あの遠き日の剣の少女
「好きだ、付き合ってくれ」
言った、言ってやった。人生初の告白だ。足が震える、背中からは汗が吹き出てくる。
告白した相手は、部活の後輩、フランス人ハーフの金髪の、あの子だ。正直高嶺の花なことはわかっている。でも、ずっと好きだった。二年の時、部活紹介で話したあの日から、いつも見せてくれたあの笑顔も、都大会で負けた時にみたあの涙も、少しクセのある日本語も。全部、好きだった。
周りからは「早く告白しろ」といつも囃し立てられていたけど、俺にはできなかった。怖くて、断られたら、もう普通に話すこともできなくなるんじゃないかと思って。
でも、卒業式の今日、何もしなかったら、俺と彼女は、もう部活の先輩後輩という間柄ですらなく、ただの他人になってしまう。そんなのはイヤだった。
夕暮れの部室、カバンを取りに来た彼女を呼び止め、俺は告白をした。
「へー……」
俺の告白を聞いた彼女は、最初他人事のように、軽く相槌をうっただけだった。それ以上の言葉はない、大きな青い瞳は、いつも通りキラキラと光っている。首の後ろの髪を、スッと指ですくい、目を一瞬だけ、右に逸らした。
どれほどの時間、俺は彼女の言葉を待っていただろうか? 10秒か10分か、それとも1時間くらい経ってたかも、彼女と向かい合っている、まるで現実感はなかった。どことなくフワフワと夢見心地で、でも待っているのは辛くて、次の言葉が怖くて……
「いいですよ」
目を上げた。彼女は、首を少し傾げ、微笑んでいる。
足の震えが止まった。「告白してOKをもらった」勝利の雄叫びを叫ぼうとした瞬間、彼女は、俺の顔の前に、一本指を突き出し、神妙な顔で、こう言った。
「いいですけど、だいじょうぶですか?」
「大丈夫って何が?」
大丈夫ですかとは、なんだろうか? 俺は彼女のことが好きだ。この子のためだったら、なんだって耐えられる。
「私って男の人と密着すると、体から一杯剣が出てきちゃう能力なんで、抱きしめたら全身串刺しで死にますけど、それでも付き合いますか?」
「ん? ……」
「先輩、死んじゃいますけど私と付き合いたいんですか? 私のこと抱きしめられますか?」
彼女は、俺の方を真っ直ぐ見据えていた。窓から差し込む夕日が、お互いの顔を赤く染めて……
………いや、ちょっと待って……
何? コレ? 今、俺は何を言われた? この子は今何を言ったの? どゆこと?
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剣? 能力? 厨二病? メンヘラだったの? でも、2年ちょい付き合ってたけど、そんなそぶり欠片もなかったんだよ、何故、急に?
今一度、俺は彼女のことを見返した。
少しつり上がった目と、ハッキリとしすぎている眉が、あまりに強い意志を感じさせる(本人はこれで、男にモテないと気にしているようだった)スカートは一目ギョッとするほど短いが、下にはスパッツ、彼女のすらっと伸びた足がより強調されている。 いつも通り、可愛い。表情も真剣そのもの、ふざけてるようには見えない。
待て、これは何かの隠語か? 例えば、彼女がヤクザの情婦をしていて、付き合ったらリアルに殺されちゃうとか? というか本当は付き合うのが嫌で、突拍子もないこと言って暗に断ってるとか? いやいや、断るならもっとやりようあるっしょ! でも、じゃあ何だろ、剣? なんかのアニメの設定か、俺部活始めてからアニメ見なくなっちゃったから。でも、彼女が、オタク趣味でも、俺は気にしないタチだから……
「ブーーー!」
時間にして、俺はどれくらい逡巡していたのか、
突然、ロッカールームに響いた彼女の声に俺はハッと顔を上げた。両手をバッテンの形でクロスさせて、彼女はちょっと悪戯っぽく笑っていた。
「時間切れでーす」
「あ……いや……俺は……!」
「私、優柔不断な男の人って好みじゃないんです」
呆然と立っていた俺の横を彼女は悠々と歩き去って行った。 慌てて俺は手を伸ばしたけど、その手は全然届かなくて、
部室のドアの前で彼女は、一度俺の方を振り向き、
「あ、先輩。これから街中とかで会っても話しかけないで下さいね。私そういうのイヤなので」
「あ……」
ガタン
一言、吐き捨てるように言って、彼女はドアの向こうに消えて行った。俺は追いかけることも出来ず、その場で一言、
「そういうのイヤって……そういうのってなんだよ」
その場で一言、毒づくので精一杯だった。
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ひとしきり泣いた後の帰り道、ふと「一体、この時どう彼女に言って返せばよかったのか。俺は一生涯、このことで悩み続けてしまうんだろうな」と、そんなことを思った。