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「狭間の塔」  作者: 春秋 一五
「二階」
14/26

「密林と満月 Ⅵ」

「……なーに、コレー?」


 目覚めたアリスが目の前の状況を理解できずに、不思議そうな声を上げた。それはそうだ。しばらくこの状況を見ている僕でさえ、まだこの異常を理解できずにいる。司も真綾さんも、近づいてくる草の根を振り払うことしかできないでいた。


「ちょっと、これ……私たちに害がないわけ……、ないわよね」


 自嘲気味な声で諏訪さんが呟いた。距離が入口から随分離れているので、その声は消え入りそうなほど小さい。無理な体勢で話しているからもあるだろう。


 しかし、それは、そうだ。あのヒマワリのような植物は、人の体から生えている。それが人に危害を加えないわけないだろう。


「……は、はやく、助けましょう!」


 僕は茫然としている二人に叫んで、目の前の根をナイフで切りつけた。比較的に先端の方で細かった根は愛莉の細い腕でも、少し力を込める切り落とすことができる。切り落とされた根の先端は、切り落とされたことに気付いていないのか、しばらく蠢いた後ぴたりとその動きを止めた。


「そう、だな」


 司も、ズボンのベルトに仕込んでいたナイフを抜いて、近くの根を切りつける。ほぼ同時に真綾さんも同じ行動を始めた。どれだけ末端の根を切っても、草の根は動きを止めない。


「んー……、ジャマー」


 アリスは体の横に置いてあった剣を手に取って、目の前を塞ぐ根を切り裂いていく。入り口の近くにいたアリスは、二、三度剣を振り回すだけで入り口までたどり着くことができた。


「なんなのコレー?」


 まだ眠いのか、目を擦りながらアリスは僕達の横に並ぶ。入り口から少し中に入った僕達は、小屋の奥の方で寝ている諏訪さんまでの位置を、改めて確認した。


「……遠いな」


「そうね……」


「ネー? なんなのー?」


 小屋と言っても、昨日は七人が寝ていた小屋だ。普通の部屋よりは大きい。諏訪さんは、その中でも一番遠い位置に横たわっていた。首も上げられないまま、困った表情をしている。そしてアリスは未だに状況がつかめていない。まあ、それも無理ないけど。


「ねぇ、アリス」


「なにー? アイリー」


「このうねうねしてるのを切って、諏訪さんの所まで道を開けてくれないかな」


 僕達の持っているナイフでは効率が悪いし、太い根は切れない。僕が切れないのは仕方がないけど、司が苦労しているのだからそれがナイフの限界だということだろう。


 だが、アリスの剣は違う。アリスの剣は、太い司の腕をも切り落とした剣だ。太いだけの草の根などどうってことないだろう。


「んー、んー? なんだかわかんないケドー」


 アリスは首を傾げながら、剣を何度も振り回した。その先に触れた根が、はらはらと床に落ちる。


「ワカッター!」


 そして大きく振りかぶった剣で、目の前を塞ぐ根を縦一文字に切り裂いた。太い根が、先ほどとは比べ物にならない音を立てて床に叩きつけられる。その下にあった金属バットがはじかれて宙を舞い、ナイフを収めた司の手に収まった。まるでそこが定位置であると、わかっているかのように。


「さすがに、これじゃあなぁ?」


 右腕を振り上げて、思いっきり根を叩きつけた司だが根は折れるだけで断ち切れはしない。折られた根はプラプラと、まだ動いている。何度か叩くと動きを止めれそうだが、そんな余裕はない。あの植物の根が何をしてくるか、まだわからないのだ。


「んー、なんか、固くなって来たヨー?」


 諏訪さんまで半分の所に辿り着いた時点で、アリスの剣の動きを止めた。どうやら根に絡んだらしい。さっきまで太い根をいともたやすく切り裂いていたアリスの剣は、細い何本もの根に絡め取られて、その動きを妨げられている。


「こいつら……、知性があるってのかよ」


 司は金属バットを入り口の外へと放り投げてもう一度ナイフを取り出して剣にまとわりついた根を切っていく。何もできていない僕と真綾さんも続いた。一本一本の根はやはりすぐ切れるが、数十本は絡んでいるのではないかと思われて、なかなかアリスの剣を解放できない。司の言った通り、アリスの剣を止めるために意図的に動いたようにしか思えない。


 花に知性があるというのは、おかしい話ではあるけれども。


「この塔でそんな常識にとらわれる方が、おかしい話だよ」


 言われなくても分かっている。そう怒鳴ろうとしたけど、そんなことに使う体力はない。いつの間にか入り口の所に立っている零の笑顔は、想像するだけでも腹が立った。


「よい、しょー!」


 一度剣から手を離したアリスが、気合を入れ直して剣を握り、思いっきり振り下ろした。半数ぐらいに引きちぎられていた根は、少しの間堪えていたが、耐え切れずにすべて引きちぎれて、剣は解放される。勢い余って床に剣が大きな音をたてて突き刺さった。


「うん、剣は解放されたね」


 零が後ろから感心したように呟いた。零にしては、珍しい響きである。


「でも、君たち」


 しかし、途端にいつもの嘲るような口調に変わる。いつもの、零らしい声だ。


「ちょっと、遅すぎるよ」


「入り口が……!?」


 アリスがまた根を切り裂き始めたとき、横にいる真綾さんが振り返って大声を上げた。驚いてそちらを振り返ると、何本かの根が、入り口を塞ぐように伸びてきているのが目に入る。その動きはどう考えても僕達の邪魔をしているようにしか思えない。


「くっ……そ、おい、急げ門番!」


「そう言われてモー……」


 アリスが自信のなさそうな声を上げる。幾度も剣を絡め捕られて、うまくいかないらしい。僕も加担したいのはやまやまだが、植物の方もやられっぱなしとはいかないらしく、太い根と絡め取るための何本も重ねた細い根が混在している。その様子は、小屋の中に僕達を閉じ込めようとしているようにしか思えない。


「……もう、いいわ、あんたたち」


 今ではもう見えなくなってしまったが、諏訪さんの居る方角からか細い声が聞こえてきた。それを聞いて、アリスが動きを止める。アリスだけじゃない。小屋の中にいる四人、全員が動きを止めた。


「え……、諏訪さん……?」


「このままじゃあんたたちまで巻き込まれるわ。よく分かんないけど、この植物は私たちを養分にしようとしているわ。だから、速く逃げなさい」


「でも、それじゃあんたが……」


「いいのよ、私はもう。目的は達成できたんだから。あんた達はまだでしょ? なら私を見捨てるのは当たり前の決断じゃなくて?」


 諏訪さんのその言葉に、誰も返事はしなかった。みんな、それが正論だと分かっているからだ。入り口の方と諏訪さんの方を見比べても、入り口の方が根の数が断然少ない。逃げるなら今の内だった。


「それに、私はもう動けないわ。体中に根が巻きついちゃって……。どんどん力が抜けていってるわ……。もう、手遅れよ……」


 その声には、どこか諦めのようなものが感じられた。目視できないが諏訪さんはかなりひどい状況下にあるらしい。


「わかったら、速く行きなさい。大事な体、傷つけられたくないでしょ?」


 その言葉を聞いたとき、真綾さんと司が同時に後ろを振り返った。アリスも剣をもって、その前に歩み出る。僕以外の全員が、入り口の方に向かう体勢になった。


「え……」


「……行くぞ」


「……ええ。アリス、やってちょうだい」


「……うんー」


「ちょ、っと……、みんな……」


 僕は思わず真綾さんの腕を掴んで、根を切ろうとしたその動きを止めてしまった。真綾さんはこちらを振り返らないままに、僕の手を振り払う。


 真綾さんの腕は、震えていた。


「……仕方、ない、のよ」


 僕は、返事ができなかった。できるわけなかった。


「仕方、ないんだよ」


 吐き捨てるようにそう言った司の表情は、苦々しげに歪んでいる。先ほどよりも細い根を切り裂いているアリスの顔も、今までに見たことのないような無表情だった。


「……諏訪、さん」


「なーに、愛莉ちゃん?」


 もう一回振り返って諏訪さんの名前を呼ぶと、ゆったりとした口調で諏訪さんが返事をしてくれた。その口調に力強さはなく、今にも消えてしまいそうなほど小さい。ゆっくりと頬を流れだした涙が次に出そうとしていた言葉を詰まらせたが、それを振り切って僕は叫ぶ。


 これが、何もできない僕ができる、唯一の事だから。


「絶対に……、僕もやり遂げますから!」


「……俺もだ」


「私もよ!」


「……頑張ルー」


 僕の叫びに続いて、一瞬だけ動きを止めたみんなが振り返って諏訪さんに言葉を述べた。それにひるんだように一瞬だけ根が動きを止めたが、すぐにまた動き始める。入り口まで、あと少しだ。


「……ええ、先に天国で待ってるわ」


 さっきよりも少しだけ大きな声で諏訪さんが返事をする。その声には、どこか喜色を含まれていた。その声を聴いた瞬間に、ダムが決壊したかのように涙があふれ出たが、僕達は入り口の方に振り返ってまた作業を始める。意味があまりないとは分かっていたが、僕もナイフで切れる細い根を切り裂いた。真綾さんも、司も、同じことをしている。アリスが切り裂いてくれる量とは比べ物にならないから、あまり意味がないというのに。


 無言で作業を続けた僕達は、やがて扉に辿り着いて、外に出た。さすがに外にまで根は侵食しておらず、もう僕達に纏わりつくものは何もない。だけど僕達は、何かに取りつかれているかのようにその場に倒れこんだ。もう、一歩も動きたくない。妙な疲労感に体が襲われる。さっき起きたばかりなのに、眠ってしまいたいという欲求が、体を包み込んだ。


 寝返りを打って仰向けになると、そこには大きなヒマワリが咲いていた。太陽に背を向けたそいつは、僕達を嘲笑うかのように僕達を見下ろしている。


「……」


 僕は無言でポケットから銃を取り出して、その大きなヒマワリに向ける。その行動にみんな気付いているはずだが、誰も咎めようとはしない。妙な静寂が、辺りを満たしていた。


 そして僕は、その静寂を打ち破るために引き金を引く。


 銃弾が届いたかどうかはわからない。どちらにせよ、あの大きなヒマワリは微動だにしないだろう。それでもよかった。それでも、僕は、


 僕、は。


 なんなんだろう。


 わからない、もう、わからなくてもいい。


 何故か焦げたような匂いが鼻孔を満たす。最早、それすらも心地よいような気がした。原因を考えるのも、面倒だ。


 僕達は、しばらくの間、そこで大きなヒマワリを睨み上げていた。


 何の意味もないと、わかっていたのに。


   □ ■ □ ■ □


「あの子たち……、安心させようとしてくれたのかしら」


 一人残された小屋の中は、もう小屋の中かどうかもわからない状態だ。視界一面が緑で、何が何だか判別できない。鼻が青臭い匂いで満たされていく感覚が、とても不快。


「全く……、いやな死に方ね」


 あの子たちが安心させようとしてくれた分、まだマシだけど。あんなこと言われたら、また子供達に会いたくなっちゃった。ちゃんと覚悟を決めてきたはずなのに。


 夫は、ちゃんと約束を守ってくれただろうか。


 それはもう、今となっては分からない。ただ、そう信じることでしか私はもう救われない。私の命も、もう少しなのだ。手足もこのわけのわからない草の根に絡め取られてしまって、もう全く動かないし。


「何か、悔しいわね……」


 どうせ死んでしまうのならば、何か一矢報いたいものだ。と言っても、私が何か持っているか……。そんな覚えは……、


「……ん?」


 ギリギリ手が動く範囲の所、ポケットの中に何かが入っていることに気付いた。それが何かを確認することはできないが、こんな所で私が持っているものなんかそう多くはない。形状からしてスマートフォンではないし、だとしたら持っているものは一つしかない。


「……私をこんな目に合わせたこと、後悔しなさい」


 これは間違いなく私も死ぬが、このまま養分にされるよりはマシだ。


 どうせ死ぬならこの命、


「あんた達……、ちゃんと生き延びるのよ」


 また、子供たちのために、くれてやろうじゃない。


 私は手にした百円ライターで、私の腕を縛り付けていた根を燃やす。途端焦げ臭いにおいが鼻を突いて、先ほどの青臭い匂いが消えた。


 ざまぁ、みなさい。


 私は最後の言葉を述べようと口を開く。


 心の中は、驚くほどに穏やかだった。


「隆良……、留美……、あなた……」


 どうか、幸せに。


   □ ■ □ ■ □


「おい、何があった!」


 卯月さんが僕達の元にやってきたのは、小屋が燃え始めてしばらく経ってからだった。雪姫さんと香苗さんもその後に続いている。卯月さんは無事だと信じていたのであまり感動はないが、二人が生き延びていて安心した。


「……人が、ヒマワリに食われたのよ」


 卯月さんの問いに、真綾さんが吐き捨てるように答えた。頭上では、未だヒマワリが咲き誇っている。土台を燃やされたので少し傾げはしているものの、その存在感はやはり大きい。言っては悪いが、二人の養分を一日吸っただけであんなに成長するものなのだろうか。詳しいことはよく分からないのであまり言及はできないけど、少しおかしいと思う。


「本当に何でもありって感じですね……」


 ため息をついた雪姫さんが、ヒマワリを見上げながら呟いた。傷一つついていないその体もどうかとは思うけれども、確かにここまでくると感心さえ湧き上がってくるというものだ。


「ねぇ、み、美奈子さんは……?」


「……」


 香苗さんが口にした言葉を、まるで誰も聞いていないかのように返事を返さない。その時点でもう悟ってはいるのだろうけれども、香苗さんはまだ言葉を並べた。


「美奈子さんは……、え、っと、旦那さんに、出会えたの?」


「……はい」


「……そう」


 それで満足したのか、香苗さんも黙ってその場に座り込んだ。雪姫さんも僕の隣に座り、燃えている小屋を眺めている。卯月さんは、眉間に深いしわを寄せて何かを考えているようだ。零は……、一体どこに行ったんだろう。辺りを見渡したけれど、どこにも見当たらない。


 ……まぁ、いいか。どうせ零の事だ。また、最悪のタイミングでどこからともなく現れるだろう。そんな風に登場する零の笑顔がちらついて何かを壊したい衝動に駆られたけれども、ぶつける先も見当たらないのでため息にして体の外に吐き出した。やっと少しだけ立ち直れそうだったのに、台無しだ。


「あ、そういえば。愛莉ちゃん、お体はもう大丈夫なんですか?」


 雪姫さんが小屋から視線を外して、今度はそれを僕に向けて問うてきた。僕は一瞬返答に困りながらも、答えを返す。


「わからないです……。突然、倒れちゃいましたから……」


 走って疲れはしていたけれども、ほとんど何の前触れもなかったと言っても過言ではない。突然聞こえないはずの愛莉の声が聞こえて、僕は気を失った。そのせいで真綾さんは目を失い、みんなに負担をかけてしまった。さっき司に聞いた話を思い出して、罪悪感で心が押しつぶされそうになる。そんな僕の様子に気付いたのか、雪姫さんが頭を撫ででてくれた。


「今はとりあえず元気そうで何よりですけど、あまり油断しない方がいいみたいですね。司君も光弥さんもいますから、無理はしないでください」


「…………はい」


 その優しい言葉に思わず泣いてしまいそうになったが、不思議と涙は出てこなかった。もう、枯れ果ててしまったのだろうか。ここに来て、いや、愛莉が死んでから、僕はあまりにも多くの涙を流してきたから。


「おい、オタク」


「……何だ」


「これから、どうすんだよ」


 小屋を見つめたまま、司はそう言った。その手には、入り口から外に転がり出ていた金属バットが握られている。何匹もの獣の頭を潰してきたそれは、形が少しだけ歪に変形していた。


「……」


 卯月さんは、再び何かを考えるように眉間に皺を寄せた。全く風貌とは似あわない仕草だが、もう見慣れてしまった僕が居る。人間の不思議を垣間見てしまった。


「俺達は誰も人を見つけることはできなかった。お前たちの方はどうだ」


「あ? 三人見つけたけど。それだけだな」


「……そうか。ならば、そうだな……」


 卯月さんはそこでももう一度考え込む姿勢を作ったが、すぐに崩して言葉を発する。


 その言葉は、僕達のこれからを担う役割もある。


「ここには人はあまりいないようだ。そして、あまりにも広く、危険すぎる。よって俺達はこれより」


「上の階に、昇る」


「そうだ」


 割り込んできた真綾さんは、どうでもよさげに鼻を鳴らしたが、卯月さんはあまり気にしていない様子だ。自分の意思が伝わったから、どうやら満足したらしい。密林に着いたばかりの頃を思い出して、少しだけ気持ちが楽になった。


「……もしかすると、ここに探し人が居るかもしれないのに?」


 そう聞いたのは、香苗さんだ。視線は小屋に固定されている。諏訪さんと仲が良かったこともあって、相当ショックだろうと予想はしていたが、かなりの落ち込み方だ。いつもの香苗さんに似合わず、へこたれている。


「体を失うよりは、マシだろ?」


「……」


 その言葉に香苗さんは返事をしなかった。走りづらかったのであろう、脱いだハイヒールを傍らに置いて裸足の足で地面を蹴る。その姿はまるで駄々をこねる子供のようであった。


 しばらくの間、僕達の間を沈黙が満ちた。


 それを打ち破るように、僕は口を開く。


「……いきま、しょうか」


「そうだな」


「そうですね」


「うんー」


「そうね」


「ああ」


「……」


 僕達は立ち上がって、燃える小屋を後にした。めきめきと、小屋が燃えて崩れる音が聞こえてくるが、もう誰も振り返らない。裸足のまま歩き出した香苗さんの顔は浮かないが、彼女に限ったことではないだろう。


 でも、誰も後ろを振り返ろうとはしなかった。


 それが、諏訪さんとの約束だから。


「お腹が、すきましたね」


「そうね」


「何か、食べるもんねーのかな」


「あったらいーネー」


 他愛のない話をしながら、僕達は草をかき分け歩いた。アリスが切った草は、もう伸びていて周りの草とあまり見分けがつかないほどになっている。


「甘い物とか食べたいですね」


「そうか? 俺は辛いもんがいいけど」


「バカじゃないの? 甘い物に決まってるじゃない」


「お兄ちゃんのばーかー」


 僕達の不謹慎な会話を、香苗さんも卯月さんも、雪姫さんも咎めはしなかった。三人とも黙って僕達の様子を見ながら、歩いている。


「あれ……、何ででしょう。目が霞むんですけど……」


「……奇遇ね、私もよ」


「お前らもなのか? 俺もだ」


「わからないネー」


 僕達の通った後に、ぽつぽつと水滴の跡がついた。目の霞は、何度拭っても消えることはない。


 馬鹿みたいに晴れた空は、水滴の跡をすぐに蒸発させる。


 なら、


 この悲しみも、


 すぐに蒸発させてくれればいいのに。

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