「密林と満月 Ⅰ」
この世に生を受けて、既に四十余年の時が経過していた。
朝起きて、自分の身支度を整え、朝食を作る。それと同時に、夫と自分の分のコーヒーを入れるために、やかんに水を入れ、火を点けた。本格的なコーヒーメーカーも家にはあるのだが、私はインスタントコーヒーの味の方が身に馴染んでいて、好きだ。
この一連の動作を、もう何回繰り返してきたんだろうか。そう思うと、自然とため息が出てしまうというものだ。顔に刻まれた皺に対しても、もう一度ため息をつく。
やがて起きてきた娘が、パジャマのまま二階の自室からリビングへ降りてきた。今年から遠方にある高校に入学したこともあり、早く起きることが習慣になっている。朝が弱い娘にしては、よく頑張っていると思う。
「おはよう、留美」
「おはよー……おふぁーはーん」
言葉の途中で欠伸を挟むあたり、娘らしい。反抗期というものと全く無縁な娘は、素直で聞き分けがよく、助かる。今は家を出てしまったが、兄である息子を育てる際は、本当に苦労した。思い返して、自然と表情が苦笑へと変わる。
「あれ、お父さんは?」
「出張に行ってて……、あー、忘れてたー……」
ついくせで、夫の分の朝ごはんまで準備してしまった。綺麗に三つ並べた皿が、忌々しい。片付けるという、また一つ手間が増えてしまった。ため息をついて、頭を抱える。
「ふーん……、なんか最近、お父さんに会ってない気がするなー……」
私が戸棚に食器を片付けに言っている間に、娘がぼそりと虚空に呟いた。ぴくっ、とその言葉に体が反応して、皿を取り落しそうになる。慌てて皿を持ち直して、整頓された戸棚の中に皿を入れる。しばらく使われていない皿たちが、退屈気な声を上げた。
「……最近お仕事、忙しいみたいだからね」
再び苦笑いを浮かべて、娘に応対する。娘はそれを聞いて、私とよく似た苦笑いをした。さすが親子だな、と自分でも思う。そう思いながら席に戻って、トーストが焼きあがるのを待った。これも一枚余分に焼いてしまっているので、どうにかしなくては。
……家族全員で揃ったのは、いつが最後だっただろうか。息子が家を出てからは、四人で揃うことはなくなったが、それは愚か、三人で揃うこともなくなっているような気がする。
夫の仕事が忙しい……、と言われればそれまで、だけども……。
少しは、
少しぐらいは、
「――さん! お母さん! 電話だよ!」
「あ、ごめん留美! トースターよろしく!」
考え事をしていて、鳴り響く電話の音に気付いていなかった。玄関先にあるそれに応えるために、席から急いで立ち上がり扉を開けて駆けだす。留美の「無理しないでねー」という言葉を背中に受けながら、私は電話を手に取った。まだ、そんなに年じゃない……、と胸を張って言うことはできないのが非常に悲しい。まぁ、いい。
私は電話に向かって、自分でも驚くほどの大きな声を上げた。
「はい、もしもし諏訪です!」
☆ ★ ☆ ★ ☆
青臭い。
とりあえず第一に思ったのが、それだった。なかなか最悪な第一印象だ。
「な、なんなのよこれ……」
真綾さんがエレベーターから一歩外に踏み出したところで、上を見上げながら呟いた。僕もそれにならって、エレベーターから外に出る。途端に、鬱蒼とした自然の匂いが体中を包み込む。マイナスイオンとか通り越して、最早不快だ。
「こんなことが、物理的にあり得るというのか……?」
「ありえないだろうね、君たちが生きていた世界では」
生きていた、世界。その言葉は、僕たちがもう生きていないことを顕著に表している。何だか寂しいような、虚しいような。何とも言えない気持ちがしてならない。
「でも、ここにはそんなくだらない常識何てものは通用しないさ。ここは、死んだ者の魂が集まる場所。そんな狭すぎる領域の中じゃ、退屈すぎて仕方がないよ」
どこかで、獣の鳴く声が聞こえた。どんな動物のものかはわからないが、聞いたことのないような、甲高い音がする。丁度頭上辺りに輝く太陽は、決して作り物には見えない。と、いうか、あんなもの作れる方がおかしいだろ。後ろを振り返ってみると、大木の幹にエレベーターの扉が取り付けられていた。その大木は、どこまでもどこまでも伸びており、その頂点は目視することができないほど高い。先の方が、霞んで見える。
やはり、零の言うとおり、ここでは常識何て通用しないみたいだ。武器庫の時点で、少しはわかっていたものの、これだけ思いっ切り実感してみると不思議な感覚がする。
「……これは、どれぐらいの広さがあるものなの?」
「うーん……どれぐらい、ねぇ。無限ではないことは確かだよ?」
冷静に質問をした諏訪さんの問いに対して、ほとんど答えになっていない返事が返ってくる。無限ではない、ということは歩き続ければいつかは一周できるということだが、どこが限界かわかっていないとなると、それは果てしない旅だということにも繋がってくる。そこら辺がはっきりしていないならば、体は衰えでは死なないだろうが、精神が途中で死んでしまうだろう。
「……あぁ? ここは、どこだ?」
「あら、目を覚ましたみたいね?」
エレベーターの中から、妙に掠れた声が聞こえた。真綾さんはそれを確認して、鼻を鳴らしながらその声に応じる。僕は、安心したような、少し不安なような、中途半端な気持ちを覚えながらも、その姿を見つめていた。
「おっはよー、おにーちゃん?」
「……ってめぇは……門番?」
頭がはっきりしないのか、顔のすぐ間近まで寄ってきたアリスの姿がはっきり見えないようで、頭を抱えている。そこですぐに自分の体の異変に気付いた。床に座ろうとして出した左腕の長さが足りないことによって、体のバランスを崩す。そして司はもう一度床に倒れ込んだ。
「どうしたのー? 腕なんか、ないヨー?」
「―――――――――あぁ、」
長い沈黙の後に、司が自嘲気味に笑いながら呟いた。
自分の左腕であった部位を、狭いエレベーターの天井に向けながら。
「そう、だったな……、門番の、ガキ」
「ガキじゃないヨー? アリスだヨー?」
アリスは不満げに頬を膨らませる。可愛らしい仕草だが、腰に備わっている剣が(以下略)。何度も言っているので、すでにみなさんわかっていることだろう。こういうの多いな、この塔。
司は左腕を地面に下した後、数秒沈黙した後に、右腕で近くを探りはじめた。やがてその手で、お目当てものものを探し出すと、それを杖にしてふらつきながらもその場に立ち上がる。体の重量感が変わっていてうまく動けないらしく、その立ち姿はいやに頼りない。
「……で、だ。ここは、なんなんだ?」
ただ、その右腕に握られた金属バットは、まだ司が生きていくつもりだという、証なのだろう。
「ここはねー、密林だヨー?」
「……いや、まぁそれは見たらわかるんだけどな? っていうかお前なんだよ、なんでここにいるんだよ? っつか、俺を殺したんじゃなかったのか?」
「生きてるから、いいじゃないのサー。そっしてー、私がここにいるのはアイリが許してくれたからだヨー」
先ほどまで気絶していた司は、周りの状況がつかめず、色々な疑問をアリスにぶつけている。アリスはその質問たちについて適当ながらもちゃんと応対した。その様子は、決して先ほどまで死闘を繰り広げていた二人だとは思えない。というか、おい、僕を巻き込むな。
「愛莉……、あぁ、あのちびか」
司が視線をしばらく彷徨わせた後に、僕に焦点を合わせた。しかし、視線をすぐに逸らして、僕の背後に広がる鬱蒼とした木々たちを見据える。
「まぁ、どうでもいいけど、な。俺はこの体を手に入れば、それでいーんだよ。……左腕が、ないとしてもな」
その瞳には、いまだ獣のような鈍い光が輝いている。
「そのためには、お前だって利用させてもらうぜ。あー、誰だっけ? お前」
「アリスだヨー」
「そうそう。アリス、残念だがお前は強いからな」
アリスに特に怒りは感じていないのか、司はアリスと仲良く話をしている。左腕何て、最初からいらなかったというのだろうか。そんなことはないはずだが、司なら、そんなことがありえるのかもしれない。
司は、自分の命を失ってまで、他人の体を手に入れようとした男だ。
そんな奴が考えることなんて、わかったもんじゃない。
「あいつ……、なんか柔らかくなったわね」
ファーストコンタクトで首を締め上げられた真綾さんが、首元を手で擦りながら訝しげな眼で呟いた。その首にはうっすらとではあるが、まだ司の手の跡が残っている。
「そう、ですね。アリスちゃんに、あまりにも完膚なきまでにやられてしまったので、少し自信がなくなっているのではないでしょうか?」
冷静に応えたのは雪姫さんだ。真綾さんはその言葉を聞いて、「ふうん、どうでもいいけどね」とつまらなそうに呟いた後、適当に釣竿を振り回し始めた。ひゅん、と、空気の切れる音が間近でして、少し焦る。
「あー……、でも、ヨ?」
「なーにー、ぐぇ」
急に司がアリスの頭頂部を金属バットを離した手で鷲掴みにした。アリスはそれに対して、不満の声なのか、痛みから出た声なのかはわからないが、蛙が潰れたような声で対抗する。全く何も抗ってはいないけど。
「左腕のことは、許してねーからな?」
「……わかってるヨー、そんなこと?」
……あ、やっぱり許しはいないみたいだ。司も普通の感性をまだ持ち合わせていたみたいで、少し安心したけど、あれこのままじゃアリスやばいんじゃない? と同時に焦る。反対岸にあるはずの感情が、同じ船に乗っているという、摩訶不思議な現象が起きた。呉越同舟もびっくりだ。
「……まぁ、別にお前をどうしようってわけじゃないけどな。俺は、これ以上この体を失いたくないしな……、これは、俺の体なんだよ」
案外あっさりと司が手を離したので、僕の心配は杞憂に終わった。今度こそ安心が僕の胸に到来する。スカートのポケットに伸ばそうとしていた手も、無駄足だったというわけだ。……無駄足じゃなかったところで、どうせ撃ち抜けなかったのだろうけどね。
「だから、とっととこの……、うわ、すげーな。密林を探索して、魂見つけようぜ?」
「……いや、「見つけようぜ?」じゃないわよ。誰が時間を取らせたと思ってるのよ」
ため息交じりに悪態をついたのは、黙って、尚且つ不快そうに地面を踏みしめていた香苗さんだ。確かに、僕も今ブーツを履いているからわかるが、そのハイヒールでこの地面は、歩きづらいことこの上ないだろう。僕のブーツに関しては、さっきの武器庫でも歩きづらかったので、何とも言えないところだが。
「……お前ら、そろそろいいか?」
今まで司の挙動には背を向けて雪姫さんとなにやら話をしていた卯月さんが、少し呆れを含んだ声で僕たちに話しかけてきた。ちなみに今の僕たちは、司とアリス、僕と真綾さんと零、諏訪さんと香苗さん、雪姫さんと卯月さんという別れ方になっている。諏訪さんと香苗さんは本当に仲がいいなぁ、と思うのと最初の二人はものすごく怖い。違う意味で、諏訪さんと香苗さんも怖くはあるけどね。……まぁ、これ以上いじらないけど。
「いーよー、おじ……、ねー、何て呼べばいいノー?」
「……好きにしろ。あー……これからここをどうやって探索するかなんだが……」
アリスの場の空気をぶった切るような発言に、卯月さんは顔をしかめたが、話を続けるようだ。頭を少し掻きながら、再び口を開く。
「どうも、このフロアはかなりの広さがあるようだ。それに、道という道もない。この人数で歩くことは難しいだろう。だから、二手に分かれて探索しようと思う。おい、案内人。この携帯で連絡は取り合えるんだろ?」
案内人……、あぁ、零か。見た目と挙動からその役割のことをすっかり失念していた。まぁ、でも、案内された覚えはほとんどないような気がする。さっきも普通に、飴食べてたし。
「そうだね、卯月 光弥。ここにいる、七人、いや、もとい僕とアリスを含めた九人とは連絡を取り合えるようになっているはずさ。お互い、名前ぐらいは覚えているよね?」
そう言いながら、零は白いスマートフォンを親指と人差し指で挟んで目の前でゆらゆらと揺らしてくる。僕はそれにつられるように銃を閉まってあるのとは逆の方のスカートのポケットにある黒いスマートフォンを探り出して手に取った。大き目の液晶をほこっているスマートフォン型の携帯端末の背面では、髑髏がこちらを真っ黒な空洞の目でこちらを見つめてきている。それはいつみても、悪趣味だ。
とりあえずその髑髏の熱い視線は無視するとして、携帯を表面に返す。「電源ボタン……、これか」側面にある出っ張りを探し出し、軽く一度押す。瞬間に液晶に光が灯り、真っ青な画面が映し出された。……あれ、それだけだ。真っ青だ。まるで海のように、どこもいじりようがない。スライドしても、触れてみても、何も起きない。ただただ、真っ青。もう、ずっと真っ青。
「……いや、これ何をどう使えばいいのよ?」
と、僕と同じ行動をしていた真綾さんが代弁してくれた。真綾さんの液晶にも同じく、広大な青が広がっている。いらいらと動く真綾さんの指が、吸い込まれていってしまいそうだ。
「それは、『水面』だよ。その携帯をうまく使いたいなら、自分で波をたてるんだね」
……全然何が言いたいか理解できない。これが、水面……? いや、液晶という意味でそう言ったなら理解はできないでもないけど、液晶が波打ったらそれはただの不良品だ。非常に使いづらいジジジジジ。……は?
僕の想像に、突然電子音が紛れ込んでくる。その音は、紛れもなく僕の手に握られている携帯電話から流れていた。真っ青だった画面に突然電話のマークが現れて、僕が反応を示すのを音を鳴らしながらどんちゃん騒ぎでおとなしく待っている。対照的な言葉だが、表現的には間違っていないだろう。
「…………はい、もしもし?」
電話のマークに軽く触れて、携帯電話を耳に当てた。誰からかかってきた……、っていうか、電話がかかってきたのかどうかさえよくわからないが、とりあえず社交辞令は欠かさないでおいた。
『もしもしー? アイリー?』
「……アリス? 何で、っていうか、いや、もう、何を突っ込めていうのさ……?」
『私に言われてもわからないかカナー?』
この娘の行動は、本当に奇想天外すぎて嫌だ。一気にこちらを置いて行ってしまうそのスピードには、並みの地球の公転の速さでは勝てないだろう。言いすぎか。
「えー……、じゃあ、どうやって電話かけたの?」
『かけたいー、って思いながら画面に触れたら、勝手にアドレス帳が出てきたヨー?』
「あー、そういう……」
波って、そういうことか。っていうか、目視できる場所にアリスはいるのに、これ電話で話す必要があるのだろうか。頑張れば肉声が全然聞こえる距離だけどね。
「ふーん……、こんな感じかしら……?」
僕とアリスのやり取りを傍で拝聴していた真綾さんが、思案顔になりながらも画面に軽く触れた。すると、今度は青い画面に、綺麗な円を描きながら波紋が生まれる。そしてその波紋が消えたのち、画面にはアドレス帳と思われる、僕たちの名前が羅列した画面が表示された。一体どういう技術が……、というのは無粋か。この場所で、常識はもう、お役御免だろう。そのことを、ここに来て何度も思い知らされた。
「お前ら、確認は終わったか……?」
さっきから話の腰を折られて不満そうな雰囲気が否めない。腕を組んで、片足で一定のリズムを地面に刻み込んでいる。刻むの域は完全に逸していた。
「で、二手に分かれてここを探さ……」
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん
とてつもないほど大きな唸り声が近くから聞こえてきた。よって卯月さんの言葉はまた途中で途切れることになる。ただ、今は卯月さんの機嫌を気にしている場合ではない。
「何よ、この声は……?」
咄嗟に耳を塞いだ真綾さんが、辺りを見渡しながら呟いた。話を遮られた卯月さんは、迷惑そうに唸り声をした方の茂みを睨みつけている。今更だがこの場所は、森に囲まれた少しだけ広いスペースだ。その周りを取り囲んでいる茂みの中から、さっきの唸り声は聞こえたわけだ。……何で僕は他人事なんだ。
周りに危険が近づいているのは、明らかだというのに。
「あぁ……、ついに来たみたいだね。君たちがもたもたしてるからー」
僕の横でおとなしくしていた零が、突然にやぁ、と嫌な笑いをもらした。その笑みだけで最早寒気ものだが、ついに来た、というセリフもなかなか恐怖に値する。思わずその恐怖から、自分の肩を抱いて身を守る形をとってしまう。しかし愛莉の細い肩は、非常に頼りない。
卯月さんが睨んでいる方面の茂みが激しく揺れる。丁度、卯月さんと雪姫さんがいる辺りだ。背の高い茂みなので、何が中で蠢いているかはわからない。
ただ、その揺れは、とても激しく、大きい。
「僕の可愛い可愛い、ペットがねー」
ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
茂みから黒い影が飛び出して、卯月さんに飛び掛かる。それの動きが早すぎて、何なのか判別しようにも、動体視力が追い付かない。周りにいる誰もが一連の動きに驚いて、何も動くことができない。唯一動こうとしていたアリスも、距離が遠く、対応に向かえない状態だ。
そんな中、当の卯月さんは、飛び出してきたものをだるそうに見つめながら、口を開いた。
その黒縁の眼鏡から除く瞳は、殺気に満ち溢れている。
「邪魔を、するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そして、手に持っていた鉄パイプを横に薙ぎ払う。それは、丁度飛び掛かってきていた黒い物体に命中して、その体を横に吹き飛ばした。片手で薙ぎ払ったとは思えないほどの力がこもった一撃で、黒い物体は再び茂みに放り込まれる。
「お前ら、とっとと二分して別れろ! 言いたいことはそれだけだ!」
要件を伝えることを放り出した卯月さんが、こちらを向きながら珍しく大きな声で叫んだ。二分しろ……、と言われても。四か五人ずつになれということか。突如現れた黒い物体のせいで混乱しているというのに、グループで別れろと言われても……。こういう時は統率力のある人間が必要だが、そんな人間この中にいるだろうか……?
「おい、お前らこっちにこい! ギャルと、愛莉と、あー、オネェのおっさん! お前もだ! 密集しねぇほうがいい……、早く来い!」
と、僕が頭を悩ませている最中、卯月さんがいる方とは逆の方向から司の指示が聞こえてきた。その傍らには、鞘から剣を抜いたアリスが控えている。……まさかのお前らかよ、と最早関心を通り越して何だか憤りを感じてしまう。
呼び出された面々は、どちらかと言えば司寄りに立っている人たちの名前だ。諏訪さんと香苗さんは、少し際どい場所にいるが、若干こっちよりに立っていたオネェのおっさんこと諏訪さんが招集される。目に見えて混乱している諏訪さんは、それどころではないらしく、卯月さんの方と、司の方を見るために首を激しく動かしていて、忙しない。
「よし……、いいじゃないか少年。他のやつらは……、俺の後ろに来い!」
獣が吹き飛ばされた方の茂みが、再び激しく揺れた。先ほどの黒い物体が、またこちらに向かってきているのだろう。得体の知れないが、恐らく危険なものなのであろうそれが。
ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
もう一度、同じような唸り声をあげながら、茂みから黒い物体が飛び出してくる。僕は司の方に走りながら、顔だけをそちらに向けてその行く末を確認した。首の動きがプロペラの様な諏訪さんと、不機嫌そうな顔の真綾さんも、僕のあとについてくる。二手に分かれる作戦に、異存はないようだ。
「そろそろ……」
卯月さんが鉄パイプを振り上げる。天に向かって伸びたそれは、金属質な光を反射しながら、
「正体を見せろ!」
地面に向かって、思いっきり振り下ろされた。
黒い物体が地面にたたきつけられる。それと同時に、僕の手を誰かが思いっきり茂みの方へと引いてきた。驚いてそちらの方を見ると、そこには鬼気迫った顔つきの諏訪さんが立っている。
その刹那、先ほどまで僕が立っていた場所を、何か、がすごいスピードで通り過ぎて行った。
「……え?」
「後ろはいいから早く来なさい、ここは危険よ!」
そういって諏訪さんは僕の手を引きながら、司のあとを追って茂みの奥へと走っていく。アリスが剣で背の高い草を切り進んでいくので、素の状態のまま走るよりは、幾分か走り易い。
こうして僕は、この密林の恐怖の正体を確認することのないまま、密林の奥へと足を踏み入れることとなった。
正体不明の恐怖がはびこる、先の見えない木々の中へ、と。
○ ● ○ ● ○
「さーて……僕はどうしようかな」
誰もいなくなったエレベーターの前で、零は小さく呟いた。その目の前には、先ほど卯月の手によって退治された、零が『ペット』と呼んだ獣が横たわっている。しかし、零はそれに全く持って興味がないのか、空を見上げながら、何事かをぶつぶつ呟いている。
「どっちについてった方が面白いかなー……、人数的には、光弥の方に行った方が均等になるけど……」
どうやら、自分がどちらに着いて行くか、決めかねているらしい。くるくるとその場で何度もまわりながら、零は考えた。
「うーん……、よし! 決めた!」
しばらくして、零は答えを出したのか、その場で回ることをやめた。
そして、心底嬉しそうな、不気味な笑みをのぞかせる。
「愛莉に着いて行こう! そっちの方が」
楽しいモノが、見れそうだしね?