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「狭間の塔」  作者: 春秋 一五
「一階」
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「武器庫と門番 Ⅲ」

 

 歩けないっていう感覚は、歩ける人にはわからないもので、


 歩けるっていう感覚は、歩けない人にはわからないものだ。


 ただ、前者は他人事で、


 後者は嫉妬、という違いはある。


 その感覚を、二つとも持ち合わせていたとしていたら、どうだろうか。


 歩いて、自由に走ることのできる喜び。


 歩けずに、根を下ろした木のようにその場にたたずむだけの虚しさ。


 喜びを知っているからこそ、その虚しさは際立って感じられる。


「アリス、お外出ようか」


 窓から庭を見ていると、気を遣ったのかお姉ちゃんがそう提案してくる。私も久しぶりに外へ出たい気分だったので、その提案に素直に頷いた。


「そう、じゃあ行きましょう」


 私より一つしか上ではないはずのお姉ちゃんだけど、かなり大人びているのは、私が座っているせいだろうか。ちょっと前までは、そんな感情なかった。私の方が、大きかったのに。


 お姉ちゃんに連れられて、外に出る。春の清々しい風が、体を撫でた。Gパンの裾がはためき、旗のようにぱたぱたしている。健全だったままのGパンなので、足がない部分が、邪魔だ。


「車いす、そろそろメンテナンスに出さないとね」


 車いすが軋む音を聞いて、お姉ちゃんは苦笑いした。確かに、一年間使い続けていると、少しは劣化してくる。結構、高いんだけどなぁ、これ。


 事故で足を失って、もう一年も経つのか。そう思うと、感慨深く……はないね。今でもまだ、私の中には絶望しか残っていない。あの日、あの道を通っていなければ……、と一日に何回も考えてしまう。そうすれば、この広い庭を風と共に駆けることが、できたのに。


「アリス、寒い?」


 お姉ちゃんの問いかけに、首を横に振る。お姉ちゃんは金髪のツインテールを揺らしながら、「そっか」と短く返事をした。私の、切る必要のなくなった同じ色の髪の毛は、すでに腰の高さにまで達してしまっている。あんなに鬱陶しかった髪が、今ではどうでもいいものになってしまった。あってもなくても大して支障はなく、気にする必要もない。


「あ、帽子」


 急に吹いた突風に、被っていた帽子が飛ばされて、私は思わず口に出してしまった。別に話してはいけないというきまり何かはないんだが、足がなくなってからというもの、話す回数が減っていたので、本当に久しぶりに喋った。


「いいよ、私が取ってあげる」


 庭に飛んで行った帽子は、風に乗って思いのほか転がっていき、庭に隣接する道路まで転がっていった。私たちが住んでいるところは、少し町から離れているので、人通りもそんなに多くなく、車の通りも少ない。


 ……まぁ、そんなこと言って走り回っててトラックに轢かれた私がいるんだけどもね。


 ちなみに、いつも家の中で慌ただしく家事をしているお母さんは、今日はいない。一年に一度の、大がかりな山の清掃へと駆り出されているからだ。


 そーいや、私もその掃除の手伝いさせられてたんだっけ。だから、珍しくトラックも走ってたしー……。何てタイミングの悪い奴なんだ私は。昔のことを思い出すと、目頭が熱くなってくる。その涙を堪えることができず、はためくGパンの裾に、一粒の液体が落ちていく。


 ドォォォォォォォォン


「………………………………………………え?」


 いきなり鳴り響いた雷のような轟音に、わけがわからずに、流れそうになっていた涙も引っ込んだ。こんなにいい天気なのに、雷なんか落ちるわけがない。


 それなら、何の音……?


 それなら、


 それなら?


 いやな予感がした。


 そういえば、帽子を取りに行ったお姉ちゃんは、


 まだ、


 帰って、こないの?


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


 ……と、いうわけでまぁ武器を取ってきました。あの後は特に何もなくて、最後にあった武器をスカートのポケットに入れて持ってきて、まぁ、扉を開けて元の場所に戻ってきたと。


 でも、役に立つかなぁこれ……。見た目はすごいけど、見かけ倒し感は否めないよ。……まぁ、どうせ愛莉の体だし、役には立てないだろうから、とりあえず持っとくに越したことはない。


「やぁやぁ、お帰り愛莉」


「……ただいま、零。みんなは?」


 戻ってきたら、そこには零しかおらずに、他の扉が開いたような形跡もない。部屋の中では、零が退屈そうに白いスマートフォンをいじっているだけだった。


「まだだよー。使い方とか、練習してるんじゃないかなー……っと、帰ってくるよ」


 言われた通りに、扉が開く音がいくつもなって、同時に手に色々なものを持ったみんなが帰ってきた。静かだった部屋に、幾つもの雑多な音が生まれる。


「ちょっと、チビガキ……」


「もしかして僕かい?」


「他に誰が居るってのよ……」


 そう言う真綾さんの声は、何故か疲れ果てている。頭を抱えて、ため息までついている。手に持っているものを見れば、その理由はわからないでもないけど。


「何で私の武器は、釣竿なわけ?」


「あ、それいい釣竿じゃないか」


「ここで何を釣れというの!?」


 真綾さんが床に叩きつけた釣竿を見ると、なるほど確かに安物ではない。年末とかのテレビでよくやってる本格的な釣り番組とかで漁師さんたちが使ってるやつみたいだ! ……とまぁ無駄に感動してみたけど確かに使い道はわからない。武器としては最低ランクでしょ。


「……はずれくじだったようだな」


 真綾さんに向かって、卯月さんが同情したように声をかけた。その手には、鉄パイプが握られている。それはヤンキーたちが使ってるのをテレビドラマで見たぞ。釣竿よりは使えそうだ。でも、その風貌で鉄パイプはちょっと……。


「銃とか期待してたんだけどな」


 悪態をついた司の手には、銀色の金属バット。これは長身で、筋肉質な司の風貌によく似合っている。そして何か怖い。怒らせたら急にぶん殴ってきそうだ。


「……十分じゃないの、それで」


 少し距離を置いて突っ込んだのは、香苗さん。手には、果物ナイフかな。何だかそのままリンゴでも切ってくれそうなイメージ……は、ない。香苗さんが料理(笑)みたいな人だから。あんまりよく知らないけど。


「そーよ。体もがっしりしてるのに」


 香苗さんと仲良いみたいだな、諏訪さん。そして手には百円ライター。火は大事だよね。うん。以上。もう諏訪さんはいじり飽きたよ。もう、いいよ。


「……で、愛莉ちゃんは何だったの?」


 香苗さんが僕に問いかけてくる。確かに僕と雪姫さんだけ、何を持っているかが不明瞭だ。……雪姫さん、何でかおしゃれなバックを持ってるけど。それ武器? 振り回すの? そういう用途なの?


 ……まぁ、ともかく全員無事に戻ってこれたようだ。中は安全そうだったけど、この塔のことだ。完璧に安全ということはないのだろう。


 それに、入ったところの部屋にあった、血。


 あれを見て、安心何てできるわけがないじゃないか。


「愛莉ちゃん?」


 あ、香苗さんのことを忘れていた。返事をしなくては。


「あぁ僕は―――」


「どっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」


「え」


 香苗さんに答えようとしていた僕の声は、突然聞こえてきた叫びにかき消される。その声は、小さい女の子の、金切り声というのだろうか。それに近い。超音波の様な叫びだ。


「遅いんだヨー、早くこっちに来いヨー」


 その声は、今までここにいた誰のものでもない。扉の向こう側から、こちらに飛び込んできた声だ。その声に、全員が注目し、その姿を見る。


 その姿は、十歳くらいの、金髪ツインテールの少女で、目が青いところを見ると外国人なのだろう。しかし、注目したのはそこじゃない。


 その細い腕に握られている、体の大きさに見合っていない大きな剣にだ。


「……何よこの娘」


 最初に疑問の声を上げたのは、真綾さんだ。そして、全員の意見は全部その一言につまっている。もちろん僕もそう思っている。


 何だ、あの娘。


「私は、アリス。門番、アリス」


「……何だ、あいつも俺らと同じなのか?」


司が零に聞いた。それを聞いた零は、どうとも言えないような複雑な表情をしたあと、苦笑いをしてみせる。いつものおどけた調子とは違った零の反応に、僕は少し疑問を感じた。


「まぁ、最初はそうだったかなー。でも、今は司と同じような感じ?」


「俺と……? ……あぁ」


一体どう言うことかはわからないが、司は納得したようで、歯をむき出しにして笑って見せた。そして金属バットを、アリスと名乗った少女に向ける。真っ直ぐとのびたその腕は、木の幹のような太さがあった。


そんな司を見てかどうかはわからないが、アリスはまた口を開いた。


「ここを通りたかったら、私を殺してネー?」


そして、剣を構える。その細い体躯には不釣り合いな剣ではあるが、その構え方は素人のようには見えない。


……で、殺すって何? ちょっと一瞬突っ込むの忘れそうになったけど。いやだって急すぎないかな。誰がそんな言葉聞くと思ってるのかな?


「いーぜ、俺が殺してやる」


 と思ってたんだけど馬鹿がいたよ。バットをアリスに突き出したままの体勢で、司がアリスに同意した。それを見たアリスも、歯をむき出しにし、狂犬のような笑顔を見せる。それが笑顔と呼べるかどうかは定かではないが、その表情は不吉さしか感じられない。


「あなた、つよそだネー。かかってきなヨー」


 アリスは司の申し入れを承諾して、剣を構えなおす。体に不釣り合いな剣が前の部屋の床を赤色に染めたことは、最早明瞭だろう。今も実際に、また新たな血が流れようとしている。


「俺と同じなんだろ? お前」


「……どーいう意味サー」


 先ほどから司とアリス以外は一言も喋っていない。それは、司から受ける恐怖感からだろうか。司の笑顔は、恐怖しか感じられない。見た目は爽やかなのだが、恐怖を与えるだけの何かが司にはあると僕は思うのだ。僕もこの場から逃げ出したいとさっきから何回心の中で反芻したことだろう。ただ、逃げても死ぬ気がしたので、足の震えを必死に抑えてここに立っているだけだ。話の内容なんて、一切わかっていない。


「そのきれーな体が目的なんだろ? 俺も、そうだぜ?」


「……あー、そーいう意味かー。おにーちゃん7も、翼がほしかったのー??」


「翼? いや、俺は力がほしかったんだぜ?」


 だからどういうことなんだってば。二人だけの世界で話さないでほしいよ。僕たちだって命がかかってるかもしれないんだからさ……。


「あの二人はねー、確かに似ているところがあるんだよ」


 そんな僕の様子を察してか、零が二人の姿を見つめたまま話を始める。それは当事者二人には聞こえていないようで、まだ睨み合ったままだ。いつ戦闘が始まってもおかしくない状況である。


「アリスは最初、死んだ姉を生き返そうとして、ここに来た」


「最初……?」


 雪姫さんが不思議そうに首を傾げた。それに応じて、零が頷く。その口調は、おとぎ話でも語っているようになめらかだ。


「でも、アリスは姉の翼にすがった。そして、その翼と、あの剣でアリスは自由を思い出した」


「ちょ、ちょっと何を言ってるのか」


「わからないよねー、愛莉馬鹿だからー」


 うるさい黙れ。零の小さい頭を小突いた。わざとらしく痛がって、零はその場でぐるぐる回る。三週ほどそこで回った後、また何もなかったかのように話を続ける。


「司は、元からあの体の持つ力だけが目的だった。司があの体の本当の持ち主に出会ったのならば、すぐにその体を奪い、元の世界に帰るはず」


 んー……と? つまりは、司は今の体がほしくてわざわざこの塔にやってきたということなのか? そんなこと、可能なのだろうか……、と言ってはみたが、大体人間を生き返せるということの時点で常識は通じない世界なのだ。零が最初に話したことが本当であるのならば、半分の体が二つあればそれでもう元の世界に帰れる。


 それなら、中身の魂何てなんだっていいのだろう。


「そーいうことさ愛莉? 意外とわかるじゃないか」


「……わかっても、何も嬉しくないよ」


「……まぁ、つまりはー」


 香苗さんが頭を掻いて、投げやりに言葉を発する。何だか、恐怖とかを通り越して面倒になっているような、そんな雰囲気だ。


「あいつ、ただのクズってわけね?」


「―――――じゃー、そろそろはじめよーか、おにーちゃん?」


「そーだな、クソガキ」


 香苗さんが言い終わった直後に、二人が言葉を交わした。


 それは、長い睨み合いに終わりを、


 そして、激しい戦闘の開始を告げるには、あまりにも短い言葉だった。


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