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何か  作者: 茶夢
第一章
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始まりの町2

  第七話〈始まりの町2〉


  康介こうすけ麻世まよがメランカの世話になって3日が過ぎていた。


  情報をある程度仕入れることが出来た時点で、すぐに次の町に向かって出発しようとした二人だが、子供だけで旅をさせられないというメランカに引き止められていたのだ。

  大人しく受け入れていた理由としては、数日後に来る行商人と一緒に行けるように頼んであげると、メランカに言われたのが、大きかった。

  車や電車での移動が当たり前の現代っ子の二人にとっては、次の町まで歩かなくて済むというのが、正直有難かったからだ。

  獲得能力で身体強化をしているので、歩くことそれ自体には何の苦労も無い。やろうと思えば、一番年下の麻世でさえ丸一日歩き続けても平気なはずだ。


  問題は、ただひたすら歩き続けるという行為そのもの自体が苦行だということだった。

  街中を歩くのと違って、田舎道というのは、ほとんど景色が変わらない。ありていに言えば、ただひたすら退屈なのだ。

  この世界の人間であれば、それが普通。退屈やじれったいという気持ちは抱かないのだろう。

  だが、1時間の移動距離が数十キロという感覚に慣れている康介達には、目に見えている場所まで移動するのに何時間もかかるということが、ストレスを生む。

  速度や距離に対する感覚というものが、徒歩が普通だった昔の人間と乗り物を利用する現代の人間では、大きく異なるという説を本で読んでいて知ってはいたのだが、最初の森から今いる町までの移動で、なるほどこういうことなのかと実感した康介だった。

 

  そういう情けない理由で、村に滞在していた二人だが。

  待っている間に、いろいろ細かい生活習慣などを教わっていたので、まるきり無駄という訳でもない。

  特に今日は、村に一軒の雑貨屋に、メランカに連れて来られていた。


「ちょっと、これを見て欲しいのですが」


  康介は、田舎町でも換金出来そうだと思った小ぶりな純金の粒を3つほど見せてみた。

  この世界でも金は貴金属だと、メランカから聞いてはいたが、換金の手数料その他については、田舎町に住む一般人であるメランカ自体に知識が無いので、分からないままだ。

 

「金!本物か!?」


「間違いなく純金です」


「確かめさせて貰って良いか?ここにゃ、魔法の鑑定板なんて結構な物が無いから、少々、手荒な方法になるが」


  店主はカウンターの引き出しから小さなタガネとハンマーを取り出すと、康介をちらりと見て許可を求めた。

  康介が頷くと、タガネをカチンと打ち付けて、粒を半分にした。

  断面をシゲシゲと見た後、今度は黒い石の上に粒を擦り付けて線を引き、その隣に、また引き出しから出した細い金色の棒で同じ様に線を引く。

  更に小瓶から怪しげな液体を黒い石にかけたり、灰色の粉をパラパラと振りかけたり、と複雑な作業を一通りこなした後、小さく唸った。


「……本当に純金みたいだな。坊主、これをどうやって手に入れた?まさかとは思うが、犯罪に関わってたりしないだろうな」


  年取った店主が、ジロリと康介を睨んだ。


「変な言いがかりは止しとくれ。コースケは、とても良い子なんだ。悪いことなんかする筈無いよ」


  実は異世界から持って来ました、などとは言えず困った康介だが、後ろからメランカが強い調子で口添えしてくれた。

  この数日間ですっかりメランカの信用を勝ち取っていた康介だった……と言っても、ほとんどは、礼儀正しく躾が行き届いた麻世の功績なのだが。


  メランカの様子を見た店主は、ぐっと寄せた眉間のシワを緩め、頷いた。


「……メランカがそこまで言うなら信用するとするか……そうだな、一粒、銀貨2枚と銅貨50枚で良いなら引き取ろう」


『たしか、田舎だと金貨一枚で1ヶ月か2ヶ月生活出来るとメランカさんは言ってたなぁ。金貨一枚が銀貨10枚で銀貨は銅貨100枚だそうだから、銀貨は大体1万円、銅貨は100円くらいかな?」


  記念用など飾っておくものでも無い限り、金貨は必ず混ぜ物をされている。純金のままだと、柔らかすぎて、すぐに磨耗したりゆがんだりする為だ。

  とは言っても、普通、金貨の価値は、そこに含まれる金の含有量が基準になるので、純金なら金貨と同じ様に取引されても良い筈なのだが、いちいち確かめたりする手間がかかる分、手数料がかかるということになる。


『ええと、金貨の大きさが銀貨と同じくらいなら、純金の粒3つで、一枚の金貨分かな?金貨一枚分を銀貨7.5枚で交換かぁ。まぁ、いくらメランカさんが言ってくれても、完全に信用出来ない初見の客に対してなら、儲け込みでそんなものかな?』


  メランカの口利きが大きいとは言え、店主は業突く張りな見かけよりは、やや正直者みたいだなと康介は思った。


『もしかしたら、損するかもだけど、お金はすぐにでも必要だから、仕方ないか』


「分かりました。それでお願いします」


  康介が、覚悟を決めて頷いた時だった。


 カ、カカカカカカカカカカカカ!!


  ポラルの通過を知らせる板木ばんぎが乱打される音が、響き渡った。

  まだポラルの通過には早すぎる時間に、狂ったような叩き方。

  版木は、江戸時代などに火事などを知らせた半鐘はんしょうの前身として日本でも用いられていたくらいだ。

  同じように何かの非常事態が起きたのだろうという康介の推測は、

 

「康介、麻世!すぐに家に戻るよ!」


  普段はどんと構えている肝っ玉母さんみたいなメランカの、切羽詰まった様子で裏打ちされた。


「一体、何が……」


  麻世がメランカに尋ねようとしたが。


「話は後後、ソルジュ、悪いね、また後で来るよ」


  メランカは、気ぜわし気に店主に声をかけ、カウンターの上の買い込んだ荷物を抱えると、当惑する麻世を出口の方に押して行く。


「ああ、早いとこもどった方が良い」


  店主もカウンターから出て来ると、窓の方に向かう。

  どうやら、鎧戸を閉めるつもりのようだ。


「ほら、コースケも早くお出で」

 

  メランカが出口で振り返り康介に声をかけた。


「あ、はい」


  反射的に答えたものの、金の粒の代金をまだ受け取ってなかった康介は、一瞬躊躇した。


「坊主、心配いらないぞ。次来た時までに、代金揃えとくから。今は、早く戻ったほうが良い」


  狭い町での信用商売。メランカの知り合いなら大丈夫だろうと納得した康介は、店主に向かって小さく頷くと、メランカの後を追った。


 ◇----------◇----------◇----------◇


  デサントランツ公国という国がある。

  この世界の人々の認識では「世界」とイコールである「大陸」、そのほぼ中央に位置する小国である。長細い三日月のような変わった形をしている国土のせいで、狭い面積にも関わらず複数の国と国境を接していた。

  うち2つは、かなりの大国なので比較対象から当然抜くとして、他のどの国と比べても、デサントランツ公国は小さい。いずれかの国が野心を抱けば、あっという間に侵略を受け、滅ぼされてもおかしくない程の小国だ。


  そんな小国が長い間生き延びて来られたのには、もちろん相応の理由わけがある。デサントランツ公国が唯一他国と接していない国境(弓なりの国土の内弧側)に存在する「魔の森」が、それだ。

「魔の森」とは、その名の通り魔物が跋扈ばっこする森である。

  歴史書には、300年ほど前、デサントランツ公国の前身である「ランツ帝国」が、ある日突然、帝国の首都に出現した「魔の門」から溢れ出した魔物達に滅ぼされた、と書かれている。

  ランツ帝国は、当時まさに唯一無二の大国であり、大陸全土をほぼ征服していたと言っても過言ではないほど強大な国だったのだが、魔物が王都に出現した当初に帝王を失った(伝説では、魔王と相討ちになったと伝えられている)為に、信じられないほどの速度で瓦解していき、その広大な国土は混沌と魔物によって呑み込まれてしまった。


  歴史書は複数存在し、それぞれ編纂した学者や国の主義主張によって、いくらかの偏向はあるものの、大筋では変わらない。

  その記述によれば、混沌に呑み込まれたランツ帝国の領土を周辺国が魔物と戦いながら少しづつ切り取り、王都付近まで数十年かけて辿り着いてみると、元の場所で一歩も引かず魔物と戦い続けた集団が、ランツ帝国の正当継承国と自称するデサントランツ公国を作りあげていた、ということになっている。


  デサントランツ公国の歴史は、魔物との戦いの歴史でもある。


  デサントランツ公国が主張する「帝国からの正当な継承権」を認めるかどうかは、国によって対応が様々だ。が、公国が「魔の森」の中心部にある王都を奪還するまでは「正式な」帝国からの継承は成立しないと宣言し、王が「デサントランツ公爵」という肩書きのままでいることもあって、外交的な問題は表面化していない。

  一方、公国が対魔物戦の防壁の役割を果たしているという誰もが認める事実があり、他方ではデサントランツ公国以外に進んで魔物と戦おうとする国は「無い」という現状がある。

  戦う国が無いというのは、魔物に一番有効な攻撃手段が魔法である事が影響している。デサントランツ公国以外の国が戦おうとするならば、主に貴族が矢面に立つ事になる(魔法使いになるためには、遺伝と教育に必要な財力に恵まれていることが必須条件のために、自然と人材が特権階級に偏っている)のだが、情け無いことに自ら進んで前線に立つ貴族は皆無に近いからだ。

  どのくらい情けないかと言うと……「小型の魔の森」とも言うべき「魔の穴」と呼ばれる特異点が、ときおり周辺の国にランダムに口を開いて魔物を吐き出す事がある。あくまでも「小型」なので、魔法を使える者が数人いれば、十分対応可能な程度なのだが……その度に自らが魔物と戦うことを嫌った周辺国の貴族達が、対魔物の専門家としてデサントランツ公国から傭兵を派遣してもらっているくらいの情けなさだ。

  よって、公国を簡単に潰す訳にはいかないし、また他国に勝手に潰させる訳にもいかない。そんな危ういバランスの上に、デサントランツ公国は存在している。のだが、それは受動的なものではなく、公国自ら狙って対魔物の傭兵国家として生き抜くという、したたかな戦略方針の結果だった。


  さて。

  康介達のいる町から馬で2日ほど行った所に小さな城砦があった。

  ここは「魔の森」の際に位置していて、まさに傭兵国家デサントランツ公国の最前線と言っても良い場所だ。

  だが、最前線にも関わらず、城砦のとある一室には春のひだまりのようなノンビリした空気が流れていた。

 

「最近、平和ですなぁ」


「うんうん、こう何も起こらないと腕がなまるねぇ」


  最初の台詞を発したのは、毛むくじゃらの大男だ。赤毛の髪も顔半分を覆ったヒゲも全てが剛毛。多分、服に隠れた部分も全てがピンピンと立っていることが想像に難くない。

  端的に言って「筋肉もじゃダルマ」としか言えない。

  だが、声は良い。その魅力ある深い低音で囁かれると、大抵の娘は腰砕けになるという。

  更に蛇足だが、歌も上手い。彼に愛の歌を捧げられて落ちない娘はいないとまで言われていたりする。

 

  対して、間伸びしたような声で応えたのは、サラサラの金髪と深いアイスブルーな瞳が印象的な優男だ。

  スラリとした背格好だが、ひ弱ではなく、引き締まった筋肉のせいで細身に見えるだけ。

  こちらは歌も歌わず、ただ微笑むだけで女神すら落とせるとの、もっぱらの評判なのは、更に余談だ。


  この二人が、デサントランツ公国でも武勇の誉高い「ジルティス騎士団」のNo.2とNo.3だというと、大抵の者は驚くが、その実力は折紙付きだ。

  近辺の国の中では一番大きいサブルナン聖国が2年毎に神に捧げる為に行う闘技大会、その前回大会に、二人で9位と10位におさまっている。

  それも、ベスト10の試合の一番最初に二人が当たったのが原因で、本来ならもっと上位に食い込んでいる筈だった。下位のトーナメントならまだしも、上位のトーナメントで同国の二人が最初に戦うというのは、どうも作為的なものを感じるのだが、サブルナン聖国では、試合の組合わせすら神のお告げで決められるという建前ことになっているので、文句を言う訳にもいかないのだった(ちなみに、十数年前に組合わせに文句をつけた勇気ある戦士がいたのだが、彼はそのまましばらく行方不明となり、次に公の場に現れた時には、神に使える敬虔な聖戦士になっていたという話が真しやかに囁かれている)。

 

  同国人だから同じ騎士団だからと言って手加減せず、次の試合をどちらもが棄権せざるを得ないほど全力で戦った結果、10位になったのは「筋肉もじゃダルマ」で、本当の名前は、ガシュバ・タンギーフォス。

  種族は人ではあっても、人間ではなく「セ・リオナール」……簡単に言うと「半獣人」だ。

  毛むくじゃらの上、厳つい筋肉によって年齢不詳の容姿だが、実はまだ25巡歳だ。仲良くなった女性に年齢を告げると驚かれるのが、本人には不本意らしいが。


  9位になったもう片方の名前は、テリナス・ミルビ・タミヴァス。

  種族は、人間だそうだが……20代の外見とは裏腹に、実は58巡歳。ガシュバに勝てたのも、年の功と言って良い。

  以前、魔法研究所の女性に年齢を話した時に、研究材料にされそうになって以来、「永遠の20巡歳」で通しているのだが、親子どころか、親子孫の三代に渡ってお付き合いをしたりもしているので、割とバレバレらしい。


「二人とも、弛んでいるのではないか」


  そして、この部屋にいるもう一人。

  ジルティス騎士団団長のリンデル・イヤヌス・ガルナン・デサントランツ。

  20巡歳という若さながら、公国一腕が立つが公国一癖が強いとも言われる猛者共を纏めている。

  名前からも分かるとおり、デサントランツ公爵家の一員だが、妾腹の生まれだ。常に最前線にあり、命の危険に晒されるジルティス騎士団の団長に任命されたのも、生まれのせいである。

  もっとも、デサントランツ公国は、その成り立ちからいって、実力のある者には評価を与える国風があるので、騎士団をしっかりとまとめて実績を残している最近では、兄妹達を除けば大分風当たりも和らいできていた。


「そう言われましても、訓練だけでは今ひとつ勘が鈍ると言うか……」


「そうだよねぇ。魔物の動きはぜんぜん違うから、人間相手の訓練じゃ限界があるよねぇ」


  二人が、口々に不満を言いたてた時だった。


「緊急連絡です!失礼します!」


  慌てた様子の兵士が一人飛び込んで来た。

  緊急連絡係はいついかなる時も、即時入室が許可されている。


「マキトラの領主から緊急要請です。震災級の魔獣が現れたそうです!」


  その声に、部屋の中が、今までの和やかな雰囲気から、一転、殺気にも似た緊張感を漂わせることになった。


「詳しい報告を聞こう」


  リンデルが、落ち着いた声で返した。


  後の二人も、引き締まった表情で使者を見つめていた。


「はっ!ここより東のマキトラの町に、1日前に魔獣が現れたとの早馬が参りました。元からいた害のない魔獣を追い払っての出現だそうです。級は間違いなく震災級。一刻も早い救援をとのこと」


「マキトラ……というと、セランデール子爵領か。あの子爵なら、救援を出しても問題はないな」


「ですな。後からなんだかんだと言い掛かりをつけて値切ることもないでしょう。さっそく出撃の準備をいたします。腕がなりますな」


「セランデールなら、きっとマーリエちゃんが出てくるね。あの娘の顔見られるのは嬉しいねぇ。あんな美人はなかなかいないし、おまけに頭も良いから、会えるのが楽しみだよ」


  ガシュバとテリナスは口々に勝手なことを言いながら、リンデルの命令も待たずに相次いで部屋を出て行った。


「良い訓練……というには、震災級は荷が重いかも知れぬが、あの二人がいればなんとかなるか」


  二人の背中を見送ったリンデルは、そう独り言ちると、自分も準備をするために立ち上がった。


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