選択
第三話〈選択〉
「それじゃ、皆、手元の資料見てみて」
康介が、落ち着いた声で指示を出す。
資料をいちばん先に読み込んでいたことから、流れで康介が仕切り役になったのだが、寅寿としては文句無しの展開だった。
『何かを決める時にゃあ、康介が指揮してた方が間違いないしな。こんなトンデモない事になる時に康介と同じ班だったのは、さすが、俺。運良いなぁ』
周囲をさり気無くみまわすと、微妙な顔付きをしている者が多いが。
『ま、直ぐに康介の凄さを思い知ることになるからな』
ふふんと、寅寿は心の中で笑っておく。
「かなり微妙な表現が多いのが分かる?まず世界の定義だけど。『ファンタジーな異世界』と一口に言っても、それこそお伽話や伝説、神話みたいな不条理に溢れたものから、魔法も何もない普通の中世のような世界に至るまで、一括りに呼んでるみたいなんだ」
「……えーと、どういうことかなー?」
淡々と説明して行く康介に、有海という少女が、首を傾げて聞き返した。
何だか知らないが、寅寿のことをやたらと殺気立った眼で見る変な少女だ。
殺気とは違うのかも知れないが、見られると何やら寒気が走って、身の危険を感じるのだから、殺気に分類して間違いはないだろうと思う寅寿。
時々、口の端を片方だけキュッと吊り上げニヤリと笑うのが、寅寿にとって駄目押しに気持ち悪い。
『せっかく可愛い顔してんのになぁ。恰好もヒラヒラのピラピラで、可愛いのになぁ。殺気さえなければ、好きになったかもしれないのになぁ』
寅寿の知識では、ヒラヒラのピラピラになってしまっているが、有海のファッションは、所謂ガーリッシュ系で、ほどほどにセンスよくまとめてある。
おまけに筋肉に並々ならぬ拘りがある有海は、理想的なバランスを保つ為に運動は欠かさない上に、某デパート美容部員の姉にしっかり仕込まれているので、お肌などの手入れもきちんと行い色白でツルツルした卵肌を保っていた。
これで中身さえどうにかすればモテるのに!とは有海の通う女子高の同級生の台詞だが。
有海本人にとっては、男性は掛け算をする対象なので、今まであまり自分と結びつけて考えたことはない。
閑話休題。
「ここに、小さい字で『※選んだ能力であなたと世界の関係が決まります。良く考えて慎重に決定して下さい』と書いてるんだ」
資料を身体の前にかざし、その箇所を指差しながら、康介が有海だけでなく、皆を見渡す。
「そして、こっちには『※ほとんどの能力は、その世界の住人が使える能力の中から選ばれています』となってるんだよね。それで、ココからココまでのページには選べる能力の例一覧があるんだけど……A、B、C、Dの4つに大まかにカテゴリーに分けられてて、仮にテーマを付けるならAが『神話系』、B『魔法系』、C『能力系』、D『技術(技能)系』になると思うんだ。ここまではいいかい?」
寅寿を含め、皆が頷く。
「で、ここに本当に小さい字で『※組み合わせが出来ないものもあります』ってなってる。今の事から、僕なりに考えて見たんだけど、結論はこうなる。『一つ、選んだ能力によって行く世界が変わる。二つ、世界の法則に矛盾する組み合わせの能力は発動しない。これは個人の能力限定じゃない。班員同士の組み合わせでも起こると思う。そして最後のが一番きついんだけど、三つ、死亡したらそこで終わり。治癒はあっても蘇生はない。他にも解釈が思いつくかもしれないけど、これ以上、厳しい条件を思いついた時だけ発言してくれるようにお願いしたいな。条件を甘くしても良い事ないからね」
まとめ終わった康介が、質問は、と聞くと。
「はい」
麻世が即座に手を上げた。
「どうぞ」
「前の二つは良いとして、最後のは、どこから導き出されたものなのでしょうか?それらしい文章は無かったと思うのですが」
「ああ、言葉が足りなかった。ごめん。確かに直接言及している箇所はない。だけど、例として上げられてる能力の一覧表、とくにAの神話系にすら『蘇生』または『不死身』に類する能力が載ってないのは異常だ。神話やお伽話では、『蘇り』『不死身』というキーワードの出現率はかなり高い筈なのに、それが無いということは……高確率で『蘇生』が無い証拠だと思うんだ」
「なるほど、分かりました」
こくんと頷く麻世が康介を見る顔から、いくらか険が取れたのを寅寿は見逃さなかった。
「ただ……隠されている可能性はあるかも知れないね」
「隠されてるって、何でだ?もしかして見つけたら、展開が有利になるボーナススキルってヤツ!?」
鼻息を荒くして発言したのは、一哉だ。
期待に満ちた一哉の視線に、だが康介は首を振る。
「さっきも言ったとおり、Aのカテゴリーには、天変地異や確率操作系まであるのに、『不死身』系がないのが不自然で明らかに意図を感じるけど、隠されてるとしても相応の理由がある筈だし、有利かどうかは分からない。もしかすると、それを望んだら、その時点で試験失格なのかもしれないね」
「ちっ、トラップの可能性もあるって事かよ。本当にそうだとしたら、この出題者、かなり性格悪りぃな」
冷静な康介の意見に、忌々し気に拳をもう片方の掌に叩きつける一哉。
「ふん、電波野郎の割には、筋道立ってるじゃないか。仕方ない、本当に電波かどうかは別にして、アンタに方針任せた方が良さそうだな。皆はどうだい?」
今までの遣り取りを黙って見ていた七星が、ぐるりと皆を見渡した。
「ナナとマヨッチがいいなら、アタシは良いよー」
軽く有海が応じたのを皮切りに、残りの者も口々に肯定した。
それに対して、康介は軽く頭を下げて見せる。
「受け入れてくれて有難う。それじゃ早速、決めて行こうか。時間は、たっぷりあるように見えるけど、真剣に話し合うならぎりぎりだと思うからね。ええと、試験問題は仲間と相談して欲しい能力を選ぶということだけど……ここは、それを逆手に取りたい。選んだ能力で世界が決まるということを前提とすれば、どんな世界に行きたいかをまず決めてしまう。それから、その世界に矛盾しないと思う能力を選べば、行き先をある程度操作できると思うんだ」
「なるほど、なるほど、コウも頭良いんだね。これは楽出来ていいかも」
有海が、コクコクと頷いた。何時の間にか、康介のことを「コウ」と愛称で呼んでいる事に、寅寿は呆気に取られた。
『親友の俺でさえ、「コウ」なんて気安く、呼ばせてもらえんのに……コイツ侮れん』
「ちなみに、私はせっかく行くんだから魔法を使って見たいです!空を飛んでみたいです!猫耳娘さんとか希望です!!」
「お、俺は最強がいい!神様クラスの能力が欲しい!」
有海の主張に、お調子者の一哉も慌ててまくし立ててきた。
早い者勝ちと言うわけでもないが、欲しい能力が被るようなら先に希望を述べた方が有利になることがあるかも知れないな、と判断した寅寿も続けて手を上げた。
「俺は、殴り合い強化がいいかな。男は拳だよな」
「いや、ちょっと待って。だから、どんな世界に行きたいかが先だよ。今のところ、ちゃんとリクエストしてるのは、高井さんだけじゃないか。トラも釣られてどうするんだ」
「あ……」
『アホに釣られてしまった…』
がっくりと項垂れる寅寿を、鼻で笑って七星が口を開いた。
「心友のアルミには悪いが、安全を考えるなら、ファンタジーとは言っても、魔法とかが無いこっちの世界の中世レベルあたりのが良くないか?」
「……そうですね。やっぱり安全策を取ったほうが……魔女っ子とか無理ですね……」
七星の意見に、少々がっかりした様子の麻世が、力無く同意する。
「かぁっ!何言ってやがる。魔法や能力バンバン使って、最強目指さなきゃ行く意味がねぇだろ!!!これだから、女は嫌なんだよっ。なぁ、トラもコースケも分かるよな!?」
『く……面白そうだが、ここで頷いたら、コイツと同レベルになるのか!?』
一哉に同意を求められた寅寿が、じっとりと汗をかきながら、康介に視線を走らせると。
「最強は、やめた方がいいね」
「えーーーー!!何でだよ!」
不満と言う文字を顔中に貼り付けた一哉に、康介は苦笑しながら、理由を述べる。
「忘れてるようだけど、ここにある能力は、僕達だけが使えるんじゃ無いんだ。飛ばされた先にも使える存在がいることになるんだよ。うっかり神話系の能力を選んだら、神様と戦うハメになりかねない。下手すると、あちらは、普通に不死身だったり、生き返ったりするかも知れないよ。何せ神様だからね。絶対神なら勝負にもならないし、多神教や邪神世界でも、まず勝てないと思う」
「ちょっ、あっち側がチートしてる世界かよ。そりゃ、遠慮する。ヤバすぎだっての」
「そっかー。マヨッチとナナとコウが反対するなら、残念だけど魔法は諦めることにする……」
しょんぼりとした有海に、康介は軽く首を横に振った。
「いや、カテゴリーBにあるものは問題ないと言うか、魔法なんかは積極的に選ぶべきだと思う。これは試験だから、課題通りどうにかして社会的に成功しないといけないんだけど、普通の中世レベルの世界にしちゃうと、ただの学生の僕らでは生き残ることすらも難しくなりそうだよ」
「だが、魔法が当たり前の世界だと、物理的な手段を防ぐのと違って、何を警戒して良いかわからないうちに殺されたりしないか?」
康介は、七星の懸念に頷いて見せた。
「確かにそれはあると思う。でも、考えてみて。中世って物語の中では綺麗に描かれてるけど、下手すると下水処理が悪くて衛生状態がかなり酷かったり、病院も無かったり、治安もあまり良く無いのが普通だと思うんだ。そんなとこに、こっちの世界での「常識の範囲で強い」人が行って、生き残れると思うかい?」
「なるほど、格闘技の世界チャンピオンでも、武器を持った複数のヤツらに囲まれたら危ないってことか」
「そう言うこと。だから、狙うのは魔法や能力の使い手が特権階級な世界かな。あんまりレア過ぎて狩られたりするのはまずいけど、そこらへんは可能な限り調整する。と言っても、ある程度運任せになるのが悩むところだよね」
「そんな調整が可能なんでしょうか……?」
「ええと、鈴木さんは、魔法を誰でも使える世界と、限られた人だけが使える世界の違いはなんだと思う?皆でそれを考えて、と思ってるんだ」
「そうですね……」
康介の問いに、フワフワ髪の頭を傾けて考え込む麻世に寅寿は。
『可愛いなぁ。機会があったら頭撫でてみたいなぁ』
ボーッと考えていた。犬猫や小動物が割と好きな寅寿にとって、麻世は目一杯、愛護心をそそる相手だった。
『あっちの世界に行ったら、護ってやんないとなぁ』
寅寿が、勝手にそんなことまで考えているうちに。
考え込んでいた麻世が口を開いた。
「魔法を使うことが特権的なら身分制度には大きな違いが出ますけど、これは世界を選ぶ手段として対応する能力が思い付きませんし……やっぱり、日常の暮らしに関わることでしょうか。講習で火を付けるやり方を習った時、かなり苦労したんですけど、魔法が使えれば苦労しなくてもすむでしょうし…」
自信なさげな口調の麻世だったが。
「うん。鈴木さんと僕は同じ結論だ。魔法を使えない人と使える人が程よく混じった世界には、科学と魔法が両立していると考えれば良いと、僕も思う」
康介は大きく頷き、隣にいる麻世に、ニコニコと笑いかけた。
「…………あ、はい」
いきなり親し気な笑顔を向けられた麻世は、少し戸惑った風だ。
康介に妹が3人もいることを知っている寅寿は、麻世に対する康介の態度にも納得が行くが。
『こ、康介!普段、感情を抑えてるお前が、それはマズイだろう……誤解を受けてるかも知れんぞー」
恐る恐る周囲を見回すと女性陣の視線に、若干警戒の色が混じってるのが分かった。
電波野郎と思われていた最初の頃に近いかも知れない。
『さすが、フラグクラッシャー康介。頭の良さとかでかなり好感度アップしてたはずなのになぁ』
寅寿が内心で、残念な友達を残念がっていると。
康介は何も気付かず、また話し始める。
「具体的にだけど、例えば、Bカテゴリーから飛行魔法、Cカテゴリーから乗馬を同時に選んだとしたら、『魔法を使う人は飛んで、使わない人は馬で移動する世界』か、『魔法を使う人でも普段は馬で移動する世界』になると思うんだ。同じような対比の能力なら、料理関係とか、鍛治関係とか、建設関係、医療関係なんかもそうかも。鈴木さんはどう思う?」
「……そ、その通りだと思います」
ロリコン疑惑を駄目押しするように、麻世に意見を求めてしまった康介から、じりっと心持ち身体を離しながら、それでも冷静に麻世は頷いて見せた。
「つぅことは、何だよ。魔法とか能力選ぶのは良いけど、あんまり強くなくて、日常に使えるくらいのを選べってことか?」
KY一哉が、KYにだけ出来るタイミングで救いの手を差し伸べた。
少々、おかしなことになりかけていた雰囲気が、変わる。
「いや、神様が出てこない程度で出来るだけ強い魔法や能力を選んで欲しい。奥の手というヤツだね。魔法の強さが特権のバロメーターになってることもありそうだし。成り上がる為には、そのくらいのアドバンテージは持ってないと」
「マジか!やったぜぇ。そうこなくちゃ、面白くねぇ。何を選ぶとするかな」
ウキウキと能力の一覧表をながめ出した一哉から始めて、皆を見回しながら、康介が言う。
「とりあえず、今までの話し合いを参考にして、各自欲しい能力を選ぶことにしよう。後で組み合わせが矛盾してないかどうか、皆でチェックし合って調整って言うことで。能力はダブってても構わない。整合さえとれてればね。今の自分の特技に付加価値をつける方向で能力を取るのも良いと思う」
康介の意見に頷いた皆が能力表を真剣に見始めるのを横目に、寅寿は康介に尋ねる。
「ところで康介、異世界に飛ばされて、それきり帰って来られないって危険性は無いのか?」
「あ、それは大丈夫だと思う。何故か帰ってこられないという予感はしない。試験の前にあった説明でも安全性については、くどい程保証してたし。嘘って言う感じはしなかったから」
あっさりと頷く康介に、寅寿はふぅっと安堵の息をもらした。
「悪いな。康介が逃げようと言わないから大丈夫だとは思ってたんだけどな。はっきり言ってもらえると、安心するわ」
「それだけが、取り柄だからね。さ、僕達もさっさと選んじゃおう」
「おう」
寅寿は、大きく頷き、能力表を見始めた。
『あ、そういや……っと、まぁ、後でいいか。何があっても康介と一緒にいれば、そんなに悪いことにもならないだろうしな。判断に迷った時は、その都度聞けばいいし、楽なもんさ』
と、心の中でだけ呟いた寅寿は、後に、ちゃんとその場で聞いておけば良かったと悔やむことになった。
なかなか異世界へ旅立ちません……が、次は必ずー。