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【番外編】妖精とクマ  作者: さぁこ/結城敦子
【牧田融の結婚】
6/16

無邪気な悪魔に翻弄される

 途中で貰った学祭のプログラムで真白ちゃんの同好会の出店場所を確認する。

 どうやら、同好会の部屋のようだ。


 近代的な建物の奥に、創設の頃から建っているんじゃないかと思われる、蔦の絡まった、趣のある建物があった。

 普段は閑静な場所だろうが、この日は大勢の人間が、建物を取り囲むように並んでいた。


 入り口で、ちゃらい感じの学生がボードを片手に叫んでいる。


「テイクアウトもやってますので、そちらもご利用下さい〜。

並ばなくても買えまーす。

部誌も販売してますので、よろしくお願いします」


 そうは案内しても、おそらく、中に居るという超・可愛いメイドさん目当ての列は崩れない。

 ごく一部の、純粋にコーヒーを飲みたい人間が、そろそろと列から離れ、男に話しかける。

 そのテイクアウト組と思われる、女子学生が二人、コーヒーの入った紙コップと本を持ってこちらに向かって来た。

 俺に目を止めると、きゃあきゃあ声を上げた。


 自分で言うのもなんだけど、俺は見た目だけで女の子を釣れるのだ。

 ちなみに小巻が俺を好きになった理由も、藤堂先輩以前に好きだったゲームキャラ・五十嵐君に似ていた……からだ。

 五十嵐君は高校生ながら大財閥の若き総帥で、美形の天才という、ほぼ藤堂先輩と同じ設定なんだけど、今ではすっかり、忘れられているようだ。


「すみません。ちょっとお聞きしたいんですけど、その本って、あそこの同好会が出している部誌ですか?」


 俺が丁寧に言葉を掛けると、二人は声を弾ませて答えた。


「はい!そうです!」


「カフェ特集だから買ってみたんです。クーポンもついているって言うし」


「それで五百円!コーヒーも百円だったから、ま、買ってもいいかなって」


「コーヒー、美味しい?」


 部誌は好評のようだったので、ついでにコーヒーの味も聞く。

 冬馬はなぜか、横を向いて、女子大生二人には話しかけないようにしている。

 顔が怖いからか?


「すっごく!学祭だし、百円だし、って思ってたら、美味しくってビックリ。ねぇ?」


「そうそう。これだったら、中でお菓子も食べたかったんだけど……」


「フランスのお菓子なんですって。とっても美味しそうだった……」


 女の子達は残念そうに行列を見る。


「人気みたいだもんね、ここ」


「ええ。椛島真白……って、あの、ちょっと有名な女の子がいるんです」


「みーんな、その子目当てよね」


「へぇ。なんで?可愛いの?」


 初耳のような顔をしてみる。


「―――可愛いって言えば可愛いかな。背ぇ、高いけど。

でも、止めた方がいいですよ。あの子、高嶺の花だから」


「そうそう!あの、小説家の椛島真中の娘で!つまり、あの今話題の小野寺家の『若様』のご令嬢だったんです!」


「ねー、すごいよね。ビックリ!」


「どうりで、ツンケンした子だと思った」


「そりゃあ、ね。私達、一般人とは違うって思ってたんじゃないの」


 うわぁ〜、真白ちゃん、同世代の同性からめっちゃ反感かってるよ。

 あんないい子が、何をどうやったらそういう評価になるか分からないけど、そういや『妖精』プロジェクトの時も、嫌われていたなぁ。

 ちらりと冬馬を見ると、その件は先刻、承知のようで、特に感情の変化は見られなかった。


「あ、だけど、このコーヒー彼女が淹れてた」


「そう言えば……」


 二人は微妙な顔をして紙コップの中の黒い液体をみつめた。


「なんか本当は別に好きな人がいるのに、政略結婚させられそうって聞いたし?」


「ああ、あの行方不明とかっていう?」


「そうそう、知ってる?経済学部の友人に聞いた、ここだけの話なんだけど、どっかの御曹司に見初められたせいで、恋人がシベリアに左遷されて、消されちゃったんだって!」


「うっそ!可哀想〜。あの話、そんな展開になってたの!?」


 ……どんな噂が流れてるんだよ!どっからシベリアが出てくるんだよ!

 女子の噂って、怖いな。

 冬馬と言えば、さすがに苦笑している。

 

「あ、それ違うよ」


 思わず擁護してしまった俺に、不審な視線が突き刺さる。


「ここだけの話……」


 俺は敢えて、声を潜めた。


「俺、ちょーっと関係者なんだけど」


 「え〜、そうなんですか?」、「本当に???」と、なかなか良い反応を頂けたので、やんわりと噂の修正を図る。


「確かに他の男と結婚させられそうになったけど、直前に、恋人が取り返しにきたんだよ」


 少しだけ話を盛ってみる。土台は、小巻の好きなゲームのEDの一つだ。

 藤堂先輩との付き合いを反対された主人公が、藤堂家の親戚によって、別の男と結婚することになったのを、取り返しにきてもらえる、通称『略奪ED』。

 これを初めて見た小巻は、床の上を三往復くらい転がり、クッションに顔をうずめ、意味不明の叫び声をあげていた。


「よく知ってますね」


「そりゃあ、その界隈じゃ大騒ぎだったからね。

何しろ小野寺家の『若様』のご令嬢がお披露目パーティーの時に、舞台上から逃げ出しちゃったんだから」


 これは事実だ。嘘には真実を混ぜておくのが、ポイントなのだ。

 期待していた通り、二人の女の子達は、小巻と同じように瞳を輝かせた。


「すごいロマンティック〜」


「あの子も、結構、やるのね!」


「あ、でも、さっきも言ったけど、ここだけの話だからね。

……君達の反応が良いから、俺もついうっかり、話すぎちゃったよ」


 「まずいなぁ」とわざとらしく追加する。

 これで、明日には、真白ちゃんの噂も変化している……と思いたい。


「牧田、そろそろ行くぞ。時間が無いから、俺たちもテイクアウトで済まそうか?」


 冬馬は俺の工作を否定するでもなく、肯定するでもなく聞き終わった後、やっと口を開くと、呼び込みに向かって歩きだした。


「あ、待てよ、冬馬!……お二人ともありがとう!くれぐれも今の話は秘密にね〜」


「「はーい!」」


 いい返事が返ってきた。噂の拡散、よろしくお願いします。 



 さらに近づくと、同好会の男子学生は、俺たちの姿を見て、一瞬、固まった。

 その顔には明らかに、「やばい」と書いてあった。

 どうやら、こいつはことの次第を把握しているようだ。


 その時、小さな女の子を連れた親子が出てきた。


「お姉ちゃん、ごちそうさま!」


「ありがとう。学祭、楽しんでね」


 扉を開けるのを手伝っている人影は、どう見ても真白ちゃんだった。

 ただし、その恰好は、まさにメイドさん。

 それも小野寺や雨宮にいる古式ゆかしい本物のメイドさんではなく、いわゆる、萌〜なメイドさん姿だった。

 フリフリで中は見えなさそうだけど、短いスカートに、ニーハイソックスからわずかに見える、いわゆる絶対領域。

 コルセットで締め上げているせいで、いつもよりも細い腰、さらに盛り上がっている胸部。肩は丸出しだけど、エプロンがあるので、胸元はしっかり隠れているのが幸いだ。

 そして、白いフリルのカチューシャにゆるく巻いたツインテール。


 はっきり言って、あざとすぎて、完璧すぎて逆に萌えない。

 想像の余地が全く無いってのは、残念なものだ。


 俺はむしろ小野寺や雨宮の古式ゆかしいメイド服の方が……と、俺の話は置いといて、呼び込みの男は、真白ちゃんが姿を現したのを見て、大いに狼狽した。


「ちょっ……真白ちゃん!今は駄目!逃げてーーー!!!」


「はい?」


 子供の目線に合わせて膝を落としていた彼女は……しゃがむでもなく、腰を折るでもない、スカートの中身を守るその体勢は、実に立派だ……その声に反応して立ち上がった。

 そして、目の前に自分の婚約者がいることを確認して、顔を赤くした。


「なっ!若社長!?なんで!えっ?学祭は来られないって、言ってたのに!!!」


 スカートを引っ張ったり、胸の所を隠したり、大忙しのようだけど、まったく意味がないよ。

 大体、その反応、明らかに、冬馬が来ないと分かったからしている、すなわち、冬馬には見せられない恰好だって分かってるよね。

 真白ちゃんは冬馬に何度も尋ねたのだろう。「学祭来られますか?」と。

 この恰好をするのを見せたくないから何度も確認したのを、冬馬は「どうしても来てほしい」と解釈してしまったのだ。

 なので、仕事の合間を縫って、無理して冬馬は学祭に顔を出すという行動に出た。

 どちらも悪い訳じゃない。絶望的なすれ違いが起きただけだ。


 だんだん涙目になってくる彼女に、どう対応するか、俺は、ちょっと怖くなった。


 しかし、冬馬はそんな真白ちゃんを見て、微笑んだ。


「やぁ、真白ちゃん、その恰好、可愛いね。とっても似合っているよ」


「―――!!!」


 偉い!偉いよ!冬馬くん!

 俺は今日ほど、お前を尊敬した日はなかったかもしれない。


 真白ちゃんは頬をさらに赤らめて、感動で目を潤ませ、何事かと出てきた、同じような格好の……真白ちゃんはピンクでその子はブルーだった……女の子に縋り付いた。


「桐子ちゃん!ありがとう!!!」


「へぇ?」


「聞いて、若社長がね、若社長が!この服、似合うって、可愛いねって!

恥ずかしかったけど、この恰好して良かった!」


 さっきまでの羞恥の様子はどこへやら、くるりと回ってすら見せた。


 どんだけ嬉しいんだよ、この子は。

 まるで言われて慣れていないみたい……と、そうだ、冬馬は真白ちゃんを褒めない男だった。

 『妖精』プロジェクトの時も、ジャン・ルイ・ソレイユの傑作を着た彼女はまさに『妖精』のごとき美しさだった。

 みんな本心に加え、緊張している女の子を励ます意味でも、盛大に誉め讃えたというのに、若社長はちっともそうしなかった、と打ち上げの時に、ひそやかに囁かれているのを聞いた。

 彼女を『可愛い』と認めると、自分の恋心を肯定することに繋がると思っていたと理解できるが、今も褒めないのは、こういう時、煙に巻くために、出し渋っているとも思えて、真白ちゃんが不憫になる。


 ―――そう言えば、俺は小巻に『可愛い』と言ってあげているだろうか?

 その服、似合っているよ、と褒めたの、いつだった?

 今朝から渦巻く疑問がまたもや湧き出す。

 小巻が可愛いのも、新しい服や髪型が似合うのも、当たり前のことで、さして感想を述べる気がしなくなっていた。


 たまにだろうが、冬馬は口に出して真白ちゃんを褒めている。


 もっとも、行列に並んでいる野郎どもへの牽制もあったようだけど。

 彼女の反応を見れば、どう考えても、彼女の想い人が、このクマみたいな男だって、分かるもんな。

 こいつ、こんなに腹黒かったか???

 

 真白ちゃんを頭ごなしに叱るのではなく、褒めてこの効果。

 見事な範囲攻撃だよ。

 冬馬のターンはさらに続く。


「突然、来てごめんね。ちょっと近くまできたから、真白ちゃんの頑張っている様子を見てみたかったんだ。

あと、部誌も買おうかな、と思って。

中に入ってもいい?」


「はい!どうぞ!……コーヒーも飲みますか?テイクアウトならすぐお出しできますけど」


「いいや、いいよ。

今度また、うちに来て淹れてくれる?」


「はい!勿論です!美味しいの、淹れます!」


 はいはーい。

 この可愛い女の子は、この男の家に行って、コーヒーを淹れるような仲なんですよ。

 さすがに朝のコーヒーまでは進んでないみたいだけど、それも時間の問題の、親公認の婚約者同士なんですよ。


 打ちひしがれる行列の男達など、構うこともなく、止めとして真白ちゃんの背中、限りなく腰回りに近い場所に、さりげなく手を回して、冬馬は今はカフェとなった同好会の部屋に入って行った。


 もう止めてあげて、行列の男達のHPはゼロよ!


 なんて、思いながらも、俺も続く。

 部屋に入ると、いそいそと小野寺の警備隊長の……なぜか似合わないピンクのエプロンをつけている武熊さんが冬馬に近づき「お止め出来ず申し訳ありません。私も女子更衣室にはいられると、なんとも手が出せず……」と恐縮しきりだった。

 そうだよね、更衣室に入られたら、手出しできないよね。

 それでも必死に真白ちゃんの写真を流出させない努力はさすがだよ。

 ローアングルで撮られた日には、冬馬よりも、小野寺、雨宮のトップが怒り狂って、撮った学生の就職が危なくなる事態になりそうだ。

 

 みんなの平和の為に、真白ちゃんには是非とも、その恰好は断って欲しかったです。

 喜び勇んで部誌やカフェについて冬馬に話している場合じゃないよ。


 ちなみに、行列の果てに席に落ち着いた野郎どもにも、その真白ちゃんも加わった協力攻撃は効いた。


 ただ、肝心の部誌は思ったほど売れてはないようだ。

 真白ちゃんのこんな可愛い恰好見たのなら、部誌くらい買って行けよ。


 俺は指折り数えて、一見もっさいけど、正装すればそこそこ見える男に声を掛けた。

 この学生は知っている。真崎さんの臨時バイトとしてこきつかわれていた同好会の会長だ。


「この部誌、二十部下さい」


「に、二十部!?」


 驚く学生に、こちらも知っている顔の副会長が手際よく部数を数える。


「お買い上げありがとうございます!」


「そんなに買うのか?」


 冬馬は財布を出している俺に聞いてきた。


「うん?だって真白ちゃんが書いた文章が載ってるんだろう?

みんな欲しがるんじゃないかと思って」


「……なるほど、じゃあ、俺の十部くらい買っておくかな」


「あの!若社長の分は、私が!……牧田さんの分も」


 真白ちゃんが献本を申し出てくれたけど、俺たちは当然、断った。


「気にしない、気にしない。

小野寺出版の連中に買い取ってもらうから」


「「「小野寺出版!!!」」」


 同好会の会長、副会長、それから桐子ちゃんが声を上げた。

 そりゃ、そうか、こんな部誌を出すくらいだもんな。


「っと、残念ながら、俺達はもう、出版社とは関係ないから」


 そう言いながら、お金を支払い、部誌を受け取る。

 まさかこんなに一度に売れると思わなかったのかもしれない、むき出しのまま渡されて、困ってしまった。


 すると、冬馬が先ほど受け取ったサンプルの紙袋を取り出した。


「ちょうど強度の実験になるんじゃないか?」


「そうだな」


 どんな場合においても、商売人は利益を追い求めるものだ。

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