プロローグ
ぼーっと書いていきます。
プロローグ(博士の異常な感情)
とある地方都市の郊外。
最近、開発された新興住宅地から少し、いや……かなり離れた山の中腹にその屋敷はあった。
元はさぞかし名のある者が住んでいたのか、かなり贅を凝らした造りなのだが。
今は碌に手入れもされていないのだろう。
周囲の森に半分飲まれかけている始末。
おりしも今は、真夜中。
満月ということもあって、周囲はかなり明るいが、月光に照らされた屋敷は、どう見ても無人の廃屋。
例え住んでいたとしても、幽霊だけではないかという風。
そのお化け屋敷の半地下の部屋。
天井にほど近い場所にある明かり取りの窓から差し込んだ月の光が、一人の青年の影をぼんやりと床に浮かび上がらせていた。
「ついにこの時が来たかっ!! 来てしまったというのかっ!!」
幽玄と霞む世界にあって、一人青年だけが、欝陶しいくらいの存在感を示していた。
「見よ! ついに僕はやり遂げたのだっ!」
しばし、闇に沈んだ半地下室の天井に顔を向け何かを耐えるように身体を震わせていた青年だったが。
「まぁ、感激はこのくらいにして、と」
いきなりテンション下がりまくりの、どこのボーカロイドですか、な声音で呟いた。
「いやぁ、長かった。 爺ちゃんが若い頃からって言うから、かれこれ半世紀以上?……三代に渡る研究が完成しました、まる、っと」
手元のノートパソコンに打ち込み、上書き保存した文書を、今までの資料や何かと一緒にネット上の複数の場所に保管する。
一見、大切なものを保管する方法としては、間違っているようにも思われるかもしれない。
だが、特に誰も注目してないという条件下なら、適正な暗号化さえしておけば、かなり安全と言って良い。
少なくとも、長期間留守にする無人の場所に、物理的な何かで残して行くよりは、よっぽどマシだ。
物理的な記録は複製を作れば作るほど、機密漏洩の危険性が増えるが、かと言ってオリジナルをひとつだけにした場合、まかり間違って盗まれたり、焼失したりでもしたら、目も当てられない。
「さて、後は実践とデータ取りって……何気に一番面倒だよなぁ」
相変わらず、抑揚に乏しい声音で独り言ちる青年。
「何で僕の代で完成しちゃったかなぁ。 はぁ。 僕が天才すぎるのがいけないのだけど、それにしてもなぁ」
年齢は二十代半ばと言ったあたりか。
とくに美形でもないし不細工でもない至って平凡な顔。
そこに面倒くさいという表情を貼りつけた青年は、名前を「白戸三郎(しらどさぶろう)」という。
突っ込まれる前に言っておくが、某ホワイトファミリーとは、何の関係もない。
なおかつ、上に兄や姉がいたりもしない。
「三郎」という名前は、研究を始めて三代目というナンバリングなのだ。
「白戸・ザ・サード」……そういうことだ。
「面倒だよなぁ……はぁ」
三郎は、もう一つ切な気な溜息をつき。
あまり手入れをしていない故にぼさぼさの黒髪を軽く片手でかき回して唸った。
「むぅ。 とりあえず、ぼっとしてても仕方ない。 始めるしかないか……ええと、理論は完璧だから……残る問題は、この寄せ集めの部品で作った装置の信用性の検証……あ、いや待てよ。 何よりも先に装置に名前つけないとか」
ふむ。
と、これだけは、誰にでも褒められるしなやかなでなめらかな手(いわゆる怠け者の手とも言う)、その左手の人差し指と親指を顎に当てて考え込む三郎。
「『次元転移偏在粒子不確定上書き装置』とか、いちいち呼ぶの面倒だしな……というか、考えるのも面倒……もう『凄い特殊装置』略して『STS』でいいや、短いし」
極めてなげやりに名前を決めた後、三郎は、これだけはデジタル化していなかった資料を取り出した。
「完成後に開封のことか……」
古びた油紙に包まれた一冊の帳面。
そこには、三郎の祖父が、何を目指して研究を始めたかが書いてある筈だった。
「こっちは、母さんのと……」
自分の父親から研究を受け継いだが、研究そっちのけで世紀の大恋愛の末駆け落ち、離婚、あげくに飛行機事故で死亡と、ハリウッド映画並のドラマティックな人生を送った母親からのメッセージが入っている筈DVDを引っ張り出す。
「どれどれ……一体何が……」
一時間後。
マッドなドクター三代目こと白戸三郎は、頭を抱えて床に崩れ落ちていた。
「ファンタジーな世界で、天下無双な英雄で、ハーレムエンドって……ギャルゲーRPGもない時代にどうやってそんなご都合主義な展開を思いつけるのか……天才すぎますお爺さん」
古びた帳面には、確かに三郎の祖父の夢が記してあった。
本職かと見まごうばかりの写実的で美麗な筆致の挿絵まで付けられた「それ」は、端的に言えば極めて「廚二病」的だった。
若気のいたりでは済まされない、青春の甘酸っぱい黒歴史確定という感じだ。
こんなものが、うっかり人目に晒されでもしたら、もう恥ずかしくて街も歩けないレベル。
「吾輩は、いつの日にか辛い現実を離れ、理想の世界に旅立たん……ってただの現実逃避じゃないか」
喉の奥から、苦鳴がもれるのを抑えられない。
おまけに。
「男装の美少女、女装の美少年、どっちもありありって……それだけの内容を三十分も熱く語り続けるなんて、お母さんがそんな人だとは思わなかった」
知らなかった自分の親の本性に、追い打ちをかけられている三郎。
かなりへこまされたかに見えたが。
「……と、まぁ、落ち込むのはこれくらいにして」
すっくと立ち上がり、何事もなかったように冷静な顔つきに戻る。
人生のほとんどの時間を、STS開発に注ぎ込んでいた弊害か特性か、立ち直りだけは早い。
いちいち落ち込んだり興奮していては、時間を無駄に消費するだけだからだ。
「まぁ、遺言だし、出来るだけ近い形には……はぁ、面倒臭い」
STSに向き直り、何やら一連の操作をし始める。
「……よし、タイマーをセットして、と」
操作を終えると、雑然とした部屋に不自然に空いたスペースに移動する。
その部分の床には、透明な強化ガラスが嵌め込みにされており、下には光ファイバーによって複雑な紋様が描かれていた。
見る者が見れば、それが魔法陣と呼ばれるものだということが分かったかもしれない。
タイマーのカウントダウンが進み、魔法陣の輝きが眩しいほど強まる。
三郎の姿が一瞬、瞬いたように揺らぎ。
次の瞬間、床に転がっていた。
「ぎゃー! 痛い痛い……って、あれ? 痛くない?」
ハァハァと荒い息をつきながら、起き上がった三郎は、自分の身体をペタペタと撫で回し。
はぁ、と大袈裟な溜息をつくと床に座り込んだ。
「……なるほど、身体情報は一方通行だったよ、そう言えば。 ……にしても、その瞬間は痛いし、怪我レベルだと痛みがずーっと続くな、もしかしなくても……」
ぶるっと身体を震わせた三郎は、あーとうめき声を上げて、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき乱し、身体を縮こまらせた。
チワワのように震えていた、と見えたが。
「……と、まぁ、悩むのはこのくらいにして」
ぽんぽんと、埃を払いながら立ち上がると、何事もなかったかのように感情を削ぎ落とした顔つきに戻り。
「こんな嫌なこと、僕がやる必要無いよね。 他人にやらせれば問題ないか」
鬼畜な台詞を淡々と呟いた。
こうして、物語は始まる。




