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「狭間の塔」  作者: 春秋 一五
「二階」
15/26

「密林と満月 Ⅶ」

「……まだなの?」


「……みたいだな」


 涙も止まってきたころ、あまりにも風景が変わらないので真綾さんが文句を言い出した。辺りを見渡した卯月さんが、それに同意する。かなり長い時間歩いているが、初めの大きい木の所に全く辿り着けない。必死に走っていたから距離感が全くなかったけど、大分遠くまで来ていたようだ。後ろを振り返ってみると、かなり遠くの方で煙が上っているのが見えた。まだ燃え続けているのだろう。


「みなさん、そろそろ休憩にしますか?」


「そうだな。あまり消耗しすぎるのもよくない。この辺りで一度休憩しよう」


 先頭を歩いていた卯月さんが同意したので、円になって休憩を取ることになった。地べたに腰を下ろして、柔らかい地面に体を預ける。酷使した足は、そこだけ体の一部ではないかのように熱く動こうとしない。愛莉の日頃の運動不足を、体力テスト男子の中で最下位だった僕が呪う。理不尽だとか言わないでくれ。


「お腹すいたヨー……」


 草むらに寝転んだアリスが、幼い子供のように手足をばたつかせた。そう言う姿を見ると、剣をふるっている姿が印象的で普段あまり意識はしてないが、まだ子供なんだなぁと再認識する。どんな過去があってアリスがここにいるかは分からないが、楽しそうに司と戦っていたあの姿は、只者には思えない。まだまだ僕達は、知らないことだらけだ。


「何か食べるものがあるといいんですけど……。危険なものが多そうですねぇ……」


 雪姫さんがその辺の草木を見まわしながら呟いた。僕もそれに習うと、木の実やキノコなど食べれそうなものはいくつか見つかったが、どれも生きている時には見たことが無い物で、安全かどうかまで判断はできなかった。それにさっきのヒマワリの一件もある。手放しに信用できるほど、ここにある植物たちは甘くない。


「こんな時に案内人はいねーしな……」


「呼んだかい?」


「……出てくる気はしたからあんま驚かねーけど」


 司が口を開いた瞬間に司の背後から現れた零に、司は露骨に顔を歪めながら対応した。そんなことを全く気にする様子もない零は、楽しそうにくるくる回っている。


「何が食べれるのか、教えていただけないでしょうか?」


 雪姫さんが近くにあった、イチゴのような形をした赤い果実を手にして困ったように聞いた。零はそれを見てにこっと笑う。無邪気なその笑みは、決して邪気が無いようには思えない。


「君たち、スマートフォンのスマートがどういう意味か知っているかい?」


「……痩せてる?」


「賢い、ですよね」


 真綾さんの教養のなさは置いといて、零の意味深な発言に、僕は自然と自分のポケットに入っているスマートフォン型の端末を手に取った。その画面には相変わらず水色だけが表示されている。あまり賢いとは言い難いその画面は、僕達に何かを教えてくれてるとは思えない。何度タッチしても波紋が生まれるだけだし。


「どうやら、これは食べれないみたいですね」


 雪姫さんはスマートフォンの画面を覗き込みながら、思案顔で呟いた。それを聞いて、みんながその雪姫さんの周りに集まった。その画面には赤い×が表示されている。


「え……、あんたそれどうやって」


「前の電話の時と同じですよ。考えただけです」


「なんて?」


「これは食べれますか、って」


 ……そんなに便利なものだったのか、これ。手に持っているスマートフォンの画面に触れて、僕も同じように考えてみる。……いや、何も起きないけど?


「カメラを対象物に向けるといいですよ」


 いつの間にか僕の横に立っていた雪姫さんが、優しく僕にアドバイスをしてくれる。僕以外の人たちも、目に見える範囲で食べれそうなものを見つけて、素手に捜索を始めていた。背面の髑髏がカメラになっていることに気付いていないのは僕だけだったようだ。何だか恥ずかしい。


「愛莉ちゃん、私たちはあちらの方を探しに行きましょうか」


 雪姫さんが、みんなが探しているのとは逆方向に歩き出した。僕もその後を追う。僕、というか愛莉が身に着けていたのはミニスカートだったのでまだ歩きやすいのだが、雪姫さんはロングスカートを穿いているのでとても歩きづらそうなものなのだが、それを気にする様子は一切ない。僕はただちにブーツを脱ぎ捨てたいというのに。


「雪姫さん」


「なんでしょうか?」


「歩きづらくないんですか?」


 緑色のどんぐりみたいな木の実を手に取ってカメラに向けると、さっきの雪姫さんの画面と同じように赤い×が表示された。まあ、見た目からして食べられないし、それはそうか。


「私はこういう道歩くの、慣れてますから」


「……そ、そうなんですか」


「はい」


 登山が趣味とかそう言うのなのかな、と心の中で勝手に解釈をして納得することにした。雪姫さんには謎が多くて怖いし。あまり深く掘り下げないのがこの塔にいる人たちとの正しい付き合い方だと僕は理解している。僕だって、あまり掘り下げられたくはないし。


「仕事上、結構山を登ることが多かったんですよ」


 あれ、雪姫さんって大学生ぐらいだと思ってたんだけど。雪姫さん自体はもう少し年上なのだろうか。言葉づかいもちゃんとしているし。……おっと危ない、掘り下げてしまうとこだった。そういう意味深なことを言うから気になるんだよ、雪姫さん。


「愛莉ちゃんは、山登りとかあまりしない方ですか?」


 画面に表示された赤い×にため息をつきながら、雪姫さんが何の気なしに僕に聞く。僕も別に警戒するような内容ではないので、昔のことを思い出しながらその質問に応える。


「そう、ですね……。近所の山でお祭りがある時以外は全くですね」


 あ、○が出た。○は緑色に表示されるみたいだ。手に取ったブドウのような果実はかなり毒々しい赤色をしているんだけど、本当に大丈夫なのだろうか。


「そうなんですか。楽しいんですよ、山登り」


 雪姫さんがこちらに向けて微笑みかける。この密林はとても蒸し暑いのだが、雪姫さんの額には全く汗が浮かんでいない。なんだろう、アイドルなのかなあの人は。アイドルではない愛莉はちゃんと汗が浮かんでいるので、ちゃんと暑いはずなんだけど。……あれ、何だか愛莉に怒られそうな気がする。何でだろう、事実なんだけど。紛れもなく愛莉はアイドルではないんだけど?


「あれ、どうしたんですか? 愛莉ちゃん」


「い、いや、何でもないです……」


 急に汗が引いてきたのは何故だろうか。人間と言うのは不思議なものだ。そう思いながら、また食料を探し始める。


 少しだけだけど、和やかな時間が僕達の間を流れた。


 これも全部、


 諏訪さんが、作ってくれたものだ。


   □ ■ □ ■ □


「さて……、かなりの食物が集まったはいいが……」


「どうやって運ぶノー?」


 時計がないので正確なことはわからないけど一時間ほど探した結果、かなりの量の果実や木の実が集まった。そこで僕達は、運ぶことができないという新たな問題に直面してしまっている。何か運ぶためのものがあるといえば、雪姫さんのハンドバックくらいのものだが、果実一つで限界の大きさである。最早素手の方がましだ。


「さぁ、そこでみんなに提案があるんだ」


「……一つも手伝わなかったくせに?」


「うん!」


 真綾さんの悪態に元気よく頷いた零がスマートフォンを操作する。すると、何も無かった空間に、突然カバンが降ってきた。一体どういう現象だ、これは天気予報的に言うと何だ、と激しく言及しようと思ったが面倒なのでやめておく。それがこの塔の掟なんだよね?


「さて、ここにカバンがあるよね」


「……そうだな。譲るというのか?」


「ただでとは言わないけどね」


「でしょうね」


 零の後ろには、黒い大きなリュックと、同じ大きさの白いリュック。そして女子高生が持っていそうな茶色の小さいリュックが置かれている。最初の二つは実用性がとてもありそうだが、小さい一つは何で用意されているんだろう。


「あ、これはただであげるよ。これは元々、」


 小さいリュックが宙に浮いて、僕の前にぽすっと着地した。少し使った後のあるそれは、どこか見覚えが……、あぁ、思い出した。そうか、忘れかけていたけど、これは、


「君のだろう」


 愛莉の、ものだった。


 愛莉と僕がトラックに轢かれたとき、僕達はデパートに出かけていたのだ。その時確かに愛莉はこれを持っていた。それが、何で今ここにあって零が持っているのだろう。


「その体の持ち主が死んだときに着ていた衣服と、所持していたものがそのままこの狭間の塔に来るんだ。渡すのを忘れていたから、今返すよ」


「……そう」


 言われてみれば、僕の着ている服やブーツは愛莉が死ぬ直前に着ていた服だ。リュックを返してもらったことによって、完全にあの時の愛莉になる。リュックをもらったことは素直に喜ぶべきことかもしれないが、何だか複雑な気持ちになってしまう。あの時のことを思い出しすぎると、また気を失ってしまうかもしれないから。


「……他の鞄はどうするんだ? ただではないんだろ?」


 僕と零が話している間に、暇をしていたらしい卯月さんが不機嫌に呟いた。僕は受け取ったリュックを抱きかかえてその様子を見守ることにする。何だか何もやりたくないような、そんな気がした。


「大丈夫ですか、愛莉ちゃん?」


「……ちょっと、休みます」


 昔のことを思い出したからだろうか、とてつもない怠さに襲われて、立ち上がりたくもない。その場にしゃがみ込んだ僕の背中を、横に並んだ雪姫さんがさすってくれる。別に吐き気があるわけではないけど、その優しがとてもありがたい。まさかこんなにも自分の心が弱っていたとは思わなかったから、少し驚きも感じている。これだけのことで、涙が出そうになるなんて。


「鞄一つにつき、君たちの武器を一つ僕がもらう。これが条件だよ」


 零の提示した条件は至極簡単なものだった。僕達が武器庫でもらった武器と交換に零の後ろにある登山用の大きなリュックと交換してくれるらしい。零にしてはかなり良心的な条件だ。「君たちの手足と交換だよ☆」とか言われても腹は立つが驚くことはしなかっただろう。


 僕達が持っている武器は、僕の銃、卯月さんの鉄パイプ、司の金属バット、真綾さんの釣竿、香苗さんの果物ナイフ、雪姫さんのハンドバック、アリスの剣の七つ。それに対して零の後ろにあるカバンは二つ。全然数があっていないように見えるのだが。


「全員交換する訳じゃないだろう? だから二つで十分だよ」


「私の釣竿と交換しなさい!」


 零が僕の方を向いてニヤッとした時、横に立っていた真綾さんが何故か怒り気味で叫んだ。肩で担ぐように持っている釣竿が、寂しげに揺れる。僕は見ていないが、僕が気絶している間随分武器として活躍したらしいのに、そんなに怒るほど釣竿のことを憎んでいるのだろうか?


「いいのかい? 役に立つ時があるかもしれないよ?」


 何故だろう、零の顔がいやに憎たらしい笑みに染まっている。


「あるわけないでしょ。ふざけるんじゃないわよ」


「ふ、ふざけてはないけどね……。いいよ、交換しよう」


 真綾さんの剣幕に珍しくたじろいだ零は、手元の白いスマートフォンを操作し始める。すると、真綾さんが手に持っていた釣竿がどこかに消えて、その代わりに零の後ろにあったはずの白いリュックが突如真綾さんの足元に移動する。真綾さんは一瞬驚いたが、すぐにそれを手に取って何故か満足げな顔をした。そんなに釣竿が嫌いなのかな。僕は釣り、結構好きだけど。


「私のも……、いいかしら。ナイフ、たくさんあるみたいだし……」


 丈の長い上着を腰に巻いている香苗さんが、恐る恐ると言った感じで手を挙げた。初めて会った時はもっと強気な人だったと思うんだけど、疲労が原因なのか大分勢いがそがれている。それは香苗さんに限ったことではないけど、香苗さんは特に酷かった。諏訪さんが亡くなったことも大きいのだろうか。


「構わないよ。いいんだね?」


「ええ、代えてちょうだい」


 先ほどの釣竿の時と同じように、香苗さんが地面に置いた果物ナイフが消えて黒いリュックが足元に移動する。香苗さんはそれをじっと眺めたが、すぐに拾うことはしなかった。代わりに、無言で卯月さんがそれを手に取り、集められた食物を中につめはじめる。横にいたアリスも、それを手伝った。


「私たちも、始めましょうか」


「そうですね」


「大丈夫ですか? まだ顔色が優れませんが」


「大丈夫です……。元々、飄々とした性格なんですよ、僕」


「あら、そうなんですか?」


「はい」


 だいぶ心は弱ってしまっているけど、僕は元々心の中でいつでも軽口をたたいているような性格だ。こういう時こそそういう性格を発揮しないでどうする。無理をして発揮するのが性格とはいかんせん言い難いが、そうするしか僕の心は保てない。


 自分が愛莉の体になって、あの時の、愛莉が死んだ時と同じ格好になって、耐えられるわけがない。今までよくもっていたものだ。僕がここで死ねば、愛莉は生き返れないし、僕も二度と愛莉の顔を見ることができない。全ては僕の行動にゆだねられている。そんな極度の緊張感が、僕達の間には常に流れているのだ。今思えば、ここまでよく来れたと思う。少し前に気絶したように、いつ気絶してもおかしくない状況にあるのだから。


「雪姫さん」


「はい、なんでしょうか?」


 そう思うと、他のみんなはどうやってここまで精神を繋げてきたのかが気になる。司とかアリスとかは何だか僕とは違う気がするけど、他の人の意見を聞いて、僕も腹をくくりたかった。また気絶してみんなに迷惑をかけるのは忍びない。


 それに、この前は助けてくれたからいいけど、


 今度また自分の大切な人の体を傷つけてまで、僕を助けてくれる保証はない。


「どうやったら、そんなに落ち着いていられるんですか?」


「どうやったら、ですか」


「はい。僕はどうも耐えられなくて……」


 さっき飄々としているとか言ったくせに、と自分でも思うが耐えられないのもまた事実。雪姫さんなら優しく答えてくれそうだし。……この人も少し違うような気もするけど。


「そうですね……。開き直ってるところはあるかもしれません」


「開き、直る」


「はい。もうこのような状態になってしまっては、諦めなければならないこともありますし、それに」


「それに?」


「そんなことで悩んでいては、助かるものも助かりませんから」


 ……それもそうだ。


 雪姫さんから返ってきたのは、至極簡単な答えだった。


「無理に悩むなとは言いませんが、愛莉ちゃんは少し抱え込み過ぎなところがあるみたいですから、気を付けた方がいいかもしれませんね」


「そう……ですね」


 抱え込むなと言われても、僕が救えなかったために愛莉が死んだのだから、それは無理な話だ。抱え込まずにはいられない。抱え込んで、それを僕の命で償うまでは、僕は僕を許せない。


 でも、それで僕が愛莉の体を傷つけてしまえば、それは本末転倒だ。


 抱え込んでも、それを持ったまま生きていける勇気みたいなものを、もたないといけない。


「おい、そろそろ行くぞ」


「はーい。愛莉ちゃん、行けますか?」


「……はい、行きます」


 その勇気を、僕が今すぐ持つにはあまりにも力がなさ過ぎる。だから今は行けるとは言えない。


 けど、行くしかないんだ。


 ……なんとなく、そう思うだけで少し気が楽になったようななんだか、そんな気がする。心に諦めが生まれただけかもしれない。それでも、前よりは、ちょっとだけ、勇気がついた気がする。


 僕は、飄々としていないと僕らしくない。


 だから、今は、無理をしてでもこの人たちについて行くしか、僕の道はなかった。


「……おい、あれ、なんかいるよな」


「いるな」


「いますね」


「いや、冷静に判断しなくていいからよ……」


 目の前に大きな蛇が揺れる。緑と黒のストライプが、見るに毒々しい。


「でも、ただの蛇みたいですよ」


「いや、そうかもしれねーけどな、あんだけいるとそうもいかなくないか?」


「せっかくだから飯にするか」


「あんたのその意見はどっからでてきたのよ……」


 自分のスマートフォンのに表示された○を見つめて頷いた卯月さんに、真綾さんが突っ込みを入れる。その間にも、大量の蛇はこちらににじり寄ってきていた。なんだか、翼みたいなのを生やした奴もいる。飛び掛かるには、都合がよさそうだ。


「まー、いっか。とにかく殺すしかねーんだろ?」


「そういうことなノー?」


「そうですね、早く次の階に行きたいですし」


 あれ?


 ……本当にこの人たちで、大丈夫かな?


 一抹の不安はよぎったけど、僕の目の前に飛び掛かってきた蛇が真っ二つに裂かれたことでその不安はどこかに吹っ飛ぶ。どうやらまだこの人たちは、僕のことを助けてくれるらしい。


 それにこの人たち、


「行くぞ」


「言われなくてモー」


 腕っ節は、半端じゃないから。


 ……今思ったんだけど。


 僕にはずっと愛莉しか友達が居なかった。


 もしかしたら、この人たちは、


 僕の中で、愛莉を除く初めての仲間と呼べる存在なのかもしれない。


 そう思うとさっき言ってた勇気と言うものも少しは持てる気がして、


 また少しだけ、気持ちが楽になった。


「おい、本当にこれ食うのかよ!」


「焼いたらおいしそうですよね」


「そうだな」


「勘弁してよ……」


 ……やっぱり少しだけ不安はあるけど。

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