 いつものことだが、朝起きるのが辛すぎる。元々低血圧というのもある上に、冬は寒さが大敵だ。今日も一限をサボってしまった。ま、出席取らないからいいか。

「三限は必修だったな……」

 流石にこれ以上、留年はまずい。三限に間に合うぎりぎりの時間まで布団に入っていた俺は、時計に尻を叩かれついにのそりと起き出した。仕方ないからフローリングに足を落とす。全身を貫くような寒さが襲ってくる。今日は朝から曇っているから、余計に室内温度が低い。予報によれば夕方から雨らしいし。こういう時、カーペットの所借りときゃ良かったと思う。夏は少々嫌だが。

 遅い朝飯を寝ぼけまなこで咀嚼しつつ、俺はぼんやりと今日のバイトのことを考える。最近、六花の奴が忙しくなって、あらかた単位を取り終わった俺に、結構そのしわ寄せがきていた。最早大学生と言うより、自分はフリーターに近い何かがあるような気がする。もっとも、時雨ちゃんが入ってきてから忙しさは緩和されたのだが。それでもやはり、彼女のおかげで後輩の「お守り」なんて面倒なことに巻き込まれてしまったのも事実。時雨ちゃんは仕事を減らしてくれた救世主なのか、面倒事を持ち込んできた疫病神なのか、正直わからない。

 六花は六花で、今の状況を割と楽しんでいる様子だ。まぁ、傍から見れば面白いと思わなくもないが、俺の方が奴らに会う頻度は多いわけで。いい加減前進しろよなとイラつきにも似た感情を感じる時もある。気にせず放っておけばいいのだろうが、いかんせん、どうにもそうできないのが、自分の性分なんだろう。

「とりあえず……出席」

 若干ぎりぎりまで寝すぎたかもしれない。俺は緩慢な動作で食器を片付け、しつこい寝癖を気合いでねじ伏せて、最後はカバンと傘をひっつかみ、小走りにアパートを出ていった。


 ☆ ☆ ☆


 街の夜が騒がしくなるこの季節に、私はいつもうきうきしている。時々自分でもバカみたいって思うくらいに、子供っぽく。中学生の時まで、私の家にはサンタが来ていた。その後高校に進学しても、毎年家族でホームパーティーが基本で。だから多分、この時期には子供のころに戻っちゃうんだろうと思う。何はともあれ、私は半分くらい中毒になっているんだろう。クリスマスと言うこのきらびやかな行事に。

 まったくもってつまらない。いや、面白いんだけどつまらない。矛盾しているようだが、きちんと成り立っている、と、思う。

 今日はマスターに特注ケーキの注文が来ていたから、バイトがいつもの二人から三人に増えている。今虹は大学に行っているので、ここにいるのは私と光君、時雨ちゃんの三人。当然、私は気を利かせて、一人で担当できる店番に回っているんだけれども。

「今日も寒いねー、晴海さん」

「あ、はい。来週は雪降るかもとか言ってましたよ」

「えー、電車動かなくなる……」

「困りますよね、学校もバイトもあるのに」

「しかもかき入れ時」

「そうですよね」

 二人とも笑ってはいるけれど……。

「……何で世間話しかしないんだよ」

「あ、お客だ。俺行ってくる」

「じゃあ私、グラス磨いてきます」

「ってか……。毎回思うけど、二人とも仕事に集中しすぎ。仕事しすぎ」

 こんな危ない独り言が出るくらい、事態はある意味深刻だ。あの二人、シフトが被った時はいつもそう。いつも以上に働きまくって、お互いのことを意識から消そうとしてる。いや、正確に言えば、消そうとしているわけではないんだ。だってチラチラ互いに見てるし。彼らが消そうとしてるのは、「相手と上手く喋れない自分」だ。

 奥手なのか恋愛ごとから遠すぎる人生を送ってきたのか、多分その両方だと思うけど、ここまで来ると恋愛拒絶の領域なんじゃないだろうかとも思う。誰にだって恋なんてできるのに。愛は別の話だけど。別に最初から愛なんて重いものを意識しなくてもいいのにね、真面目なんだろうな二人とも。

 そんなことをぼーっと考えていると、ふと自分の方に意識が向いてしまう。後輩の恋愛を応援するのはさておき、私は一体何をやっているんだか、とか。

 もうすぐ実は、誕生日なんておめでたくないもんがやってくる。誕生日が楽しいのは十代前半までだってよく言うけれども。特に二十歳超えた後なんか、もの悲しい気分になってくるんだ。どんどんフィクションの中の登場人物は私より年下になっていくし、ちょっとずつ体力の衰え的なものを感じたりもするし。 まぁ、誕生日の雰囲気が嫌いになるわけじゃない。ホールケーキ食べれるし。それは嬉しい。

「とりあえず、ちょっとからかってくるか」

 私は進展のない二人にはっぱをかけるべく、こっそりと店のカウンターを抜け出す。立ち上がった拍子に、ふとバターの甘い香りがした。


 ☆ ☆ ☆


 授業を乗り切ってバイトに行く頃には、しとしと冬の雨が降っていた。天気予報がちょっと前倒しになった体だ。店内にはすでに、六花と光と時雨ちゃんがいた。マスターが苺を仕入れたばかりなのだろうか。果物の甘い香りがする。

「虹さん。お疲れ様です」

「授業ちゃんと出れました?」

 相変わらず、光はちょいと生意気だ。

「当たり前だバーカ。必修だからな」

「それ落としまくってもう二留だもんねー」

「言うな」

 六花も六花で厳しい。ま、こいつは無事留年なしで卒業にこぎつけたクチだから。一浪しているはずなんだけど、いつの間にか抜かされてしまった。

 何やかんやで似た者同士っぽい俺達だが、実は結構な開きがある。ものの考え方とか、見方とか。むしろ、違いがあるからこそお互い好ましいなとシンクロしている感じだ。自分と違うとかえって対象化しやすいから、わかりやすいんだよな、相手のこと。

「じゃ、私そろそろ行くわ」

「お疲れ様です、六花さん」

「お勉強、頑張ってくださいね」

「はいよー」

 六花はこれから学校の用事があるらしい。俺と入れ替わる形で、店を後にすることになる。ひらひらと片手を振って、軽い足取りで去っていく。相変わらず、フットワーク軽いというか、子供っぽいというか…ロリポップキャンディみたいな感じだ。前にそんなことをあいつの前で言ってみたら、チョコレートブラウニー扱いされた。渋い見た目と甘ったるい味。見た目は大人、中身は子供ってことらしい。ちなみに六花曰く、光は「ショートケーキよりもちょっと背伸びしたプリンアラモード」、時雨ちゃんは「イチゴは遠慮しますっていうベイクドチーズケーキ」らしい。マスターはどうだと聞いてみたら、散々悩んだ末にマカロンだとか言ってきた。これはよくわからん。

 特に報告も何もない所を見ると、今日もこいつらはまたいつも通り、半分他人の半分知り合いみたいな状態で過ごしていたんだろう。こっちから見れば百パーセント想い人ですけどって感じだが。一体何が二の足を踏ませているんだろうか。今度追及してみるかとも思いつつ、六花の後姿を見送り終わった俺は制服に着替えるため更衣室へと向かった。


 ☆ ☆ ☆


 予定の時間より十分ほど早く虹がやってきた。今日はスムーズに仕事のシフトが出来そうだ。あれから二人を色々からかってみたけど、お互い赤くなるだけで何もなかった。せめて互いの顔くらい見てくれれば気持ちに気づけたかもしれないのに、二人とも私の方ばっかり見て話すもんだからどうしようかとも思う。私の顔見て何が楽しいんだか。見たい顔を素直に見ればいいのにな。それが難しいんだろうけど。

 さっきの世間話の通り、今日は今シーズンに入って一番の寒さだった。寒さに強い虹も本日ばかりは厚手のセーターを着ている。私は薄着で来過ぎたかもしれない。ニットとはいえオフショルダーなんて着ないで、素直にタートルネックで来ればよかったな。

「さーて、勉強勉強……」

 店を出て大きく伸びをする。伸びすぎて、ニットの下からお腹がのぞいてしまった。寒い。長めのコートを着ているから流石に見えはしなかっただろうけど。

 天気予報の通り、外では雨が降っていた。しかも結構本降りのようなノリで。ブーツ履いて来てよかったと思うと同時に、ちゃんと乾かさないとカビ生えるなとかも思う。店の外の傘立てには、虹のものらしいビニール傘と、時雨ちゃんの水色チェック柄の傘、雨宮の紺の無地の傘が刺さっていた。そういやマスターのがないな。折り畳みなのかな。今朝はまだ雨じゃなかったし。

 私はカバンをまさぐって、自分の折り畳み傘を出そうとする。そして、何かに思い当たって手を止めた。

 今日は夜まで、断続的に雨が降るらしい。つまり、バイト終わりに傘をさして帰るのはもはや半分くらい必然だ。私と虹の家は駅とは反対方向にあるけど、電車通勤組のあの二人は、駅までは必ず一緒に行くわけで……。

 そこまで考えて、何か無性に楽しくなった。これはある意味賭けだけど、テンションが急カーブを描いて上昇する。

「よし。許せ、これも君らのためだから」

 私は折り畳みを丁寧にカバンの底に隠して、ちょっとした虹宛てのメモを残し、彼のビニ傘をつかんで冬の街へ飛び出した。


 ☆ ☆ ☆


 クリスマス一週間前にもなると、早めのクリスマスパーティーやら来週の予約やらで、客足は結構多くなる。そのおかげで今日は少しだけ、残業が入ってしまった。「お疲れ~」と語尾にハートマークがついたマスターの声を背中に聞きながら、俺達は少し遅めの帰途につく。

「ん?」

 はずだったのだが。

「どうかしたんすか? 虹さん」

 傘がない。確かに持ってきたはずなんだが。ビニール傘だから、だれかに盗まれでもしたんだろうか。そこまで考えて、見慣れた字のメモに気づく。大雑把すぎる汚い字。

『折り畳みあるけど傘借りる。ごめんね』

 一瞬訳が分からなくなった。

「おーい、虹さーん!」

そして閃いた。

「六花だ」

「へ?」

「六花さんがどうかしたんですか?」

 面倒な役回りだけ俺に押し付けて、都合よく立ち回ってくれるもんだ。

「あいつ傘忘れたらしい。俺の持ってった」

『折り畳みあるけど』を指で隠して、俺は光と時雨ちゃんにメモを見せる。

「り、六花さん……。自由だなー……」

「え? どうするんですか? 結構本降りで……その……」

「時雨ちゃん」

「あ、はい」

「傘、借りていいか?」

『え?』

 ここでユニゾン来るか。とにかくここで押し切れなかったら負けなので、俺はさっさと傘立てから時雨ちゃんの傘を引き抜く。

「ちょ、虹さんそれはナイっすよ…。晴海さんどうやって帰るんですか」

「え? お前送ってけよ」

 一瞬の間。

「はぁ!?」

「えぇ!?」

 すかさず畳みかける。

「俺が時雨ちゃんから傘を借りるのは、お前の傘の方がでかいからだ。ドゥーユーアンダースターン?」

「アンダスターン無理!! なんすかその滅茶苦茶な理屈は! コンビニで買え!!」

「近くにねーし。仮にもここ、洒落乙セレブの街だし」

「もー! 何だこのダメ大人! じゃあ、俺買ってきますから待っててください」

「嫌なの? 相合傘」

 頑なすぎるので、とっとと最終手段を使う。案の定、光の奴は固まって、やたら饒舌に喋り出した。

「べ、別に俺は嫌じゃないすけど……晴海さんがね、嫌じゃないかって……その……一緒に帰りたくないとかそんなんじゃなくて!! そっちに怒ってるんじゃなくて、あくまで虹さんの非常識さに呆れてるわけで!」

 後半は必死に時雨ちゃんに弁解している。時雨ちゃんはさっきから流れについてきていないようで右往左往しているが、とりあえず何か言わなきゃいけないと思ったのか、あわあわと口を開いた。

「えっと……私も嫌って言うわけじゃないですよ。虹さん風邪引いたら大変ですし。電車乗って家つくころには雨上がってるかもしれないし、雨宮君が良ければ、良いというか……何というか……」

 そこは良いでいいんだって。折角人がジコチュー先輩を演じてやってるんだから、成果が上がらないと好感度下げ損だ。

「じゃ、オッケーな。いやー助かるわ。年取るとすぐ風邪ひくんだよ」

「年って……まだ二十代っすよね」

「もうだよもう。十代は口出すな」

「意味わかんねー」

 まだ後ろでぶつぶつ言う光はいい加減に放っておいて、俺は時雨ちゃんの傘を勢いよく開く。これ以上こんな無茶な芝居を続けていたら、居たたまれなくなりそうだし。

「ありがとうな時雨ちゃん。後で菓子折りつけて返すわ」

「あ、いやそんな……どう、いたしまして?」

「じゃーなー」

 傘が花柄とかじゃなくてよかったと他人事のように思いつつ、後で六花に菓子折り代を請求しようと考える俺は、足早にシャンゼリゼを後にした。


 ☆ ☆ ☆


 虹さんが妙な騒動を巻き起こして帰っていった後、私達は暫くぼーっとしていた。何でこんなことになってしまったのかとか、虹さん何考えてんだろとか、そんな感じで。半分くらい予想がつくだけに、兎にも角にも恥ずかしい。そんな感じ。もっとも、雨宮君がどう思ってるかは、私にはわからないけど。

「とりあえず……帰ろうか」

「あ、はい」

 いつまでも店の前に陣取っているわけにもいかない。雨宮君に促されて、私は緩慢な動作で軒下から出る。ばさっと闇夜に広げられた紺色の傘は、夜空の色と混じってしまうかとも思ったけど、下から見たら案外そんなことはなくて、何かの翼の下にいるみたいな気がした。蝙蝠だったら嫌だけど。あ、でもこういう傘を蝙蝠傘って言うんだっけ、どうだったっけ。

「全く……虹さん何考えてんだ。六花さんも六花さんだよな。もうちょっと早めに言ってくれれば何とかなったかもしれないのに」

「急いでたんじゃないですか? 学校の用事だったみたいですし」

「まー、あの二人の仲だからな……しょうがないのかもしれないね」

 確かに。六花さんと虹さんはとにかく仲がいい。店で一緒に働いている姿を見ることはあまりないけれど、声に出さなくても相手の考えてることがわかってるみたい。理想のカップル像ってあんな感じかなって感じの。お互いキツイことも言い合うけど、どこかしら愛情があるというか、キツイことを言っても関係が壊れないから、わかってくれてるってわかってるから、きっと言い合えるんだろうなって印象。正直、そういう人がいるのはほんとに羨ましい。

「親しき仲には礼儀がないって感じだよな、あの二人はさ」

「はは、確かにそうですね。容赦もないし」

「二留の話、ちょっと虹さん傷ついてたよな。カウンターの奥でスマホ見ながら、まだ欠席大丈夫だよなって確認してたから」

「そうなんですか? 結構可愛い所あるんですね」

 さっきの虹さんのハチャメチャな感じに押されているのか、今夜はちょっとだけ話が弾んでる気がする。

 コートを着て傘を差した人が、マフラーをたなびかせながら足早に歩いていく。通りの木々には電球の実がたわわに実っている。雨粒が、その光を反射して落ちていく。水たまりに光の輪ができる。

今日は月のない夜だけれど、こういう雰囲気にも後押しされているのかもしれない。

 通りかかったカフェの中から、ジングルベルのアレンジが流れてきた。

「六花さんも虹さんも、いい人ですもんね。時々さっきみたいにハチャメチャだけど」

「うん。変な所で強引だけど、何となく尊敬してる。かっこいいしな」

 何となくだよ。虹さん達には言わないでねと、雨宮君は念を押した。その押しようが、妙に子供っぽくて可愛らしかった。ちょっと気が緩んだのか、こんなことを言ってしまう。

「もしも恋人ができるなら、あの二人みたいな感じがいいです」

 その言葉に、雨宮君は一瞬硬直してしまった。私も気づいた。こんな所で非リア暴露されても困るだろうって。どうしよう、何とか話題を逸らさないと。

「あー、晴海さん? あの二人って実は……」

 丁度目の前にデパートの広場が見えてきた。巨大なクリスマスツリーがどかんと鎮座している。しめた!

「あ、あのツリー大きいですね! 綺麗だなぁ」

「え? あ、うん」

 よし、視線がそっちに向いた。良かった。今のは忘れて欲しい。

「……クリスマス、好き?」

 かと思ったら、少し沈んだような声が降ってきた。いつもの雨宮君らしくない気がする。

「半分くらいは」

 ほんの少しだけ正直に答えてみた。

「半分?」

「街も人も、キラキラしてるのは見てて幸せ。いいなって思うし、私もこの中に居たいなって思います。でも同時に、その光が眩しくもあったりして……。自分はそうはなれないだろうなって。うーん、ごめんなさい、変に詩人っぽいですね。抽象的だし卑屈だし、気持ち悪い」

 いつからだったか、自分は傍観者なんだろうなって思うようになっていた。輝く側じゃなくて、輝くのを見る側。時々、他の光を反射して光るくらいの存在。だから、光れてないなと思うと、ここにいる資格はないんじゃないかとも思う。きらびやかな世界に、泥を塗ってしまいそうで。それくらいなら、何も考えない方が楽なんだ。変にあがくよりもずっと。

「気持ち悪くなんかないよ」

 思索に耽っていた私は、この言葉で現実に戻ってきた。何というか、真っ直ぐな感じがしたから。

「うーん、俺も、イメージ違うって言われるかもしれないけど、クリスマスは苦手」

「苦手?」

意外だ。

「今年はどこに行くんだって、聞かれてる気がするから。年相応の場所にいられるのかって。子供のころは、家でクリパやってればいいと思ってた。中学や高校の頃とかは、部活の連中で騒いでれば満たされてた。でも……」

 雨宮君は、遠い目でツリーを見ている。

「最近はちょっとな、なんか違う気がして。何だろ。大人になれって言われてる気がする。大人なんか嫌なんだけど、でも同時にカッコよくもあるんだよな」

「……何か、わかるかも」

 多分、私が感じてる矛盾も、そういう所から来てるんだろうと思う。何か変わらなきゃいけないけど、今のままがいいんだって。何分中途半端に生を重ねてきたから、失いそうなものもほんのちょっとあって、自分の限界ってのもほんのちょっと見え始めていて、それで、足が竦んでいるんだ。素直に、かっこいいと思うものを目指せないんだ。

 ほんの少しだけ、雨宮君を近くに感じた。ショーケースに並べられたものを見る感覚じゃなくって、ガラス抜きで交流した感じ。

「って、何シリアス語っちゃってるんだ……何やってんの俺」

「ふふ、ちょっと意外でした」

「キャラ崩れちゃったな……」

 雨宮君は、はーぁと大きなため息をつく。彼の持っている傘が、その拍子にゆらっとわずか揺れて、傘の水滴が足元に落ちてきた。

「あ、ごめん。雨かかった?」

「大丈夫です。今日ブーツですし」

「肩とかは?」

「平気です。そっちこそ大丈……」

 さりげなく雨宮君の肩を見やったら、半分くらい傘からはみ出していることに気づいた。改めて彼の手元を見てみると、若干私の方に柄が寄っている。そりゃそうだ。いくら大きな傘だって言ったって、大学生二人がすっぽり入れるほど大きいはずないじゃないか。哲学していて全然気づかなかったけれど、さっき水滴がかかったのだって、彼が私の方に傘を傾けていてくれたから、だったんだ。

 そこまで気づいて、妙にパニックになった。

「ごめん!」

「へ?」

「もっとそっち持って行ってください!! 私は大丈夫なんで! 気づかなくてすいません!」

「え? あ、いや、俺ダウンだから濡れても大丈夫だしって……水かかるって! そう押さないで!」

「だって肩冷やしたらダメですよ! 凝るよ!!」

「そっちか! 風邪引くとかじゃないんだ」

「風邪もだよ風邪も。いやその、だから……男女平等っていうか、なんていうか……」

「小難しい話になった!」

 あぁどうしよう。きっと引かれてる。こんな時はどう言えばいいんだろう。どうしたら、この妙な恥ずかしさをごまかせるんだろうか。さっき自分語り入った時は、全然恥ずかしがらずに答えてたくせに。

「だってほら、その……晴海さんダッフルじゃん? 布じゃん?」

「う、うん……」

「俺はジャンパー生地だから、雨に対してはこっちのが耐久力があるはずだし。それにほら、染みとかになったら可愛いコート台無しだし」

 可愛いとかやめて欲しい。どうしようどうしよう。まともに反応できなくなってきたよ。虹さんにおふざけ半分で言われるときは、こんな恥ずかしくなんかならないのに。もとい、可愛いって言われてるのはコートなわけで。私じゃないわけで。落ち着け落ち着け。

 気づかれないように深呼吸をしていると、雨宮君はにこにこ楽しそうに笑い出した。

「……どうしたんですか?」

 挙動不審がバレただろうか。

「あ、戻っちゃった……」

 かと思いきや、突然しょんぼりした顔になる。

「え? 戻った?」

「あ、いやいや気にしないで! 今の独り言」

 しかも突っ込んで聞いてみたら、何だか慌ててる。ますます気になる。私は何かやらかしてしまったんだろうか。

「気になりますよ。教えてください」

「え、えぇ~……っと……」

 歯切れ悪い口調。宙を泳ぐ目。私も何まじまじと雨宮君を観察しているんだろう。こっちを見てないってことがわかってるときは、安心して見てられるんだよな、何故か。

「ほら、いつも晴海さんは敬語だから……さっきちょっと外れてたから、その」

 心なしか顔が赤くなっていないだろうか。え? 何これ、何この流れ。

「あ。す、すいません……」

「いや、謝んないで! むしろそっちがいい。敬語ない方がいい!!」

「え?」

「なんか仲良くなれた気がするし!」

 気づいたら、傘の中で向かい合うような形になっている。

「俺、晴海さんが好きだから!」


 ☆ ☆ ☆


 十二月二十二日。後輩の第一印象は、ものの見事に撃沈している。だった。

「おーい、雨宮ぁ~?」

 返事がない。ただの屍と化している。前回の傘作戦は、とりあえず動きを生んだようだ。前進か後退かはわからないけど。あの後虹に菓子折りを要求されたから、とりあえずジンジャーマンを作って渡しておいた。ジンジャーマン作り損は嫌だな。結構手間かかったし。

「あ~ま~みやっ! あまちゃん!!」

「ドラマみたいに呼ばないでください……」

「やっと喋った。店番がそんな面してたら、貧乏神が寄ってくるやめろ!」

「…………」

 何も言い返さないか。これは、話を聞いてやったほうがよさそうだ。幸運にも今カフェにいるお客は長居客ばかりで、ウエイトレスは用済みっぽいし。

「何。何かあったの? 時雨ちゃんと」

 カウンターの椅子に腰かけて、顔を覗き込んで聞いてやる。こういう時は、異性の先輩の方が話しやすいんじゃないかなーって思い込み。

「六花さん、あの」

「うん」

「いきなりシリアス話はじめて、そのあと一悶着あって、敬語外れたの嬉しいななんて言って、いきなり告白されたら引くっすよね」

 なに?

「引きますよね! 女性としては引きますよね!」

「告ったの雨宮!?」

 これは凄い。思いの外凄まじい進展をしてしまったらしい。若いって勢いがあっていいわねー。雨宮は、ほとほと困った顔をしながら、小さくうなずいた。ガキかっつの。いや、ガキだったか。

「さっきの流れで!」

「うん、さっきの流れ全然わかんなかったけど、告白したのか! やった!! よくやった偉いぞ!!」

「わかんなかったじゃないっすよ! そこが重要なんですよ!」

 頭をなでなでしてやったら、思いっきり突っ込みを入れられてしまった。こいつ、スポーツ馬鹿だったくせに変な所で繊細だ。虹の言ってた通り。

「だって、まだ振られたわけじゃないんでしょ。その様子だと」

「そうですけど……絶対振られる」

 半分くらい泣き顔だ。

「決めつけんなってば。順を追ってわかるように話してよ」

「晴海さんが、クリスマスツリー綺麗だって言い出すから、クリスマス好きなのかなって話になって、でも彼女もクリスマス全面的に好きってわけじゃなくて」

「はいはい」

「ちょっと安心しちゃって、クリスマスについて人生相談みたいな感じで話しちゃって。それで話題を変えようとしたら、傘の話になって……」

「傘?」

「いや、その……自分で言うのもあれっすけど、晴海さんが濡れないように彼女側に傘傾けてたので……」

「よ、紳士! いい心がけ! んでもっていい雰囲気になったから、その場で思わず好きです言っちゃったのね」

 ムード作りとか一切考えない感じ、かえって新鮮でいいよなとか思う。駆け引きとかそんなのよりも、思いの強さの方が大事だと思うから。自然にできる気遣いは、何にも勝る愛情表現だ。ま、下手に意識したらできなくなってしまう事なんだろうけど。虹はうまく強引に乗り切ったらしいな。

「ざっくり流さないでくださいよ……気付いてもらえたのは、正直すごくうれしくて、若干舞い上がってっていうか……。今までの敬語とかもなんか外れてたし、距離縮まったなって感じがして」

「だから、その場で思わず言っちゃったんでしょ?」

「後先考えずに! そしたらもう最寄り駅まで無言ですよ。もう完全硬直状態っすよ。なんて馬鹿なことしたんだろ、俺」

「雨は大丈夫だったの?」

「彼女が駅つくころには、もう上がってました。星空見えてきてたから、大丈夫だろうってなって……気まずいまま別れました」

 やれやれと、大きくため息をつく。ここまで矢継ぎ早に喋るということは、よっぽどこたえているんだろう。言いたいこと言えたんだから、いいじゃんって思うけどな。でも、目の前であーもー俺KYだーなどとこう頭を抱えられては、何かしてやるしかない気がしてくる。甘え上手な奴。

「とりあえず、バイト終わったら話聞いてあげるから、まずはシャキッと仕事しなさい」


 ☆ ☆ ☆


 そんなことを言われてしまったら、やらかしたんだーって気になってしまう。でも、自分から暴露した手前、六花さんのありがたい申し出を断るわけにもいかない。俺は陰鬱な気分が出来るだけ顔に出ないように細心の注意を払いながら、何とか店番を乗り切った。正確には、乗り切ったとは言い難いのかもしれない。二回ほど出すケーキ間違えたし、常連さんに元気ないねとか言われてしまったし。

 六花さんは仕事が終わるや否や速攻で着替えてきて、「とりあえずサニバにでも行こう」とか言って、コーヒーチェーン店に入っていった。

 コーヒーの落ち着く香りがする。温かい飲み物を頼んで、席で六花さんと向かい合う。

「バイト先で仕事中にあんなになるなんて、よっぽどこたえてたんだね」

 遠まわしに怒られてしまった。もっともなので返す言葉もない。

「まぁ、そういう所が青春でいいんだろうけどね」

 かと思ったら、楽しそうに笑い出したりする。この人は表情がコロコロ変わるので時々わからない。

「で、やっぱり同性としては引きます?」

「いきなり直球だねー」

 ずるずるとキャラメルマキアートを啜りながら、六花さんははぐらかしてくる。こういうのはやめて欲しい。そりゃ子供の悩みなのかもしれないけど、こっちとしては真剣なんだから。

「茶化さないでくださいよ。こっちは本気で悩んでるんですから」

「私の意見聞いてどうすんのって思うもん。私は女の子だけどさ、時雨ちゃんとは同一人物じゃないし。恋愛遍歴はおろか、人生だって全く違うし」

「それは、そうっすけど……一般的に……」

「残念ながら、一般なんてもんはありません」

「う……」

 ここで正論が来るか。

「友達になるのにマニュアルなんていらないでしょ。あれと一緒だよ。いつ告白するとか、その結果とか、正直あんまり重要じゃないんだよ」

「え?」

「重要なのは、好きだって気持ちと、想いを伝える努力をしたってことでしょ。だって、やれることはやったってことじゃん。それで、相手に自分の思う通りに想ってもらおうなんて、虫が良すぎない?」

 頬杖をついて、何の気なしに厳しいことを言われる。先輩後輩してるな、俺。

「虫がいいですか……」

 六花さんは、髪の毛をくるくると指でいじりながら続けた。

「うん。そもそも告白って、人の内面に踏み入る行為でしょ? 衝撃を受けないで済むわけないじゃん? どっちもさ。そしてその衝撃がどっちに転ぶかなんて、もっとわかんないじゃん」

「手厳しい……」

「そりゃ世の中には、恋愛が成就するから幸せなんだって物語が溢れてる。結婚までを描いた物語は喜劇なんだって言うしね。でも、重要なのはそこじゃないんだよ。大切なのは、誰かを好きになったって経験なんだよ」

 申し訳ないけど、きれいごとに聞こえる。だって、幸せになれなきゃ意味なくないか? 今までその人に対して抱いてきた想いとかが、全部無に帰してしまうわけだし。下手したら嫌われてしまうわけだし。告白なんて勝つか負けるかのギャンブルみたいなもんだ。そう言ってみたら、六花さんは呆れた顔で頭を振った。

「うーん、流石運動部と言うべきか、結果主義者だね、君」

 いや、運動部に失礼だな、こんなくくり方。と、彼女は煙草の煙でも吐き出すかのように息をついた。虹さんはスモーカーだけれども、六花さんはタバコ吸ったりするんだろうか。今禁煙席に座っているのは、未成年の俺に気を遣ってるだけなんだろうか。そんなあらぬ方向へ、思考回路の中身が飛んでいく。

「私は時雨ちゃんじゃないから、君のことを彼女が、どう思ってるかはわからない。でも、私の経験から一つだけ、言えることがある」

 ずいっと身を乗り出して、六花さんは普段あまり見せない真剣な顔をした。距離の近さに、六花さんが女の人なんだって思い出して少し焦る。

「好きだって言われて、悪い気がする人間なんてあんまりいないよ」

 当たり前っぽいことを言われた。でもどうしてだか、真理だなって思った。

「告白ってことはね、結果がどうであろうと、相手の人生の一ページに、間違いなくなる行動なんだよ。私だってまぁ、人のこと振ったこともあるけど、でも、そんな風に思っていてくれたんだって、ちゃんとその時のこと覚えてる。あれは高一の時だったんだけど……恋人って形じゃなくても、私のことを認めてくれた人だから、十年近くたった今でも大事に思ってる。振られたことだってあるけど、そういう風に考えてるから、あんまり落ち込まない。そういう形の付き合いの方がいいんだなって。実際の所どう思ってるかはわかんないけど、どうせわかんないなら、いいなって思う可能性を信じるよ」

 サバサバしている六花さん。そんな風に見えるのは、こういう価値観を持っているからなのかもしれなかった。自分のあずかり知らない所を、しっかり割り切ってしまっているんだ。

「割り切ってるなー、六花さん」

「うん。割り切らないのも面白いとは思うけど、でも、それでストーカーになっちゃダメだし」

「そりゃそうっすね」

「とにかくさ、会ってみないと話にならないんじゃない?」

 丁度クリスマスが近いわけだし。と、六花さんはいたずらっぽく笑った。そうだ。イブ前後の三日間、俺達バイトは総出でクリスマスのお客を捌かなければならないんだった。当然、彼女だってやってくる。

「何か、処刑待ちな気分です」

「当たったんだから砕けるかどうかは待つしかないでしょ」

「またドライなんだから……」

「傷つくのが嫌なのはわかるし、結果が気になっちゃうのもわかるけど、大丈夫。あの子は真面目な子だから、人の想いを嗤うような子じゃないし、突き放してくる子でもない。嫌われやしないよ。ちゃんと答えてくれると思う。だからきっと、一番いい形になるよ」

 らしくないことを言ってくるなと思った。何もなかったころは、あんなにからかいまくってきたのに。

「ほれ、決戦は明日からだ。今日は早く風呂入って寝なさい。あと、心の準備しときなさい。これ宿題」

 残った飲み物を一気に啜り上げて、六花さんは俺の背中をバンバン叩いた。それで満足したのか、さっさと寒空の中に出て行ってしまう。

 店内には、俺と冷めたコーヒーがぽつねんと残された。


 ☆ ☆ ☆


 十二月二十三日。世にいう天皇誕生日。クリスマスでもないのに、クリスマスムード真っ盛りになるこの日は、俺は苦手だ。早いっつのって思うから。しかも、珍しく二度寝できなかったので早めに店に来てみたら、時雨ちゃんがこの世の終わりのような顔をしている。六花から事情は聴いているが、こっちもこっちで重傷だ。

「時雨ちゃん、これ六花から。傘、ありがとう」

「え? あ、はい。どうも……」

 とりあえずクリスマスクッキーを渡してみるが、反応が鈍い。頭が混乱しているんだろうと思うけど、そんな深く考えることでもない気がする。そもそも理屈じゃないしな。

 仕方ない、単刀直入に聞いてみよう。ざっくりと。

「告白された?」

 多分飲み物を飲んでいたら吹き出していただろう。そんな何とも言えないリアクションを取って、時雨ちゃんは途方に暮れたような表情で振り向いた。

「知……ってたんですか。マスターの眼力?」

「いやー……六花の眼力?」

「そう、ですか……。仲良いですもんね」

 本来なら同性の六花に聞いてもらいたいだろうけれども、あいにくあいつは寝坊して起きなかったので、とりあえず聞き役だけはかって出てみる。俺が話の続きを待っていると知ると、時雨ちゃんは少し躊躇いを見せた後、堰を切ったように話し始めた。

 今までちょくちょく光を気にしていたことから始まって、クリスマスツリーを見ながら話したこと、距離が縮まったかなって思ったこと。自分が濡れないように、光が気を遣ってくれたことの下りに入った時には、あいつもやるもんだなと若干感心した。そういう見返りを求めない気遣いが一番だよなとか思いつつ。

「それで、何の脈絡もなくいきなり告白されて困ったと」

 時雨ちゃんは無言でうなずいた。

「てか、普通告白って脈絡ないよな」

「そういうもんなんですか?」

「経験上。あんま予測できない」

「そう、ですか……」

 何故か落ち込まれてしまった。気になるんなら、そんな相手に告白されたなら、付き合ってしまえばいいのに。

「好きなんでしょ? 付き合わねーの?」

「多分、好きなんですけど……よくわかんなくって」

「え?」

「お付き合いするって、友達とは違うなって思って」

「ま、そうだな。似てる所もあるけど」

「相手のこと、ちゃんと考えなきゃいけないじゃないですか。でも、それに自信なくて」

「自信?」

「人と関わるの、得意な方じゃないし」

 俺の手には負えない話になってきたような気がしてきた。世話を焼いたことをちょっと後悔するが、今更だ。

「人のこと考えるのも、だからちょっと苦手で」

「うん」

 そういえばこの子は、店に入って来たての時は随分とおどおどしていたっけと、ぼんやり思い出した。あの頃は、何で内気なのに接客? とか結構酷いことを思っていた気がする。今ではきれいな笑顔でお客さんに接しているけど、きっと彼女の奥底には、あの時のおどおどした自分がいるんだろう。そしてそれは、ちょっとやそっとのことじゃ消えやしないんだろう。

「自分がやってること、本当にいいのかなって思っちゃうし。こんな卑屈なのって、嫌じゃないですか? 彼女だったら」

「そういうもんかね」

「そう思っちゃうんです」

 勘弁してくれよ俺には荷が重い。と、今日早く目を覚まさせた神様を恨みたくなる。人生相談に乗れるほど、俺だって立派に人間関係成立してないんだがな。でも、こうなってしまった以上は仕方ない。ある程度面倒見ないと寝覚めが悪い気がする。

「おっはよー!」

 六花が来た。一足遅い。まぁ、起こすの面倒臭がった俺が悪いんだけど。

時雨ちゃんは、六花が事情を知らないものと思い込んでいるらしい。何やらまごついているので、とりあえずこう言っておく。

「明日開店前においで。もうちょっと話聞いてやっから」

 それから間もなく、店内は嵐のような忙しさに見舞われ、渦中の二人は気まずい空気になる暇もなく、仕事に忙殺されることになった。飛び回るオーダー、次々運ばれる色とりどりのケーキ。玩具を詰め込まれたおもちゃ箱の中のような状況で、あいつらは何を考えていたんだろうか。案外、何も考えられていないんだろうか。


 ☆ ☆ ☆


 十二月二十四日。昨日は目の回るような忙しさで、あれから虹さんとも六花さんとも話が出来なかった。雨宮君に関しては、ずるいと思ってはいるけどちょっとほっとした。気まずくなる暇すらなかったから。茶化してくる二人も、流石に茶々を入れてくる暇もなかったし。いや、案外気を遣われていたのかな。ともかく、約束通りに早めの時間に店を訪ねる。いつも時間ぎりぎりの虹さんは、今日はもう既に店に来ていて、何だか申し訳ない気分になった。

「やっぱ来るんだな」

「すいません。整理がつかないというか……」

 あれからも色々考えてはみた。考えた結果、やっぱり恋って無理なんじゃないかって思い始めた。そんな風に虹さんに言ったら、ふーん、と、思いの外軽いリアクションを返された。

「考えた結果振るならいいんじゃねーの?」

「いいんじゃねーのって、意外ですね……」

 変に慰留されると思ってた。

「意外?」

「だって結構からかわれましたから。六花さんと虹さんには」

「あれは、実態が伴ってなかったから。事態が変わってなかったから。状況が変われば、言えることだって変わってくる」

 漫画の登場人物みたいに、行けよそこは気合だろとか言ってくるかと思ったと正直に言ったら、虹さんは、そこまで無責任じゃないなって苦笑した。やけに横顔が大人っぽくて、光君がかっこよく思う気持ちがちょっとわかった。

「一応、考えたこと話したいなら聞くけど」

 こう言われて、ちょっと迷った。でも、朝弱い虹さんがこうやって起きてやってきてくれて、隠したままっていうのもずるい気がした。

「……私、多分自分一番なんです」

「ん?」

「恋って、相手のことを考えちゃうってことですよね。相手が何を求めてるのかとか、どうしたら喜んでくれるかなとか。私、多分それが無理なんです」

「無理……ねえ」

「デートとか、面倒だって思っちゃうかもしれない。電話とかメールだって、暫くチェックしないかもしれない。友達ならぎりぎり許されそうだけど、恋人だとダメなんじゃないかなって。自分のテリトリーに入られるの苦手で。そんな恋人、嫌じゃないですか」

 虹さんは黙って聞いている。でも、私の方は見ていない。窓の外をぼんやり眺めて、距離を取りながら聞いている。

「相手の誕生日だって忘れると思うし。一つのことに夢中になったら他が見えなくなるし。きっと課題とかの度に、雨宮君を放っておいちゃうことになる。すごく自閉的なんです。確かに、恋に対するあこがれってあると思います。でも憧れなんかで付き合うのは嫌だ。恋に恋したって感じになるのは、相手に悪いです。今の私は、何もはじめない方がいいと思うんです」

 ここまで一気に言い切って、少し息が切れた。変にテンションが上がってしまっている気がする。いきなりこんな本音をぶつけられて、虹さんも困っているだろうに。

「……別に俺、困っちゃいねーよ?」

「え?」

「いや、時雨ちゃんなら本音言った後、そういう風に心配すんじゃないかって思って」

「エスパーですか虹さん」

「違うよ。俺と時雨ちゃんは結構正反対の人間だから。昨日俺と六花の仲がいいって言ってたけど、あれだってそうだ。元気の塊みたいなあいつと、無気力の塊みたいな俺だから、お互いが対象化できてよくわかるんだよ。それと同じ」

 似た者同士だから仲がいいんだと思っていた。そういうわけじゃないんだ。

「さっきから聞いてたら、時雨ちゃんが自分勝手な人間みたいだけど、俺はそうは思わない」

「え?」

「だって、時雨ちゃんは何かした後、必ず相手を気遣うタイプだろ。どう思ってるのかとか、傷つけやしなかったかとか」

「それは、その、多分自分が傷つきたくないから……」

「自分が大事じゃない人間なんていないだろ。人間誰でも、自分が一番特別なんだから。自分が人生の主人公なんだから。だから、現実世界のロールとのギャップに、色々悩むんだろ。別に、自分が一番だから恋しちゃいけないとか、そんなんじゃないと思うぜ。むしろ、それが自然なんだと思う。自分好きな自分を好きだって言ってくれる奴が、見つかるのがベストなんだと思う」

 何を言ってるんだ俺はと、らしくなく虹さんは頭を抱えた。上手い言葉が見つからないらしい。虹さんでも、こんなことあるんだ。

「えーっと、だからな。多分時雨ちゃんは自分好きな自覚がって、そんな自分好きな自分が嫌いなんだろ? 意味、通じてる?」

「あ、はい。そうだと……思います。だからどうしようもなく卑屈にもなっちゃって」

「別に自分好きでよくね? もし、恋愛ごとがしんどくて断ろうって思ってるなら何も言わないけど。でも自分好きを罪みたいに思って、恋愛なんてできないなって光に気を遣ってるなら、その必要はないと思う。光だって、自分の気持ちを伝えたいからって、自分好きで告白してきたんだから、お互い様だ」

 どうもあんたは、逆に人のことを考えすぎてるように思う。と、虹さんは締めくくった。

 ケーキが焼きあがったいい香りがしてきた。そろそろ、店が開く。虹さんも、言うことはないかなとばかりに背を向けて、カフェの机を拭きはじめた。

 何が変わったというわけではない。私は私で変に卑屈なままだし、恋愛に臆病なのも変わっちゃいない。ここから先は、誰かに答えを求めちゃいけない、と思う。それがどんな答えなのかは、また考えなきゃわからないけど。

「おはよう!!」

 にぎやかに六花さんが入ってきた。その後ろに、雨宮君の姿も見える。多分、時間はまだある。ゆっくり考えよう。


 ☆ ☆ ☆


 十二月二十五日。この日とイブは、夜になるにつれて加速度的にお客が増えていく。朝の穏やかな店内から、僅か不穏な空気を含んだ昼の時間帯を経て、夜の混沌と喧騒に至るまでの流れは、昨日身をもって思い知った。マスターは勿論だけれども、虹さんや六花さんは毎年これを体験しているのかと思うと、何か頭が下がる。白鳥って見目は優雅だけれども、水面下では足を必死に動かしているって言う。あれに近い感じがする。クリスマスのケーキ店って。

「雨宮、ツリーのオーナメント直してー」

 六花さんに腕を引かれた。彼女の身長じゃ届かないみたいだ。

「あ、はい」

「昨日はお疲れ。一昨日もお疲れ」

 位置がずれていた星を直しながら、俺は若干苦笑する。

「気まずさを感じる暇がなかったっすね」

「そうでしょ。だからあんまり心配はしてなかったんだよ。ただ、今日は……」

「そうっすね」

 今日はクリスマス。ケーキ店の聖戦が終わる日だ。マスターは毎年クリスマスの閉店時間後に、バイト達を集めて、特製ケーキを囲んだクリスマスパーティーをやるらしい。二年前はシュトーレン、一昨年はクランベリーパイ、去年に至っては、クリスマスプティングを盛大に燃やしたそうな。今年は一体何を準備しているんだろうと六花さんはわくわくしている。

「パネトーネとか食べたいなー」

「折角調理師学校通ってんですから、作ったらどうすか?」

「マスターのがいい。おいしいんだもん」

「まぁ……プロですしね」

 閑話休題、問題は勿論ケーキの種類ではない。当然その席には俺と晴海さんが招待されている。今日こそ、嫌が応にもお互いを意識に入れなければならないのだ。と、いうことは、多分俺の命運が分かれるのも今日なわけで。

「はー……」

「はいはい、緊張しないの。まだ時雨ちゃんと話してもいないのに」

 そんな彼女はここ最近、珍しく早めに出勤している虹さんと話していることが多いようだ。やっぱり、俺なんかよりも虹さんの方が頼りになるよねー、話したくなるよねーと、卑屈な気分になってしまう。人と比べるのは良くないってわかってるけど!

 今日も彼女は早めに来ていて、今店の奥でマスターと一緒に掃除をしている。表情はここからじゃわからない。そう思ってふと気づいた。この二日間、彼女がどんな顔をしていたかわからないことに。

「顔すら見てなかったし……」

 どんだけ現実逃避をしているんだろう俺は。

「はよー」

「おはよう、今日は遅いね」

「起こしてくれたっていいだろ。ま、人のことは言えねーけど」

「言えねーでしょ。傘持ってきた? 夕方雪になるかもだって」

「一応。道路凍らねーといいけどな」

 今日は虹さんの方が寝坊だ。これがいつもの光景なんだけど、何となくほっとする。兎にも角にも彼が来たということは、またこの店がクリスマスの夜に向けて走り始めるということだ。俺はとりあえず私事を意識の外に出来るだけ追いやって、仕事に没頭しようと決めた。どうせ、今日の夜には全てが決まってしまうんだし。


 ☆ ☆ ☆


「お持ち帰りのお時間はどれくらいでしょうか? 二時間! わざわざ来て下さったんですか、ありがとうございます!」

「あ、お誕生日ケーキの方ですね。クリスマスがお誕生日とは……お子さんに親近感です。あ、そうなんですよ、私も年末が誕生日で。お名前はどうお入れしますか?」

「クリスマスケーキセットをご予約のお客様……あれ、君この前マスターの所に来てた……。え? あれから結局より戻したの? もう終わりかと思ったけど、仲直りできたのか、おめでとう」

 こんな時でも仕事用の言葉に、ほんのちょっとおまけが加わるのが、うちの店らしい所だと思う。昨日に引き続き、シャンゼリゼは時間と共に忙しさを増していく。同時にテンションと言うか、熱と言うか、そんなものも上がってきているようで、店内を移動する足運びが段々滑らかになっていく。店内を回る、コーヒーカップにでもなった気分。

 クリスマスの喧騒と熱気は、文化祭にも部活のイベントにも縁遠かった私にとって、とても新鮮なものだった。皆で一つのものに向かってひたすら動いていくような。自分が歯車みたいだと感じもし、同時に楽しんでいるなと感じもし。そういうこともあってか、私は雨宮君に返事をしないままでいた。でもそれは目を背けていたわけではない。働きながら、ちゃんと考えてた。

「アールグレイティーをお持ちいたしました」

 今日はマスター主催のクリスマスパーティーが行われる。雨宮君ともそこで、しっかり顔を合わせなければならないだろう。その時が、私の腹のくくり時だ。

「ティラミスと、特製ミルクレープですね、少々お待ちください」

 ケーキを取りに行くと、お皿を下げて来た虹さんとかち合った。

「よ」

「お疲れ様です」

「今日のクリパ出んの?」

「はい。一応」

「ま、ケリはつけとかねーとな」

 そこまで短く話して、ガラスケースを開ける。ここから先は無言。昨日の朝から、虹さんは何となくぶっきらぼうと言うか、ドライだ。多分それはめんどくさいとか鬱陶しいとかではなくて、単に言うことがないからなんだろうと思う。余計な気を遣われるより、こうやって適度に放っておかれた方がいい。いや、これも彼なりの気遣いかもしれないけど。

「今年はオーソドックスにショートケーキらしいぜ」

「え? そうなの?」

「今年は新入りが入ったから、基本に立ち返ったんだってマスターが言ってた。六花が気にしてるだろうとも」

「そうか……ショートケーキもいいよね! うちの店は生クリームが軽くて、でもコクがあって!」

「食い意地張り過ぎ。だから太るんだよ」

「うるっさいなぁ。仕事戻れ」

「そろそろ洗い場ヘルプよろしく」

「はいよ。雨宮―? ちょっと抜けるー」

 でも、こんな風にすぐ日常っぽい会話に戻っている所を見ると、別に気にしなくてもいっかって気分になってくるのが不思議だ。バイト仲間って言う、適度な距離感がそうさせるのだろうか。

 何はともあれ、私達の内面など毛ほども気にせず、今日のシャンゼリゼは再び、オーダーとサービスの間で静かに火花を散らしながら、徐々にスピードを上げて、クリスマスの街を駆け抜けていった。


 ☆ ☆ ☆


 閉店の看板が戸口にぶら下がると、虹さん達が歓声を上げた。つられて俺と晴海さんも笑った。

「終わった! 今年も終わったー!!」

「はー、疲れた」

「お疲れ様です!」

「当分クリスマスは来なくていいな」

「心配しなくても、一年後ですよ次」

 マスターがケーキを取りに行っている間、俺達は解放感に任せてたわいもない会話を繰り広げていた。ふと、六花さんが立ち上がる。

「ん? どうしたんですか? マスター」

 そのまま厨房へ駆けていく。ここからでは柱の陰で、マスターの顔は見えないけれど、彼の話を聞いているであろう六花さんが、ちょっと楽しそうな顔になってきたのが気になる。間もなく彼女が帰ってきた。

「雨宮、時雨ちゃん、任務」

『へ?』

「シャンメリー忘れた。私達は別にワインでいいけど、そっちはそういうわけにいかないでしょ? 買ってきなさい。デパートあたりで、高いやつ」

『は?』

「あー、シャンメリーないなら仕方ないなー。クリスマスと言えばシャンメリーだしなー行って来いよーお前らー」

 いや、絶対あるよね。わざとだよね。来るだろうとは思ってたけど、パーティー終わった後だろうとか思ってたからその……まだ心の準備が出来てないというか……。てゆーか虹さんやる気なさすぎだし、棒読み過ぎるし。

 久しぶりに晴海さんの顔を見ると、彼女も戸惑っている様子だった。ひょっとして俺と同じ心境……だったら嬉しい。いやいや、変なシンパシー感じてる場合じゃない。ここで引き下がったら男がすたるというか……。そんな気がする。負けた気がする。

「……行こうか、晴海さん」

「あ、はい」

 結局、妙なプライドのせいで俺は、クリスマスの街へ飛び出すことになる。んでもって、数歩と行かない所で後悔する羽目になる。

 めっちゃ気まずい。

 そもそも、俺から何か話すっていうのは変な気もするし。しかし、同時にこの沈黙に耐えられない気もして。バイト中も喋って来なかった分、そろそろ抑えが利かなくなって、何かしゃべってしまいそうだ。

「あのー、さ。この前はその、ごめん」

 ほら。

「え?」

「いきなり、その、変なこと言って」

 話し出してしまったら言い訳が止まらない。情けないとは思うけど。でも、自分の気持ちを押し付けたまんまな気もしていて、それはそれで卑怯だなとも思えるようになったりして。

「思えば、バイトの時もそんな毎回話してたわけじゃないし、ムードも何もなかったしさあの時。勢いだけが先走ったって言うか……勿論勢いだけで告白したわけじゃないんだけど」

「……うん」

「ずっと好きだったし。気になってたし、見てたし。あ! ストーカー的な感じじゃなくて! でも、あまりに晴海さんのこと考えてなかったって言うか……あまり知らないともいうか……いろいろ押し付けてんだろうなと思って。自分でも何言ってるのかわからなくなってきたけど……」

 同時に、やるべきことはやったんだなとも思っていて、半ばやけになっていたのかもしれない。でも結果的に、それは良かったんだと思う。

「まずは、友達からだよなーこういうのって。俺、恋愛初心者って言うか……そんな感じだから、色々わかんなくて」

 彼女いない歴=人生宣言をした所で、やっと俺の口は止まった。普通かっこ悪くて言わないよこんなこと。そう思って凹みそうになるけど、これが俺なんだから仕方ない。開き直って、あの日以来初めて、晴海さんの顔を見る。

「あの……一ついいですか?」

「うん」

 夜の空気はしーんと冷えている。いつの間にか立ち止まった俺達は、容赦なく熱を奪われていく。そのはずなのに寒くはなかった。とことん参ってるんだ。俺は。

「私、多分自分一番なんです……自分の都合が一番なの」

 今度は、彼女の敬語が外れたタイミングすら判断できなかったくらいなんだし。

「不器用で、一つのことに熱中したら周り見えなくなっちゃうタイプで。だから、課題とかの度に放っておいちゃうかもしれなくて。気遣いとか、できないかもしれなくて。服装だって、女子力マックスなミニスカとかフリルとか無理だし」

 うつむいたまま話しているので、前髪に隠れて表情がわからない。でも、目を逸らしたらいけないんだろうなと思ったし、逸らす気もなかった。

「そんな美人でもないし、人を引き付けるものみたいなのもないし。今聞いててわかるかもしれないけど卑屈だし」

 目は見えないけど、声のボルテージが段々上がっているのがわかる。

「こんな自分なんだけど、我が儘だから傷つくのも嫌で。私も何言ってるかわからなくなってきたけど、そんな自分が嫌いで卑屈になってるって言うか、内側に閉じこもってるって言うか。だから、その、一言でいうと、その……色々面倒臭いと思う!」

 多分、六花さんの言った通りなんだ。彼女は真面目で誠実な人だから、今必死に、応えようとしてくれているんだ。

 あー、そういうことなんだと思った。想いを伝えることが大事ってことは。俺はまだ、思い出になれればそれでいいとまでは思えないけど、こういう風に心の底からぶつかってくれたらそれは、凄く幸せなことだ。他の人が見れないこの人を、見ることが出来ているんだから。

「雨宮君のことは、私だって気になってた。バイト一緒の時は何か見ちゃったし、シフト被ってないかなって、会いたいような会いたくないようなっていっつも思ってて。会いたくないって言うのは、ドキドキしちゃうからで……その、悪い意味じゃなくて。だから、六花さん達にもすぐばれちゃったんだね。雨宮君のこと、好きなんだ。私。だからこそごめん」

「……うん」

「私はまだ、恋愛するには子供なんだと思う。だから、すぐ恋人にはなれないと思う」

 振られるんだなと思ってた。含みのある言い方に少し驚く。

「でも、さっき雨宮君は、自分も恋愛初心者だって言ってくれたよね」

「あ。まぁ……うん」

 自信なさげに、でも意志をもって、勇気を出してるんだってことがこっちにもわかるくらいまごつきながら、晴海さんは俺の顔を見た。いや、目を見た。

 多分、初めてだ。出会ってから、初めて。

「初心者なりに、友達以上恋人未満みたいな感じで、始めるのはどうだろう」

 こんな遠まわしなオッケーって、存在していいんだ。

 頬に冷たい雫が当たった。ジャケットを見たら雫じゃなくて、雪だった。あり得ないタイミングでホワイトクリスマスだ。

「返事に、なってないかもしれないけど……」

 俺は、バッグから折り畳み傘を出した。彼女のカバンからも傘がのぞいていたけれど、こっちの方が大きいだろう。

 布が張るいい音がする。

「目標は、やっぱりあの二人?」

「…………違う形になると思う」

 今気づいたけど、彼女も顔が赤くなっている。俺と同じで、多分寒さなんて感じてないんだろうな。

「なんか……あの日と同じだな」

 同じじゃないけど。かなり根本的な所が違うけど。でも、晴海さんは笑ってくれた。……そろそろ、下の名前プラスさん付けに格上げさせてもらってもいいだろうか……。いや、まだ早いかな。

「恋愛以上の意味で、すっごい嬉しい。ありがとう」

「うん」

 彼女の傘は、結局バッグに入ったままだ。


 ☆ ☆ ☆


 街の夜が騒がしくなるこの日、あたしの周りはいつも騒がしい気がする。ケーキ屋だからしょうがないんだけど! そもそも、ケーキ店なんてものを経営しようと思った時点で、宿命づけられていたことなわけだし。こうなった以上、腹をくくって楽しむのが一番。クリスマスなんて言う恒例の行事は。

でも、特に今年は騒々しかった。新しく入ったバイトちゃんの、さわやかな初恋のおかげで。初恋かどうかくらいはわかる。今までケーキ屋のバーテン役として、色々なお客の悩みを聞いてきたんだから。

「行っちゃったわねー」

「マスターがけしかけたんでしょー」

「ああいうのはね、とっとと言わせたもん勝ちなのよ。焦らすのはかわいそうでしょ」

「よく言う。からかうなナイーブなんだからって散々説教してたのは誰なんだか」

「あんた達は半分楽しんでたでしょうが」

 呆れる。同時に、可愛らしくもあるんだけど。

 シャンゼリゼにこの二人が揃ってから、今年で五年目になる。接客業につく身として今まで色々な人間と会ってきたけど、この二人は相当変わっている部類に属していると思う。

「後輩からかう暇があるなら、早く二人ともいい人見つけなさい」

「な、酷い。秋に振られたばっかなのに」

「右に同じ。こっちは自然消滅に近いけど」

「全く、仲良すぎるのよあんた達。振られるタイミングまでシンクロだなんて、どんだけDNA酷似してるのよ」

「双子だもん」

「双子だからな」

 この年になって異性の双子がここまで仲がいいって言うのはどうなんだろう。ルームシェアまでしているし。これじゃ恋人できても長続きしないでしょうに。更に驚くべきことは、互いにシスコンブラコン的な感情は一切ないこと。あえて言い表すなら、友達双子。だから時雨ちゃんなんかは、恋人同士と勘違いしてるみたい。光君もそうだったし。

 後輩ちゃんよりもよっぽど、こっちの方が重傷な気がする。まぁ、本人も多分、わかっちゃいるんでしょうけど。

「六花、今年何欲しい?」

「何って?」

「誕プレ」

「うーん……新しいバッグ」

「高いのは無理」

「じゃ、調理器具。カタログで可愛いの見つけたから」

「そ。じゃあ付箋でもしといて」

「はいよ。虹は?」

「……考えてなかった。後で言う」

「了解。今年もまた、ごちそー作ったげるからね!」

 こうして見てみると、やっぱり双子って感じがする。お互い全然見栄張ってないんだもの。だからなんだと思う。変に異性との距離が近すぎるのだ。

「くっつくかな、あの二人」

 さりげなく皿の縁についた生クリームを指ですくって、六花は窓の外をぼんやり見た。この子は子供っぽいけれど、本当にわかりやすく態度に出す。だから余計に、そういう所は好ましいのに残念、と思う。

「さー、どうだか」

 反して、やる気がなさそうなのは虹。しかしあたしは知っている、こういう無関心装ってる時が、一番この子が人を気にしている時なんだってことは。天邪鬼は萌えポイントなのにね。

「マスターはどう思う?」

「五分五分かしら?」

「適当だな……」

 今はこうやって、人の人生に浸っているこの子達だけれども、自分のそれに浸るのはまだ苦手で、きっと、戸惑っているんだろう。自分はどうしたら、なりたい自分になれるんだろうとか。後輩に憧れられてちょっと得意ながらも、憧れるような人間じゃないとも思ったりして。でも、そんな所は見せられないから、頑張って答えを探そうとする。で、アドバイスする。

 気にするのは、幸せになって欲しいから。世の中に幸せってものがあるんだって、この目で見たいから。自分の考えが、幸せってものに結びついてるんだって、知りたいからだ。

 誰も、正解なんて知らない。だから、思い思いの方法で、足掻いて、もがいて、時々逃げる。

 それでいいんだと思う。人生なんて、三歩進んで三歩下がって、進んでないじゃーんって焦って、慌てて一歩進むようなものなんだから。とりあえず、大人にできることは、ちょっとした指針になってやることと、間違えること、悩むこと、立ち止まること、それが出来る場所を提供すること。ま、大人なんて言うのも、そんなに偉いもんじゃないけどね。

「あ!! 帰ってきた!」

 大げさな音を立てて、六花が立ち上がった。サンタが落ちちゃうじゃないの。

「あれ? あいつら相合傘してね?」

「マジか!?」

「マジだ!」

 ほら、虹やっぱり気になってたのね。ばたばたと足音うるさく戸口へ駆けていく。ツリーにどちらかがぶつかったのか、オーナメントのベルががらんがらん鳴った。

「お疲れさん、どうだった?」

「お探しのものは見つかった? 上手く」

 来年のクリスマスは、ここに誰がいるんだろうか。今のまま、変わらずに何かがあるんだろうか。それとも、全然違うものになっていくんだろうか。


 幸せに終わった今日の後にも、明日は必ずやってくる。そして、毎日が幸せに終わるとは限らない。

 それでも、今日に会えてよかったって、思える日になるといいわよね

 一日でも多く。


「祝杯! マスター祝杯!! ワインワイン!!!」

「うっせーよ六花。あくまでビミョーな前進だっつの」

「あー、その、微妙な前進って、ちょっと傷つくっす」

「傷つくだぁ? 俺、先月振られたばっかなんだけど」

「何かすいません♪」

「うわ、やっぱお前むかつく。かわいくねー。アシストするんじゃなかった。」

「キャンドル立てよう! あ、ケーキ入刀する?」

「しないです!! そもそもそんな大がかりに祝うほどのものでは……あー六花さん! シャンメリー振らないで!!」

「ひゃっほー!!!」

「ぎゃー!」

「やりやがったよこいつ。小学生か」

「ちょっと、ケーキにかけるんじゃないわよ。折角こだわりのクリームが……コラ! 苺をつまむな!!」


 おわり



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