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「狭間の塔」  作者: 春秋 一五
「三階」
18/26

「病院と信念 Ⅰ」

「君たちは最初僕にこの塔に説明されたとき、何か不思議に思わなかったかい?」


 疲労困憊から気を失っていた状態から目を覚ますと、まだエレベーターは動いていて、いつものように零が話し始めている所だった。そのタイミングの悪さを呪い、もう一度目を瞑ろうとしたが不思議と目が冴えて眠れない。どうやらかなりの時間寝てしまっていたらしい。その感覚が正しいかどうか判断する術はないけど。


「人間は死んでしまったら『一』の体の内の半分を失う。なのに、何故本来の持ち主の半分の体と君たちが今持っている半分の体、二つの半分の体があるのかってね」


「……誰もんなこと考えてねーよ」


 面倒そうに司が言い放つ。武器庫で手に入れた時よりもだいぶ傷の入った金属バットは、僕らがここまで来た道を異質なスケッチブックのように表している。今まで折れなかったのが不思議なほどに酷使したそれは、おとなしく司の腕の中に納まり、次の出番を待っているようだ。


 まあ、あんまりその時が来ないことを願うけど。


「あれ、そうだったのかい? まあいいや。どうせまだ時間はあるんだ。せっかくだから話しておこう」


 零の話にほんの少しだけ耳を傾けながら、諏訪さんのことを思い出す。あの小屋であった出来事を、苦い何かを噛み潰しながら。



 僕が気絶している間に運び込まれた小屋の中で、諏訪さんは全く同じ見た目を持った旦那さんに出会った。そしてその半分の体を旦那さんに渡して、諏訪さんは自身の体に戻って、そして、


 ……いや、その先はいい。


 確かに今考えてみればおかしい話ではある。諏訪さんの旦那さんは何らかの理由で死に、その半分の体を失ってこの塔に来た。なのに何故失ったはずの体を諏訪さんが持ち得たのか。それはこの塔の原理に反することだというのに。


「君たちは僕の言葉に従い、ある場所から落ちて死んだ。そしてこの塔にやってきたんだ。それは一致しているだろう?」


 鈴音山で見つけた立方体に囲まれた穴。あの自然に作られたように思えない穴の中に落ちて、みんなここまで来たのか。と言うことはみんな鈴音山に着ていたということなのだろうか?


「そうではないよ、愛莉。あの穴は世界中のどこにでも現れる。人の死について、何らかの信念を持つ者の近くにね」


「……そうなんだ」


 今更心を見透かされてもそれが当然のことのように思えてしまう。段々と自分が非常識に順応していることに少しだけ不安を感じた。人間とはどんな異質にも慣れることができるというのは誰かに聞いたことがあるけど、実感してしまうと恐ろしい物だ。


「話を戻そうか。あの穴に落ちてここに来た者が、死んで失うはずだった半分の体は僕の元にやってくる。もう半分の体も一緒にね。そして君たちがこの塔で過ごすために必要な半分の体を、君たちが生き返したいと願った人の物に変えて、君たちに与えたんだ」


 ……何だかよく分からない話だ。


 あまり理解できないけど、一つ疑問に思ったのは、人の体をそんな簡単に別の人の物に変えることが出来るのかと言うことだ。体格とか、色々違う場所はあるだろうに。


「人間の体は、形は違っても価値は同じ。お金で物を買う様なものだからね。ああ、それに君たちは忘れているかもしれないけど」


 そこで何故か一息あけて、零は薄気味悪く笑った。僕らの衣服と違って全く汚れていない零の服が、ひらひらと揺らぐ。


「僕はまがりなりにも『神』だからね」


「……死神は、まがりなのか?」


「そうだね。神様の中ではだいぶ嫌われてる方だと自覚しているよ」


 確かに死神と聞くといい気持ちにはならない。神の前にだいぶ縁起の悪い言葉がついているからだろうか。でも実際に会ってみると、こんな、こんな……、いや、うさんくさいな。ここに連れてきてもらった恩はあるからフォローしようと思ったが、特にできることがなかった。申し訳ないと、心の中で棒読みしておく。


「全く……失礼な話だよ。僕だって人の願いはちゃんと聞くのにねぇ」


 誰もその言葉に返事をしない。みんな一つの願いをかなえてもらってここに来ている。零はかなりうさんくさいし、イラつかせる存在ではあるけれども、誰もその存在を否定しない。それはきっと僕がそうしないのと同じ理由だ。


 死神は不吉な神だ。


 でも、僕達にとって零は確かに神なのである。


 例えそれが死をつかさどり、死に導くものであっても。


 僕たちは彼に感謝するしかない。


「まあ、死神に願いをかなえてもらった人間の末路なんて、どうなるかわかったものじゃないけどね」


 ……かなり、腹の立つやつではあるけどね。


「さあ、どうやらもう少しで着くみたいだよ。丁度時間を潰せたようだね」


 時間を潰せたというか、ずっと零が話していただけだけどね。それで気が紛れたかと言われればそうではないだろう。


 みんなの顔にはかなりの疲労が浮かんでいる。僕は他のみんなよりは休んだ方ではあるが、今なら針山の上でも寝れそうなほどの眠気に襲われている。僕をかついで歩いた卯月さんたちは、僕よりもはるかにつかれているだろう。香苗さんなんかあんなに気が強かったのに、諏訪さんのことがあってからほとんど話さなくなってしまった。代わりに何故か真綾さんが、その気の強さを見せている。ここに来た時はあんなに混乱していたのに、だいぶたくましくなったものだ。


 ……何で一番足を引っ張っていた僕が偉そうなのかは気にしないでくれ。心の中でしかこんなこと言えないんだ。今声に出してそんなこと言ったら、次に司の金属バットの餌食になってしまうのは僕になりそうだから。


 うーん……しかし。


 まだこの塔に来てほんの数日だけど、だいぶみんなのイメージが変わったような気がする。さっき言った通り、香苗さんは完全に威勢を失っているし、真綾さんはギャルらしさを失った。あまり必要なステータスには思えないけど。特にわかりやすのは司で、あからさま協力的になっている。ここに来た時の狂犬のような表情をこちらに向けることは無くなった。これはさっき密林で話した通りの理由だけど、これから一緒に昇っていくうえで、とてもいい変化だと思える。アリスは……、最初のインパクトが強かったからあれだけど、かなり扱いやすくなってきた。単純に僕が馴れただけかもしれないけど、もうアリスの剣に恐怖は感じない。


 そう考えてみると、卯月さんと雪姫さんの心の強さには感服だ。二人とも、はじめから全く感情を揺らがせることなくここまで来ている。かなり飄々とした性格である僕も、香苗さんや真綾さんほどではないが普段とは違う感情に支配されているというのに。


 恐怖や悲哀。


 それに打ち勝つのは、これほどまでに難しい物なのか。


「……聞いているかい? 愛莉」


「え、あ、ごめん。聞いてなかった」


 零が不機嫌そうな顔で僕の顔を覗いてきたのは、恐らく僕が考え事にふけっている最中に何かを話していたからなのだろう。というか、確実にそうか。口に出して言ってるし。


「全く……、じゃあもう一回説明しよう」


 エレベーターの動きがだんだんと遅くなっていく。それは、次の階へと止まるためのサインなのだろう。もう戻れない密林で失った大切な仲間に思いをはせながら、その動きが完全に停止するのを待った。


「次の階は病院。本来なら人の体を癒し、休ませるための場。でも、ここはもうすでに死後の世界。なら、一体その存在理由はなんだろうね?」


 エレベータは動きを止めて、少しだけ軋むような音をたてた。零の問いかけに誰も答えることなく、みんなその扉を見つめる。


 見つめていたって、決して早く開くわけでも、目の前に待ち望んだ人がいるわけでもないのに。


 それでも、僕達は見つめた。


「それではみなさん、どうか怪我の無いよう気を付けて」


 やがて、鼻を刺すようなツンとした匂いと共に、


「狭間の塔の病院が、人を治すところだとは限らないからね?」


 扉は、開いた。


   □ ■ □ ■ □


 密林の時のこともあって、誰もいきなり扉から出ようとはしなかった。無言で扉の前に広がっている光景を見つめている。そんな中で零だけが扉から前に歩み出て、少し進んだところでこちらを振り返った。


「何だい君たち? 行かないのかい?」


「……そういうわけじゃねーけど」


 零がたたずんでいる場所は二階の時のように密林が広がっているわけではなく、一階の時のように血まみれれになっているわけでもない。ただ、そこには白塗りの廊下が薄暗く無機質に伸びているだけだ。それが逆に不気味で、足を踏み出せない。一見平凡でも、この塔では天井がつり天井であってもなんら疑問はないのだ。うかつに命を捨てるわけにはいかない。


「でも、踏み出さないと何も始まらないよ?」


「それもそうだな……」


 恐る恐るではあるが、卯月さんが鉄パイプを構えながら一歩廊下に踏み出す。カツン、と小さな音が薄暗く先の見えない廊下に響いた。その音は廊下がどこまでも続いているかのように聞こえる。


「……とりあえず大丈夫なようだ。お前ら、後ろから二列になってついて来い。牧田は一番後ろを頼む」


「わーった」


 牧田、つまり司が適当に返事をして僕達を早く行くように手を振って促した。卯月さんが先に行ったことによって、恐怖心が薄れたためであろう。人間と言うのは初めの第一歩を踏みきれないことが多い。しかし勇者がその第一歩を踏み出すことによって、二歩目を踏み出すことは信じられないほどに容易になる。実際、司ほど力がない僕でさえも、容易にエレベーターから出ることができた。


 司に急かされるように廊下に出た僕達は、しばらくただ廊下を進むことにした。途中で病室と思われる扉やどこかに続いている階段を見つけたけれども、この病院の規模を調べるためにしばらくこのまま進もうという卯月さんの意見により、寄り道することなくただ廊下を突き進んでいる。


 廊下には一切窓がなく、所々についている裸電球だけが光源となっているため、どこまでも薄暗い。外の様子が一切確認できないため、最早朝か夜かさえも分からなかった。そもそも時間と言う概念がここにあるかどうかも不明瞭であるが。


「まだ続いてますね……」


「ああ、相当広そうだな」


 何度か曲がったりしたが、まだ廊下が途切れるような気配はない。さらにこれに上の階や下の階があるとなると、探索するのにかなりの労力を使いそうだ。今の所ふざけた獣やバカげた仕掛けはないので、密林の時よりも安全そうだが、これはこれで精神的にきつい。


「……向こうから、何か聞こえたわね」


 黙っていた香苗さんが口を開いた。その言葉を聞いて、全員がその場に立ち止まり、武器を構える。今までは、攻撃できそうな武器が鉄パイプと金属バットと拳銃しかなかったが、今は密林で手に入れたナイフがある。僕や真綾さんや香苗さんが戦力になるとは(雪姫さんは怖いのでなりそうです)到底思えないが、自分の身を守るぐらいの事ならできる。いざとなれば拳銃を使うだけだ。それでどうにもならなければ、逃げるしかない。そう情けない決意をしながら香苗さんが指さした廊下の先を見つめる。


「足音のような……、一つではないな」


 小さかった音が、段々と大きくなっていく。それは歩いている物体がこちらに向かってきている証拠だ。薄暗い廊下の向こう側から、その何かは僕達のほうに近づきつつあった。さあ、何が来ても僕は驚かないぞー。あの獣だらけの森を生き延びた僕は何が出ても驚かないぞー、と心の中で虚勢を張ってみるが、膝はそんな僕を笑っている。止めろ自分を笑うな。


 そんなバカげたことをしている僕を尻目に、薄闇の中から、足音の正体が姿を現した。


「あれ? 新しい患者さんかな」


 その足音の主はなんとも間抜けな声をあげて、僕達を迎える。


「そうみたいですね、先生」


 隣に、真っ白な少女を連れて。


   □ ■ □ ■ □


「へぇ、ここはそんな場所なんだねぇ」


 出会った瞬間に色んな武器を向けられて困り顔をした白衣の男性は、時田 一郎と名乗った。どうやら彼は生前医者をやっていたらしく、死後の世界のここでも医者を続けているそうだ。手入れを怠った無精ひげが特徴の、物腰の優しい男性である。


 彼に通されたのは診察室と思しき部屋で、薬品の並べられた棚と、本の積み重なっている机、そして人が一人用のベットが置かれている。一般的な病院の診察室と何ら変わりのないその部屋ではあるが、やはり廊下と同じで薄暗く、随分とイメージが変わってくる。


「そうだ。俺達はこの下の階にある密林からやってきたんだ」


「だからそんなに傷だらけなわけか」


「そういうことだな」


 今は、傷だらけの僕達を見て驚いた時田さんに、今までの経緯を話したところである。普通こんな話を聞くと誰だって驚くものだと思うが、時田さんは、「なつほどねぇ」とか「確かにあの時死んだと思ったよ」とか言ったような呑気な返事しか返してこない。随分とまったりとした性格の持ち主のようだ。


 で……、ここで問題が一つ生じた。


 それは時田さんではなく、


 彼と一緒に居た白い少女だ。


「やあ九音。久しぶりだね」


「こんにちは零。随分とご無沙汰しておりましたね」


「最近仕事をしていないと七瀬がぼやいていたけど、君は何をしているんだい?」


「先生の助手、つまりナースをしていますの」


 零と親しげに話している彼女、九音は、


 どうやら、死神らしいのだ。


 背丈は雪姫さんぐらいでナース服に身を包んでいる彼女は、肌は病弱なほど白く、衛生面を考えてか、ポニーテールに結われた髪は絵の具で塗ったかのように白い。色素の薄い目が唯一少し黒いぐらいで、あとは雪のように白かった。ピンク色のナース服が派手に見えるぐらい、本人に色味がない。


「全く……、君がそう言う性格なのは知っていたけどね。僕も仕事をしろと言えるような行いはしてないからね」


「死神とは、それで正しいと思いませんこと?」


「僕と君が全くぶれていないだけだよ」


 零と二人で楽しそうに話をしているが、その内容は全然理解できない。何で笑っているんだこの二人は。何が面白かったんだ今の会話で。気になりはするが、できるだけ死神関係の方と交友関係を広めたくはないので、口にチャックをかけておかなければならない。ろくなことになりそうがないから。


「あら、酷い言われようですね」


「全くだよ。僕が何をしたっていうんだい」


 二人して心を読んでくることじゃないかな。薄々感づいてたから驚かないよ。


「つまり……、君たちは人を探してるってことだね?」


「そういうことになるな」


 僕が死神たちに白い目を向けている間に説明が終わったようで、時田さんが顎を撫でながら今までの話を整理するように天井を眺めた。本当に考えているのかは定かでなく、転寝でもしそうな勢いである。これで人と会うのは二回目であるが、自分が死んだと知らされても、人はここまで平常心で居られるものだろうか。


「なるほど。まあ、何も無いところではあるがゆっくりしてくと良いよ。病人や怪我人ばかりだが、ここは幸い人が多いところだからねぇ。寝るときは空き部屋を使うと良いよ。九音、案内を頼む」


「はい、先生。かしこまりました」


 零と話していた九音がにっこりと笑って、時田さんに返事をした。その笑みはやはり零のそれと同じで、とても美しいが不気味だ。


「ではみなさん、わたくしに着いて来てください」


 断る理由も見つからないので、みんなで顔を見合わせた後、部屋を出ることにした。みんなが出て行って、最後に残っていた僕と司が出ようとした瞬間に、「あ」と時田さんが小さく叫んだのが聞こえたので司と二人で立ち止まる。


「……どうしたんすか?」


「最近この病院で人体の一部を取られるという事件が起こっていてねぇ。今犯人を探しているんだけど、どうにも見つからないんだ。だから気を付けるんだよ」


「「……はーい」」


 そんな物騒なことをよく平然と言えるな、と時田さんを変人認定してから部屋の外に出る。本当にここにはろくな人がいない。そう思っていた矢先、隣を歩いていた司が金属バットを肩に担ぎながら口を開いた。


「こいつの出番、まだありそうだな」


 ……ほんっと、


「ここにはろくな人がいないね……」

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