プロローグ
女は女優だ。
もちろん、女の端くれである私も演技力には自信がある。
ただ嘘だけはつけない性分だと思っていたが、ここにきてそんなことはなかったと思い知った。昔からここの住人であったかのように、私は暮らしに馴染んでいる。適当に笑い、適当に嘘をつき。 なるほど、下手に順応力が高いからこんなところに連れて来られたのかもしれない。
春日井星。
男みたいな名前だが、私はそこそこ気に入っていた。ほし、と書いて、しょう、と読むなんて、DQNだと言われるかもしれないが洒落てるとすら思っていた。
女女したものが好きでなく、さばさばしてるとか、性格がイケメンだとかよく言われたので、名前とのギャップもたいしてなかったおかげか、変わった名前のせいでいじめられることもなかった。
女子力が低いわけではないと思う。お肌のためパックはするし、セミロングだったから髪の毛のトリートメントも欠かさない。エクササイズもしていたし、メイクもファッションもそこそこ こだわっていた。将来の夢は研究者で、理系の大学に進むため、勉強も怠らなかったと思う。
青春だった。立派に女子高生をしていた。目指すは清楚系。
春日井星。
今となっては誰も呼ばない私の名前。
巷で噂になる程度のそこそこの美人だったし、地元でも有名な進学校に通うそこそこの秀才。
特に目立った問題もなく、むしろ比較的円満な人生を送っていた。将来のこととか、恋とか、勉強とか、それなりに悩んではいたが、思春期といえばそんな悩みはありふれているだろう。
これからの人生をいろいろ思い描いていた。
どんな大人になって、どんな仕事に就いて、どんな風に恋をして、結婚して、可愛い子供がうまれるのだろう。
そんな
ありふれた私の将来は
突如奪われた。
18歳の時分、異世界トラードに拉致されたのだ。
召還?
ふざけんな。
これは拉致だ。
犯罪だ。
人の尊厳も人権も全て無視した拉致監禁だ。
地球じゃない世界。
虫唾が走る。
他力本願のくせ自己中心的、さらに自己顕示欲が強くて、勘違いしたクズばっか。
いるだけでわかる。
ここは地球じゃないのだと。
まず、空気が違う。
あの化学物質で汚れ切った大気が懐かしい。PM2.5だって、今の私は諸手を挙げて喜ぶ。
人が違う。
地球には、魔物も獣人も精霊も神も妖精も、王様も王子様も女王様も、魔術師も魔法使いも冒険者もいなかった。
何もかもが違う。
憎くて憎くて仕方が無い。
殺したくて殺したくて仕方が無い。
少しでも気を抜くと、口から計り知れない罵詈雑言と恨み辛みが流れ出そうで、悟らせまいと私は笑みを浮かべる。
女は女優だ。
好きでもない男に媚びて擦り寄れるし、仲良くもない女と和やかに会話できるし、悲しくなくたってちょろりと涙を垂れ流し、嬉しくなくとも感謝の気持ちを述べられる。
お友達ごっこも恋人ごっこも朝飯前。
大和撫子にも、ビッチにもなれる。
蝶にも、蛇にもなれる。
私は、全てになれる。
頑張って。
頭を働かせて。
頑張って。
自分の全てを使って。
頑張って。
身の回りの全てを利用して。
頑張って。
頑張って。
頑張って。
あいつら全員騙して、優しい神子の面をかぶって、世界を救うふりをして、
私は、この世界を滅ぼしてやるのだ。