帝国の娘
第八話 〈帝国の娘〉
救援要請を受けて駆けつけた町は、まだ無事だった。
「何とか……間に合ったようね」
ここ一帯を治める領主トーラス・セランデールが次女マーリエは、鞍上で頬を緩めた。ここまで容赦なく飛ばして来たせいで、ひどく息を荒げている愛馬の首筋を軽く撫でて労りながら、魔獣が出たとは信じられないくらい穏やかな景色を見回して、ほっと息を吐く。
物は良いが優雅さの欠片もない実利一辺倒の皮鎧に、無造作に括っただけの髪と背負った長剣。まるで無頼な傭兵のような格好をしている彼女だが、遠くを見つめる氷蒼の澄んだ眼差しには品があり、白金の髪に縁取られた肌理細かく整った顔立ちは、社交界の人気を独り占めし吟遊詩人にも歌われるほどだったという母親譲りだ。それでいて剣も城詰の平騎士並に使い、更に魔法も能く使う。その実力と貴族にしては珍しく前線に出ることを厭わない事もあって、「白金の戦姫」などと一部で称されている19巡歳の少女だった。
「おー、良かっタァ。まだどこもおそわれてないネ。あたり一面血の海デ、町が全滅してるんじゃナイカって思ってタヨー」
彼女の斜め後ろで、カタコトの帝国語で無思慮な発言をしたのは、小柄で褐色の肌をした少年だった。頭の片側で髪をちょこんと括っていて、顔立ちだけみると少女のように可愛らしいが、使いこまれた皮鎧の下から覗くごつごつとした筋肉が少年だということを知らせている。
彼の名はテーバ。テーバとしか名乗らない為、国も氏族も不明だ。
2年前、行き倒れになりかけていたところを偶然通りかかったマーリエに助けられたのだが、以来、恩を返すと言い張り、勝手に付いて来たあげく、彼女の第一従士にまで登りつめた変わり者だ。2本の曲刀を自在に操る天才肌の剣士で、変則的な動きはいささか品にかけるが、とにかく強い。
自分では25巡歳だと言い張っているが、どう見ても18巡歳以下にしか見えない。下手すると16巡歳以下に見られることもある程だ。
近年、周辺諸国の有力者間で、はるか西の諸島に住む童顔で若く見える民を側仕えとして召し抱えるのが流行しているが、どう見ても西島の民とは人種が違う。本当に若いだけなのだろうと言うのが、衆目の一致するところだった。バレてないと信じているのは本人だけだ。
「テーバ、思ったことをそのまま口に出す癖はやめなさいって言ってるでしょう。それで何回も失敗しているのに」
「そうだったネ、マーリエ。気をつけるヨー」
いつも返事だけは良いテーバを、軽く睨んでから、マーリエは町を抱きかかえるような背後の山に目をやった。
「あそこに翼蛇がいるのね」
「翼蛇は怖いヨ。我の国では、ヨク村が丸ごと無くなっタネ。隠れてムシャムシャ。はっきり表に出て来ないのが、頭にくるヨ。発見した人、ヨク逃げられタ。運が良いネ」
「そうね。震災級指定も、単純な強さというよりは、性質の悪さからですもの。デサントランツに依頼はしたけれど、彼らでも手こずりそうね」
マーリエは思案顔になった。
各級に魔獣が振り分けられる基準は、放って置いた場合の被害の大きさによっている。
妖精級……特に被害はない。怪談の原因となる程度。ペットとして扱われていた例もある。
害獣級……家畜か稀に数人の被害が出る。縄張りに近づかない等の注意をすれば問題がないので放
置されていることが多い。一般的な魔法使い一人か、一般的な兵士数人でも討伐可能。
大獣級……十数人の被害が出る。積極的に人を襲う。一般的な魔法使いなら2人以上。腕の立つ騎
士数人でも討伐可能。
怪物級……数十人の被害、建物にも被害が出る場合がある。一般的な魔法使い5人以上。統制の取
れた騎士小隊が魔法使いの協力を貰うか、攻城兵器並の大型武器を使用して討伐可能。
震災級……百数十人の被害、建物にも相当な被害が出る場合がある。魔法使いだけでも騎士だけで
も対応が出来ず、完全に連携した上に、ある程度人数を揃える必要がある。
天災級……数百人から数千人規模の被害。一国を挙げての総力戦となる。
終末級……手の打ちようがない。世界の危機。
大まかに分けるとこの7つになる。最後の終末級だけは、神話や伝説として語り継がれているだけなので、現実的には6つと言って良い。
もちろん、すべてが綺麗に分類可能なわけもなく、中間的存在や例外的存在がいる。翼蛇もその代表例で、震災級に分類されるものの、強さはそれ程でもない。まともに戦えば、大獣級と言ったところだ。だが、身体的素早さと隠れ潜む習性から発見が難しく、発見された後も敵わないと思えば隙を見て逃げようとするので討伐までに時間がかかる。
有名な例だと、砂漠のオアシスに隠れ潜んだ翼蛇が、気付かれないまま実に十数年の長きににわたり訪れた旅人を喰らい続けていたというものさえある。
強さの割には被害が拡大する傾向があるので、1級上げた扱いとなっている魔獣なのだ。
「他の魔獣と違っテお腹いっぱいナラ、ジッとしているダケ。同じ場所デ襲われる人と襲われない人がイルネ。気付きニクイ。スグ逃げル。トテモ厄介」
テーバが眉を寄せて言った。本当に嫌そうだ。
「山の上に家畜を放牧してたそうだから、今はそれを食べて満足しているのでしょうね。でもいつ動き出すか分からないわ。このまま退治に向かうより町長に会いに行って、デサントランツからの応援が到着するまで町で守りを固めましょう」
「そうダネ。今の二人デモ追い返すくらい出来ル。マーリエの騎士団が追いつけバ、魔獣用の武器や装備も手に入るしネ」
「後を任せてきた新任の副官が紹介状の半分も能力があれば、一日も待てば来るでしょう。さ、町長のところに行きましょう」
そう言って愛馬を進ませ始めたマーリエの後を、周辺に注意を払いながらテーバが追って来る。身元不明の輩が、次女とは言え領主の娘の護衛を任されているのは、腕前も勿論だが、何より命をかけてマーリエを護るという気概が身体中から溢れ出しているからだ。
お忍びの一人旅の途中で行き倒れたところを拾い、寝ずに2日ほど手ずから看病したりはしたが、命の恩人だからといって何もそこまで思い込まなくても、とマーリエは内心呆れていたりする。
しかし周囲の人間からは、そこまで熱くて純粋なテーバの気持ちに気づかないマーリエこそが、呆れられていたりするのだった。
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領主の代理が来て、重要な話があるということで、町の人々が全員中央広場に集められた。
『あれが、領主代理って……綺麗な子だなぁ』
町長の傍らに立つ女戦士に、康介はただ見惚れていた。
凛とした佇まいの彼女は、顔もスタイルも良いが、それよりも内側から輝くような雰囲気が人の目を惹きつける。
「……はー、格好良いです」
康介の隣で、麻世が、思わずと言った感じで呟いた。若干、頬が上気している。
「皆、よく聞いて欲しい。これからマーリエ様から、今回の騒動に関してのご説明がある。マーリエ様は、皆も知ってのとおり『白金の戦姫』と呼ばれていらっしゃるお方だ。魔獣のことは心配無いと仰せだ」
おおおとざわめく町民達の顔色がやや血色を取り戻したところで、領主代理というマーリエが町長に代わって進み出た。
「皆、安心しなさい。今この町は危険に晒されていますが、必ずや魔獣の脅威は取り除きます。我が騎士団も一両日中には来るでしょう。加えて、対魔獣専門のデサントランツにも応援を要請してあります。また、家畜の被害については、私が責任を持って保証します。何も心配することはありません」
凛と張ったよく通る声で、マーリエが宣言した。
これがカリスマというのだろうか。彼女が最後にふっと軽く微笑むと、康介は光が舞い散るような錯覚さえおぼえた。
周囲の町民達も魂を抜かれたような顔をしている。
「ただ皆には、魔獣討伐が終わるまで自宅から出ることを禁じます。安全を確保するためです。すぐに討伐は終わります。少しの間の辛抱しなさい」
最後に笑顔を引っ込め、厳しい顔つきになったマーリエに、思わず頷く町民達。
見事な緩急の付け方だった。
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7日間が飛ぶように過ぎ去った。
マーリエの演説通り、翌日には領主の騎士団とデサントランツ騎士団が前後して町に到着した。
康介は、あっという間に片がつくと思っていたのだが、未だに膠着状態のままだ。ひどく手こずっているらしかった。ときどき鎧戸の隙間から見かける騎士達が、全員厳しい顔つきをしていることからも、それは明らかだ。
「もう一週間かぁ……困ったなぁ」
「他の方達を探しに行けないですね」
「メランカさん……食費も受けとってくれないしなぁ」
「お世話になりっ放しです」
「家のこと手伝ってるって言っても、あまり大したこと出来ないし、心苦しいよ」
「そうです……ね」
康介と麻世は、あてがわれた部屋で、ぼそぼそと小さな声で話し合っていた。時折り溜息が交じる。
非常事態宣言で自宅待機を言い渡された町民達は、騎士団から配給を受け取る時以外、家に閉じこもって暮らしている。康介と麻世も、当てにしていた行商人はもちろん、二人だけで出て行くことさえ出来ず、メランカの家で、ずっと世話になっているしかないという状態だ。
少しでも対価を支払う事が出来れば違うのだが、きっぷの良いメランカは康介達から一切お金を取ろうとしないので、二人は申し訳ない気持ちで一杯だった。
「早く退治されないかなぁ」
「騎士団が弱いとかではなくて、そもそも魔獣が隠れて出てこないらしいですから……隠れ場所を見つけるか出てくれば、すぐにでも倒せるのにって言ってたそうです」
「見つければ……か」
康介が、上を向いて大袈裟に溜息をもらす。
「あ……」
麻世が何かに気付いたように康介を見つめる。
そんな彼女に康介は、ゆっくり頷いた。
「そうなんだ……僕なら、あっという間に見つけられると思うんだけどね。果たして目立つのが良いかどうか分からないから悩んでるんだ」
「いつもみたいに……予感はしないですか?」
「うん。どうやら協力しても協力しなくても、悪いことは起きないんだろうね。放って置いてもそのうちに解決するのかな。領主の娘だって言うあの女騎士さんの騎士団も、後から来た別の騎士団も有能そうだし」
「でも、どのくらいかかるかは分からないですよね」
「だね。僕と麻世には困ったことは起きないけど、解決がいつになるかは分からない。あとは、僕のそばにいない他のメンバーについてが、一番の問題かな」
「……そうです、ね。皆さん、無事だと良いのですけど」
肩を落としてうつむいてしまった麻世に、康介は慌ててフォローする。
「ああ、皆、それなりの能力持って来てるし、大丈夫だよ、きっと」
「……長谷さんもですか?」
「……う……い、いや、だ、大丈夫。一哉君は、戦闘能力中心に選んでたし……大抵の相手には負けないはずだよ!」
「そうでしょうか……何故か長谷さんは、強さとかに関係なく困った状況になってるような気がするんです」
「あー。うん。ソウダネ」
年下の麻世にさえ心配されてしまう長谷一哉を庇おうとして、康介は諦めた。
少しどころでなく、極めてゲームジャンキーでバトルジャンキーな彼は、もし戦う場面があれば自分より強い相手にさえ、嬉々として向かって行くだろうと、簡単に想像できたからだ。
「……うん。わかった。こうなったら、さっさと協力して終わらせて、皆を探しに行こうか」
麻世の頭に手を乗せ、優しく撫でながら言う康介。
彼女の可愛い顔を曇ったままでいさせる事は、「お兄ちゃん属性」を持った康介には、到底許容出来ないことだった。




