仲間
掴みにしっぱいしてるかなー。
第二話〈仲間〉
高井有海は、目の前の試験用紙の内容に戸惑っていた。
『同じ班の仲間と相談して、欲しい能力を選んで下さい……?』
視線を上げると、他の五人の班員も、同じように困惑した顔付きをしているのが分かる。
試験に集まった人数は、年齢も学年も様々な24人。
席名札に書いてあった番号で呼ばれ、6人づつ4つの班に分けられた後、今回の試験の内容を説明された。
あまりの荒唐無稽さに、有海は悪い冗談を聞かされている気持ちになった。質問禁止と事前に言い渡されていなかったら、質問攻めにしてしまっただろう。
それから移動を命じられ、班ごとに小部屋に割り振られたのだが、そこには、ディスカッションしやすいようにと整えられていた可動式の机と椅子が置いてあった。
適当に着席し、机の上に伏せてあった試験用紙の内容を確認して更に混乱が深まったのが、今の状況だ。
「ええと、これってどういうことだと思う?あ、顔は見たことあっても話すのは初めての人が多いから、自己紹介しておくわ。俺、山田寅寿、同じ班になったんだし気軽に『とら』って呼んでちょ」
有海の斜め向かい側に座っていた少年が、口火を切った。
軽い口調のくせに、名前と見かけは、体育会系。
服装もアーミールック統一で、足元はゴツいブーツ。
一歩間違えればドン引きされかねないファッションセンスだが、その上に乗ってるキリッとした顔で全部をカバーしてお釣りが来ている。
『イケメンは、どんな格好してても、それなりに様になるなぁ』
今時珍しく髪も染めず、髪型にも気を遣っていないダメダメさ。なのに細身でバネのある身体付きとバランスが取れているように見えてしまうのも、イケメン効果か。
『それだけじゃない、きちんと絞り込んでいるからこそ、あの身体のラインが出ると見た!むむ、ダンス系とかじゃないな、格闘技系かな、防御の為の脂肪を考慮してないところを見ると……打撃オンリー系か合気系か、どっちかは、まだ分からないけど……引き締まった良い筋肉だわぁ。腐ふふ」
束の間、筋肉鑑定人モードになる有海。
顔より筋肉という主義の有海は、鑑賞に耐えうる対象に舞い上がり、試験をうっかり忘れかけたが。
「はい」
と、隣に座っていた少女が手を上げたことで、現実に引き戻された。
栗色のふわふわ猫毛をボブカットにした少女のことを、食べちゃいたいくらい可愛いなーと、有海はさっきから思っていた。夏休みだというのに真面目に着こんでいる制服から、有名な私立学校に通っているのが分かる。有海を含む一部の特殊な趣味を持った人間からすれば、まさにプレミアムものだ。
周囲を見回した少女は、皆が、頷くのを見て、外見にぴったりの可愛い声で話し始めた。
「私は鈴木麻世って言います。中学二年です。どうして年上の方ばかりの、この班にいるのか分かりませんけど、精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げる麻世。
『ぎゃー、何、そのかわゆさ!お姉さん、鼻血でそう』
有海の好感度は、すでにMAXを超えていた。
内心はぁはぁしている有海の隣で、麻世が、より有海を萌えさせる可憐な声で話し続ける。
「それで試験のことですけど、さっきの変な説明が本当だと思えませんから、きっと非現実的な課題で頭の柔らかさなどを見る試験じゃないでしょうか。『ファンタジーな異世界に送られる』と言ってましたから、そのつもりになって、どんな能力が必要かを考えるということなのかと思います」
『何てしっかりした意見なの……可愛いのに頭もいいなんて、マヨッチは完璧超人!?』
既につけていた「心の渾名」で呼びつつ、当を得た意見を述べる麻世に感心する有海。
「まぁ、そんなとこだろうね。お前、中坊のわりには、賢いじゃん。にしても……あーあ、つまんねぇ。異世界ってのが、本当なら良かったのになぁ」
はぁ、と大げさな溜め息をついて見せた少年に、有海は、眉を寄せた。
『マヨッチを『お前』とか……年下だからって、何、その上から目線。お前こそ見下してるマヨッチに、自己紹介をしない時点で、人間として負けてることに気づけ!しかも異世界が本当だったらとか……リアル中学二年生のマヨッチと違って、お前、中身が中二だな!しかも重症に決まってるよ!お前のあだ名は「厨房」決定だこの野郎』
自分を棚に上げて、内心、少年をこき下ろしまくる有海。
少年の服は、マイナーだがファッションに関心がある者なら注目しているブランドを上手く組み合わせていて、かなりセンスが良い。
染めてはいないが髪型や小物にもさり気無く気を配っていて、レベルが高い。
それがまた、有海をムカつかせていた。
「なんか、すげぇ塾だからって、うちのババァに言われて無理矢理連れてこられてさ。二週間もアウトドア初級編とか、初対面の挨拶の仕方とか、非常時の心構えとか変な授業受けさせられてさ、こんな試験で終わりって、馬鹿みたいじゃん俺……はぁ、まったくやってらんねぇ」
口を尖らせるという、子供じみた仕草をしている少年に、有海は心底呆れ返った。
「気持ちは分かんないでもないけど、そんなことを言ってても仕方ないだろ?」
その少年と、山田寅寿を挟んで反対側に座っていた少女が、口を開いた。
背中がぞくっとするようなハスキーな声だった。
綺麗にグラデーションをつけて染めた髪が、山猫を思わせる。
服装もカジュアルパンクというのか、ドクロマークのシャツに、レザーパンツを合わせて、可愛いというよりは、格好良い系でまとめてる。首元のドクロのチョーカーとゴツいリストバンドが良い感じのアクセントだ。
正直、有海の趣味ではない服装だが。
『しなやかで質の良い筋肉……ある意味、女性の筋肉として理想かもー』
違ったところで高評価を下していた。
「アタシは、大場七星。最初に言っておくけど、大バナナって呼んだら殺すから。それ以外なら、どうとでも好きに呼んでいいよ」
「おおばな…」
七星は、ぷっと吹き出しかけた先程の少年を、剣呑な一睨みで黙らせると、吐き出すように言葉を投げつけた。
「自分の名前も言わないやつに笑われる筋合いはない。何か言いたけりゃ、名乗ってからにしろ。名前は?」
「あ、ああ、俺は、長谷一哉……」
ようやく名乗った一哉に向けて、フンと鼻をならした七重は、ぐるりと周囲を見回して、再度口を開いた。
「不平不満言ってても仕方ない、よく分からない試験なんか、さっさと終わらせるってことでいいんだろ?他に意見あるなら、って、ああ、まだ名前聞いてないのが2人いたな。ちょうどいいや名前と一緒に、アンタから意見を聞かせてくれ」
そう言って、正面に座る自分を真っすぐに見つめてきた七星に、有海はふっと笑みを浮かべると、ゆっくり口を開いた。
「わたしは……高井有海……」
「……たかいあるみ、だって?」
名乗った途端、くわっと目を見開いた七星に、有海はひとつ頷いて見せる。
「そう、そして、マイダディの名前は『テツヤ』……」
「!!……アンタとは親友になれそうな気がする」
「ナナ……」
「アルミ……」
熱い視線を交わし合う七星と有海。
まさにこの瞬間、二人は、心の友となった。
しばらく、見つめあった後。
「あ、悪い。続けてくれ」
我に返った七星が、有海の発言を促す。
「うん、そうだね。えっと、試験だけど、私もマヨッチの言うとおりだと思うな。というか他に思いつかないし、マヨッチの意見も聞いて始めてそうかって思ったくらいだし。マヨッチ天才じゃない?それに可愛いし、仲良くしようねー」
「まよっち……」
思わぬ渾名に呆然とする麻世を、そんな顔も可愛なー、抱きしめたいなー、と思いながら微笑みかけている有海。
雰囲気がぼんよりとしかけたところで。
「大体、そんなとこか。康介は?」
最初に発言した、有海の好みの筋肉を持つ寅寿という少年が、最後の班員に声をかけた。
今まで熱心に、試験用紙と一緒に置いてあったプリントを読んでいたらしい少年が、その声に顔を上げる。
「あ、僕は、藍田康介って言います。この「トラ」とは、小学生の時からの腐れ縁」
「腐れ縁は、酷いな。俺達は親友だろ親友」
「毎度毎度トラブルに巻き込む奴は、親友なんかじゃない。腐れ縁だろ。まぁ、それはともかくとして」
不意に真剣な顔になった康介は、皆をゆっくりと見回し、そして言った。
「とても信じられないと思うんだけど、よく聞いて欲しい。さっきからの皆の意見聞かせて貰った。普通なら、それで正解だと思うけど。残念ながら……『異世界に飛ばされる』というのは、多分、本当」
『じゃ、邪気眼系キターーー。ぎゃー、いちばんマトモぽかったのにー。トラとコウのカップリング楽しんでた私のどきどき妄想派純情を返せーー!」
「はっ!アンタ何を……」「マジか!!!」
有海が心の中で悲痛な(?)叫び声をあげていた時。
失笑という感じで何かを言いかけた七星を遮って、寅寿が、大声を出した。
かなり、ショックを受けているように見える。
「本当だよ。自分でも信じたくないけどね。最悪、トラだけは信じてくれるだろ?」
「もちろん。康介が言うなら信じるしかないだろ。うわぁ、マジかよ」
『おや、これはこれで、なんか良い感じではないですか、腐ふ?』
有海が、香ばしい台詞の応酬に、ニヤリと笑みを浮かべた時。
「おいおい、何だよ、いきなりこの展開は。テンプレもいいとこじゃないの。本当なら嬉しいけどさぁ。何を根拠に、そう言うのか教えて貰わねぇと、さすがに信じられねぇよ」
七星にやり込められて凹んでいた一哉が、勢い込んで会話に入ってきた。
『うわ、目がキラキラしてる。コイツ分かりやす過ぎ』
有海が、内心げんなりしていると。
「コイツと同じ意見なのは、ムカつくけど、アタシも理由を知りたい。それでも信じられないかもだけど」
七星が、重ねて言った。
麻世も小さく頷きながら、隣の康介を見上げる。
「あー、何て言やいいんだ?」
皆の不信げな様子に、頭を掻きながら寅寿が康介を見ると。
「そうだね。証明自体は不可能じゃないけど、時間がかかるから、この場では無理だね」
皆の視線を集めた康介が、あっさりと断言した。
「ちょ、そりゃないだろ……」
文句を言いかけた一哉を片手を上げて抑えると、康介は言葉を継いだ。
「こう考えてくれないかな。どっちみち試験で答えは出さないといけないだろ。だから、馬鹿にしていい加減に結論を出すんじゃなくて、もし本当に飛ばされるとしたら、と仮定して真剣に話し合うんだ。もし僕の言った事が嘘でも、試験に真剣に取り組む事は無駄にはならないだろ?」
「なるほど……信じなくても良いって事か」
康介を見る目が少し和らいだ七星が頷く。
「そうですね……正直、藍田さんの意見は信じられませんけど、最初から試験に真剣に取り組むつもりでしたから」
やはり、年下と思えない内容で麻世が肯定し。
「ナナとマヨッチがそういうなら、私もいいよー」
有海も笑って見せる。
「オーケーオーケー。もともとそっち系は嫌いじゃねぇから、望むところじゃん」
相変わらずの一哉が賛成すれば、問題はなく。
「おー、まとまったな。良かった良かった。言っておくけど、康介は本物だからな。後悔したくなかったら、本当にホントにほんとーにマジで話し合おう」
『おー。親友の為に必死になる少年の顔というのは、いいですなー。腐ふふ』
最後にくどいほど念を押す寅寿に、有海が余計な感想を抱いた時が、六人がチームとしての第一歩を踏み出した瞬間だった。
まぁ、ファッション描写については、系統によって作者がよく分からないものは変かもです。
適当にかっこ良かったり、ワイルドだったり、可愛かったりしてると思って下さい……。