始まりの町
第六話〈始まりの町〉
街道沿いの町は、小さかった。
街道沿いと言っても、街道が中心を通っている町ではない。
街道から分岐したやや太めの道が山の方に伸びている先にある町だ。
分岐した道の街道に近い方には、左右に間隔をおいて細い道が数本更に枝分かれし、細い道一本ごとに農地と大きめの農家が貼り付いている。そこから少し上に行った所に、やや大きな塊になって数十軒の家々が建っているのだが、いっそ可愛らしいといっても良いくらい本当に小さい町だった。
その町から山の上まで細い道が続いているのを見て、
『あれは、放牧か何かの為なのかなぁ……まぁ、こっちの世界ではどうだかわからないけど』
藍田康介は、心の中で呟いた。
一見すると、中世の農産物や畜産物を基本とした自給自足型の町の様に見えるが、ここは魔法世界、思わぬ落とし穴があるかも知れない。
むーっと康介が唸っていると。
「前に家族旅行で行ったドイツとかスイスの田舎町に似てます」
並んで歩を進めていた鈴木麻世が、独り言の様にぽそっと囁いた。
どうやら麻世も康介と同じ様な印象を受けていたらしい。
「んー、田舎町かぁ……この分だと、店は雑貨屋が一軒とかになるかも知れないね」
「まさか、宿屋がなかったりするのでしょうか……」
「うーん、街道が町の中心を通ってないって事は、旅人を相手にした宿場町じゃないってことになるから、宿屋が無い可能性もあるかな……酒場の二階が宿兼ねてたりとかは、良く西部劇とかであるんだけどね」
貿易会社を営む両親に連れられて幼い頃から色々な国を旅して来た麻世と違い、一般家庭に生まれた康介は、本や映画の知識を元にした推測しか出来ないので、どうしても自信なさげな口調になる。
話しているうちに農家地帯を抜け、小さな町の入り口に立った康介と麻世は、周囲を見回しながら、そのまま町の中に足を踏み入れた。そこには石と土壁、それに木材で構成された中世ヨーロッパ風の家々が並んでいた。
「参ったな。店とかの見当がつかないや」
「看板らしきものも出てませんね。あ、そう言えば、長谷さんが言ってましたね、村とか町に着いたら『ギルド』を探せって。てんぷれ?だとか何とか」
「言ってたね……そう言えば。『ギルド』かぁ、この世界は魔法があるなんてファンタジックではあるけど、ファンタジーフィクションじゃ無いからね、本当にあるのかな。あっても、こんな小さな町に支部があるかどうか……それより、まず人に話しかけて見るのが先かな。一応、言葉には不自由しないと塾で説明されたけど、確かめたいとこだね」
「今まで、全然人に会ってませんよね。まだ日も高いですし、いくらなんでも不自然だと思うんですけど」
康介の台詞に、麻世が首を傾げながら応えた。
いくら田舎町だとは言っても、住人の姿を一人として見ないのは確かに奇妙だった。
「確かに。んー。一旦、ここで止まろうか」
話している内に、二人は町の中心部らしき円形の広場にたどり着いていた。
石畳の広場を囲んでならんでいる家の幾つかが、少し大きめだったり、入口が両開きになっていたりと他の家と造りが違うものも数軒ある。
「何か、それっぽいですね」
「そうだね。ここが中心かな」
頷いた麻世が、顔を見上げてくるのに、康介が頷いた時だった。
カーン!カーン!カーン!
という甲高い音が遠くから響いてきた。
金属音では無い、木の板か何かを叩いているような音だ。
「な、何でしょう?」
「何だろう」
二人が、顔を見合わせていると。
「あ、あんた達!早くこっちへお出で!早く早く!」
突然、二人の背後から焦った声が聞こえて来た。
二人が振り向くと、一軒の家の扉が開いて、そこから半身を覗かせた中年の女が慌てた様子で手招きをしていた。
「えっと……」
「ん、どうやら誘いに応じた方が良さそう。応じないと悪いことが起きるっぽい」
康介は、麻世の手を掴むと、女の方に小走りで駆け寄り、家の中に足を踏み入れた。
家の中は、昼間だと言うのにほの暗く、明るい所から駆け込んで来た二人は、一瞬足下が見えなくなって転びそうになった。
背後でバタンと大きな音がして、薄暗さが増す。
振り返ると、叩きつける様な勢いで扉を閉めた中年の女が、大きく息を吐いていた。
「はー、良かったよ、間に合って」
二人に向き直った中年の女は、大きく笑みを浮かべると、康介と麻世をじろじろ見ながら口を開いた。
「あんた達、見慣れない格好しているけど、遠いところから来たのかい?」
「ええ、そうです。かなり遠いところから来ました」
昼間なのにかなり薄暗い室内を珍しげに見回していた康介が答えると、中年の女は得心したように頷いた。
「道理で。もうすぐポラルの通る時間だって言うのに、暢気にふらふらしてるから、おかしいと思ったんだよ」
「……ポラル、が通る?」
麻世が意味不明の言葉に首を傾げると。
「ポラルも知らないなんて、どれだけ遠くから来たんだい」
中年の女は、飽きれたように言った。
「ま、わたしが下手な説明するより、もうすぐ通るからね。そこの壁に明かり取りの窓があるから、外を見ててごらんよ」
女が指差した壁に、縦60cm横90cm程の木板が四角く嵌め込まれ、一辺10cm程の菱形が四つ、くり抜かれている。
そこから、外の光が差し込んでいた。
「はい、ありがとうございます」
いろいろ聞きたい事もあったが、ここは女の勧めに従うことにした康介は、その光の方に足を進めた。
麻世も後から付いてくる。
近付いて分かったが、この窓には、外側にもう一つ鎧戸を持つ二重構造になっているようだった。
雨や風がひどい時には、それで対応するのだろうか。
『これが窓か……ガラスじゃないってことは、発明されて無いのか……高価すぎて普及して無いのか、どっちかな』
持って来た怪しいお土産シリーズの中のガラスや透明なプラスチックを使った品物。
それがいくらくらいになるのか、と思いながら康介は菱形から外を覗いてみる。
「……何が通るんでしょうね」
窓に四つほど開いた菱形の下の一つから、同じように外を眺めていた麻世が小さな声で康介に聞いて来た。
「何だろうね。通るって言うんだから、何かの生物だと思うけど」
「もうすぐ来るよ。ほら、音が聞こえてきた」
二人のとぼけたやり取りが面白かったのか、後ろから中年の女が笑いを含んだ声で告げた次の瞬間、ドドドドドという音が聞こえてきた。
「足音?」
「それもたくさんだね」
二人が見守る広場の山側の入口から、ものすごい勢いで、山羊のような動物の集団が走ってきた。
「わ……」
「これは……」
あっという間に、広場が動物の川に飲み込まれるのを見て、麻世と康介は、引きつった笑いを浮かべた。
ドドドドドドドドドドド、ドドドド、ドド、ド。
山側の入口から広場に入って、かなりの速度で農地側へ抜けて行く動物の群れ。
一般人があれに巻き込まれたら、運が良くて骨折は免れなかっただろうし、悪かったら重傷もの。身体強化をしている康介や麻世でも、全身打ち身や青アザだらけになるところだったろう。
「ありがとうございます。貴女は命の恩人です」
「ありがとうございます」
青い顔で振り向いた康介と麻世は、中年の女に深々と頭を下げた。
◇----------◇----------◇----------◇
あれから三度、ポラルと呼ばれる動物の群れが広場を通り過ぎた後。
戸口と窓を開け放して、すっかり明るくなった家の中で、康介と麻世は中年の女とお茶を飲んでいた。
外の広場も、普通に人々が行き交っている。
「人が誰もいないから、どうしたのかなと思っていました」
「ははは、逆にアタシは、何で外に出てる子がいるんだってビックリしたよ」
メランカと名乗った中年の女は、麻世の台詞に大笑いをした。
「あれが、毎日ですか」
「この季節はそうだねぇ。何せ、餌場が山の上になるからね。昼間は良いけど夜に山に置いておいたら、魔獣に食われちまうよ」
「……魔獣、が出るんですか?」
「ああ、出るね。だけど、ここら辺は昼間に暴れるのは出ないし、町まで降りて来るようなことも、滅多に無いからね。まだまだマシさ」
「魔獣……退治とかはしないんですか?」
「無理無理、そこらの猟師や町の自衛団じゃ歯が立つもんかね。あんまりヒドイようなら領主様に訴えることになるけどねぇ。この程度じゃわざわざ来てくれないよ」
諦めた表情のメランカに、康介は、質問を投げかける。
「魔獣は、かなり強いと言うことですか?領主様じゃなくても、部下の兵士とか騎士とかを派遣してくれるように頼むとか、町で腕の立つ強い人を雇うとかじゃ駄目なんですか?」
「は、ここら辺じゃ、魔獣と戦えるのは、魔法を使える領主様くらいさ。後は馬で2日くらいのとこに騎士団の砦もあるけどねぇ。騎士様も魔法を使えるかよほど腕が立つお人じゃなけりゃ、返り討ち。普通の兵士なんか束になっても敵いやしないよ。流れ者の傭兵や護衛の中にも、魔法まで使える強者がいるって話だけど、嘘つきの偽者が前金だけ持って逃げちまうとかが多すぎてね。雇おうなんて考えるヤツはいないね」
「信用されてないってことですか」
「まぁ、そうだね。ヒドイのになると、領主様から依頼を受けて来たと言って、散々町で飲み食いした後、そのまま逃げ出すヤツもいるらしいよ」
『と言うことは、「冒険者ギルド」とか無いってことか。それ以前に「冒険者」という定義も無さそうだな』
少々、と言うかかなりのゲーム中毒っぽい長谷一哉の力説していた「最強能力使ってギルドでお金稼いでウハウハ」が出来なさそうだ、と少しガッカリする康介。
『まぁ、プレイヤーにお金を稼がせるためには都合が良い、ゲームならではのご都合主義的アイディアだから期待はして無かったよ……希望はかなりしてたけど』
同じくモンスターを倒したらお金が出て来るなどのゲーム上での約束事は、この世界には無いと思った方が良さそうだな、と康介は判断しかけたが。
『いや……待てよ、ギルドランクSの能力とか証明カードとかを望んでいれば、もしかしたらギルドあったんじゃ無いのかな……』
ゲームのようにでは無いが、「有り得るものは有り得る」というご都合主義的法則で世界が選別されるなら、十分選択可能な範囲だったのでは、と思いつき。
失敗したかと、少々、落ち込む康介だった。
「あ、少し話は変わりますけど、この町には宿屋は無いのでしょうか」
落ち込む康介の隣でカップを両手で持ち、ふーふーと冷ましながらお茶を飲んでいた麻世が、メランカに尋ねた。
「宿かい……そうだね、無いことも無いけど。あそこは、あんまり良いとこじゃ無いからね。子供だけで泊まりに行くのはねぇ……そうだ、もし良かったら、このままウチにお泊りよ。去年、嫁に行った娘達の部屋がそのまま空いてるから、丁度良い」
『子供って……いや、僕はともかく麻世は子供か』
メランカの気前の良い申し出を、最初断ろうと思った康介だったが、隣の麻世を見て思い直した。
「ええと……もしかして酒場の上とかが宿屋になってたりしますか?」
康介の問いに、大きく頷くメランカ。
『酒場の上の宿屋で、子供だけの宿泊が好ましくないって事は……いわゆるムフフで怪しげな用途にも使われてるんだろうな、やっぱり。麻世には刺激が強いか』
「そうですか……それなら、ご迷惑でしょうが、お言葉に甘えます。よろしくお願いします」
麻世の為にと、思い切ってメランカの好意に甘える事にした康介は、頭を下げた。
「任せなよ!にしても、その頭を下げるのは、あんた達の地域の風習なのかい?ここら辺じゃ、見たことも聞いた事もないから、よっぽど遠くから来たんだねぇ」
メランカは、カラカラと笑って頷いた。
◇----------◇----------◇----------◇
その晩は、 娘達が使っていたという部屋に、二人一緒に泊まる事になった。
どうもメランカには、二人が相当年下に見えているらしい。
子供同士なんだから、男と女が同じ部屋でも問題ないだろうとの事らしかった。
これが噂の東洋人補正というものだろうか、と康介は苦笑した。
いざとなれば、床で寝ようと思っていた康介だったが、メランカの娘は二人だったらしく、ベッドが二つ置いてあったので、ホッとした。
「まぁ、これからの事を相談できるし、安全の面からも同じ部屋で良かったかな」
康介の危険察知能力は、生来のものだけでも十分なのを、獲得能力で底上げしてるのでかなり確実性がある。
異世界で何があるか分からないという事を考えれば、安全に越した事はない筈だ。
「そうですね……でも、ちょっと恥ずかしいです」
麻世が可愛らしく頬を染めて言うのに、
「そうかぁ。僕は、怖い夢見た妹と良く一緒に寝たりもしてるから、あまり気にならないけどね」
と康介が返し。
「そ、そうですか……」
微妙に麻世が引き気味になったのは、さすが「フラグクラッシャー」康介の成せる技と言ったところだろうか。
「それにしても、メランカさんと話せたお陰で、かなり色々な事が分かって嬉しかったね」
「はい。何より、メランカさんが女性だったので、心配してた事が聞けて良かったです」
「そうなんだ?どんなこと?」
「そ、そんな事言えません!」
「ええ!?聞いちゃいけないことなんだ」
「当たり前です。もう」
「ご、ごめん?」
何故か頬を染めながら怒る麻世に、地雷を踏んだらしいと察した康介は、とりあえず謝った。
それは、康介が女系家族の中で暮らすうちに身についた哀しい習慣だった。
視点をくるくる変えると読みにくいでしょうか。
んー、もう少し話数が多くなってくれば、味になるはず?と信じています。
次は誰の視点で書こうかなぁ。