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【番外編】妖精とクマ  作者: さぁこ/結城敦子
【牧田融の結婚】
7/16

かつての名声も衰えを知る

 気張って作ったんだろうことが伺える分厚い部誌を二十冊入れると、かなりの重さになった。

 これなら耐久性の実験にピッタリだ。


「その紙袋!可愛いですね!どこのショップのですか?」


 それを見て、桐子ちゃんが興味津々に聞いてきたので、軽くうちのカフェについても説明しておいた。


「その節はごひいきに」


「分かりました!割引券下さいね」


 やれやれ、女の子はしたたかだよ。

 部誌も買ったし、俺たちの登場で、模擬店の邪魔をしているようだし、そろそろ帰ろうかと、冬馬を見たら、副会長に何か囁いている。

 怪しい。


 怖いもの知らずと言った様子の副会長の南ちゃんが青ざめているってよほどだよ。

 そして言うセリフが、「ねぇ、真白ちゃん。折角、彼氏が来たんだから、学祭見て回ったら?ここは私達に任せて」だ。

 何を言ったのか気になったけど、ここでは教えてくれないだろう。


 南ちゃんからの提案に、真白ちゃんは混雑する模擬店内と、行列を見て迷ったが、心は明らかに、冬馬の方向に向いていた。


「いいんじゃない?どうせ、真白ちゃんが居なくなったら、奴らもいなくなるわよ」


 嫌味でもなんでもなく、単なる事実を、桐子ちゃんは述べた。


「あ、あの、じゃあ、行ってきます」


「―――着替えて行ってね。あと、その服、もう着なくていいから」


 憐れむような目で、南ちゃんは真白ちゃんを見た。


 冬馬が何を囁いたのか、本気で気になる。


「そうですか?……折角、若社長が褒めてくれたのに」


 さっきまで恥ずかしがっていたくせに、現金な女の子は恋人の顔を伺った。


「でも、それを着たままじゃ、目立つから」


「チラシを配って歩いたら宣伝になるかもしれません」


 与えられた役割に忠実な真白ちゃんの提案だったが、武熊さんが「お外を歩かれては、私でも盗撮の被害を食い止められません」と必死に宥めたため、大人しく着替えることに同意した。

 そうそう、世界の平和の為に、一刻も早く普通の恰好に戻って下さい。


 真白ちゃんが着替えることになり、模擬店を留守にすることが伝わると、桐子ちゃんの言ったように、客はまばらになった。

 その代わり、純粋にコーヒーとお菓子目当ての人間がその隙に、とばかりに集まりだしたので、結果としては良かったのかもしれない。

 あの二人の女の子も、どこから連絡を受けたのか、戻って来た。

 もっとも、コーヒーの味が大幅に落ちるかもしれないのが、悲しいところだ。

 ツインテールをほどき、ポニーテールにした真白ちゃんは、設営用だったのだろうか、ジーパンにパーカートレーナーという無難な服装になった。

 それでも十分すぎるほど可愛らしい女の子を連れた冬馬は、満足気な気持ちを隠せない様子で出て行った。


 俺は?

 ねぇ、俺は?

 邪魔ですか、そうですよね。


 仕方が無く、縁もゆかりもない大学の学祭を『一人』で見学することにした。

 文芸同好会に留まっていたら、武熊さんのようにピンクのエプロンをつけていいように使われそうだ。

 一応、バリスタの修行もしているので、そこそこ美味しいコーヒーを淹れられるようになっているから、手伝ってあげたいけど……ピンクのエプロンはなぁ。

 武熊さんの思いきりの良さに到達するには、まだ修業が足りない。


 そうだ、もっと上手く淹れられるようになったら、一番に小巻にご馳走してあげよう。

 良いことを思いついたので、心が軽くなった。

 しかし、二十冊の部誌が重くなる一方だ。

 持ち手をもう少し、改良した方が良いかもしれない。

 もっとも、そんなに重い物を入れるのか?

 うちで扱うもので重いと言えば……コーヒー豆か……一袋二百グラムとして、五袋も買えば、それなりに重くなる……。


 などと考えながら歩いていたら、小さな女の子の泣き声が聞こえてきた。

 見れば母親と一緒に木の上の方を見ている。

 俺もそれに誘われるように視線を上げると、木に、風船が引っかかっていた。


 なるほど、そういう訳か。


 そんなに高い場所に引っかかってはいない。

 ただ、小柄な母親と、小さな子供には届かないだけだ。

 俺はおもむろに近寄って、紙袋を足元に置くと、軽くジャンプをして風船を取ってあげた。


 とても感謝されたので、ますます気分が軽くなった。


 さらに歩くと、脇からチラシを渡された。

 そこに来るまでも何枚も貰って、紙袋の中に溜まっていたのだが、そのチラシに、俺は目を惹かれた。


「恰好良いお兄さん、ゲーム好き?

これから格闘ゲームのトーナメント戦をしますよ!

参加費三百円で優勝者には豪華景品付き!

腕に覚えがあるならば、是非、寄ってって!」


 腕に覚えか……無い訳ではないけど、昔の話だからな。

 それでも気になったので、覗いてみた『ゲーム研究会』の展示教室に置かれた『豪華景品』に釘付けになった。


「こ、これ!」


「お兄さん、やっぱりゲーム好き?

お目が高いね。これはあの大人気ゲームの非売品……」


「藤堂先輩の指輪だ!……え、でも、なんで、まだ発売されてないだろう!」


 つい噛みつくような勢いで問い詰めてしまった。

 だが、これは小巻がずっと欲しがっていたものなのだ。

 それがこんな所に、他のゲーセンで取ってきたようなぬいぐるみやフィギュアと一緒に無造作に置かれているなんて。


「商品化する前に作ったやつですよ。

ほら、お菓子のコラボキャンペーンで抽選で三名様に当たる!ってやってたの、知ってますよね……その喰いつき方だと」


「あれか!」


 なんとしてでも当てる!と息巻いた小巻が大人買いの箱買いをして、毎日、三つ、その菓子を延々、半年近く食べさせられた記憶が甦る。


「そうです、あれですよ!

うちの部長が、なんとなく一個買って、なんとなく応募したら当たっちゃって〜……ぐぇ」


 思わず襟首を締めすぎてしまった。

 しかし、世の中不公平だ。

 たった一個で当てるとは……世の藤堂先輩好きの女性に恨まれるぞ。

 そもそも、何十、何百と買ったのに当たらなかったファンの怨嗟の抗議で、商品化することになったんだから。

 だったらお菓子じゃなくって、そっちにお金使ったのに!と、これまた不評という、見習いたくない企画だった。


「おたくの部長、運の使い道、間違ってるぞ……」


「ええ……彼女に振られたの、そのせいだって……これは呪いの指輪だ、滅びの山に捨ててやるって……」


「それはもったないな。俺が貰ってやろう」


 致し方が無い。

 現役復帰といきますか。


 俺は三百円を支払うと、対戦席に座った。



「お、お兄さん……すごいコントローラーさばき……まじで、何者ですか?」


「ただの通りすがりの、しがないサラリーマンだよ。

ひどい上司にこき使われてるの。

……人の対戦中に話しかけるのは公平じゃないぞ」


「相手は子供ですよ〜」


「俺はゲームではどんな相手にも手加減しないの。

はい、俺の勝ち」


「子供泣いてますよ」


 大人気ないのは分かっているけど、絶対に優勝して、あの指輪を小巻に持っていってあげたい。

 昔取った杵柄、とはよく言ったもので、俺の腕前は落ちてはいなかった。

 ただし、反射神経と指の動きに加齢の影響が……くそう。


 客同士の対戦で優勝して、ぬいぐるみは貰ったが、肝心の指輪はスペシャルシードとかなんとかで例の部長と対戦してからとなり、その勝負に惜敗してしまった。

 「あの指輪、捨てて厄落としたいんじゃないのか!?」と聞いたら、「それはそれ。ゲームではどんな相手にも手加減無用!」と俺と同じことを高らかに宣言した。


「もう一回!」


 そう言って、三百円払おうとしたら、呼び込みの部員に止められた。


「気持ちは分かりますが、お兄さん、強すぎです。

お兄さんが参加したら、誰もやりたがりませんよ」


「強い相手と戦いたくないのか!?」


「……学祭ですからね。そこまでディープなの、お兄さんとうちの部長くらいです。

もう少し手を抜いてやったら、部長が対抗心燃やして、スペシャルシードなんか言い出さなかったのに」


 俺はどうやら、攻め方を間違えたようだ。

 「なんとかならない?あの指輪、どうしても欲しい……」と、交渉し始めた所に、冬馬と真白ちゃんがやって来た。


「ここだと思った」


 高校時代からの親友は、俺の行動を読んでいた。

 うん、昔っから暇さえあればゲーセンに行ってたからな。

 百円の資金で、秋生や夏樹の好きそうな景品を代わりに取ってやったこともあった。

 あの頃の二人は可愛かったよ。

 特にぬいぐるみを抱いて「ありがとう!牧田のお兄ちゃん!」と笑顔を見せていた夏樹の変わり様を思い出すと、時の残酷さに涙が出てくるよ。

 

「牧田さん、ゲームが得意なんですね」


 真白ちゃんがキラキラした眼差しで言った。

 ゲーム研究会一同は噂の真白嬢の登場に色めき立ち、俺はさらに尊敬の念を集めた。

 嬉しいけど、隣の彼氏の視線が怖い。


「こいつは大学の時、自分のプレイ動画をネットに上げてたくらいだからな」


「へぇ!そうなんだ。お兄さん、只者じゃないとは思ってたけど、もしかして、その世界では有名人だったんですか?」


「俺……知ってるかも」


 『呪いの指輪』の持ち主が俺を見た。

 今更、正体がばれるのは嫌だ。

 俺は『無敗の牧田』と呼ばれた男だぞ。それが負けたとあっては、過去の栄光に傷がつく。


「社長、そろそろ仕事に戻りますか」


「―――そうだよなぁ」


 冬馬は気が進まない様子だったが、いつまでも遊んではいられない。

 社会人だからな。


「じゃあな……頑張れよ、学祭」


 精神的な後輩達に、エールを送って、その場を後にしようとしたら、戸口に大変可愛らしい女の子が立っていた。

 手に持っている風船には見覚えがあった。

 さっきの女の子だ。


 彼女は風船を母親に預けると、首からかけた猫の顔のポーチから小さな光るものを取り出した。


「お兄ちゃん、これあげる。さっきのお礼」


 ビーズで作られた指輪だった。


「指輪、欲しいんでしょ?」


 いや、欲しかったのそれじゃないんだけど……でも、言うべき言葉は一つだ。


「ありがとう。君は優しい子だね。……あ、このぬいぐるみいる?」


 母親は遠慮したが、俺が持っていても仕方が無いし、家には似たようなものが大量にある。

 俺と小巻は高校時代、馴染みのゲーセンではクレーンゲームをさせてもらえなくなったくらい、取りまくっていた過去があり、今でも、たまにやってしまうのだ。

 ああ、そういや、そんなこともご無沙汰だった気がする。

 女の子の方は俺の知り合いらしい真白ちゃんを気にしたので、「あの女の子にぬいぐるみなんてプレゼントしたら、あの怖い顔をしたお兄さんに俺がいじめられちゃうんだ」と泣き真似してみせたら、受け取ってくれた。

 冬馬は人聞きの悪い……と言ったが、語尾に「その通りだけどな」とぼそっと付け加えた。


 お前の真白ちゃん好きは筋金入りすぎて、気持ちが悪いよ。


 でも、そうだな……そういう『特別』な感情は……『当たり前だ』。


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