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「狭間の塔」  作者: 春秋 一五
「三階」
22/26

「病院と信念 Ⅴ」

「失礼するよ。調子はどうだい?」


「お陰様で良好です」


 俺は退屈だがな。


 少し寄るだけと聞いていたのだが、これでもう五部屋目だ。約束破りにもほどがある。ご存じのとおり俺は短気なのでそろそろ金属バットが床にエイトビートを刻んでもいいはずだが、未だ我慢できている自分に驚きを隠せないでいる。……疲れて怒る元気もないだけだが。


「君は……、そうだったね。左目を奪われたのか」


「はい……。突然でした……」


 左目を奪われただぁ? 不思議に思って医者の後ろから患者の顔を見てみると、確かにそこには左目を包帯でぐるぐる巻きにしたセーラー服の女子高生が座っていた。恐らくあの包帯の中は空洞なのだろう。ギャルとほとんど同じ状況なのだが、こちらの方が真面目で清楚そうなので俺の同情をひいてくる。ギャルの悪口を言いたいわけではない。


 これが噂の人体の一部を奪われたという事件か。先ほど見つけた胸に穴の空いた死体もその被害者の内の一人なのだろう。しかしあんな芸当ができるやつがここにいるのだろうか。


「犯人の顔はご覧になりましたか?」


「いえ……眠っていたところだったので……。それに犯人はフードを被ってましたし……」


「フード……、そんな人が病院内にいたかなぁ」


「把握しておりませんわ」


 顔の情報は全くないわけだが、フードを被っているという情報は手に入った。寝込みを襲撃するとは、なかなか慣れた犯人のようだ。寝込みを狙ってさらに目をくりぬくなんて言う所業は、並みの素人にはできないだろう。そんな玄人にはなりたくないものだが。


「ネーネー?」


「何だアリス」


「私たち以外にも、武器を持っている人なんているのカナー?」


「あ? ……あーどうだろうな」


 俺たちは普通に死んだ人間とは違って、武器庫を抜けてこの階に来た。だから武器を持っているのだ。逆に言うと普通に死んだ人間は武器庫を通ってここに来ることは不可能なので、武器を持つためにはその場で調達するしかない。しかし、前の階と違ってここには武器を作れるような素材はない。よって、武器を持っていることは事実上ありえないのだ。


 だとしたら、あの眼をくりぬくには?


「なあ、白い死神」


「九音でございますわ」


「ここには、武器になるようなものあんのかよ?」


 目をくりぬくなんて芸当、素手でできるわけがない。ということは消去法の観点から見て、俺たちのように他人の体でここにいるやつ、もしくはここで武器を手に入れたやつ。その二つに可能性は絞られたわけだ。


「そうですね。簡単な治療道具程度ならありますが……、強いて武器と呼ぶなら数本メスがある程度でしょうか」


「それが最近無くなったとかいうことはあったか?」


「そうですね……。さすがに数を把握してませんでしたので、分かりかねますね……」


 把握しとけよ……。悪態をつきたいところだが、んなことしても仕方ない。俺はわりと効率重視だ。無駄なことはしたくない。


 素人にはできない、と言う点を考えると可能性としては医者が犯人という説もあり得ないではない。だがこいつの雰囲気を見た感じ、そんなことをする奴のようには思えないし、フードを被っているという特徴とも異なる。


 それにあいつは、


「なあ、医者」


「僕かい?」


「お前、右利きだろ」


「ああ、そうだよ」


 犯人が左利きなのに対し、右利きだからだ。


「だからなんだね?」


「いーや? 特に何でも」


 右利きなのは、これまでの検診の様子を見て分かっていたので確認しただけだ。だから特に何でもないということで嘘はついていないはずである。


 俺は嘘はそこまで得意ではない。


「じゃあ、あの人は大丈夫だネー」


「……やっぱそのこと考えてたのか」


「まあネー」


 何をずっと黙りこんでいると思ったら、やっぱりあの紙の事だったか。あんなもの、見た瞬間になんとなくわかっていただろーに。


 特に俺とアリスならな。


「世の中には思考の似たやつもいるもんだな」


「そうだネー」


 俺たちはあの紙を書いたやつが犯人だと分かっている。だから、右利きのあいつは犯人ではないのだ。


 そろそろその理由を言おう。


 あの紙には完璧な人間が見たいと書いてあった。


 人体の一部が欠損する事件。


 それは、完璧な人間の体を手に入れるためだ。


 全てが完璧な人間などありえない。


 だから、それを複数の人間から集める。


 完璧な部分部分をかき集めて、完璧な人間を見るために。


 きっと、俺たち以外の人間があの紙を見てもこの結論には至らなかっただろう。


 だけど、俺とアリスならわかる。


 それは、俺たちが完璧な体を求めてきた、


 いわば、


 同族だからだ。


「私は違うケドネー?」


「結果的にそうなってるんだから文句いえねぇだろ?」


「まあネー」


 俺は最初からそうだったし。


 まあ、いくら同族だって言っても完璧な人間ってのは理解できない話だけどな。


 だってよ、完璧ってのは、


「君たち、そろそろ行くよ?」


「あー……、わーったよ」


 何だよいいとこだったのに。まあ、いいか。いつでもそんなこと話せるわけだし。


 誰が犯人だろうと俺たちには関係ない話だし?


 俺たちは再び医者と白い死神の後ろについて行く。またしばらくは元の部屋につかねぇんだろうなと思いながらも、文句を言わずに。


 薄暗い廊下はその先もすっと伸びている。


 まるで永遠にあるかのように。


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


 扉をいくつ開けても、有力な情報を得ることはなかった。それはもちろん僕達の探している人のことでもあるし、司たちの事もだ。毒を盛られてしまえばどうしようもない。二人ともまだ時田さんが僕達に毒を盛ったという情報は持っていないのだ。いくら異様に強いあの二人でも、毒を盛られてしまってはどうしようもないだろう。


 中にいたおじいさんに礼を述べて、部屋から外に出る。もう何個目かわからない扉は、前の扉と同じ音をたてて閉まった。


「役に立ちそうな情報は、ないな」


 病院内にいる人たちは色々な話をしてくれたが、死んだと思ったら突然この病院で目が覚めたこと、時田さんに魔法のような薬をもらったことなど、同じような話しか聞けなかった。それに文句を言うわけではないが、さすがにそう同じような話ばかりされるとこちらも腹が立ってくるというものだ。真綾さんなんか五個目の扉からは最早中に入らず、廊下に座っていることしかしなくなっている。忍耐強さというものに多少の難があるようだ。


 そんなことは最初から分かっていたけど。


「……危険かもしれませんが、分担したほうがいいですね」


「そうだな。それも考えた方がいいだろう」


 このままでは効率が悪い。それは口に出さずとも、誰もが気付いていたことである。今ここに居るのは五人なので、雪姫さんと卯月さんを軸として二手に分かれるのが妥当だろう。卯月さんを一人として三組に別れるという手もあるが、真綾さんが捜索に加わらない所を見ると、その案は考えづらい。

 

 卯月さんと雪姫さんが分担するにあたって二人で話し合いを始めた。この手の話において僕は全く役に立たないので黙ってその様子を見守ることにする。香苗さんはここに来て薬について詳しいという特技を見せたが、この場では黙って背中を壁に預けて、何やら真綾さんと雑談をしているようだ。話が合うのかどうかはわからないが、何やら楽しそうだ。

 

 ……香苗さんがここまで立ち直ることが出来てよかったと、横からその姿を見てしみじみと思う。諏訪さんが亡くなってからというもの、ずっと黙り込んでいた姿は狭間の塔に来てからの香苗さんとはかけ離れていた。当初の気の強さは真綾さんに隠れてしまったものの、少しは立ち直ってきている。かく言う僕も時間が経つにつれて諏訪さんが亡くなったことに対する悲観は、諏訪さんの死を無駄にしないという気持ちに変わってきている。


「よし、俺と安藤を軸にして二手に分かれる。それについてだが……」


 バアアアアアアアアアン


 卯月さんが説明しようとした瞬間に、卯月さんの後ろの扉が激しい音をたてて開いた。その音によって卯月さんの声はかき消され、指示が聞こえなくなる。


 ……これ、何だか見たことあるような。


「……どうしていつも」


 開いた扉から、黄色い何かが飛び出してこちらに走り寄ってくる。それは確かに僕らの虚を突く形になり、僕たちは対応が遅れてしまった。


 しかしそれはあくまで僕と真綾さんと香苗さんの話だ。


 雪姫さんと、卯月さんは違う。


「俺の話を遮るんだ、貴様らはぁぁ!」


 珍しく激高した卯月さんが、鉄パイプを横に薙ぎ払う。駆けてきた相手はそれに怯み後ろに一歩下がったが、事前に卯月さんの攻撃を知っていたかのようにしゃがんだ雪姫さんが、ナイフを取り出して追い打ちをかけた。


「くっそ!」


 フードを被っているために顔は見えないが、苦しそうな声を出して襲撃者はのけぞる。空を切った雪姫さんのナイフは近くの壁に当たり、カーンと高い音をたててはじかれた。そのナイフは宙に浮き、雪姫さんの左手に収まる。まるで計算されていたかのようなその動きは、人間離れした技と言っても過言ではない。


「おらぁ!」


 襲撃者が反撃のために伸ばした左手には何か鋭利な物が握られているが、のけぞったまま放たれたそれは雪姫さんには届かない。


 逆にそれを好機ととらえた卯月さんが、鉄パイプを振り抜き襲撃者の武器を弾き飛ばす。それを確認した雪姫さんが襲撃者を壁に向かって蹴りつけた。背中から壁にぶつかった襲撃者は露骨なうめき声を上げたが、雪姫さんは容赦なくフードにナイフを突き刺して壁に固定させる。それを確認した雪姫さんはそこからすぐに離脱して卯月さんに場所を譲る。


「少し気絶してもらおうか!」


 天井に当たるまで鉄パイプを振り上げた卯月さんが、それを襲撃者の脳天に向かって振りおろす。まともに受けた襲撃者は一撃も二人に反撃することなく気を失い、力なくナイフに突き刺されたフードにぶら下がる形になった。


 その姿を見た香苗さんが一言、


「……何だか、あの人の方が可哀想になって来たわ」


 と言った時には、僕も真綾さんも頷くしかなかった。


   □ ■ □ ■ □


「よく不意を突かれるわね」


 雪姫さんが持っていたツタで襲撃者を拘束し終えたあと、香苗さんが冷静に言い放った。それを聞いた卯月さんが深いため息をつく。そういえば密林でもこんな風に襲われたんだっけ。赤い化け物に食われた男のことをおぼろげな記憶の中から引っ張ろうとしたが、無残な姿しか思いだすことはできなかった。


「本来なら前後左右確認できるといいんだが……、俺と安藤だけではそれは難しい。早い所あいつらと合流する必要があるな」


「そうですね……。司さんとアリスちゃんは無事でしょうか……」


 あの二人に限って、何かに襲われて危険に陥るという可能性はなさそうだが、時田さんが僕達に毒を盛ったことまでは知らない。香苗さんがいなければ僕達も気づくことができなかったのだから、あの二人が食事に毒が入っていることを、食べる前に気付くことは不可能だろう。


「どーせあいつらは無事よ。化け物みたいに強いんだから。それよりこいつどーすんのよ。全然起きないじゃない」


 僕と同じことを考えていたらしい真綾さんが面倒そうに頭を掻きながらそう言った。その姿は、事態が進展しないことへのいら立ちが見て取れる。真綾さんの言う通り、襲撃者に反撃してからしばらく経つが、一切目を覚ましそうな様子は見てとれない。死んでしまったわけではないようで、たまにうめき声が聞こえてくるが、明らかに卯月さんはやりすぎたと思う。そう思ってちらっと卯月さんの方を見ると、ただ気まずそうに眼を逸らされた。自分でもその感覚はあったらしい。


「私たちを襲った理由も聞きたいところですし……、もしかしたら一連の出来事について何か知っているかもしれませんから、もう少し待ってみましょう」


 そう微笑みながらナイフの刃をハンカチで拭った雪姫さんが、腿のホルダーにそれを収める。僕もそれが羨ましくなってきて、まだツタが余っているようだったので頼めば多分作ってもらえるのだろうが、使う機会が頻繁にあってもらっても困るので遠慮しておくことにした。そんな無駄なことを考えていると、雪姫さんがこちらに近寄ってきて軽く頭を撫でてきた。


「愛莉ちゃんはやっぱり変態さんですか?」


「え、はい……?」


「いえ、熱心に私の太腿を見ていたので」


「あ、いや、そ、そんなつもりじゃ」


「冗談です。二回も引っかかってくれるとは思いませんでした」


 雪姫さんがにこにこと笑う。……病院に来てからというもの、雪姫さんに子ども扱いされているような気がしてならない。確かに年下なことに違いはないのだろうが、僕はそれほど子供っぽいだろうかと真剣に悩んでしまう。


「別にいいじゃないの? 女同士なんだし」


 僕らの様子を見ていた香苗さんが首を小さく傾げてそう言った。その発言とみんなの様子を見るに、僕は本当は男であるという事実に気付いたのは雪姫さんだけらしい。別に隠しているわけではないので気付いてくれて構わないのだが、ここまでばれていないと僕自体が女の娘っぽいのかと思ってしまう。何だかそれはそれで複雑な気持ちだ。


「この先のことで相談がある、少し集まってくれないか」


 卯月さんがそう言いながら立ち上がった。その表情にはもう苛立ちも気まずさもなく、どこか自信に満ちているような卯月さんらしい顔だ。だが、いつ見てもオタクの風貌であることに変わりはない。その違和感は、慣れたころに再びぶり返すほどの代物だ。


 普通外見と中身が入れ替わるっているのは、こういうことだと思うのだけども。


 違和感があるとはいえ、みんな発言を無視するほど薄情ではないので卯月さんの周りにみんなが集まる。襲撃者の監視のために、雪姫さんだけが少しだけ遠くの位置から話を聞くことにしたようだ。その様子を見て卯月さんが一度頷き、先ほどするはずだったであろう話をは締める。


「さっきは分担して探すと言ったがあの話はなしだ。さっきのように襲撃されてしまったら一人ではたまらん。こいつの話を聞いた後は、俺を先頭、安藤を最後尾としてお前ら三人は横に並んで歩いてくれ。愛莉はその中で左右のどちらかで銃を構えていてくれ。中央で銃を撃たれては困るからな」


 卯月さんの指示は分かりやすく、それに適確だ。これならいくら真綾さんといえども理解できただろう。そう思い横に立っている真綾さんを見てみると、何かを何度か呟いた後に頷いていた。そんなに呑み込むのに時間がかかるほど長い指示でもなかったはずなのだが。


「うっ……」


「どうやら目を覚ますようです。手足を拘束しているとはいえ、みなさんお気を付けください」


 雪姫さんが閉まったばかりのナイフを再び取り出す。真綾さんも一応という感じでナイフを取り出して、少し距離をとった。卯月さんは他の襲撃者を警戒してか、僕らの近くに留まる。香苗さんと僕はどうしようもないので、ただ狼狽えることに徹した。その行為に何の意味もないけれど。


 男の瞼が重そうに開く。まだ頭が痛むのか、眉間には深いしわが寄っていた。何度か手足を動かそうとしたところで自分の今の状況に気付いたらしく、かなり混乱した様子だ。しかも、その首元にいきなり雪姫さんのナイフがあてられる。それには一瞬で気付いたようで、目を見開き体を強張らせたのが見えた。


 あの男にとっては泣きっ面に蜂もいい所だろう。


「おはようございます。気分はいかがですか?」


「……最悪だ。頭も痛い」


 その返事を聞いて、雪姫さんはにっこりと笑った。その笑みは先ほど僕に向けられたのと同じものであるが、全く違ったもののように思える。


「さて」


 そっちの笑顔が僕に向けられる日は来ないでほしい。


「私とお話ししましょうか」


 僕はこの時、心底そう思ったのでした。


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


「君たち、そろそろ食事をとらないかい?」


 ある程度部屋を巡回し終えた後、医者は眠たそうな顔をこちらに向けてそう言った。俺とアリスはその言葉を聞いてしばらく顔を見合わせる。


「確かに腹は減ってるが」


「私モー」


 それよりも早くあいつらの所に案内してほしい。言ってももう無駄だろうから、言葉の続きは喉の奥に放り込んで消化した。


「僕もそう思っていたところだ。九音、あの部屋まではあとどれくらいだね」


「もうすぐでございますわ」


「うん、それはちょうどいい」


「あの部屋ってどこのことだよ?」


 食料庫のようなものがあるのだろうか。あまり気になりはしないが、暇つぶしついでに聞いてみた。


「君たちが探している部屋の事だよ。仲間たちと合流してから食事をとると良い。と言っても彼らはもう食事を摂っただろうけどね」


「は? もう近くに着いてたのかよ」


「うん。そうなるように歩いていたからね」


 そうならそうと先に言えばいいものの。こっちはいつまで歩いて待っての時間を過ごせばいいのかと、退屈に思っていたというのに。露骨に面倒そうな顔をしていたアリスの顔がほころぶ。


「さて……、確かこの部屋だったよね」


 医者がおもむろに扉を開き、白い死神とともに中に入っていく。俺とアリスもその後に続いた。大分長い間迷っていたが、ようやく合流できると思うと少し安心する。


 そう思っている時点で、俺も誰かに頼る甘ちゃんってことだけどな。


「ん……? おかしいな」


「どうした?」


 先に入っていた医者が首を傾げる。何がおかしいのか確かめるために、俺も部屋の中をのぞく。アリスも見たそうに背伸びをしていたが、その身長では無理だろう。


 医者の頭の上から見た部屋の中には誰もおらず、食事は手を付けられることなく放置されていた。俺らのことを探しに行ったということも考えられたが、食事に一切触れていないというのはおかしい。あいつらも食料は持っているはずだが、少しでもこれからのために残しておきたいはずだ。手を着けないというのはおかしい。


 これは一体、どういうことだ。


「見えないヨー?」


 アリスが困ったように視線を投げかけてきたが、そんなことは今はどうでもいい。目の前の景色の違和感に、俺はただ翻弄されていた。


「……もしかして誰かに襲われたのかもしれないね。それで急いでここから出たのかもしれない」


「……そう、かもな」


 今の所何も思いつかないので、医者の意見にあいまいな同意を返しておいた。さっきの密林でも襲ってきたやつはいたし、可能性としてはなくもないだろう。


 この病院には物騒な奴もいるみてーだし。


「なあ、食事は後にしてだ。とりあえずあいつらを探さねえか?」


「ふむ……。そうだね。確かに心配だ。客人を入院客にするわけにはいかないからね」


 四人で部屋を出る。「ネーネー、私にも見せてヨー」とうるさいアリスには後で適当に説明するとしよう。どうせまた道中長くなりそうだし。


「心配、ねぇ」


 先ほどの医者の言葉を、何となく口に出してみた。そう言う気持ちがないわけではないが、オタクのおっさんがいるんだから大丈夫だろうという気持ちもある。


 ただ、早く合流しなければまずい。そんな気もしている。


「この階も、無事に終わりそうにねーな」


「そうだネー」


 そんなことをアリスと話しながら、俺は金属バットを肩に担いだ。


 楽しく、なってきたじゃねーか。


   ☆ ★ ☆ ★ ☆


「お前ら時田の仲間だろ!」


 男の第一声はそれだった。叫んだ拍子にナイフが喉に触れたらしく、男は少したじろいだが、決してこちらを睨むことを辞めない。


「と言いますと?」


「アイツは俺に毒を盛りやがったんだ! 他のやつらにもな! だから俺以外に動けるやつはあいつの仲間に決まってるんだよ!」


 そう聞いて、雪姫さんがこちらに一瞥を送る。それを受け取った卯月さんが一度頷いて口を開く。


「ならお前は何故動ける?」


「俺は偏食でな。それで飯を食わなかったんだ。そしたら俺以外に飯を食ったやつの体がどんどん動かなくなってよ……! それって毒以外のなんだってんだよ!」


 偏食もたまには役に立つものだ。身の危険を感じない距離にいるので、皮肉を思うだけの余裕はある。


「……なるほど、これで確証が取れたな」


「なんのだよ!」


 突然話が変わったことに男が激昂する。しかしそれを無視して雪姫さんが口を開いた。


「これで、時田さんが全員に毒を盛り、嘘をついたことがわかりましたね」


「ああ、そういうことだ。毒の種類と効果も同じだな?」


「ええ、そうね。あの毒の効果と一緒だわ」


「おい、何の話だよ!」


 話において行かれた男が叫ぶ。拘束されながら叫ぶその姿は何だか哀れだ。


 その姿を見てか、余裕そうな笑みを浮かべた卯月さんがその問いに応える。


「俺たちの利害が一致するということだ」


 それに雪姫さんが続く。


 彼女の表情は、ずっと揺らがない。


「協力してください。お願いします」


 ……ナイフを首に当てたままのお願いは、


「否定は許しません」


 脅迫と言うと思いませんか、雪姫さん。

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