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【番外編】妖精とクマ  作者: さぁこ/結城敦子
【雨宮姫の結婚】
10/16

前編(エリィ視点)

 都会に林立する高層マンションの上階に、私の部屋はある。

 自分で稼いだお金で買った部屋だ。

 自然豊かだけど、ど田舎な故郷から、都会にやって来て、一旗揚げた私に相応しい場所。

 素晴らしい。

 天を覆い尽くす星空は無いけど、眼下には煌めく夜景が、その代わりに、私の心を慰めてくれていた。

 でも、今は、もっと素敵な存在が側に居てくれる。

 

「絵里、父さんからの宅配便が届いたよ」


 見た目、頼りなさげな男が、発泡スチロールの箱を持ってキッチンに入って来た。


「あら!ありがとう。ご両親にお礼の電話をしないとね」


 小さい頃から知っているお隣同士……と言っても、一軒一軒の敷地が広いせいで、大分距離はあったけど、とにかくお隣同士の私達は、なんだかんだ、すったもんだの挙句、落ち着くところに落ち着いた。

 もっと早く結婚すれば良かったと、思わず愚痴が出るほど、とっても幸せな毎日を送っている。

 まぁ、結婚相手の星野満顕ほしのみつあきが寛大な気持ちで私を泳がせてくれているんだけどね。

 若い頃は、この泳がされている感が堪らず嫌で反抗していたけど、満顕の心は広い。

 太平洋くらいは広いので、クジラのような私だって十分、飼えるのである。

 

 満顕から発泡スチロールを受け取ると、蓋を開ける。

 中には丸々一羽の鶏が入っていた。星野家で育てていた地鶏である。

 そうは言っても、羽は全部抜かれているし、血抜きも済んでいる。

 

 新人の頃、バラエティ番組に駆り出されて、魚も捌けない今時の女の子扱いされたことがあった。

 でも、出されたのは魚じゃなかった!

 ホヤって何よ!

 そんなの、生産地でもなければ、年季の入った主婦だって下ろせないわよ。

出水孔と入水孔を知っていただけでも褒めてほしいわよ。

 なのに、たまたま居た三陸出身のモデルが見事にさばききった。その子は拍手喝采。

 私だって、熊は……一人では無理として、鶏くらいなら、締めるところから出来るというのに。

 こういう時って、絶対、鶏とか牛とか出ないの、おかしいわよ。


 ちょっと昔のことを思い出して、乱暴に解体を始めたら、満顕の顔が引きつっていた。


 この男は、私が熊と戦っても勝てると誤解している。

 まさかそんな訳はない。

 

 私は華奢で美しい世界的モデルのエリィなのだ。

 

 ますます腹が立つから、目線で追い払った。

 見られると緊張して、失敗してしまいそうだ。

 

 ほら、たまには新妻らしく美味しい手料理をご馳走してあげたいじゃない。

 鶏から綺麗にささ身を取り上げるのに成功して、ちょっと気分が良くなった。

 まだまだ腕は落ちていない。


 玄関のチャイムが再び鳴った。

 今度は宅配ではなく、客人だ。


 満顕に誘われて入って来た人影の数に驚く。

 一人のはずが、二人いる。

 目を上げると、ガタイのデカい二人の男が立っていた。


「豊!豊じゃないの!どうしたの?」


「仕事の関係でこっちに来ていました。そうしたら兄貴もこっちに来てるって」


「鍋パーティーがあるからって、誘ったんだ。

良かったかな?」


「勿論よ!!!」


 私には弟が二人いる。みのるゆたかだ。

 うーん、さすが米農家の息子!といった名前だ。

 稔は北海道の大学の院生で、どこに籠っていたのか、大きなナップザックを背負い、ボサボサの長髪に、顔を覆う髭。雪の反射から目を守る為に冬でもサングラスをしているので、怪しいことこの上ない。

 豊は自衛隊に所属しているので、さっぱりした短髪に、精悍な顔つきをして、見事な敬礼を見せてくれた。

 二人とも、バイアスロンというクロスカントリースキーとライフル射撃を合わせた競技をしていて、国内屈指の実力を誇っていた。

 

 ―――私がパーティー会場でエアガンで犯人とは言え、人を狙ったことに関しては、警察よりももっとこっぴどく、祖父と父と弟二人に叱られた。


「……にしても姉さん、美人が、ものすごい形相で鳥をさばくなよ、怖いよ」


「貴方達に美味しい鍋を食べさせたいから頑張ってるのに、その言い草?可愛くないの」


「まぁまぁ、良かったら俺が代わるよ」


 荷物を下した稔が私から包丁を取り上げる。

 この弟は獣医学部だけど、やってることは遺伝子関係のはずなのに、動物の解体も上手い。


「一通りのことはするからね」


 見る見る間に、モモ、胸、手羽、などなどに分かれていく。

 いつまでも弟の手際の良さに見とれている暇もないので、炊き上がったご飯を潰そうとしたら、それは豊がやってくれた。


「頼りになる弟さん達だね」


 呑気な満顕には、豊と一緒につぶしたご飯を丸めてもらおう。

 私は野菜を切っている。これはうちの実家から送られてきたものだ。


 主に私達三姉弟の奮戦により、鍋はほとんど出来上がった。

 万年欠食児童みたいな豊は、今や遅しと鍋パーティーの開始を待っていたが、私は待ったをかけていた。

 ゲストがまだ足りないのだ。


 その間に、稔には洗面所に行って、むさくるしい髭だけでも剃ってもらうことにした。

 稔は満顕と似ている所があって、夢中になると何もかも忘れてしまうのだ。

 にしたって、ひどい。


「稔、何のためにここに呼ばれたか分かってる?」


「姉さんの家族としてテレビに出演する為だろう?」


「そうよ!私の弟として恥ずかしくない恰好になってもらうからね!」


「では自分が髪の毛を刈ってあげるよ。得意だから」


「ありがとう、豊。でも、髪の毛は明日、美容院でやってもらうから」


 豊に任せたら、バリカンで五厘刈にされてしまう。


 さっぱりして悪くはないけど、稔にはもう少し、おしゃれな髪型をさせる。


 何人かの人間を集めてトークをするバラエティ番組のスペシャルで、家族特集があるからだ。

 私の所にもオファーが来て、是非、旦那さんに……という話だったのだけど、それはお断りさせてもらった。

 私の素敵な旦那様は、私だけが楽しむのだ。他の一般小娘達になんか見せてあげるものか。

 その代わり、弟ならいい。むしろ、見せびらかしたい。

 何しろ、私の弟だ、髪の毛を整え、髭を剃れば、かなりのイケメン。

 なのに、彼女無し。跡取り息子がこれでは不安だ。


「稔?まだ結婚しないの?」


「うわ、自分がやぁあああああっと結婚出来たからって、早速、上から説教ですか」


「いいわよ〜結婚!」


「…………の、のろけられた」


 新婚夫婦の家に来るには、これくらいは覚悟してもらいたい。

 頭、お花畑なのよ、お姉さまは。


「そういや、姉さん、今日、雨宮家に行ったんだけど……」


 稔が話題を変えて来たので、逃げるつもりか!と思ったけど、雨宮家という単語に反応してしまった。


「雨宮家!?あなた、その恰好で雨宮家に行ったの!!!」


「うん、ほら、子犬が産まれたって聞いたから。今度は、こちらで一匹貰い受けるって話になっていただろう?

丁度良かったから、見に行って来た。

さすが八郎丸の血筋、可愛い子犬だったよ」


「え!羨ましい!……自分も見たかったなぁ」


 豊が反応したので、稔は今日見てきたという可愛い子犬について話始めた。足が太くてしっかりしているとか、毛並みが良かったとか……なんとか。

 私は弟が、むさくるしい恰好のまま、あの雨宮家のお屋敷に行ったことに眩暈がした。

 よくぞ退治されずに済んだものだ。

 満顕が「まぁまぁ」と宥めてくれなかったら、叱りつけただろう。


「そう言えば、雨宮家のお嬢様にも会ったな」


 ポツリ、と稔が付け加えた。


「姫ちゃんに!?」


「そうそう、姫ちゃん」


「姫ちゃん?」


 末の弟の問いかけに、稔は思い出し笑いしながら答えた。


「うん、雨宮家のお姫さま。可愛い子だったよ。

毛並みが艶々してて、眼も澄んでいて、健康そうだった」


「……兄貴の『可愛い』って、相変わらず自分と違う」


 豊のぼやきは当然だ。女の子と子犬をほぼ同列に扱っている。それか競走馬かも。

 ギャンブルに興味はないが、馬を見に競馬場に行っては、これはという馬に賭けてついでに小遣いを稼いでいるらしい。

 この弟に彼女が出来ないのを納得しかけてしまった。


「雨宮家のお姫さまに失礼なことしなかったでしょうね?」


 その風体自体、もはや失礼だが、学者肌すぎて、たまに非常識な弟を思うと不安になる。


「―――うん」


 一瞬の空白の後、稔は答え、そそくさと洗面所に逃げて行った。


「あ〜あ、これは、なにかやらかしてるね」


 したり顔で末の弟は、火を通していない白菜を食べた。


「後で謝っておくわ。あの家は大金持ちで、権力があるから、変に目をつけられたくない」


 長い物に巻かれるのは好きじゃないけど、私の仕事もあるし、満顕の仕事もある。

 稔の研究だって、表面的には雨宮家には全く関係ないものだけど、ああいう世界はどこで何がどう繋がっているのか分からないのだ。


 「姫ちゃんはおおらかな性格だから、大丈夫だよ」と言う、満顕も、稔と同類だ。


「その子、可愛いの?自分も八郎丸の子孫を見にいく口実に、顔を見てみたいな」


 兄よりは恋愛に積極的らしい豊が言ったので、一応、釘を刺しておく。


「可愛いけど、大財閥のご令嬢だからね」


「分かってる。でも、そういう子と知り合う機会なんて、滅多に無いから興味があるだけ。

で、可愛いんだ」


「すごく……あ、今から来る子も可愛い子よ。

姫ちゃんの……えーっと、あれは何?」


「はとこ」


 満顕が助け舟を出してくれた。


「そう、はとこ同士だから、顔も似ていると思う。

真白ちゃんよ。小野寺真白。

ただし、既婚者だから。素敵な旦那さまとラブラブの新婚一年生よ。

私達よりうっとおしいこと間違いないわ」


 そう言うと、豊はあからさまにがっかりした。


「いくら可愛いからって、結婚してたらしょうがないね。

折角の鍋パーティーなんだから、姉貴の知り合いのモデルとか招待してくれればいいのに」


「……そうか……」


 しまった。その手があったか。

 今から呼べる知り合いが居るか考えてみたが、小野寺夫婦が来ると思ったら、それは良い考えではない。

 何しろ、小野寺冬馬はかつて『モデル喰い』と呼ばれた女ったらしで、妻の真白ちゃんは、見た目に反して悋気が強いのだ。

 独身モデルなんて並べたら、修羅場が発生しそうだ。


「後でいい子を紹介してあげるわよ。

今日は勘弁して。その代わり、鍋、食べ放題だから。

―――にしても、遅いわね」


「そうだねぇ。冬馬さんの仕事が押してるのかな」


 満顕は私絡みで、冬馬さんにいい思いをしていなかったが、互いの結婚が決まってからは友好関係を築いていた。

 スマホを見ても連絡も無い。

 これはもう、先に始めていても問題は無いだろうと判断して、具材を投入し始めたら、チャイムが鳴った。

 ようやく来たようだ。


 玄関先まで出迎えると、小野寺夫婦と、護衛の武熊さんが居た。

 真白ちゃんは、名前の通りの白いフワフワのケープにニーハイブーツが実に愛くるしい。

 その上、ケープの中身は、やはり白いミニ丈のオフタートルネックのニットワンピースで、ざっくりと編み込まれたゆったりとしたラインでありながら、凹凸のはっきりした身体がそれとなくうかがえた。

 なかなか男心をそそるコーディネートだ。もしかすると、旦那の趣味かもしれない。

 新妻がコートを脱ぐのを甲斐甲斐しく世話した挙句、ハンガーにかけてあげている過保護な旦那は仕立ての良いカシミアのコートにスーツ姿だ。

 どうやら仕事先から直行で来たらしい。


「遅くなって申し訳ない。出張だったんだけど、雪で少し新幹線が遅れてしまって」


 手渡された保冷バッグの中身を見て、遅刻は許した。

 行った地方の蔵元の大吟醸と、この時期にしか出ない限定の無濾過生原酒だ。

 私達家族は全員、呑兵衛なのだ。

 

「こんな喫茶店文化の盛んな場所にあなたのカフェは馴染むかしら?」


「出店計画はまだないよ。今回は親しみやすいお店について視察に行った感じ」


「そうなの」


「それからこちらもどうぞお納めください」


 おもむろに武熊さんが手に持っていた発泡スチロールの箱を差し出した。


「鍋パーティーと聞き及びまして。

今朝、実家から送ってもらったハタハタです」


「ハタハタ!やった!!!」


 私の後ろからも歓声が上がり、髭をさっぱり剃った稔が箱を受け取り中身を確認する。


「すごい!こんなにたくさん」


「ハタハタ鍋にしようよ!」


 豊も一緒に覗き込んで提案してくる。 

 一気にテンションがあがる。

 さすが同郷の士。そして、沿岸部。いまや高級魚となったハタハタをこんなにたくさん持ってくるなんて。


「でも……」


 私もハタハタ鍋の誘惑にひかれるけど、せっかく、満顕の実家から送られて来た地鶏を見捨てられようか。

 逡巡していると、当の満顕がいとも簡単に言った。


「この家、鍋もカセットコンロも二個あるよね。

二種類の鍋にしたら?野菜は十分あるし。

わざわざ武熊さん、しょっつるも持ってきてくれたみたいだし」


 見れば、うやうやしくしょっつるの瓶を差し出されていた。


「出過ぎた真似かと思いましたが。きっとお気に召すと思いまして」


「そう!そうね!さすが私の満顕。頭いい!!!」


「武熊さん、喜んでもらって良かったですね」


「はい、真白お嬢様……っと、失礼致しました。若奥様」


「えーーーっと、そちらのお二人は?」


 私達夫婦のイチャイチャと、武熊さんと仲よくする真白ちゃんに、やや機嫌を損ねた様子の冬馬さんが言った。

 思いもかけず若い男、しかもイケメンが二人も居て、それにも警戒しているのだろう。


「私の弟達よ。稔と豊」


 そう二人を紹介すると、豊は真白ちゃんのうら若さと可愛らしさに目を奪われたが、なぜか真白ちゃんも稔の顔を凝視した。

 やだ、何?

 いくらうちの弟が美男子だからって、まさか一目ぼれしたんじゃないわよね。

 いやいや、そんなはずはない。

 真白ちゃんは父親がかなりの美形なせいか、美醜の判断が人と違う。

 椛島真中や雨宮一、冬馬さんの部下の牧田秘書などの涼しげな美形は美形と思っていない。『普通』の顔だと思っているふしがある。

 彼女が好きなのは小野寺冬馬や武熊さんと言った、クマっぽい顔なのだ。

 うちの弟は涼やかな美形なのだから、真白ちゃんの好みの範疇外のはず。

 それなのに、鍋パーティーが始まっても、チラチラ、稔の方を見てくる。


 大誤算だ。場の雰囲気が悪くなる。鍋が不味くなる。


 そんな状況を打開したのは、満顕だ。

 私の満顕は、本当に頭が良くって頼りになる。そして、蛮勇だ。

 そうでなければジャン・ルイ・ソレイユに自分の絹を売り込みに突撃なんて出来ない。


 今も、さらりと真白ちゃんに聞いた。


「どうしてそんなに稔を気にしているの?

気に入った???」


 真白ちゃんの取り皿に、鍋の具をよそっていた冬馬さんが凍りついた。

 それにしても、冬馬さんは真白ちゃんを甘やかしすぎた。

 鍋の具材くらい、好きなものを自分で取り分けさせてあげなさいよ。

 あんまり優しすぎるって振られつづけた過去を忘れたか。

 

 別に羨ましくてひがんでいる訳ではない。満顕だって取り皿を黙って手渡せば、ちゃんと具を載せてくれる。

 私の苦手な食材も容赦なく、バランス良く、てんこ盛りにね。

 ……だから、私は自分で取り分ける派なのだ。


「―――っ!!!違います!!!……違います!!!」


 真白ちゃんは満顕の問いかけに必死に否定した。

 後半の「違います!!!」は冬馬さんに向けてだ。

 涙目になっている。


「じゃあ、なんで?」


 うわぁ、潤んだ瞳の真白ちゃんに私も冬馬さんも怯んだというのに、満顕は容赦なく責める。


「今日、雨宮家に行かれたエリィの弟さんって、稔さん……ですよね?」


 真白ちゃんの良いところは、追い詰められると強気に振りきる所だ。

 稔に向き直ると、質問した。


「はい、そうです」


「そう……なんですよね。すみません、姫ちゃんが……あの、山賊みたいな人に子犬を連れて行かれそうになったって……」


 「きゃあ、ごめんなさい!」と真白ちゃんは可愛らしく言って顔を覆ったけど、姉としては癪に障る仕草ににしか見えない。

 山賊ですって?うちの弟は満顕までとは言わないけど、頭が良くってイケメンなのよ。

 そう思ったのに、豊は大笑いをした。


「山賊!確かに!!!」


「何が確かなのよ!!!」


「姉貴、兄貴が来た時の恰好、忘れたの?自分も駅で落ち合った時、一瞬、そう思ったよ」


 そこで思い出した。そうだ、髭を剃って、髪の毛を縛る前の稔は山賊と言っても納得の姿だった。

 恐れていた通り、弟は雨宮家で何事かやらかしたようだ。


「いえ、こちらこそ、すみません。

雨宮家のお姫様には驚かせてしまったようで……」


 何があったのか聞けば、やはりあの恰好で雨宮家を訪ね、使用人には信じてもらって中に入れてもらったものの、子犬を見ていたら、同じく様子を見に来た姫ちゃんに誤解させてしまったそうだ。

 きっと弟の手際の良い子犬の『観察』が、お嬢様には乱暴な手つきで選別しているように見えたのだろう。

 姫ちゃんからは『山賊』と聞かされていた稔が、実際に会ってみると、さわやかイケメンなので、真白ちゃんは戸惑っていたのだ。


「姫ちゃんがエリィの弟さんにひどいことをしたと気に病んでいました。

私が今日、もしかしたら会うかもしれないと話したら、お詫びして欲しいと。

それから……」


 真白ちゃんが意味ありげに私の方を見た。


「それから、また雨宮家にお越しの際には……子犬を引き取りにこられると聞きました……是非、連絡して欲しいそうです。

直接!直接会って、謝罪したそうで。

あの、連絡先書いてきたので……」


「いや、そんな必要はありませんよ。

こちらが悪いのですから」


 この朴念仁が!!!

 ―――待て、しかし、それでいいかも。

 姉としては弟に素敵な奥さんを貰って欲しいが、雨宮家のご令嬢は格が高すぎる。

 なんの酔狂か、どうやら姫ちゃんは弟を気に入ったらしく、さっそく親友の真白ちゃんに相談したらしいが、この組み合わせはまずありえないだろう。

 あの家は、自分の家の娘を嫁がせることで、有益な縁を築くことを至上命題としているような家なのだ。

 どう考えてもうちの家では無理だ。

 身分制度は崩壊したとはいえ、かつて庄屋だった星野家とうちの家との縁組ですら、陰でコソコソ言われたくらいなのに。


 真白ちゃんが助けを求めるようにこちらを見たが、力にはなれない。


「子犬は私が引き取りにいくことになったの」


「えっ……?」


「ちょうど北海道に行きたかったし、ねぇ?満顕?」


「そ……そうだね」


「可愛い女の子からの連絡先交換を断るなんて。だから兄貴は縁遠いんだ。

では、自分が……痛っ!」


 空気の読めない弟の手をひっぱたいた。

 空気を読める冬馬さんと武熊さんは、黙々と鍋を食べていた。

 さすがに真白ちゃんに甘い彼らだって、手助けはしたくないだろう。

 君子、危うきに近づかず。三十六計、逃げるに如かず。

 

 真白ちゃんが稔を気にする理由が判明したおかげで、冬馬さんの気分は落ち着き、姫ちゃんの想いだけ除けば、楽しい鍋パーティーに戻った。

 ようやく冬馬さんのお節介に気づいた真白ちゃんが、鍋の取り分けは自分でするときっぱり言い切って断った。

 あの子は冬馬さんの『甘やかし』には負けない、しっかりした子だ。

 

 そう、しっかりしていて、他人の恋路に口を出すのが大好きな女の子だった。

 やけにあっさり引き下がったと思った。

 真白ちゃんは、諦めてなどいなかった。

 でなかったら、小野寺冬馬と結婚なんて出来なかっただろう。

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