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何か  作者: 茶夢
第一章
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英雄志願

残酷な描写が少しあります。

 第五話〈英雄志願〉


 森の間を抜けて進み、そろそろ山道に入ろうかというあたりで。

 突如山賊が襲いかかって来た。


 数人の商人同士で隊商を組み、護衛もそれなりに雇っていたが、運の悪いことに賊の中に腕の立つ者がいたらしく、護衛集団のリーダーが一刀のもとに切り捨てられると、他の護衛達は、ほとんど逃げ出してしまった。


 護衛として雇われるのは、多くが傭兵崩れの者だ。中には、口ばかりで腕の方はさっぱりというハッタリ護衛集団もあるので、注意が必要というのは良く知られている。

 護衛を紹介してくれたり質を保証してくれる組織や機関が存在しない為、選ぶのは雇う側の眼力次第。

 酷い時には護衛がそのまま山賊に早変わりすることもあるので、細心の注意が必要だ。

 もちろん一番良いのは、自分で固定の護衛集団を持つ事だが、国で一、二を争う様な大店の商人ならともかく、旅商人や普通一般の商人には、懐にそんな余裕はない。


 普段は怯えながらも単独で護衛もつけずに旅をし、どうしても必要な時だけ、複数で隊商を組むなどして護衛を頼むのが、一般的だった。


 どうしても必要な時。

 例えば、山賊が出るという噂が流れているが、どうしても隣町に行かないといけない様な時だ。


 ベテランの商人達が古株で顔なじみの護衛集団を頼んで先に出発してしまったのが、そもそもの始まり。

 顔なじみの護衛集団は、街道を行ったり来たりしているので、待っていれば、数日で帰って来ただろうが、それを待っていては先に行ったベテランの商人達に致命的な遅れを取り、儲けを全部持って行かれてしまうかも知れない。

 焦った若手の商人達が選んだのが、他の護衛集団を頼むという手段だった。

 吟味して選んだ護衛達だったのだが、それでも失敗した。


 商人達は知らなかったが、この護衛達は決して、前述のハッタリ集団ではなかった。

 ただ、傭兵を引退したばかりのリーダーが、腕に覚えのある者達を集めて結成したばかりの新米集団だっただけだ。

 リーダーが生きていれば、それなりに戦えただろうが、肝心のリーダーが居なくなってしまったので、無様を晒す事になったというのが実際のところだ。


「うう、怖いよぉ」


「くそっ、何て事だ」


「あなた、せめて子供達だけでも」


「……このまま、殺されるなんて嫌」


 この商隊の中に、一台だけ特に目立つ馬車があった。

 他の馬車が、幌を張っていても全部荷馬車なのに比べ、その馬車は、箱馬車と呼ばれるタイプ。

 裕福な旅人が街道を行き来するのに使う天蓋付きで、六人以上は乗れる大きめのしっかりとした造りの馬車だった。


 その馬車に乗っていたのは、最近運良く事業に成功をおさめた商人と、その家族だった。

 商人の名前は、イスフ・カンジ・ベスニ。

 臨終の床にあり、最後に孫の顔が見たいというイスフの父(隣町在住)の元へ、向かっていた途中。

 山賊騒ぎで足止めをくらいイスフ一家が焦っていたところを、運良く護衛を雇って出発するという商隊に加えてもらったのだ。

 その時、イスフは降って湧いた幸運に多いに喜んだが、今になって見れば、不幸の始まりだったということか。


「ああ、誰か助けてくれ……」


 イスフは、自分を見つめる家族達から顔を背けて、絶望の声を漏らした。


 山賊と言っても、千差万別。

 一定の通行料を払えば山路の案内までしてくれたり、荷物は奪うが命までは取らないといった交渉の余地が残る者達もいれば、全員殺すか奴隷にするといった者達もいる。

 最悪な事に、襲って来た山賊達は後者で、その性は極悪非道。

 今まで、生きて帰って来た者は、何かの弾みで気付かれなかったり、自分達のことを宣伝させる為にわざと見逃されたりした、ごく少数しかいないという噂だった。


 ただ殺されるだけならまだ幸せと言えよう。

 イスフの大切な家族。気だての良い器量良しな妻と、町でも評判の美人な娘、目の中に入れても痛くないほど可愛い息子。

 その三人に襲いかかる不幸な出来事を考え、いっそここで自分の手で殺した方が良いかも知れない、などという馬鹿な考えを、真剣にイスフが考慮し始めた時だった。


「そこの山賊共、全員ぶっ飛ばしてやるから、覚悟しろー!」


 信じられない台詞が、イスフの耳に聞こえて来た。


 同時に、バリバリと雷鳴が響き渡る。


「 ま、魔法使いだっ!!」


「何でこんなとこに!?」


「くそっ、退くぞ!!」


「逃げ遅れるな!」


 今まで、笑い声さえ立てながら護衛達を圧倒していた山賊達が、一斉に浮き足立って逃げ出し始めた。


「あ、こら逃げるんじゃねぇ!悪党どもが~!」


 先程と同じ甲高い声が馬車のそばを通り抜けて、賊を追って行く気配がする。

 周囲に取り残された商人達と、護衛集団の生き残りが、キョトンとした顔で点在しているが、馬車の中にいるイスフには見えていなかった。


「た、助かった……のか?」


 イスフが、呆然として呟いた時。


「中の人、無事か?怪我していないか?」


 女性のものだが、低く少し掠れたような声と共に、扉がノックされた。


「あ、ああ。無事だ……怪我している者もいない」


「そうか、それは良かった……落ち着いたら出て来なよ。もう安心だから」


 扉の外の声の主はそう言うと、踵を返したのだろう。

 ざりっという土を蹴る音と共に馬車から離れて行く気配をイスフは感じた。


 恐る恐る馬車の窓にかかったカーテンの隙間から、イスフがこっそり覗いてみると。

 金髪だが、綺麗に色の濃さが段階を追って分かれている珍しい髪色をした人物の後ろ姿が見えた。

 ここら辺りでは見かけない珍妙な服を着て、これまた見慣れない細身の剣を腰に差している。

 流れの傭兵か、貴族の私兵、もしくは腕の立つ遠国からの旅人のどれかだろうと、イスフは今までの経験から当たりをつけた。


 その人物は、倒れたり血を流したりしている者達に話しかけ、無事を確かめているようだった。

 横顔を見ると、意外にも幼い顔立ちをしていたのにイスフは驚いたが。

 言動から考えるに、見た目通りという事もないだろうと、すぐに思い返した。

 この大陸の遥か西にいくつかの島があり、そこに住んでいる少数民族が、大人になっても幼い顔立ちのままなのだと流れの商人が言っていたのを、イスフは思い出したのだ。王都の趣味人の間では最近、彼らを奴隷や侍女として召し抱えるのも流行っているらしいとも。


「とりあえず、礼を言わなければならないか。お前達は、ここで待っていなさい。少し行って来る」


「お父様、どうなさるのですか?」


 自分を見上げて尋ねてくる娘に、イスフは手に握っていた短剣を懐に戻しながら答える。


「どうやら、助かったようだ。賊は逃げて行った。追い払ってくれた方に礼と、怪我をしている者もいるらしいから、他の皆の様子も見てこようと思う」


「それでしたら、私も一緒に行きます。何かお手伝いできる事がある筈です」


「……スファミナ。安全と言っても、まだ完全に落ち着いたわけではない。お前に付ける護衛もいないのだ。ここで大人しく待っていなさい」


 イスフは、不服そうに自分を見返す愛娘に溜息をついた。

 スファミナ・アリヌ・ベスニは、今年で15歳になるが、お淑やかな外見とは裏腹に気が強い。幼い頃は、棒切れを持って駆け回ってばかりいて、口癖は「女騎士になるの!」だった。

 騎士になるには、才能が足りないようだと自分で気づいてからは、大人しく嫁入りの為の作法やら何やらを学んでいて、すっかり年頃の娘らしくなったと、イスフは安心していたのだが。

 人の性根は、そう変わらないものであるらしい。


「でも……」


「いいから、お前はここにいなさい。これは、命令だ。いいね」


「……はい」


 不承不承と言う感じで頷くスファミナをジロリと睨んだイスフは、次に助かったという安堵のあまり呆けている愛妻に苦笑し、その妻にしがみ付いてまだ震えている幼い息子の頭を一つなでると、馬車の扉を開けた。


 ◇----------◇----------◇----------◇


 隊商の周辺は、ひどい有様だった。

 切り捨てられた護衛達の死体が、まだ片付けられておらず、むっとする血臭と、腹を抉られた者(ただ単に漏らした者もいるだろうが)の糞尿の臭いが、混然として立ち込めている。


「…………っ」


 思わず吐きそうになったイスフだが、胃から込み上げて来た物をぐっと飲み下し、一瞬だけ顔をしかめるに止めた。


 そのまま周囲を見回したイスフは、軽傷なのに腰を下ろして動こうとしない何人かの護衛に侮蔑の視線を投げたが、荷馬車の陰に見つけた女戦士の姿に、眉間の皺を解いた。

 礼を言う為に近寄ろうとしたイスフは、地面に横たわった怪我人の上に屈み込んだ女戦士が翳した手の平から漏れ出す光に気付いて、ギョッとして足を止めた。


『ま、まさか!?』


 イスフが驚いている間に、離れた位置から見ても酷かった傷が塞がって行くのが分かる。


『ち、治癒魔法……しかも上級か』


  初級の治癒魔法は、魔法を使える者達の間では、そんなに珍しいものでも無い。だが、重傷の怪我人を一瞬で治せる上級レベルともなれば、神官か貴族の中でも特に力の強い一部の者が使えるだけだ。


『一体、彼女は……素性が分からないうちは、下手な対応はまずいな』


 イスフは、考えていたより、対応のレベルを数段階上げる事にした。


「少々、よろしいですか」


 ん、と顔を上げて自分を見る女戦士に、イスフは自分の額に両手を当て、それから胸に両手を当てるという礼をした。これを跪いて行えば最上級の礼になり、立って行う略式でも、かなりの礼を尽くしたことになるものだった。


「私は商人のイスフ・カンジ・ベスニと申します。この度は我々を助けて頂き有難うございました。深く感謝いたします」


「いや、助けるって決めたのは、もう一人の方。もうすぐ帰って来ると思うから、礼はそっちに言って」


「いえいえ、治癒魔法をかけて頂けただけで、感謝するには十分な理由です。仲間と相談しまして、お働きに見合った御礼はさせて頂きます」


 万が一にも失礼の無いようにと、イスフが神経を使った受け答えをしているのを理解したのか、女戦士は少し考え込むような顔をした後、立ち上がって、イスフに顔を向けた。


「……もしかして、治癒魔法って珍しかったりする?」


「……重傷者を瞬時に回復させる様な上級になりますと、使い手はかなり限られますな」


 質問に驚いたイスフだが、用心深く、丁寧な調子を保ったまま答える。


「あー、そうなんだ」


 少し顔をしかめた女戦士だが、すぐに表情を元に戻した。


「私達は、遠くから来たんだけど、いろいろあって仲間とはぐれて、今、探してる最中。ここら辺の事に詳しく無いので、御礼っていうなら情報を貰えるのが嬉しい」


「情報……でございますか」


「ああ。それこそ、日常生活のちょっとした事から、国政の噂話まで。その代わり、生きていて手に負える人は治療するし、そちらの行き先まで護衛もする。どうだい?」


「護衛については、本来なら仲間と相談する事柄ですが……その必要もないでしょう。ぜひお願いいたします。情報はもちろん、御礼は別に考えさせて頂きます」


 女戦士からの申し出は、願っても無い事だった。

 まとめ役の居なくなった護衛集団は、かなりの確率で厄介事を引き起こす事が目に見えていたからだ。


「それでは、もうお一方が戻られましたら、契約を交わさせてもらいます。それまで貴女様には治療をお願いできればと思いますが、いかがでしょうか?」


「ああ、それでいいよ」


 イスフの提案に、女戦士が頷いた時だった。


「な、何をするんですかっ!!」


 背後から、突然、女性の叫び声が聞こえて来た。


『スファミナ!?』


 イスフが慌てて振り返ると、馬車からいつの間に出て来たのか愛娘のスファミナが、護衛の一人に抱きつかれてもがいていた。

 加えてさきほど腰掛けて動こうとしなかった数人の護衛達も、嫌な笑みを浮かべながら周りを取り囲んでいる。


『護衛どもめ、役立たずの上にか!まったく、質の悪い!』


 イスフは、憮然としたような外見を保ちながら、内心歯ぎしりをした。

 ここで慌てたり怯えたりなどして、相手を図に乗らせるような下手な対応を見せたら、最悪、護衛達が野盗に化けることも有り得る。


「離して!離しなさいってば!!」


 冷静にと思っていても、愛娘の嫌がる声がイスフの胸をかき乱す。


 生死をかけた戦いの後、気が高ぶるものがいる。

 特に戦場をあまり経験していない若者が危ない。

 リーダーがいれば、新人であろうとシッカリと抑えが効いたのだろうが、先程の戦いで死亡してしまった今、目の前に若い娘を見て欲望に流されてしまったようだった。


『だから、馬車に中にいろと言ったのに!』


 イスフは、娘の考え無しの行動に腹を立てながら、口を開いた。


「護衛として雇った者に、そんなことをして貰っては、困るな」


「うるせえ!こんな目に遭ったんだ!少しくらい良い目見せて貰ってもいいだろっ!!」


「そうだよな。もう少しで死ぬところだった。報酬に色つけてもらわなきゃ、割に合わねぇ」


「お、お父様……」


 スファミナを捉えていた男が、イスフに顔を向け叫ぶと、その周りの護衛達も賛同した。

 こちらを見てホッとしたような顔になったスファミナに、目で大人しくしていろと語りかけ、相変わらず外面は平静を保つイスフだったが。


『言うに事欠いて、報酬を増やせだと……?結果を出さない仕事で、まだ金を貰えると思っていたのか』


 それでも呆れ返った心の内をそのまま言う訳にはいかず、イスフは落ち着いた声音で愚か者達に語りかける。


「報酬か……確かに危険な仕事だったが、最初から分かっていたことではないかな。お前達の隊長は、腕の立つ見込みのある若者達を集めた、と言っていたが」


「……隊長が」


「ああ、しっかりとした立派な若者達だから心配はいらないとな……そんな真似をしては、お前達を信じていた隊長の顔に泥を塗ることになるだろう。危険手当は考えよう。落ち着いて護衛の仕事に戻って欲しい」


「ホントか!?」


「ああ、嘘はつかん」


『今回は払うさ……もっとも二度とは仕事を頼まないし、仲間にも伝えて、ここ近辺では仕事につけないようにするが、な』


「さ、仕事に戻ってくれ」


「あ、ああ……」


 愚か者どもが頷いて身体の力を抜き、これで治まるかと思った時だった。


「いやいやいやいや。お前達、騙されてるって」


 皮肉気な声と共に、中年の護衛が荷馬車の陰から現れた。

 その場にいた年の若い護衛達がざわつく。


「え、騙されて!?」


「何が……」


「………どういうことだ」


 一人だけ、汚れも何もしていない中年の男は、顔に嫌な笑みを浮かべていた。

 トントンと、こめかみを叩きながら言う。


「ちっと考えてみろって。俺達はな、仕事に失敗してんだよ。途中で何だか変なヤツが乱入してきて、助かったけどな。あのままなら、皆殺しだ。そんな役立たずにまともな商人なら金出すわきゃないだろうが」


「え、いま、払うって言っただろ」


「ちゃんと約束してくれたぞ」


「ホント馬鹿だね。お前が抱えてる嬢ちゃんは、その雇い主の娘だぞ。娘を傷物にされたく無いからデタラメを言ったんだよ。全く、コレだから世間知らずは」


 若者達が、お互いの顔を見合わせた後、スファミナとイスフを交互に見る。


「そんな事は無い。私は約束を守る男だ」


  イスフが若者達に少し声を強めて話しかけるのを、中年の男が鼻で笑った。


「ハン。信じられるわきゃないだろうが……いや、待てよ。それなら今、払ってもらおうか」


「何……」


 あまりの台詞に、イスフが一瞬呆れて、言葉に詰まったのを良い事に、男はベラベラとまくし立てる。


「そうだそれがいい。金を貰ったら、俺は此処でおさらばするぜ。大体、あの変な魔法使いがどれだけ強くても、アジトにはまだ襲ってきた奴等の倍の数が居るんだ、早くしないと山賊が戻ってきちまう。そうなったら、今度こそ終わりだからなぁ……お前らはどうするんだ?」


「倍……それが本当なら、ヤバくないか」


「ああ、来たら今度は、殺されるかも」


「……お、俺は……死ぬのはごめんだ」


『このままでは、マズイな』


 狼狽え始めた若者達にイスフが眉をひそめた時。


「お前が、山賊を手引きしたのね!」


 今まで大人しくしていたスファミナがいきなり叫んだ。


「おいおい、いきなり何を言って……」


「一味でなければ、なぜアジトに倍の人数が居るって知っているの?それに、この騒ぎで汚れどころか、汗一つかいてないなんておかしい。きっと山賊を手引きした後、何処かに隠れてたんでしょう!」


 一気に畳み掛けたスファミナは、中年男を睨みつけながら護衛の若者達に言葉を継ぐ。


「この騒ぎを起こした張本人、そして……貴方達の隊長の敵はアイツよ!」


「ああ、そういや……」


「ま、まさか……でも」


 その場にいた者の視線が男に集中する。

 確かに男には、激しい戦闘の痕跡は微塵も無かった。

 若者達の顔に疑惑の色が浮かび始めた時、


「いやいや、勘弁してくれよぉ」


 皆の注目の的になった男が大きく否定するように手を振り、苦笑を浮かべながら、スファミナの方へ歩き出した。


「人に疑いをかけるのは良いけどな……」


 頭を掻きながら、何気ない風にスファミナとスファミナを抱えた若者の前に立った男は、一つ溜息をつく。


「……自分の身が安全じゃ無い時はやめておいた方がいいぜっと!」


 中年男と若者の間に、キラリと光が流れた思うと。


「ぎゃぁぁぁぁあ」


 今まで、スファミナを抱えていた若者が、血の吹き出した腕を抱えて地面に転がり。

 中年男が、返り血を浴びたスファミナを若者の代わりに抱えて、大ぶりなナイフをその喉元に突き付けていた。


「ひ……」


 スファミナが恐怖で硬直し、周囲の空気が緊迫の度合いを一気に増した。


「痛ぇ、痛ぇ、痛、ぐがっ」


「少し黙れ」


 足元の若者の喉を足で踏みつけた男が、煩わしそうにぐっと力いれて、そのまま踏みにじった。

 ごぼっと、口から血の泡を吹き出して若者が沈黙する。


「全く、俺は手引き専門で荒事は苦手なんだっての……」


「す、スファミナ!」


 男の凶暴さに、戦いたイスフが思わず娘の名を呼んだ。

 その様子に中年の男は、ニヤリと笑う。


「どうやら、可愛い娘を見捨てるような薄情な親父じゃないか……良かったねぇ娘さん。アンタの命をお金で買ってくれるみたいだぜ。なぁ、旦那?」


 これ見よがしに、ピタピタとナイフの腹で、スファミナの白くて滑らかな首を叩いて見せる中年男。


「……分かった。払おう。いくらだ?」


 大人しく払ったところで命の保証はない、ということを分かっているイスフだが、他に手は無かった。


「ん、そうだな……」


 中年の男が、少し考え込んだ時。


「全部やっつけて来たぜぇ!……って何してんだ?」


 中年男の背後から能天気な声が響き、一人の少年が現れた。

 素材不明の服装は全てが黒い。

 背中に背負った大剣の鞘や柄までが黒いという徹底ぶりだ。

 銀色の髪に紅い目という特異な容貌をした少年は、振り向いた中年男が手にしたナイフを少女の首に突き付けているのを見て、目を大きく見開き。


「ちょっ!そりゃ駄目だろっ!」


 と、声にしたと思った次の瞬間。


「な……」


 一瞬で。

 本当に一瞬で今までいた場所から姿を消した少年は、中年男の真ん前で、そのナイフを二本の指で摘まんでいた。


「美少女に何してんだ、おっさん。美少女は、世界の宝物なんだぞ!イジメちゃダメ。ゼッタイ!」


「な、な、なんだお前は……」


 今まで余裕を持っていた中年男の慌てぶりと言ったら、滑稽な程だった。

 顔を真っ赤にして動かそうとしているのだろうが、少年が軽く摘まんだように見えるナイフは、固定されたかの様に動かない。


「ふ……俺か。俺は……世界を穿つ神速の英雄、ジークフリート・フォン・ユグドラシルさ!」


 名乗りを上げると同時に、少年は左手で髪をかき上げる。

 その無意味な動作を隙と見たか。


「………くっ」


 中年男は、ナイフから手を離すと、懐に手を差し入れた。

 別の武器を取りだそうとしたらしかったが。


「甘いって……」


 周囲の人間が、注目していたのにも関わらず、またもや、途中の動作を飛ばしたような現象が起きていた。

 少年は、いつの間にか男からスファミナを奪い返して片手で抱え、ナイフを押さえていた筈の手を中年男の鳩尾に人差し指を伸ばす形で突き付けていた。


「BANG!」


 イスフには聞き慣れない呪文を、一言少年が唱えたかと思うと、中年男は身体をくの字に曲げ後ろに吹き飛んだ。途中で荷馬車の側面に当たって跳ね返され、そのまま地面に崩れ落ちる。


『短詠唱呪文……』


 イスフは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 背中に背負った剣がハッタリでないのなら、魔法剣士ということになるのだろうが、短詠唱で魔法を使える魔法剣士など、イスフは今まで聞いたことも無かった。

 英雄という名乗りも、まんざら嘘では無いのかも知れないと、イスフは思う。


 イスフが、固まったまま動けないでいるうちに、少年はスファミナを軽々と抱きかかえたまま歩を進め、こちらに近づいて来ていた。


「お前、怪我は無いか?」


「はい……助けていただいて有難うございます……ジークフリート様」


 少年の、いささか乱暴な口調だが、スファミナを心配しての問いに、娘が他所行きの声で答えているのを聞いて、イスフはギョッとした。


『ま、まさか……』


 自分の目が信じられないイスフだが、間違いなくスファミナの頬が紅く染まっていた。

 今まで、一度も浮いた話の無かった娘の、もしかしたら初恋なのでは無いだろうか。

 騎士になりたかった娘としてみれば、自分の危機に駆けつけ、あっという間に敵を倒した少年は、まさに理想の騎士なのかもしれない。

 しかも登場した時の台詞からすれば、少年はこの短時間で、山賊を、アジトにいた者達も含めて、あっさりと倒して来たらしい。


「英雄……か」


 思わず漏らした一言に、その背後で女戦士が引きつった顔をしていたのだが、少年に注意を奪われたイスフは、終ぞ気づくことは無かった。

お気づきだとは思いますが。

ジークフリートは、長谷一哉です。

単純な戦闘能力で言えば、6人の中で一番かも?

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