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「狭間の塔」  作者: 春秋 一五
「三階」
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「病院と信念 Ⅵ」

「……つまり、お前らも時田に毒を盛られたと」


「そういうことです」


 雪姫さんがここに来てからの事だけを簡単に襲撃者に教えた。これでようやく襲撃者が抱いていた疑念は晴れるだろう。最初からこうして話し合いで済ませればいいのだけども、と思わないではないが、色々ともう諦めている。話し合いで済む相手ばかりなら、もっと楽にこの塔を登ることが出来るだろう。


「協力していただけますよね?」


「……頷くまで逃がす気は無いんだろ?」


「はい」


「わかったよ、もう反抗しねえよ……」


「ありがとうございます」


 雪姫さんが笑顔でナイフを収めた。ナイフがあてられていた首の皮が薄ら切れていて、そこから血が滲んでいる。そんな状況の中でよく正気を保てたものだ。その精神には尊敬に値する。僕だったら気が狂ってしまうだろう。


 襲撃者を拘束していたツタが雪姫さんの手によって外されていく。その間僕らは手伝うことはせずに、襲撃者が突発的な行動を起こさないように各々武器に手をかけ見張る。これだけのことをされて何かをしてくるようには思えないけれど、常識が通用することがないここでは、自分の推測など役に立たないと思った方がいい。そのことは密林ですでに心得ている。


「で……、具体的になにしろってんだ?」


 話し方は司に似て荒っぽいが、眼鏡をかけている男は真面目そうに見える。司が真面目に見えないという悪口を言っているわけではないのだが、人は外見だけで判断できないものだ。


 もしかしてこの人も自分の体ではないかもしれないけど。


「私たちはここで人を探しています。なので、ここについての情報を全て教えてください。あと時田さんに妨害されては面倒なので、私たちと共に行動し周りを警戒してください。それだけで結構です」


「あー……、なるほどな。だけどな、俺もここに来てちょっとだからあんまり情報は持ってないぞ?」


「構いません、全てください。それとあなたが時田さんを疑う経緯も」


 雪姫さんの発言には迷いもなく、滞りもない。まるであらかじめ用意された台本を読んでいるかのようだ。台本が用意されていたからと言って、僕があんなふうにできるかと言われたらそれはまた違う話だが。


「……手際がいいな」


 さすがにこれには卯月さんも驚いたらしい。戦うことにおいては引けを取らない卯月さんだが、この手のことはあまりしないらしい。そう言えば密林でも襲撃者の対応をしていたのは雪姫さんだった。


 怖いのであまり勘ぐらないようにしているのだが、果たして雪姫さんとは何者なのだろうか。


 ……その話はもうしないと決めたはずだ。雪姫さんは優しい、それだけでいいじゃないか。そう割り切って首を横に振り思考を散らす。


「まず……、俺の名前は久慈だ。久慈 博文。お前らよりここに来て長いが、まだこの病院を全部把握してるってわけじゃない」


 久慈と名乗った男性は肩を回しながら簡単な自己紹介をした。青色のパーカーを着用しており、見た目は真面目な大学生にしか見せない。襟足が肩まで伸びているのが印象的だ。


 襲撃者改め久慈さんは自分の関節が正常に動くか数回手足を動かした後、床にあぐらをかいて話し始めた。それを僕達は相変わらず武器を構えたまま黙って聞く。


「まず俺がここに来て最初に出会ったのが時田だ。廊下を彷徨ってたら会ってな、最初は色々優しくしてくれたさ。その後俺はどこかの部屋に通されて、食事を出された。その部屋には俺みたいに病院内で迷ってたらしいやつが何人もいてな。そいつらも同じ食事をそこで食べたんだ」


 毒を持った手口は僕達の時と同じらしい。そうすることによって、いるはずのない患者をどんどん増やしていったのだろうか。もしかしたら患者は全員、自分の死の記憶が少し残っているから、自分の体に不自由を感じても不思議に思わないのかもしれない。それにここでは奇跡のような薬のお蔭で歳をとることもなければ、生理現象で苦しむこともない。それを渡してくれる時田さんのことを、毒を盛った犯人だとは考え難いかもしれない。


 そうして時田さんを信じて、死後の世界を病院のベットの上で暮らしていく。


 自分の体が毒に蝕まれているとは気付かないままで。


 あくまで推測の話なのでどうとも言えないが、それならば病院に患者がいることの意味も分かってくる。


「さっきも言った通り、俺は偏食だから何も食べなかった。不思議と腹は減るだけで体が悪くなることもないし、餓死することもなさそうだったから、それからもずっとな。そうしたら俺以外に飯を食っていたやつらの体が動かなくなってきたんだ。そいつらも最初はおかしいと思ってたようだが、自分はもう死んでるんだからとか言って疑わなくなった。死後の世界でそんなことになるはずないのによ。だから俺は気付いたんだよ、あいつが食事に毒を混ぜてるんだってな」


 久慈さんも同じことを考えたらしい。僕が思ってたこととあまり変わらない内容に、僕の頭も捨てたもんではないなと自信がわいた。そんな自信別にいらないけど。


「俺は怖くなって部屋から逃げた。そしてふらっと入った部屋で体の一部を取られるって事件が起きてると聞いてな、俺は時田がそれをやったんだと思う。だから人を動けないようにして、体の一部を奪ったんだ。それで何をするかは知らないが、人の異常な趣味なんて知りたくないからどうでもいい。とにかく俺は時田に復讐しようと思ったんだ。だからこいつでアイツを含め仲間も殺してやるつもりだった」


 久慈さんはそう言って、さっき僕らを襲撃した時に使っていたと思われるメスを取り出した。その程度で九音と一緒に居る時田さんを殺せるとは思えないが、久慈さんは本気でそれを実行するつもりだったらしい。実際に多勢に無勢で僕らを襲ってきたのがその証拠だ。


「まあ、経緯はそんなところだな。お前らも似たようなもんだろ?」


「そうですね。大体は同じです」


「次はここについて俺が知ってる情報だな……」


 そこで何故か久慈さんと目があった。黙ってただけなんだけど、何か気に障っただろうか。僕はむず痒い気持ちになって目線を下に逸らす。それを久慈さんがどんな表情で見たのかは知らないが、少し間を空けて再び話し始める。


「この病院は五階建てで、形は複雑で言葉では表しようがないが、三階以外は全ての廊下が繋がっているから終わりがない。闇雲に進んでたら同じところを行き来するだけだ」


「三階は何故繋がっていないんですか?」


「エレベーターがあるんだよ。何故か三階だけにな。ボタンもねえから使ったことねえけど、何の意味があんだろうな?」


 ……そのエレベーターは僕達が塔を登るのに使うものだろう。ということは、階段を使用していない僕達は三階にいるということになるのか。


「ねえ……、私達結構歩いた気がするんだけど」


「そう、ですね」


 ほとんど無表情で聞いていた香苗さんがこちらに目を向けず口を開く。僕はその様子を横目で見ながら、今まで歩いてきた道を思い返して返事をした。ここでつまらない嘘をついても仕方ない。密林ほどではないが、ここに来てからも結構歩いている。それは僕の足の疲れが証明していた。


「まだ、行き止まり見てないってことは……」


「三階すらも踏破していないというわけだな」


「……えー」


 無意識に落胆の声が口から洩れた。久慈さんの話から考えると、この階にはエレベーターによる行き止まりと、それに対応したもう一つの行き止まりがあるはずだ。そしてエレベーターからスタートした僕達にとっては、その行き止まりこそがこの階のゴールということになる。


「あいつらが階を移動してたら」


「最悪ね」


 真綾さんが吐き捨てるように卯月さんの言葉の続きを言った。僕達の会話の意味が分からない久慈さんが怪訝そうな表情をしているが、雪姫さんが発言を許さないだろう。それがもうわかっているだろう久慈さんは、質問を投げかけることなく話を続ける。


「で、だ。病室以外の部屋もあってだな、時田の部屋が一階、薬品が置いてある部屋が二階、資料倉庫が各階にある。……流石に俺も全部の部屋をまわったわけじゃないから他にもあるかもな」


「薬品が置いてある部屋ですか……。場所は覚えてますか?」


「ああ、なんとなくだが」


「わかりました。他に情報はありますか?」


「……今思い出せんのはこれぐらいだな。満足してくれねえか?」


 久慈さんが苦笑いで雪姫さんの問いに応える。すでに恐怖を植え付けられているため、態度がかなり下手だ。雪姫さんが本気を出せば、僕たち全員を従えることもできるのかもしれない。最初に司が暴れたこと以外は特に争いもなく進めたことに今更ながら感謝する。


「わかりました、ありがとうございます。……さて、みなさん。これからの作戦をたてましょう」


「……そうだな」


 雪姫さんが久慈さんの方から視線をこちらに向ける。そうすることによって久慈さんを取り囲むように立っていた僕達と雪姫さんで円を組む形になった。どうやら久慈さんは話し合いには加えてもらえないらしい。確かに僕達を襲おうとした前科はあるが、これから協力してもらうのにこの扱いはどうかと思う。


「どうかしましたか、愛莉ちゃん?」


「……いえ、何でもないです」


 それを主張したら僕もどうなるかわからないので、久慈さんには悪いが黙秘させてもらうとしよう。僕も我が身、というか愛莉の身が大事なのだ。ここまで一緒に昇ってきた面々を除いては、そこまでのことをする義理はない。


 どうか非常だと、思わないでほしい。


 本来の目的は、久慈さんと仲良しごっこをすることでも、ここで犯人捜しをすることでもない。愛莉にこの体を届けるためなのだから。


「まずは牧田と門番を見つけたいところだが……、骨が折れそうだな。あいつらも黙って待っているような性格ではない」


「そうですね。このまま当てもなく二人を探すのは効率が悪いので、資料倉庫や薬品倉庫に行きませんか?」


「何故だ?」


「もしかしたら地図があるかもしれませんし、薬品は今後役に立つかもしれません」


「なるほど、確かにそうだ」


 作戦会議と言っても結局この二人が話しているだけなので、久慈さんのことを言えないと気づいたのは今になってからである。香苗さんは聞きながら頷いているが、真綾さんなんか聞いているのかどうかも分からない。太腿につけたホルダーがかゆいのか、周りを気にせずに音をたててかいている。


「おい、久慈。案内できるか?」


「してみるよ。できねーって言ってももやらされんだろ?」


「そうなりますね」


 久慈さんは一瞬面倒そうな顔をしたが、やがて廊下を歩きはじめる。どうやらそっちの方向に資料なり薬品なりの倉庫があるらしい。僕達も一度顔を見合わせた後、それに続いた。


 司でもアリスでもない足音が加わった、六人分の足音が廊下に響く。これだけ響けば、司たちにも聞こえると思うのだけど、そううまくはいかないものだろうか。


 ……ん? 六人分?


「あれ、零は?」


 部屋に案内されて以降姿を見かけない気がする。あんなに濃いやつなのに、今まですっかり忘れていた。僕がこの環境になれたということだろうか。


「知らないわよ。どーせまたふらっと出て来るでしょ」


 真綾さんが答えてくれたが、その口調にはやはりトゲがある。ただ言っていることはその通りとしか言いようがなかった。


 零の、死神の事なんか気にするだけ無駄だ。


 とにかく今は、二人の無事を願うべきである。


 時田さんに、捕まってないと良いんだけど。


   □ ■ □ ■ □


「おい医者」


「何だい?」


 どこまでも続く廊下は変わり映えが無く、退屈になったので医者に話をふってみた。いつの間にか傍らにいた白い死神はいなくなっている。俺の横にいたアリスもうとうとしはじめて、たまにいなくなっているがそれとは違う案件だろう。


「お前は何でだと思う?」


「何について?」


「何故体の一部が抜かれるのか、ってことだよ」


 それは完璧な人間を作り上げるため。それは倉庫みたいなところで拾った紙に書いてあったので知っている。あれを書いたやつが犯人か決まったわけでもねーけど。


 自分の気に入った人体の一部を色々な人間からとり、一人の完璧な人間を作る。自分の求める完璧な人間を。俺もここに来た理由が理由だけに、くだらないとは思うが言いたいことはわからんでもない。


 だが、それをどうやって実行するのかは俺には分からない。


 それは、明らかに人智を超えている。いくらここがこの世とあの世の狭間と言えども、人間が行える技ではないだろう。


「んー……、どうだろうねぇ。愉快的犯行かもしれないけど、中には内臓を抜かれた人もいる。そんなことをするには、ちゃんとした理由があるだろうから……」


 医者はこちらを見ずに応える。顎に手をやりながら何かを考えるように天井を仰ぎ、


「人でも、作るんじゃないかな?」


 そう、結論を出した。


「……そうか」


「そんなことができるとは、思えないけどね」


 苦笑いを浮かべながら、医者がこちらに視線を向ける。俺もそうだよ、と思いながらその視線から逃れるためにアリスに目を向けた。さっきまでうとうとしていたアリスだが、目が覚めてきたのかしっかりとした足取りで歩いている。剣がかなり重そうだが、そんなことを気にする様子もない。


「そんな思想を持つことは否定しないが、人の迷惑も考えて欲しいものだよ」


「……そーだな」


 一瞬返事が遅れてしまったのは、俺も人の迷惑を考えずに人の体、命を奪った経歴を持っているからだ。俺にだって心が痛くなる瞬間ぐらいあるさ。それが罪悪感から来るものなのかなんなのか、俺にはよくわからんが。


「彼らがどこかの部屋に入っていない限り、廊下を歩いていれば見つかると思うんだけどなあ……」


 もう事件に関して思う所がないのか、医者が話題を変えた。俺もこれ以上話を続けていたらぷっつんするとことだったので丁度いい。ここで医者と喧嘩することに何の意味も利点もないからな。


「部屋……、病室以外にも何か部屋があんのか?」


 倉庫があるのは知っているが、それ以外にも役に立つものがあるのなら取りに行きたいところだ。オタクのおっさんも同じことを言うだろう。


「そうだね……、ここは四階まであるんだけど、各階に倉庫があったり薬品があったりとまちまちだよ。食料を補完するところも必要だしね」


「……薬品か」


 もしかしたら何かあるかもしれない。そう思いながら考えを巡らせる。俺的には食料の方も捨てたもんではないと思うが、最悪果実も持っていることだし、武器はいくつ持っていても困ることはない。


 それに、あいつらも情報を持っていたら同じ行動をとるだろうから、合流できるかもしれないしな。


「どうしたんだい?」


「薬品倉庫に向かってもらってもいいか?」


「構わないが、階をまたぐよ?」


「ああ、それでもだ」


 俺がそう言うと、医者も頷いて歩き出した。階段の方まで案内するつもりなのだろう。俺たち二人じゃなくて本当に助かったとことだ。俺らだったら闇雲に歩いて、疲れて雑魚寝している所を襲われるなんてこともあり得ない話ではない。


「ネーネー?」


 アリスが少し小さい声で俺に話しかけてきた。その声量は医者に聞こえなくするためなのだろうか、そう思って俺も声を出さずに頷いて返事をする。


「犯人、見つけたらどーするノー?」


 ……そういえば、そんなこと考えてもなかった。ただ少し興味があったから犯人に関する憶測を交わしているだけだったな。


 俺たちの目的はここで犯人を捕まえて病院の平穏を取り戻すという正義のためではない。あくまで人探しのためにここに来ているのだ。そんなことに付き合っている暇ではない。


 しかしそんなやつを野放しにしておいたら、もしここに体の持ち主がいた時に危害を加えないとは言い切れない。そう思えば、安全に捜索するためにも犯人はどうにかしなければならないところだ。


 ……まあ、つまり、だ。


「結局、動けないようにする、だな」


 その命を本当にあの世に連れて行くのかどうかは別として。


「やっぱりー?」


「さすがの俺でもそうなるな」


 自分自身に知力がないことぐらいわかっているが、それぐらいの頭は回る。俺だって無駄に歳を取っているわけではない。自分の害になるものぐらいは理解できているつもりだ。


「おにーちゃんって、獣みたいだよネー」


「……どういう意味だよ?」


 顔がってことか? 刀祢の顔が獣の様だと感じたことは一切ないが、アリスから見るとそうなのだろうか。整っているようにしか見えなかったんだけど。


「雰囲気がカナー?」


 ……そう言われてしまうとどうとも言い返せない。確かに思考が獣的であると言われれば否定するつもりも権利も俺にはないだろう。


 それに金属バットを振り回し外敵に向かっていく姿は肉食動物と言われても文句の言いようがない。


「そう、かもな」


 よって否定することは避けさせてもらった。俺が当てはまるならアリスも獣だと思ったが、そんなのただの水掛け論だ。それこそ噛みつきあっても意味がないというものである。


「でもー」


「あ?」


「優しい獣ダネ!」


 アリスが嬉しそうに顔を綻ばせる。前を歩いていた医者が、微笑ましいとでも言いたげな表情でこちらを一瞥した。そんな二人をよそ目に俺は矛盾している言葉の羅列に困惑を隠せないでいる。


「何でだよ?」


「おにーちゃんは、仲間思いダカラ!」


 仲間思い……、その言葉はどういう気持ちで受け取ればいいんだろう。


 俺の生前の事情を知らないアリスは、そういう気持ちになるのかもしれない。こいつのことだ、きっと悪気もないのだろう。


 だが、生前の俺は同じ部活動の仲間を私利私欲のために殺し、その体を手に入れようとした。


 そんな俺が仲間思い……、と名乗ることは間違っているだろう。


 それに……、俺はここまで一緒に昇ってきたやつらを仲間だと思っているのだろうか。


 思い返してみれば、俺は密林でチビにお前らを利用させてもらうと宣言した。それはあいつらを仲間と思っていないことの表れだろう。


 これで俺は仲間思いでないことが証明された。だが、ここで一つ問題が生じる。


 何故、俺はあいつらと合流することを焦っているんだ? 仲間でないなら、このまま放っておけばいいのではないだろうか。この先俺とアリスでもなんとかなるだろうし、人数が減って動きやすくもなるだろう。


 そう、わかっているのに俺はあいつらと合流したいと思っているし、あいつらが必要だと思いそうな薬品倉庫に向かっている。そう思うことは、あいつらを意識していることの表れだろう。


 それはただ単に利用するためか?


 利用するために、俺はチビ達という重荷を背負うのか?


 その考えは矛盾している。


 俺にとってあいつらは仲間なのか、ここで生きるための道具なのか。


 自分で言ったことと思っていることの間に矛盾が生じ、頭が熱くなる。


……きっと、この話は一人で考えて何とかなる話じゃねーな。


「おにーちゃん?」


 俺を心配したのか、アリスが首を傾げながら俺を呼んできた。こいつは本当に素直というか、なんというか。よくも悪くもまだ子供なのだろう。


「なあ、アリス」


「ナーニー?」


「お前にとって、俺は仲間か?」


「んー? ウン? 仲間ダヨー」


 俺の質問の意味が分からないと言った風にアリスが首を傾げた。元々傾げながら話していたので、かなりの角度で曲がっている。よくわからない不思議な状態だ。


「違うノー?」


「……いや、そう、かもな」


 素直に仲間と言えばいいのに、自分でもそう思うが今の俺にはそう応えることができない。後でチビとでも話してみるか……、あいつが一番話になりそうだし。


 あー……、だから、今はもう考えるのはやめよう。


 すっきりしない気持ちだが、今はとりあえず薬品を取りに行くことに集中する。俺は悩みながら他のことをできるほど器用ではない。


「あー……、アリス、一つ言っておくが」


「んー?」


「敵ではない、それだけは覚えとけ」


 言い忘れてはならないことだけを言って、この話は打ち切る。この体を無事手に入れるため、アリスもオタクのおっさんも敵にはしたくないところだ。こいつは素直だから、はっきり言っておかないと勘違いされてはたまったものではない。


「もうすぐ階段につくよ」


 医者がぼそぼそと要件を告げる。さすがにわかるやつと歩けばつくもんだな、と感心しながらその言葉に頷いた。素直に案内してくれるだけ、さっきよりもたちがいい。


 俺たちが話さなくなって、足音だけが廊下に響く。またアリスがうとうとしているのではないかと不安に思ったが、さすがにそこまでお子様ではなかったようだ。だが、俺も含め疲れは溜まっているようだから、一度どこかで休憩したいところである。


「アイリ達、襲われてないとイイネー」


「……そうだな」


 あいつらのことを仲間と言い切れない俺にも、そう思う権利ぐらいあるだろうか。


 もしもあるなら、一応願ってやろう。


 俺のためにも、無事でいてくれと。

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