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とあるモンスター村での一日

作者: 国高ユウチ

「ノッオー!!?」



麗しくも心地よい初秋の空気に包まれた朝、窓から差し込む光を横から浴びながら機嫌よく顔を洗おうとしたわらわは、鏡を見て絶叫した。

鏡に映るのは目にも鮮やかなオレンジ色。一目見れば誰もが視線を引かれるだろう印象を持つ、がっしりしたお顔。

にこりと細められた三日月形の瞳に、あどけなくも無邪気な微笑みを浮かべる唇。

そっと手で触れてみると、しっかりとした感触が伝わって、これが夢じゃないとわらわに知らせた。



「なんじゃ、なんじゃ、なんじゃ!?何なのじゃ!?一体これは何事じゃ?何でわらわが鏡を見てるのに、向こうからかぼちゃが微笑んでるのじゃ!?」



そう。

鏡に映るのはいかにも熟れて美味しそうなかぼちゃ。しかもこの時期モンスターの家の前に飾られる、所謂かぼちゃの飾りの形をしている。



「昨日までのわらわはどこに行ったのじゃ!?絹糸みたいな銀糸の髪は?どこまでも深いアメジストの瞳は!?陶器よりも白くて滑らかな肌に、淡く色づくほっぺや桜色の唇はどこじゃ!?」



顔中をべたべた触ってみても、表情の一つも動かない。

完全にかぼちゃのランタンと同じ、嫌味なくらいの笑顔。

モンスターの中でも上位に位置する誇り高き吸血鬼一族の純血であるわらわの美貌が、同族ですら眼差し一つで落とせると言わしめる私の魅力がお山の向こうに消えてしまった。

いや、さすがわらわだけあってたとえかぼちゃでもコケティッシュな笑顔が可愛くないとは言えなくもない。それでも普段の麗しすぎて目玉が飛び出そうなわらわは、一体どこに消えてしまったのか。

鏡の中のかぼちゃは無駄に笑顔を振りまいている上に、首から下は普段のわらわのままで、ふりふりの赤いドレスが違和感を醸し出すことこの上ない。

唖然として口を開けている───いや、かぼちゃの口は最初からずっと開きっぱなしで閉じれないのだけど───と、不意にけらけらと笑うソプラノが室内に響いた。



「この声は───魔女のクソガキ!」

「あっはは、相変わらず口が悪いね、『おばさん』」

「おばさんはお止め!赤ん坊の頃の恥ずかしい出来事をあんたの取り巻きに言いふらすぞ!」

「───ッこれだから年よりは嫌なんだ!わたしのお母さんよりずっとおばあちゃんのくせに、ヒラヒラのドレスなんて着ちゃってさ!若作りもいいとこだよ!」

「何じゃ、似合ってるんだからいいじゃろう?わらわの美貌は年を経ても損なわれることはないのじゃ。男どもが次から次へと頼みもしないのに持ってくる貢物を着てくれと地面に額づくんだから仕方ないじゃろう」

「はッ、かぼちゃ頭のくせに」

「!?」



むかっときた。

相手は年端もいかない子供。わらわと正反対の真っ黒な髪にオニキスの瞳をした、正真正銘の十歳の子供。

わらわが好むドレープやレースがふんだんにあしらわれたドレスと違い、シンプルで飾り気がない真っ黒膝丈までのワンピースを身につけた『ドルチェ』に、きりきりと眉を吊り上げた。

子供にはしつけが必要だ。



「きゃんきゃんと煩い子犬よ。見合った姿にしてくれようぞ。犬になれ!」



白魚のように細い指を振れば、オニキスの瞳をまん丸に見開いた子供は、ぼわんと薄紫の煙に包まれ犬になった。

真っ黒な毛並みのまろ眉犬は、自らの変貌に驚き尻尾を追うようにくるくると回っている。



「ほーほっほっほ、なんとお似合いな格好じゃ。わらわをかぼちゃ頭なんぞにするからぞぇ。この小童が。ほれほれほーれ───あだッ!?」



くるりとした巻き尻尾をちょいちょいと突付いてやると、思い切りがぶりと食いつかれた。

痛みのあまりに手を上下に振ってみるも、生意気にもぐるるるると喉奥で低い声を鳴らしたまま放す様子はない。

力を使って子犬を持ち上げてやると、バランスを崩した子犬は驚きでようやく口を放した。



「この子供が・・・この状態で写真を撮ってくれようか」

「ガウ!ギャインギャイン!」

「ほう?平気だと言うのか?今のおぬしは全裸も同然、お腹も下半身も丸見えじゃ」



くつくつと笑いながら宙からカメラを取り出して構えると、慌てて不器用な犬かきもどきを始める。

逃げようとする子犬の尻尾をむんずと引っつかめば、もう一度勢いよく噛もうとしてきた。



「ほほほほほっ、無様な姿で逃げるのかぇ?ならばこれは送り土産じゃ。テレサによろしくな」



ぱちりと指先を鳴らせば、不器用な様子で宙を犬かきしていた子犬にわらわと揃いのドレスを着せる。

忌々しそうに歯で噛んでも破れることはない。何しろあの子供とわらわとでは魔力量に絶対的な差があるのだ。

精々あの子の母親に泣いて頼んで縋って、全力で解いてもらったところで一週間は掛かるだろう。

悔しげに鳴き声を残しながら窓の外へと犬かきして去っていった姿を見送ると、ぱちりと指を鳴らしてみせる。



「・・・また子供を苛めていらしたんですか?」

「ほほっ、苛めておったのではない。愛でていたのじゃ」

「愛でる、ですか。あの子供も可愛そうに。アリア様に気に入られたばかりにおのことして一番の辱めを受ける羽目になるなんて・・・」

「何を言うておるか。あれは魔女として生まれたれっきとした魔女じゃ。男でもスカートは当然、一人称だって『わたし』だし、何よりあれに似合うじゃろ。わらわは綺麗なもの、可愛いものが大好きじゃ」

「───似合うからこそ不幸だと思うのですよ。まったく、彼もどうしてこんなにわかめのように捩れが収まらない性格のアリア様を初恋の相手に選んでしまったのやら」

「それはわらわが美しすぎるからじゃ。美しさは罪よのぅ」

「・・・本当に、同情を禁じえません」



ふう、と溜息を吐き出した彼は、元の美しい顔に戻ったわらわに甘い苦笑を向けた。

狼男の一族出身のこの男はわらわの幼馴染で、一番付き合いが長い眷属でもある。

わざわざ『同情』という当てこすりに近い言葉を使ったことから推察できるよう、この男もあの子供と同じ穴の狢だ。



「アリア様に文字通り子供だましが通じるわけがないんですけどね」

「そこも気付かぬから子供は可愛いのじゃ」

「すぐに可愛い子供じゃいられなくなりますよ。───さあ、朝食の準備が出来ています。みな待っておりますし、食事にしましょう」

「ああ、そうじゃな。っと、その前に。カーヴィル、おはよう」



にこりと微笑んで、いつもと同じように朝の挨拶をする。

わらわよりもっと灰色に近い銀色の髪をした男は、軽く目を見張ってから、甘ったるい微笑を浮かべて挨拶を返してくれた。


これこそがモンスター村でのわらわの日常。

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