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「狭間の塔」  作者: 春秋 一五
「一階」
7/26

「武器庫と門番 Ⅳ」

 カァン


 キィン


 金属のぶつかり合う音が、休む間もなく繰り返される。


 司が軽々と金属バットを振りおろし、アリスがそれを刀の腹で受け止め、それをうまく受け流す。明らかな体格差があるというのに、二人の力量は互角のように思えた。今度はアリスが切りかかり、それを司が金属バットで受け止める。さすがにアリスの細腕では金属バットを断ち切るまでには至らないのか、その斬撃は軽々とはじかれてしまった。


「……あのアリスという少女は、何者だ」


 そんな二人の様子を見ていた卯月さんが、驚嘆を含んだ声で呟いた。それは必然的に零への問いかけということになる。そんな呟きを、零はお決まりの笑顔で受け止めて、そのにやけた口のまま答える。


「彼女は、足を失っていた。それ以外は、ただの少女だよ」


「なるほど、な」


 何を納得したかは知らないが、卯月さんは満足そうに頷く。その答えで、あの強さが証明できるとは到底思えない。足を失っていたら剣が強くなって、あの体格差を埋めれるのだろうか。一体全体どういうことなのだ。


「足があるという、翼への渇望か」


「そゆことー」


 ……まぁ、二人で納得したならそれでいいと思うよ、うん。多分僕が馬鹿だからとかじゃないしね? 断じて違うしね? むしろわかる人の方がおかしいと思うんだ僕は。


「なぁ、自称門番さんよぉぉ!」


 司が大きく振りかぶり、アリスに金属バットを振り下ろす。アリスはそれを軽々と避けて、少し司から距離を取った。大きな振りかぶりから降ろされたバットは、床に激しくぶつかりものすごい音をたてる。司は手のしびれに、顔をしかめながらも、言葉の続きを続けた。


「お前も他人の体が欲しかっただけなんだろぉ!? 妬みの塊なんだろぉが、あぁ!?」


 間髪入れずにバットを横に振り切った司の息は、荒い。今度もアリスはステップをしつつそれをかわして、口を開いた。


「それの、何が、いけないっていうのー? おにーちゃんも、そうなんデッショー?」


「いーやー? 別に悪いとは言わねーさ。ただなぁ、俺と一緒ってこと、はぁ!」


 司の猛攻は止まらない。バットを持っていない方の拳も駆使して、アリスを壁際に追い詰めていく。アリスは余裕気に見えても、反撃の隙を見つけれるほど余裕ではないようで、剣で反撃することもできずに、どんどん間を詰められていっている。体格差を見れば、この戦いの内容も納得はできた。


「つまり、お前も、クズなんだよぉぉぉぉぉ!」


司が咆哮をあげる。そのタイミングでアリスの背中が壁につくのがわかった。アリスもそれを認識したのか、あからさまに顔を歪める。苦虫を噛み潰した、とはまさにこのことだろう。


「……終わり、だな」


卯月さんが小さく呟く。確かに、この状況を見れば、アリスがやられてしまうことぐらい一目瞭然だ。司が歯を剥き出しにして笑って、金属バットを肩に置く。アリスは、その様子を黙って静観している。何だかその口元には、微かに笑みがたたえられているように見えないこともない。その真意は、僕にわかるはずもないけど。


 死を前にした人間の諦めか。


 それとも、余裕に満ちた笑み、なのか。


「何が門番だよ……、全然よえーじゃねーか?」


 自分の勝ちを信じて疑わない様子の司は、こん、こん、バットでリズムをとりはじめた。一定のテンポで上下されるそれには、剣を受け止めた傷がくっきりと見える。そんなにアリスに力があるとは思えないのだが、剣の切れ味がそれほど良いということなのだろうか。


「刀祢の体があれば……、もう、誰にも負けない。負けることなんて……」


 司が何事かぶつぶつと呟きながら、右腕を振り上げる。左手は顔に添えられており、何故かその隙間からは、輝く涙のようなものがのぞいている。その涙は、手をすりぬけて、床にぼたぼたと零れ落ちる。血に塗れた床にそれは着地し、溶けていった。


 一度だけ、ほんの少しだけ、寂しそうな顔をした後に、司はもう一度歯を剥き出しにする。その瞳には、もう涙はない。代わりにその瞳には、ぎらぎらとした、獣の光がある。


「ねぇぇん、だっ、よぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 そして、バットを振り下ろされた。


 咄嗟に僕は目を閉じる。人の頭が砕ける姿なんて、見たくもなかった。だからって、司とアリスを止める術なんてない。唯一止められそうなのは卯月さんであるが、当の本人は腕を組んだまま動く素振りも見せやしない。 この状況を楽しんでいるようにさえ見える。


「……っ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 まもなく、悲鳴が聞こえた。そして、液体が床にこぼれ落ちる音が聞こえてくる。おびただしい量なのであろうその音は、とどまる気配を見せない。その音たちは、勝負に終わりが来たことを告げている。


 しかし、その音たちには、


 多大な違和感が、あった。


「え……?」


 僕はその違和感を正すため、または、肯定するために、固く閉じた瞼を恐る恐る開く。後者の方は信じがたい事実ではあるが、でも、前者の可能性は著しく低かった。


 開いた瞳は、やはり信じ難い光景を映し出す。それが脳に伝達されるが、脳がそれを素直に受け取ることを、拒絶する。常識と、視覚と聴覚の情報が拒絶し合って相容れない。


「俺の……、俺の……」


 司がぶつぶつと呟いた。周りにいる誰もが何も言わず、固唾を呑んでその光景を見守っていた。


 眼前に広がるのは、音の通りおびただしい量の血液。


 そして、転がる血まみれの金属バット。


 その横に転がる、切り落とされた腕。


「腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 最後に、泣き叫ぶ司と、不敵に笑う、アリスの姿。


 そう、紛れもなくあの叫びは、


 司の、悲鳴だったのだ。


   ○ ● ○ ● ○


「どういう……ことなの?」


 まず最初に声を上げたのは、真綾さんだった。恐らく彼女も、目を瞑っていたのだろう。当たり前だ、僕もそうだが、人の頭が砕けると分かっていて、それをわざわざ見ようなんて酔狂な人はなかなかいない。この中では、まぁ、卯月さんぐらいのものだろう。


「アリスちゃん、でいいんですかね……、が、剣を構えてたんです」


「……え、雪姫さん!?」


「え、はい、なんでしょうか?」


 真綾さんの問いに応えたのは、まさかの雪姫さんだった。それに応えることができたということは、その光景を見ていたということだ。つまり雪姫さんも酔狂の一員だということだろうか。思わず叫んでしまったじゃないか。


「見てたん、ですか?」


「えぇ、まぁ」


 そしてあっさりと応えられた。そんなにあっさりとされると、もう驚くというより、なんだか納得してしまった。そうかそうか、雪姫さんはそういう趣向の人なのか。あー……そうかそうか。


「話を続けますよ?」


 平常通りのおっとりとした声で、雪姫さんはこちらに問いかけてきた。その間に、アリスと司に動きはない。アリスは司の血に塗れた剣を持ったまま、笑顔で立っていて、司は自分の腕の断面を見て、呆然としている。その表情は痛みに歪んでいるというよりも、腕を失ってしまったことに対する喪失感で満ちているように見える。


「大きく振り下ろされた司さんの金属バットを、アリスちゃんは体を横にずらすことで避けました。そして腕が振り下ろされ、アリスちゃんの頭が砕けるはずだった場所に、アリスちゃんは両腕で剣を構えたんです」


 雪姫さんはそこで一呼吸空ける。誰もその話に関して、言葉を交わすことはなかった。


「標的が居なくなっても、あれだけ力を込めてしまえば、攻撃を止めることはできません。司さんの腕は、そのまま剣に向かって振り下されました。自分の力によって、司さんの腕は吹き飛びました。そして、今に至るというわけです」


「私には、残念だけど力はないからネー」


 話を聞き終えた後、アリスはその場で一回転してから口を開いた。その動きは、華麗なバレリーナの姿を連想させる。ただその手に握られた剣が、妙な異質感を放っていた。


「利用させてもらったヨー? おにーちゃんの、いや、」


 言葉を切ったアリスの顔は、狡猾な笑みに満ちている。まるで、今のこの状況が楽しくて楽しくて仕方ない様子だ。対照的に、司は歯を食いしばって俯いている。腕の断面からは、まだ血が流れ続けているが、気にする様子はない。


 生きることを、諦めてしまったのだろうか。


「その体の、力をネー?」


「……黙れ」


 小馬鹿にするように呟いたアリスの言葉を聞いた司がぴくりと反応した。消え入りそうな言葉が放たれる。


 それを契機に、司の闘志は爆発した。


「黙れ、これは、俺の体だぁ!」


 残った腕で金属バットを握り直し、司はそれを横に薙ぎ払った。少し不意をつかれた様子のアリスであったが、軽快なフットワークでそれをかわす。しかし剣を構える隙もなく、司の二撃目が遅いかかる。住んでのところでアリスはそれを避けて、顔を歪めた。


「それは、おにーちゃんの体じゃない、デショー?」


「黙れガキがぁ! これは、俺が手に入れた、俺の体なんだよぉ!」


 力のこもった一撃が、空を切る。かなりの力が込められたいたので、司は反動で体のバランスを崩した。右半身のバランスが崩れたからだろうか、大きくふらついて、その場に倒れそうになる。その隙を、アリスは見逃さなかった。


「おにーちゃんは、何を欲していたのっカナ?」


 剣で司の右肩を突き刺す。痛みに耐えかねた司は、その場に倒れ込んだ。手から離された金属バットが、カラーン、と乾いた音をたてる。虚しく転がっていったそれは、零の足元で動きを止めた。


「私みたいに、足?」


 剣を肩にさしたまま、アリスは司の頭を踏みにじる。かなりの体格差がある二人のそんな光景は、どこか滑稽だ。


「それとも、腕?」


 アリスは、剣を肩から引き抜いた。


「それとも、もしかして――――」


 剣の刃を下に向けたまま、アリスはそれを司の心臓あたりで止める。


「―――あぁ、そうだよ。俺が欲しかったのは、刀祢の力だ」


「……そう」


 アリスが何かを言う前に、司はそれを予測して、答えを告げた。アリスはそれを聞き、一瞬だけ悲しそうな顔をした、後。


 司を嘲るかのように、嗤った。


「じゃあ、死んでヨー?」


 ……あれ? これは、まずいんじゃないかな?

 先ほどまで恐怖に押しつぶされていた感性が復活して、そんなことが頭によぎった。目の前では、今まさに司の心臓に剣が突き刺されようとしていた。それはつまり、司の死を意味する。


 それは、とてもまずいことなんじゃ、ないだろうか。しかし、誰もアリスを止めようとする者なんていない。誰も、先ほどあったばかりの少年の死など、どうでもいいことなのだろう。


 みんなは今、各々大事な人の体を持っている。それを、失いたくはないだろう。


 だが、僕はどうしてもそれを黙認することはできなかった。一瞬だとはいえ、司は仲間だったんだ。それに、司が殺されてしまえば、また門番は、次の標的を指名するだろう。そうすれば、この体も、無事ではすまない。


 そして、僕のこの武器なら、アリスを止められるかもしれない。司には遅いと怒られるかもしれないが、殺されてはないんだから、許せ。


 そう、心の中で呟いて、僕はスカートのポケットから武器を引き抜き、


 引き金(・・・)を引いた。


 途端間抜けなほどの轟音が鳴り響き、


 そして唐突に、戦いは終わった。


   ○ ● ○ ● ○


「……なにすんのさ、おねーちゃん?」


「動かないで、くだ、さい」


 あまりに轟音に、引き起こした自分で少しびびってしまった。言葉が細切れにしか出てこない。でも、ここで引くわけにはいかない。僕は、無事な体を愛莉に届けなくてはいけないのだ。


 震える手で、ポケットから取り出した拳銃を、アリスに向けたまま、話を続けた。


「もう、通して、ください。僕たちは、君と、戦っている暇はないんです」


 ここは、強気に出ておこうと言葉を選んだが、やはり恐怖から、うまく言葉をつなげることはできない。


「……へー、拳銃。零、そんなもの、準備してあげたんだー?」


「僕は愛莉が、気に入ったからね」


「ふーん、ほー、アイリネー?」


 銃弾が傷つけた壁を見ながら、アリスは剣を腰のベルトに差している鞘に収めた。どうやら、司を殺すことは、諦めたらしい。しかし、アリスは未だ倒れ伏している司の髪の毛を掴み、無理やり顔を上げさせた。


「今回は、殺さないで上げるー。でも、勘違いしないでね、おにーちゃん?」


 司はそれを、苦悶の表情を浮かべたまま、無言で聞いている。司からあふれる血液は、まだ止まらない。


「おにーちゃんは、私には勝てないヨー? ただの嫉妬から、自分の体を捨てて、他人を殺してまで手に入れた、その体でも、ネー?」


 そーいうことデショー? 零。


「その通りだよ、門番アリス」


 それを聞いたアリスはにっこり笑って、司の頭を床にたたきつけた。無抵抗に叩きつけられた司の額は、鈍い音をたてる。気を失ったのか、ぴくりとも動かずに司の闘志は燃え尽きた。僕はその様子を、拳銃を構えたまま、静観することしかできなかった。飛び交う言葉の一つ一つが、全く意味が分からない。三人で勝手に話が盛り上がっているので、なんだか無視されている気分だ。


「いーよ、今回はアイリに免じて通してあげるー。おにーちゃんも、連れて行くといーよー。……あーでも、条件が一つあるネー」


「……何?」


「私も、連れて行ってくれないカナー?」


 金髪のツインテールが、嬉しそうに揺れる。気色を帯びた表情は、とても友好的だ。しかし僕はその笑顔を見て、ため息をつく。


 あぁ、なんで、この塔には。


 笑顔が、怖い人しか、いないのかなぁ……。


今回で終わらせようと思ったんですけど、まだ「武器庫と門番」編は続きます。次は間章の形で書かせていただこうと思います。お楽しみに。

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