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「狭間の塔」  作者: 春秋 一五
「二階」
13/26

「密林と満月 Ⅴ」

「……眠いわ、少し休みましょう」


 旦那さんのお供だった二人を加えた僕達はお互いの事情を話し合おうとしたのだが、諏訪さんがその流れを綺麗に断ち切った。僕達もその提案を断るほど元気が残っていなかったため、素直に全員で雑魚寝をすることを決め込んだ。


 そして、しばらく時間がたった。


「……おい、ちび起きてるか?」


 少し前から起きていた僕は、すぐ隣に寝ていた司に頷き返した。他には誰も起きていないのか、反応することはない。いびきをかいているおっさんまでいる始末だ。まだ名前さえ知らないので、罵倒しようもないが。


「ちょっと外に来い。お前が寝てる間のことを話す」


「あ……うん」


 片手しか使えない司を起こすのを手伝って、人を踏まないように小屋の外に出る。おっさんが一人女性になったがおっさんが二人増えたため、結局小屋の中のおっさん率はあまり変わらないままだ。いや、どうでもいい情報だけどね。


 小屋の外に出ると空にはもう星は広がっていなくて、代わりに太陽が昇り始めようとしていた。あの太陽とか、星とかは地球と同じものなのだろうか。ふとそんなことを考えてみたけど、塔の中だからそんなはずないか、と勝手に自分の中で解決する。


「涼しいな……っと」


 司が呟きながらその辺に適当に座ったので、僕もそれに習って横に座った。確かに小屋の空気はどこか蒸し暑い感じがしていたので、解放感のある外の風はとても涼しい。夜明け前のこの時間帯では尚更だ。どんな時間かは定かではないが。


「んで、お前は大丈夫なのか?」


「え、あ、うん……」


 突然の優しい言葉に戸惑いながらも返事をする。今思えば、司とちゃんと話すのは初めてなのかもしれない。よって、最早名前をどう呼んでいいのかさえ分からないのだ。


「そーかそーか。ならいーんだよ」


 興味が無いように聞こえるほど投げやりに、司が返事をする。僕と、というか愛莉とかなりの体格差があるのですごい威圧感があって、やはり少し話しづらい。珍しく傍らに金属バットはないが、アリスの頭を叩き割ろうとしていたあの表情を、僕は覚えている。それがちらついてい仕方ないのだ。


「ん、どうした? 俺の顔に何かついてんのか?」


「え、いや、そ、そんなことな、ない、です」


「おーそうか? っつか敬語じゃなくていーぞ?」


「あ、う、うん……」


 あまりにもガラが悪かったのできょどってしまった。そして敬語で話すことを制限されてしまったので、普通に話すことが決定する。それは助かったが本当にこれがあの司なのかと、とても不安である。この階に来てからずっとなのだけど、アリスと戦ってた時のイメージが強すぎて今の司が本物であることに違和感しか感じない。


「ね、ねぇ。司?」


「あ? 何だ、ちび?」


 どうしても気になるので、直接司に聞くことにした。コミュニケーション力の低い僕には至難の業だが、確認しないわけにはいかない。これからきっと同行してもらうことになるのだ。本性も知らない人と、あまり一緒に居る気にはならない。そうならないためにも、僕はここで聞かなければならないのだ。そう自分に言い聞かせて、きょどらないように頑張る。


「司って……、そんな人だったっけ?」


「……そんなってどんなだ?」


 少しの間を空けて、司が僕に聞き直す。その声にあまり友好的な響きはない。その表情を確かめることは、僕はチキンなので不可能だが、恐らくその声の通りの表情をしているのだろう。そんなこと、見なくても分かる。


「いや……、武器庫の時とは違うなって、思って」


 司の方を見ずに、話しを続ける。だって、その通りじゃないか、と心の中で文句を言うけど口に出して言う気は無い。言う気があっても、言えるわけがない。


 でも、司は本当に変わった。そのこと密林に来た時にも少し言ったと思うけど、ほんのちょっと前まではこんな人じゃなかったのだ。もっと、好戦的と言うか、凶暴というか。確かに今も凶暴で好戦的ではあるけれども、仲間を守るため、とか考える人ではないはずだ。勝手な僕の推測だけれども、きっとそうだったはず。


 しかし、今の司は違う。グループ分けした時もみんなを引きつれて逃げて、化け物を追い払ってくれた。それが自分勝手な人間のすることに、僕はどうしても思えなかったのだ。


「……ふーん」


 つまらそうに鼻を鳴らした司はこれ以上話すつもりはないのか、黙ってしまった。辺りが静かになって、謎の動物の鳴き声や、涼しい風に揺れる木々の音だけが辺りを包んだ。これはまずいことを聞いてしまったかもしれない。聞く前からわかっていたことだが、傍らに金属バットが無いからと言って油断してしまっていた。


「ご、ごめんなさい……」


 その雰囲気に耐えられなくなった僕は、司とは反対の方向を向いて謝罪した。しかし、返事はなかなか返ってこない。これは、大変まずい状態になったのか……? 激しい後悔に脳をかき回されながら、僕は次の言葉を考える。どうするべきなんだろう。全く見当がつかない。逃げればいいのか? えぇ? 逃げればいいんだろ?


「あ? え、どこ行く気だよお前」


 立ち上がって走り出そうとした僕の手を、司の太い腕が掴む。逃げようにもこんだけ体格差のある状態ではそんなこと不可能だ。僕は諦めて先ほど座っていた場所に再び座った。それに逃げてしまえば、どんな獣に襲われてもおかしくない。結局死ぬことに変わりはないのだ。……司に殺されると決まったわけではないけど。


「あー……、変わった、ねぇ」


 僕は体操座りをして、腕の隙間から横目で司の姿を確認する。司は困ったような顔で頭を掻いていた。そして体を少しだけ倒して、反対の手で、


「おっ、と……」


 体を支えるはずだった司の体は、体を支える手が無くてその場に倒れこんでしまう。クッションのように司の体を受け止めた草むらは、少しだけ朝露を散らしながら潰されてしまう。司はその事態に、


 口だけで、嗤っていた。


「こんな体になっちまったら、そりゃー心変わりもするだろーよ」


 それは自嘲なのか、とても弱々しい笑いだった。


「……それだけ?」


「あ?」


「それだけなの、司?」


 さっきまであんなにビビっていたのに、僕は質問をせずにはいられなかった。さっきからそう思って、質問しては後悔するんだけどね。ほんと、変な人間だ僕は。


「………………な、わけねーだろ」


 唇の隙間から、司の鋭い犬歯が覗く。さっきまでの表情が嘘のようだ。決してそんなはずはないだろう。


 でも、きっと、これが司だ。


「俺は、この体を手に入れるためだったら何だってしてやる。なんだって、利用してやる。オタクも、オネェも、雪姫も、ケバい女も、ギャルも、ちびも、門番も」


 雪姫さん以外、特有の呼称で名前を連ねていく。ケバい女ってすごい言われようだな、香苗さん。


「だからよ、こっちだってたまには協力してやんなきゃ、フェアじゃないだろ?」


「司って、スポーツとかやってた?」


「おう、サッカー部だった」


 何だかスポーツマン的精神のお話だったので、聞いてみた。スポーツマン的なとか言ってたけど、生まれてこの方スポーツ何かしたことのない僕にはそんな精神に欠片も触れてこなかったので全く分からないが。単なる偏見かもしれない。


「まー、だから、さ」


 司が腹筋と背筋だけで、体を起こす。その顔は、野獣のようで、


 そして、その、手には、


 ないはずの、金属バットが何故か見えた。


「存分に利用させてもらうぜ、ナカマタチ?」


「……はは」


 その時が来ないことを願いながら、僕は乾いた笑いを返した。仲間たち。その響きが、声のトーンと内容によって、全く違う意味の単語ではないかと脳が勝手に判断する。僕の頭の中で、漢字が勝手にカタカナになった。


「だから、それまで仲良くしよーぜ」


 司がこちらに爽やかな笑顔を見せてくる。その裏に獣が潜んでいると知っている僕は、何とも言えない気持ちになって、張り付いた笑顔を崩さないようにするだけで必死だ。


 やはり、司は変わっていない。


 僕に変な緊張と、無駄な疲労感と、微妙な恐怖心を植え付けた話し合いはいったんここで終わる。こんな無駄な話になるなら、長々とつづけるんじゃなかったと頭を抱えて、ため息をつく。その仕草を見てかどうかは知らないが、司がまた質の違う笑顔を見せて、僕を嘲る。


「さー、これでいいか? そろそろ説明してーんだが」


 その表情のまま、司が急かすような口調で問いかけてきた。そう言えば、昨日僕が気絶している間の話を聞くために僕は司に呼び出されたんだっけ。司の変化について話している間に、本来の目的をすっかり忘れてしまっていた。


「うん、お願い」


「えーと、まずお前が急に倒れちまったから、俺達は逃げ続けることができなくなったんだよな。まず、お前を守って、体勢を立て直す必要があったからだ」


 そう聞かされると、果てしない申し訳なさが胸をつついた。僕がみんなの進行を止めてしまったの確かだ。気絶していたからと言って、許されることではない。


「だからよ、お前の周りを四人……、あ、案内人もいたな。で、取り囲んで獣を追い払おうとしたんだよ」


 そして、司はその時のことを語りだす。


 少しだるそうな口調の司だったけど、事細かくその時のことを話してくれた。


 それは、僕が、


 聞こえない愛莉の声を、聞いたときの話だ。


   □ ■ □ ■ □


 ばたっ、と何かが倒れた音がする。門番辺りが獣でも切り裂いたのだろうか。一応、確認してみっか……、とー?


「おい、チビ大丈夫か!!」


 しかしそこに倒れていたのは獣の死骸ではなく、華奢な体をしているチビの体だった。苦しそうにもんどりうちながら、草むらの上で何かを叫んでいる。俺の知らない言語で話しているのか、全くその言葉は聞き取れなかった。


「アイリー、あぶ、ない!」


 倒れこんだチビに飛び掛かった獣を、門番が真一文字に切り裂く。さっき聞いたのと同じようなドサッという音が聞こえてくる。


「え、愛莉ちゃんどうしちゃったの……?」


 息を激しく切らしたオネェが倒れたチビに駆け寄る。何も話さないギャルも、その横に続いた。そしてもちろん、周りを取り囲む獣たちも。


「……くっそ」


 小さく悪態をついて、俺も少し後方に集まった四人、門番も含めた五人の元に駆け寄る。その途中で飛び掛かってきた獣の脳天を割って、チビの様子を見た。


「完全に気を失ってやがるな……。しかも、囲まれちまった」


 冷静に判断して今の状況を口にしてみたけど、何の気休めにもならない。つまり、絶望的ということだ。生き延びる方法なら、無いでもない。


 ただし、そこでチビの命は終わるだろう。


「……くっそ!」


 さっきより少し声を張って、同じことを口にする。チビには、武器庫で助けられた恩がある。ここでチビを見捨てるのは、さすがの俺でも自分を許せない。そして飛び掛かってくる獣を叩き潰して、考える。


「……お前ら、チビの周りを背を向けて取り囲め」


 こーいうの、ガラじゃねーけど、な。


 俺の言葉を聞いた門番、オネェ、ギャルが黙ってその指示に従い、各々手に持った武器を構えた。オネェはライターは役に立たないと察したのか、その辺で拾ったのだろう太い木の枝を持っている。


「チビを……、守るぞ!」


 疲労がたまった腕を酷使して、金属バットをふる。チラッと見ただけで、相当な数の獣が周りを取り囲んでいた。ぶっちゃけ俺と門番しか役に立たないこの状況、チビを見捨てて逃げるのが最善だ。


 でも、それは最悪だ。


 なら、最悪の中でも最善を探すしかない。


 一匹の獣が唸り声を上げる。それを合図にしたかのように、隠れていた獣が一斉に顔を出した。丁度良く俺の方に現れた獣が多く、ギャルの方に現れた獣の数は少ない。そろいもそろって鋭利な刃物を体の各所に所持した獣たちは、醜く涎を垂らしながらじりじりと歩み寄ってきた。どうやらこいつらは、群れで行動する生き物らしい。生き物……、かどうかはちょい微妙だけど。


 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ


 そして一匹の叫びを号令に、何匹もの獣が飛び掛かってくる。一気に殺しに来る気は無いのか、数匹はまだ後ろに控えている。ったく……、人間もバカにされたもんだ。


「っ……、お、っらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 獣の叫びに負けぬように、俺も叫んで一番最初に飛んできた一匹の頭を地面に叩き潰す。蛙がつぶれたような音がして、獣が地面に倒れ伏す。そしてピクリとも動かなくなった。ここに来てもうすでに何匹も殺しているから、あまり罪悪感のようなものは生まれない。昔は無視を殺すのも……、いや、そんなことはないな。実際俺は、人を殺してここに来てるんだし。


 まぁ、つまり何がいいたいかと言うと、やっぱり俺はクズなんだなって再認識したってことだよ。


 だから、感謝しろよな、チビ。


 そんな俺に助けられてるんだから、よ。


 三匹ほど獣の頭を割った後、少しだけ余裕ができたので他の奴の姿を見回す。門番は予想通り踊るように獣たちを切り裂いている。……少し前までこいつと戦ってたかと思うと、何だか自分に対する呆れが止まらない。相手の力量は、ちゃんと図るべきだ。なくなった腕が、そう俺に教訓を授けてくれる。かなり苦々しい教訓になってしまった。


 自嘲しながら反対側を向くと、オネェが木の棒を振り回して獣を牽制しているのが目に入る。今は獣も警戒して襲い掛からないが、これはあとで助けに行かないとやばいな。そう思いながら、丁度俺の背後にいるギャルの姿を見る。


「近づくんじゃないわよぉ!!」


 絶叫をあげながら釣竿を鞭のようにふるうギャルが、そこにはいた。なんだかとても滑稽に見えるが、案外獣たちにはそれが効いているように見える。確かに、あの頑丈な釣竿をめいっぱい伸ばしてそれを振り回せばかなりの威力になるだろう。初めて見たときはバカだとしか思えなかったが、あれはあれで結構使えるもんだ、と感心する。


「おい、やるじゃねーかギャル」


「……うっさいわね、戦いなさいよ男でしょ?」


「へーへー」


 場を和ませようとして軽口を叩いてみたが、よけいに不機嫌にさせてしまったようだ。やはり俺は周りと仲良くする才能はないらしい。友人の少なかった自分のことを思い出して、確かに納得する。


 それは刀祢の体を奪ったとしても、どうにもなんねーよな。確かに。


「っぅ!?」


「あ……!? どうしたギャル!?」


 前に向き直った瞬間に、ギャルの悲鳴が耳の中でこだました。ちょうど目の前にいた一匹を叩き潰して、もう一度ギャルの方を向く。そこには、左目をおさえてうずくまるギャルの姿があった。


「おい、大丈夫か!?」


「なわけないでしょ!!!」


「叫ぶ元気はあるんだな、っとぉ!」


 真ん中に横たわるチビと、ニコニコと笑う案内人を飛び越えて、ギャルの目を切り裂いたと思われる獣の頭に金属バットを振り下ろす。それは他の獣と同じように、蛙を潰したような音を立てて地面にのびた。


「おい、門番! 俺が居た場所守っとけ!」


「言われなくても分かってるヨー」


 それは頼もしいこって。うずくまるギャルの目の前に立って、金属バットを構える。疲労で悲鳴を上げる腕を鼓舞する術もないが、もう少し働いてもらうしかない。


「あんた……何で」


「あー……?」


 ギャルは左目を抑えながら、右目だけで俺の方を睨んでくる。助けてやってるのにそんな目つきしなくてもいいのに。なーんて、言えたたちでもないか。俺は、俺を助けようとしてくれた刀祢を殺したのだから。


「……はは」


「なによ、なにがおかしいの?」


 自然と出てしまった笑いを堪えようとして、結局抑えきれず表に出してしまった。それを訝しむようにギャルが聞いてくる。なんだよ、案外元気じゃねーか。


「いやぁ、俺も変わったなぁ、ってな」


 そんなことは本当はないんだけど、心の底に隠した醜い本性が笑いを止めてくれないので、いつまでも俺の表情から笑いは消えない。


 でも、それでいい。


 俺は、この体を手に入れるためなら、


 なんだって、


「殺る」


 金属バットを振り上げて、様子を見ていた獣の群れに突進する。やはり本当の俺の体よりもそのスピードは速いし、それに筋力も全く違う。


 それでも、俺の精神は全く変わらない。


 ならば、そこは俺らしく、俺の正義を振りかざそう。


 金属バットと言う物体に、それを込めて。


   □ ■ □ ■ □


「と、いうわけで」


「私の目が無くなったということよ」


 いつのまにか小屋の中から出てきていた真綾さんが、おもむろに僕の横に座った。司はそれに一瞥をよこしたが、また前に向き直る。と、いうわけで真綾さんと司の間に挟まれているという状況に陥った僕であるが、何だかとてつもない威圧感を感じている今日この頃だ。


「……ありがとうございます。真綾さん」


「べっつに、あんたのためにやったんじゃないからー」


 素直に真綾さんに感謝の言葉を述べたら、何か、ツンデレになった。ど、どうしよう。そういう時の耐性はできていないのだが。


「私は私が生き残るためにやっただけ。あんたが助かったのはただのおまけよ」


 ……あー、そういう。ツンデレだったわけではなく、本当のことだったんだ。何だか真綾さんらしいと言えば、とても真綾さんらしい。


「ま、目が無くなったのは私の体じゃないし。私はそこの馬鹿みたいにこの体が欲しくてここに来たわけじゃないから」


「だれが馬鹿だってんだ?」


「あんたよ。まー、申し訳ないけど、ね」


 真綾さんはそう言いながら大きく伸びをした。いつの間に軽口を言い合える仲になったんだろう、この二人。きっと僕が気を失っている間なのでそれはわからないが、なんか、それはいいことだと思う。


「自分から死んだんだから、それよりは、ましでしょ」


「……え?」


「お腹すいたわね」


「え、あ、はい。そうですね?」


 一瞬意味深な言葉が聞こえたのだけど。しかし僕には言及する言葉を持っていないので、その意味を問うことはできない。司も別に興味は内容で、どこか遠くの方を見つめている。


「何か食べるもの探さないと。され、中のおっさんたちを起こすわよ」


 そう言って真綾さんは立ち上がる。司もそれに続いてので、僕も立ち上がって先ほど真綾さんがやってきた方を振り返った。


「あれ……? 小屋の上にあんなものあったかしら?」


 小屋の上には、屋根を突き破るようにして大きな花が咲いている。一見ヒマワリのように見えるその花は、ヒマワリの常識を破って太陽に背を向けて咲いていて、大きな大きなその花は、小屋全体を覆うような日陰を作って、僕達を見下している。あれが昨日からあそこにあったかどうかは、今日小屋の外見を見たばかりの僕には全くわからないけど、でもあの花の咲き方から見ると、完全に小屋の中に根をはっているように見えた。


 でも、そんなもの小屋の中にはなかったはずだけど。


「……嫌な予感がする。おい、中に入るぞ」


 司は何かを探すように周りを見渡しながらそう言った。恐らく金属バットを探しているのだろうが、持ち出していないのを思い出したのか、その動作を辞めた。そしてズボンを探り、何かを取り出す。


「ほら、ちび。お前もこれ持っとけ」


 そしてその中の一つを僕に手渡してきた。僕はそれが何かを理解するまもなく、それを受け取る。


「え……、これ」


 柄のないナイフが、僕の手の上でぬらりと怪しく輝いた。その刃には、少し血がこびりついている。


「昨日の奴から採ってきたのよ」


 そういって真綾さんも同じナイフを取り出した。確かに少し見覚えがあると思ったら、昨日僕達を散々襲ってきたやつのものか。何だかそう思うと、腹も立ってくるけど、今はそれどころではないらしい。あくまでも状況がつかめていないので、らしいだけど。


「……開けるぞ」


 司が恐る恐る扉を「じれったい」真綾さんが蹴り飛ばした。司でさえ慎重になっているこの状況で、この人は一体何をしでかしているのだろうか。破天荒さに関しては、きっと僕達の中でもずば抜けている。


「なによ……これ」


 そう言ったのは、中にいた諏訪さんだ。目覚めたばかりなのだろうか。あまりろれつが回っていない。


「しる……かよ」


 それに司は、目を見開きながら応える。横を見ると、真綾さんも同じような顔をしていた。そしてきっと、僕もそんな顔をしている。


 目の前に広がる光景。


 それは、絶句するしかないような、そんな、圧巻の光景だった。


 起きたばかりの諏訪さんと未だ寝ているアリスは床に寝転んでいるが、立ち上がれそうな様子はない。頭上に広がる根が、それを邪魔しているのだ。


 そして、諏訪さんの連れの二人は立ち上がっているが、動けそうにない。


 と、いうか、もう動くことはないだろう。


 大きく見開いた目は、絶望の色で染まっており、口は完全にさけていて、


 そこから、太い、草の茎が伸びていた。


 体を突き破った根が、蠢きながら部屋の中を侵食している。寝ている二人が巻き込まれていないのは、最早奇跡と言っても過言ではないだろう。


 あれ……、そういえば、


 零は、どこに行ったのだろう。


   □ ■ □ ■ □


「君たちを襲うのは、動物たちだけじゃないんだよ、愛莉」


 大きく咲いたヒマワリのような花の上で、零は足を揺らしながらそう呟いた。


 その顔は、心底嬉しそうだ。


「さぁ、見せておくれよ」


 君たちの、思いを、ね。

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