SS(ショートショート)シリーズ 『ある種の不幸せな物語』
特にする事もなく時間を持て余していたので、散歩に出かけた。散歩とは言っているがあてもなく歩くのは苦手なのでレンタルビデオを返却することが目的だ。
店までは自転車で五分かかる場所。歩いてどのぐらいなのかが気になるので、出かける前に時間を確認し外に出た。
今は秋の終わり、いや冬の始まりと言った方がいいのかもしれない。葉は茶色く乾燥し、雲も薄く平べったい感じがする。風は冷たくなってきており、風にあわせて木の葉も舞った。
歩きながら考えてみる、なぜ自分は散歩をしているのであろうか。もちろん時間を持て余してはいたが散歩をする必要はない、散歩でなくても音楽を聞くことでもテレビをつけることでも時間は消費できる。期日までまだ日はあるのだが、やらなければいけないことだってあった。しかしそれらをせずに、普段なら5分あれば出来ることをわざわざ時間をかけて行おうとしている。
人間というものは不思議だ。と、自分で勝手な結論を出そうとしたときだった。隣の茂みで何かが動いた気がした。茂みと言っても人工的に作られたもので、単なる小さな垣根のようなものだが、冬に入ろうとしているのに葉は濃く美しい緑色をしていた。
そんな緑の葉の隙間から、小さな顔だが出てきた。
「なんだ猫か。」
思わず小さく口に出していた。
「なんだとはなんだ、私は神様だぞ。今は人の目を欺くためにこのような姿をしているが、普段はおまえの考える神様よりも数倍神様らしい姿をしているんだぞ。」
驚き声を上げようとしたのだが、黒猫はそのまま話を続けたので、驚きの声を出す暇も逃げる暇も自分には無かった。
「しかしおまえは鋭い。普通の人間ならばそのまま無視してしまうところをおまえは見つけ、さらには声に出して私を見つけたことを言った。おそらく本能的、あるいは何か普通ではないことを察知したのだろう。いやはや、すばらしいじゃないか。」
どうやらあいては私をほめているように聞こえる。こうなると人間は弱い。相手に言われた通り、自分が他者よりも優れているように感じ浮き足立つ。誰だってほめられて悪い気はしないだろう。
「ところで、神様。あなたは何のためにその姿をしているのですか?」
「お前になら話してもいいだろう。実は人間にすばらしいものを与えようとしているのだ。これは普通は金などではとうてい買えぬシロノモでな、それを特別に金で買わせてやると言うことなのだ。」
「神様なのにお金を取るのか、どうもインチキ臭いな。何かしらの機械で猫を使い、金を巻き上げる詐欺行為じゃないだろうね。」
疑い深く探りを入れてみる。お金が関わることには何かしらの意味があるように考えなければならない。自論ではあるが慎重であることに大きな損はないだろう。
「そんなことはない、そもそも猫を操るなんて出来るものだろうか。さらには声も出ている、私が機械であると思うならば存分に確かめてみるといい。触れられるのはあまり好ましいことではないが、信頼されるためになそれなりのことも必要だろう。」
猫を抱き上げてみるとそこには体温があった。わずかながらの鼓動も感じ取れたし呼吸もしている、生きているという表現がもっともふさわしいものがそこにはあった。
「どうだ、信用しただろう。」
声を出したときに声の振動で体もふるえていた、猫がしゃべっている。どうやらこれは事実のようだ。
「さて本題だ、今から君にあるものを売ってやろう。しかしそれが何かは教えられないし、売ってやるのも一回きりだ、しかしそれはどこにも売っていない、今ここだけでしか買えないということは事実だ。そして払う金額も自由だ、その金額に見合う分だけ君に売るというわけだ。」
どうやら売るものは普通は売っておらず、何か細かく分けられるものなのだろうか、そうでなければ値段分だけ渡すということは出来ないだろう。しかしこの猫は何も持っていない。いや、神様だから持っていなくともどこからともなく出すことが出来るのだろう。実際になんなのかは気になる、少なからず私はお金を払う。好奇心を満たすためにお金を払う、というところだろう。
「じゃあ千円。この程度ならどんなものがきても落としたと思えばそんなに痛くない金額だ。」
抱いていた猫を地面に降ろし、財布から千円を取り出して猫の前に置く。
「よろしい、ではこれを・・・・・・」
声とともに目の前が白い空間に包み込まれていく、体全体を覆い、すべての景色を白に変えていった。
気がつけば私は部屋にいた。そこにはタンスがあり、山積みにされた本があり、ほこりっぽく見えるテレビがある。ここは見慣れている自分の部屋だ。
手にはレンタルビデオを持っており、今まさに出かけようとしているところだった。時計を確認すると、先ほど確認した時間から二分ほど戻っているようだ。
どうやら神様は私に時間を売ってくれたらしい、夢でない証拠に服には猫の毛があり財布からは千円がなくなっていた。
「また暇を持て余してしまうじゃないか。」
誰かに聞いてもらいたいわけではないが、声を出して言いたかった。そうして私は自転車に乗りビデオを返却しに行ったのだった。
SSシリーズ、記念すべき投稿1作品目。
突拍子もなく書いてみた短い話です。これからもこのような作品を主体に書いていこう予定です。
まだまだ未熟なので、誤字脱字・感想等いただければ今後の作品作りの参考にさせていただきます。