「武器庫と門番 Ⅱ」
「司、待ってたぞ」
階段を降りた先にある下駄箱に刀祢は立っていた。ここまでで現れなかったので、うまくまけたかと思っていたんだが、そこまで刀祢は甘くないようだ。俺は今日何度目かもわからないため息をつく。
「俺は待つよう頼んだ覚えはないが?」
「……そうか」
敢えてしらをきってみたが、刀祢に気にする様子はない。とりあえず俺は刀祢を無視して、靴を履き替える。近くに刀祢がいるためか、妙に靴を履くことに手間取った。
どうせ何を言っても着いてくるのだろうから、何も言わずにそのまま外へと出た。無駄に反論するだけ、酸素の無駄だ。
「待てよ、話があるって言っただろ」
「俺には話すことなんて、何もない」
案の定着いてきた刀祢は、俺の横に並んで俺を見下ろしてきた。さっきは座っていたので意識しなかったが、こうして並ぶとやはりかなりの身長差がある。160センチしかない俺と、180センチはある刀祢は、横に並ぶと兄弟のように見えないこともない。
まぁ、こんなに美形な兄を持つこんな陰湿な顔をした弟何て、俺は死んでもいやだけどな。
「俺には、あるんだよ」
強引に話を終わらせようとした俺を、刀祢がこれまた強引に話に引き戻す。そう言われるとこちらも反論のしようがないので、黙って目を合わせないように歩き続けた。こんなんで逃げ切れるとは、到底思わないが。
「何で辞めようと思ったんだよ? 聞かせて、くれよ」
ほら、な。
俺に話す気がないとわかっていても、こいつは俺を問い詰めてきやがる。きっと無視し続ける限り、ずっとだろう。そろそろ、無視するのにも疲れてきたというのに。
「なぁ、司」
「……そんなに聞きてーなら教えてやるよ」
俺の肩に手を置いてきた刀祢の方を振り向いて、その眼をきつく睨んだ。
しかし、この事実を伝えるということに、俺は喚起していた。言いたくて言いたくて、仕方なかったのだ。それを、刀祢のためと思いずっと口を閉じてきていた。でも、それを伝えてもいいのなら、伝えてやろう。
その、理由を。
「お前のせいだよ、刀祢」
「…………え?」
俺のその言葉を聞いた刀祢は、目を丸くして、俺が何を言ったかわからないといった状況だ。その表情を見て、俺は口の端を吊り上げさせた。
そりゃ、わからないだろうな。
刀祢は何も悪いことなんてしてないのだから。
ただ、サッカーをしていただけ。
それが、俺が部活を辞める理由なのだから。
「それ……、どういう意味だよ」
それはっそういう反応を見せるだろう。俺だって急に言われたらそんな反応をするはずだ。思い当たる節何て、一つもないだろうに。
「そのままの意味だ。お前がサッカー部にいた。それが俺が部活を辞めた理由なんだよ」
それはとてもくだらない理由だ。でも、それは俺にとっては重要なことだった。だから俺は部活をやめたのだ。
「意味が、わからないぞ。もっと、詳しく話せよ」
刀祢はついに足を止め、俺に説明を求めてきた。俺も足を止め、刀祢の顔を見つめる。刀祢の顔は、困惑の色に満ちていて、その表情とは反比例して俺の表情は歓喜に満ちていく。
「お前の全てが、羨ましかった」
刀祢は何も話さない。話せない、の方が正しいか? それでも俺は話を続ける。さっきの俺たちの様子とは全く逆だ。刀祢の背後の道を、大型のトラックが通り過ぎていく。巻き起こった肌を突き刺すような冷たい風が、目に染みた。
「お前の才能も、身長も、顔も、頭も、爽やかさも、その存在自体も、全てが羨ましかった。もし、体が入れ替えることができたとしたなら、俺はどんな手を使ってもお前になりたいぐらいにな」
自分が言っていることが気持ち悪いことぐらい知っている。受け取り方を少し変えれば、俺は刀祢が大好きだ。完全におかしい奴の話にしか聞こえなかっただろう。
だけどそれが事実なんだよ刀祢。お前がずっと聞きたがっていた、俺の部活を辞める理由は。
ずっと一緒にやってきて、その才能に努力じゃ追い付けないとわかった時の虚しさがどんなものか、どうせ刀祢にはわからない。
俺は、それに耐えられなかったんだ。
「だからさぁ、刀祢。お前さえいなければよかったんだよ。そうだよ、そうすれば俺はサッカーを続けていたんだよ、なぁ、刀祢ぁ」
何故だろうか。表情が笑っていることは自覚があるのだが、同時に涙が零れ落ちている感覚が頬を伝わっていく。俺は笑いながら、泣いていた。色々な感情が爆発して、自分でも抑えられない状態となっている。
「お前さえいなければ、お前さえいなければ、俺がお前だったら、お前の体を持っていれば、羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい……」
頭を、思いっきり掻き毟る。ぶちぶちと頭皮が千切れる感覚が手に伝わってきて、同時に髪の毛も相当な数抜け落ちたことも伝わってきた。そんなことは気にせずに、さらに爪を立てて頭を掻き毟る。冷え切った体は、その痛みすらも温かく感じた。
「お、おい、司?」
俺の常軌を逸した行動に、刀祢が歩み寄って、心配そうに声をかけてきた。俺の手をおさえ、頭を掻き毟る手を止める。俺はゆっくりとその顔を見つめて、
思いついて、
そして、嗤った。
「だからさ、刀祢ぁ。俺がサッカーを失ったみたいにさぁ……」
俺が言葉を発しても、やはり刀祢は何も言わない。俺を見つめる目も、だんだんといつもの人のよさそうな目つきから、蔑むような目つきに変わってきている。
それでもいい。
俺が人生の一部のサッカーを失ったんだ。
その代償を、払ってもらわなくては。
俺の腕を掴む刀祢の腕を掴んで、それを思いっきり引き離した。急にそんなことをしたもんだから、いくら鍛え上げられた刀祢の脚力でも安定して立っていることはできずに、その場でふらついた。
「死ねよ、刀祢」
俺はぐらつく刀祢に、
今までで一番力を込めた蹴りを叩きこんで、車の通りの多い道路に押し出した。
「はは、ははははは……」
自然と口の端から笑いが漏れる。目の前で、紅い物が爆散して、あたりに飛び散る様子が、雪の積もった白い景色によく映えていた。
「ナイス、シュート」
一人で呟き、また笑う。
どこかで、携帯の鳴り響く音が、していた。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「……ここが、武器庫か」
まず最初に口を開いたのは卯月さんだった。それまで誰も、一言も発することなく、エレベーターから降りることもしなかったのだ。
それは、あまりの光景に、全員が言葉を出すことができなかったからである。
「みんな、降りないの? 置いてくよ?」
零だけがぴょんぴょんとエレベーターを降りていく。他の人たちは、誰も前へと歩み出ようとしない。
「……誰が、そんな、血まみれのところに行きたがるかよ」
司が吐き捨てるようにそう言う。恐らく、みんなも同意見だろう。
目の前に広がる、その場所は小さな部屋のようになっていて、奥に一つだけ扉があった。しかしその床には大量の血痕が残されている。その中には、すでに乾いている何年も前に飛び散ったものもあれば、最近飛び散ったのであろう、まだ乾ききってないものもあった。ただ、一つ言えることは、ここでかなりの人数の人が殺された、という事実である。最初の床の色が何色かわからなくなるほどに、血は床の色を赤に染め上げていた。
「そうかい? でも武器を持ってないとこれから先、危ないことになると思うけどねぇ?」
零は首を傾げながら、そう言う。完全に他人事じゃないか、と文句も言いたくなったが、確かに他人事なので何も文句は言えない。
「でも、魂はここにはこないんでしょ?」
香苗さんが真剣な口調でそう問う。零はその言葉を聞いて、何故か顔いっぱいに笑顔を見せた。やはり恐怖しか感じないその表情のまま、零はその問いに答える。
「まぁ、こないね。ここにある血は、君たちみたいに誰かを生き返そうとして、ここに来て、殺された人たちの血だよ」
「じゃあ、わざわざここに入る必要は、ないんじゃないですかねぇ?」
雪姫さんがおっとりとそう言う。その言葉に、司と、香苗さんと、諏訪さんが同意したように頷いて見せた。同意しなかったのは、意識を失っている真綾さんと、何かを考えている卯月さん。そして状況がつかめていない僕だけだ。別に馬鹿とかそういうわけじゃないよ? 誤解してもらいたくないけどさ。
「あの、さ、零?」
「ん? 何だい長峰 愛莉?」
僕はためらいながらも零に話しかける。零は、さっき作った笑顔のままでこちらを向き、僕の呼びかけに応じた。やっぱり僕の名前を馬鹿にしているような気がする。そりゃぁ自分でもおかしいのはわかっているけども。
「ここ以外に武器がある場所って、ないんだよね?」
「ないね。ここ以外に手軽に武器が手に入る場所は、他にはない。自分で作ろうって言うんなら話は別だけど、ナイフみたいな金属製のものは、ここにしかないよ」
「じゃあ、行くしか、ないんじゃないです……かね?」
僕のその発言に、周りにいた人たち全員が目を丸くする。零だけが、口元を嬉しそうに歪めていた。やっぱり僕がおかしいのかな? でも、これから先の危険のことを考えると、武器は持っていて損はないと思うのだが。どうせここは現世ではない。僕たちが予想だにしないことだって、幾つも起こることだろう。
それなら、多少危険でも武器ぐらい持ってた方が……。
「……愛莉ちゃんって、馬鹿なの?」
香苗さんが呆れた声でそう言い、僕に近づいて両肩に手を乗せてきた。予想以上に力強かったそれは、愛莉の細い肩に食い込んで、僕に香苗さんの感情を伝えてくる。香苗さんの手は、小刻みに震えていた。
「あのね、愛莉ちゃん。こんな血だらけの場所が安全なわけがないじゃないの。それぐらい見たらわかるわよね? ねぇ?」
見開かれた香苗さんの目は、真っ直ぐに僕を見つめている。それには怒りすら感じられて、僕は見つめ返すことができずに、目線を下へと逸らした。確かにそこには、掠れた血の跡が無数に存在している。
「いや、でも……」
僕だって香苗さんの言うことが分からないわけではない。ここで何人もの人が血を流したのは、一目瞭然だ。そんな場所が安全だとは、口が裂けても言えやしない。
でも、だからこそ武器が必要なのではないのだろうか。ただそう伝えるだけでは、みんなわかってくれないだろう。ここで死ぬよりは、先に進みたいだろうし。もしかしたら、ここが一番危険という可能性だってないわけではない。でもなぁ……。武器があったほうがいいと思うんだよなぁ……。
「……俺は、行こう」
僕が言葉に迷ってたじろいでいると、卯月さんが僕の方を見ずに前を向いたままそう言って、奥の扉に向かって歩き出した。それに着いて行く人は誰もいないが、卯月さんはどんどん突き進んでいく。
「本気かよ、オタク……」
それを見た司が、呆れたように呟きながらも何故か卯月さんの後ろに着いて行き始めた。ちょっとその行動の真意についてはわからないが、司も武器を手に入れることについては賛成ということだろうか。思春期の男子高校生、よくわからないなぁ、と思春期の男子高校生が語ってみる。まぁ、今の僕の言動も、よくわからないんだろうし。
「僕も行きます!」
香苗さんの拘束から抜け出して、僕も卯月さんの後に走って着いて行く。零も、僕の横に並んで着いてきた。……どうやら、気に入られているらしい。凄く嫌な気分だ。
「開けるぞ」
一足先に扉の前にいた卯月さんが扉に手をかけ、司がその横に並んで僕の到着を待ってくれている。僕も扉の前にたどり着くと同時に、卯月さんの問いかけに頷いた。そんな僕の様子を見て、卯月さんは洋風の扉のノブに手をかけ、それをゆっくりとまわしながら、引く。
「ここには、血はないんだな」
その向こう側を覗いた司が、何の気なしにそう呟いた。少し遅れて中に入った僕も、綺麗な白い床を見て、その真意を確認する。確かにそこには、血なんて一滴もない。まるで前の部屋とは、別世界にいるように清潔だった。
「ちょっと、待ちなさいよ」
背後から声が聞こえたので、振り返ってみると、そこには真綾さんを抱えた諏訪さんと香苗さん。そして雪姫さんが立っていた。みんな覚悟を決めたのか、先ほどまでの不安な表情は掻き消えている。
……その代わりに、何故か知らないけど、諏訪さんと香苗さんの表情は歪んでゆがんでいた。え、ちょっと、何で怒ってるの? 行こうと強要したわけでもないのに。むしろ、僕たちが危険をおかして進もうとしていたのに。女心なんて僕にはもっとわからないよ?
「女だけを、あんな危険な場所においていく気なの!?」
諏訪さんが唾を散らしながら叫んだ。狭い室内で叫んだからか、声が何度も反響して僕の耳に伝わってくる。どう考えても、何度反響して聞こえてきたとしても、その声は女の声には聞こえない。その声でそのセリフは、とてもシュールだ。女だけじゃないじゃん、諏訪さんおっさんじゃ……まぁ、もういいだろう。これ以上悪口を言うのも、忍びない。
「……それは、すまなかったな」
謝る卯月さんの顔も、僕と同じ感情を持っているのだろうか、少し微笑んでいるように見えた。ちなみに司は完全に笑っている。口元をおさえて顔を逸らせているものの、肩が上下に大きく揺れているので、笑っていることがバレバレだ。零はずっと笑みを浮かべているので、面白がっているのかどうかはわからない。
「それに……」
香苗さんが僕の頭に手を乗せて、乱暴に撫でてきた。長く、黒い愛莉の髪が乱れて視界をよぎる。僕は訳も分からず目を白黒とさせるが、それもお構いなしといった様子で香苗さんは撫で続ける。
「愛莉ちゃんが行くってのに、私たちが行かないわけにはいかないじゃない? ねぇ?」
「は、はぁ」
ねぇ、と問いかけられても。僕中身は男だし。構図としては男女に分かれてちょうどいい感じだったけどね。いやまぁ見た目としては諏訪さんと僕は入れ替わるよ普通は。あの人見た目おっさんだしさ。もうそこいじるの止めよう。うん。
「そうですよぉ。愛莉ちゃんを一人で男の中に行かせるのもあれですしねぇ」
雪姫さんも僕の肩に手をまわしてくる。なんだモテるな愛莉。僕だったらこうは行かないのに。僕だったらまぁ間違いなくエントランスで置いてかれてたよね。無愛想さには自信あるから。……何も誇れないけどね。本当に羨ましい限りだよ。
……そう考えてみると、何で愛莉はこんなにモテるのに、無愛想な僕とばっかり一緒にいてくれたのだろうか。僕に巻き込まれて、社交界と疎遠になることぐらいわかったはずなのに。
「……着いてくるなら、勝手にしろ。問題なのは、この部屋の構造だ」
僕の疑問を遮るように、卯月さんがそう言った。その言葉が示す通り、先ほどの扉が一つしかない部屋とは打って変わって、今度は七つの扉が存在している。全てが違う扉の形をしていて、ドアノブがついてあるもの、引き戸のもの、障子のもの、中にはシャッターもあって、統一感の欠片もない。
「ここにいるのが、丁度七人、ね」
「僕が頭数に入ってないぞー」
「……それはそうだと思うけどね」
香苗さんの言葉にふくれっ面を見せる零に、思わず突っ込んでしまう。普通に零は頭数には入らないだろう。理由は聞かなくてもわかってほしい。
「ちゃんと説明をしろ、案内人。お前は何のために着いてきたんだ」
卯月さんがふざける零を睨みながらそう怒鳴りつけた。見た目はどうあれ、大柄な体で、低い声の人にそんなことを言われてしまったら、普通怯んでしまうものだろうが、零はその卯月さんの言葉も笑顔で受け流し、答えてきた。
「ここはね、一人に一つずつ武器をもらえる場所なんだ。中身は中に入ってのお楽しみだよ。もしかしたら、すごい武器が入ってるかもしれないし、木の枝かもしれないし」
「それは武器って言うんですかねぇ……」
「振り回してみたら、結構痛いよ」
「……素手の方がましだろ」
笑い終えた司が、最後に一言そう付け加えた。確かに、全く持ってその通りである。
「……ん?」
諏訪さんの後ろから背後から、声が聞こえた。どうやら真綾さんが目覚めたようで、眠たそうに眼を擦っている。それに気付いて、露骨に舌打ちする司は、視線を明後日の方向に逸らした。少し、申し訳ないという感情があるのかもしれない。
「ちょうど、目覚めたようだな。よし、各自ドアの前に立て。武器を取りに行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
卯月さんの決定に、叫びで否定したのはまたしても香苗さんだ。挑発的な見た目とは違って、どうやら結構臆病な人らしい。慎重、と言った方が正しいのかもしれないが。
「ドアを開けて、もしさっきの部屋を血だらけにした犯人がいたら、どうするのよ!?」
「……その時は、その時だ」
あれ、卯月さんの答えがめっちゃ適当。考えていなかったようである。意外とドジなのか卯月さん。ウソだろ、その見た目でそれはウソだろ。ウソだと言ってくれぇぇぇぇぇぇ! 誰得でもないんだぞぉぉぉぉぉぉ! あまりにも失礼なのでやめる。
「……どこ、ここ。着いたわけ?」
「ほら、あんたも扉の前に立ちなさいよ。目が覚めたんなら」
「え、なにこのおっさん。オネェなの? 気持ち悪っ」
「オネェじゃないって言ってんでしょうがぁぁぁぁぁぁ!」
真綾さんが諏訪さんの背中から思いっきり突き落とされる。咄嗟のことではあったが、何とか受け身を取った真綾さんは、そのあまりの迫力に驚きつつも、まだ気味悪がるような視線を向けている。……悪気はないんだろうなぁ、真綾さん、あんな感じでも素直そうだし。ってか、ド直球の素直だし。それを世の中では馬鹿と呼ぶらしいけど僕はそんなこと知らないYo? 言ってないYo?
しばらくして、七人全員が各々好きな扉の前に立った。真綾さんも、軽く事情を説明したらわかってくれて、今は引き戸の前に立っている。ちなみに、僕の前に立っているのは一般的な、ノブが付いたタイプの洋風のドアだ。金に輝く塗料で装飾されており、それはとても豪華に見える。まるで、お金持ちの家のドアみたいだ。
「準備はいいか?」
「はい」
「いいですよぉ」
「おう」
「いいわよー……、本当はすごい嫌なんだけどね」
「オネェじゃないって言ってるのに……、いいわよ!」
「いーわよー」
「いーよー」
卯月さんの問いかけに、零も含めて七人七色の返事が返って、準備が完了したことを伝えた。それを聞き遂げると、卯月さんは一度頷いて、自分の前に立っているシャッターに手をかける。
「よし、行くぞ」
そして、それを思いっきり引き上げた。大げさなまでに大きな音が、部屋に鳴り響く。その音から二秒ぐらい後に、他の六人がそれぞれの扉を開いた。もちろん僕も含めて。零は部屋の中心で、何かにやにやしているだけだ。何となく、薄気味が悪い。
「……?」
扉の向こうに来て、僕は首を傾げた。さっきまで白い床が続いていたのに、ここにきて急に真っ赤な床に変わったからだ。壁までも赤い布のようなもので覆われていて、目がちかちかしてしまう。
ドアより少し大きいだけの廊下は、結構長く続いており、真っ暗なので先が見えない。ほかのドアの向こうもこんなのなのかな? と、引き返してみようとすると、ドアが自然に閉まっていた。だいぶ前に見たホラー映画を思い出して、鳥肌が立ってしまう。
プルルルルルルル
「ひっ……!?」
急に鳴り響いた携帯電話の音に、一人で口を押えて、短く叫んでしまった。言っとくけど、僕男だからね? 少し臆病だけど男だからね? 見た目完全にお化け屋敷で怖がってる女子だけど。女々しいなぁ、僕。何だか愛莉の体になってから、やけに女々しくなった感じがある。元から男らしくは、なかったけど。
「……はい、もしもし?」
その後も鳴り続いた携帯の音が、ポケットに入っている携帯電話であることに気付いたので、それを取り出し、恐る恐る耳を当てる。一体、誰から何だろうか。っていうかここに、電波という概念があるのだろうか。それすらも不安だ。
『もしもし、僕だよー』
「え、えーと、詐欺ですか?」
『君はふざけているのかぃ?』
「……あ、零か」
一瞬本気で疑った。だってそういうのが流行ってるらしいじゃん? 怖いご時世じゃないですか。僕だって気をつけないと。もしかしたら騙されることがあるのかも、もういいかこの話。
「ちょっと、説明してほしいんだけど」
『僕もそのつもりで電話をかけてみたよ。やっぱり便利だよね、携帯電話って言うのは』
感慨深そうに零が頷いているのが、電話越しにも伝わってくる。何だかおじさん臭かった。
『その扉はねぇ、奥の武器を取ることで開くんだよ。まぁ、途中に障害はないだろうけど、武器を取るまでは開かない。それだけの仕組みさ。君が怖がってると思って、電話してみたよ。か弱い、お・ん・な・の・こらしいしね』
「……うるさい」
意地悪気な声に文句を言って、通話を切った。確かに言わせてみれば僕もオカマだ。諏訪さんとなんら変わりはない。他のみんなをだましているような気がして、少し申し訳ない気分になる。
「でも、今は武器を取りにいかなくちゃ」
気合を入れるために、か細い愛莉の腕で頬を一度強くたたく。あれ、意外と痛い。でも、おかげで目が覚めた。障害がないって言うのなら、何も怖いことなんてない。ただ、暗くて赤いだけなんだ。
「よしっ……!」
もう一度気合を入れて、足を前に一歩踏み出した。ブーツの音が、周りに反響して、耳に再び入ってくる。それは聞きなれているものであるが、自分から聞こえてくるとなると新鮮だ。
進む道は、真っ暗で、何も見えない。
それはまるで、僕たちがこれから歩む道を、暗示しているかのようであった。
○ ● ○ ● ○
「あ、零ー?」
「久しぶりだねーアリス」
背後の扉を開いて入ってきた金髪の少女に、零はいつもと変わらないにやけ顔で応対する。そんな零の反応を確認した少女は、顔を綻ばせて零の方に歩み寄っていった。
「久しぶりー、最近一階に来る人が少なかったから暇だったんだヨー?」
「そりゃぁ君の説明をしたら、来る気も失せるさ」
「……じゃあ説明しないでヨー」
「公平に行かないとね」
少女はしばらくの間ふくれっ面でいたが、やがて顔をまた綻ばせて、体を飛び跳ねさせる。同時に揺れる金髪のツインテールは、名前の通り小動物のそれを連想させた。
「でも、今回は来てくれたー!」
「彼らが行くって決めちゃったからね」
零は少し肩をすくめて、呆れたような風だったが、何故だかその顔は先ほどよりも笑みが強くなっている。
「まぁ、好きにしたまえ。『門番』アリス?」
「うん、アリガトー!」
少女は嬉しそうに扉から出ていき、扉を閉めた。部屋には再び零だけが取り残される。
「ここで全員死んでくれても、僕には好都合だから、ネ?」
不吉な独り言が、部屋に反響していた。