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絶対にダンジョンに入りたくないオヤジ VS 絶対に入ってきて欲しいダンジョン

作者: もちべえ
掲載日:2026/09/25

 日本にダンジョンが生まれてからすでに10年。


 ここに一人のオヤジがいた。名を岩山一徹。

 中途半端に禿げ上がった頭と、いかつい顔面を持つ頑固者で、現在では絶滅危惧種を通り越して、すでに一度絶滅したレベルの希少生物である。


 彼はダンジョンの入り口から50mのところに住んでいる。

 別にダンジョンが好きで引っ越してきたわけではない。

 奴の方からやってきたのだ。


 10年前のあの日から、周囲の様子は一変した。

 かつては住宅と小さな商店があるだけの通りだったが、いまではダンジョンギルドをはじめとした探索者用の施設が軒を連ねていた。


 だが、彼の家がある一角だけは当時のままである。


 小さな木造の平屋建てで、築50年。

 いい加減なおんぼろさだが、建て替えることは計画していない。

 単純に金が無いからだ。


 正直、売ってしまえばいい金になる。

 朝も夜もなくやってくる探索者たちはガチャガチャ音を立てて我がもの顔で通行しており、住むには不向きな場所になってしまったことも否めない。


 だが、岩山は頑固者である。

 ダンジョンに立ち退かされるようなことは絶対に許せなかった。


「いい加減、一度ダンジョンに入ってみてはどうです? あそこは岩山さんが思っているような場所じゃないですって」


「知らん! くどい! 入らんと言ったら入らん!!」


 今日も、家の隣に建てられたダンジョンギルドの職員が訪ねてきて、ダンジョンに入るように勧めてきたが、岩山は頑としてこれを拒否していた。


 ギルドとしては、善意の提案である。

 一度ダンジョンに入ればスキルと呼ばれる特殊能力が付与されるし、内部のモンスターを倒してレベルを上げればダンジョンの外でも健康に過ごすことができるのだ。あとハゲも治る。


 だが――


「そんな美味い話があるか!!」


 これが岩山の考えだった。


 ダンジョンなんてものは、よく分からない『ほら穴』だ。

 ちょっと入るだけならメリットしかないなど、間違いなくこちらを誘い込んでいる。そして中に入れたら喰らおうという腹積もりに間違いない。


 そう岩山は確信していた。

 ゆえに絶対にダンジョンには入らんと決意していたのである。ほかの陰謀論は鼻で笑うくせに、なぜかダンジョンにだけは辛辣なのであった。


 今日も岩山はダンジョンに入ることを拒絶していた。


「ええい! くどい!! 何度言っても入らんと言ったら入らんのだ!!」


「じゃあ、借金、耳そろえて返してもらいましょか!」


 ガラの悪いシャツにサングラスの男が岩山をにらみつける。

 借金取りだ。

 岩山も負けじと、目の前に立つ男をにらみ返す。


 ――所詮は暴力を振るうことができないロボットだ。


 そう、身長190センチはありそうなエセ関西弁の男、こいつは実は人間そっくりなロボットである。


 人間のほとんどがダンジョン探索者で稼ぐようになったため、それ以外の仕事はすべてAI搭載のロボットが代替するようになっていた。

 正確には、ダンジョン由来のAIっぽいものであるが。


 街を歩けば、接客をしているのはほとんどがロボットである。

 人間が対応するのは、今時は公務員くらいだ。


 ダンジョンの素材は社会構造を大きく変えていた。

 エネルギー、食糧、インフラ、そのすべてにおいて、大きな革新をもたらしたのだ。


「借金など意地でも返してやるわ!! ダンジョンに入らず!!」


「そないなこと言って、借金は少しずつ増えていってるやないか!」


 その反面、人間の仕事は減った。

 すでに、アルバイトという概念すら過去のものだった。

 もちろん、専門知識が必要な仕事には人間が必要だったが、それすらも勤務時間は大幅に減っていたのだ。


 人間はダンジョンへ。

 それがこの世界の常識になっていた。


 つまり、ダンジョンに入らないこのオヤジにとっては、収入を得るのが非常に困難である、ということにつながるのだが……


「なんとかする!!」


「オッサン、ええ加減にせえよ!!」


 結局、この後、岩山は最低賃金を大幅に下回る闇バイトをいくつも掛け持ちし、無理やり借金を返した。この時代の闇バイトは昔とは意味が変わって、安すぎるバイトのことを指していた。


 ロボットに紛れて、ロボットの維持費より安い賃金で働く岩山。

 ロボットたちは気が付いていたが、見て見ぬふりをしていた。なんなら、ちょっと尊敬までしていた。


 ダンジョンに入れば、ずっと短い時間で大きな報酬が得られるのだが……

 何が彼をそこまで駆り立てるのか。


 しかし、あまりにも頑なな彼の魂は、とある存在に興味を持たれるレベルまで達していた。


 ――ダンジョンである。


 ***


 実は、ダンジョンは人間と共生するタイプの生き物だった。

 体内に発生するモンスターを退治してもらう代わりに、人間に有用なものを生み出すのだ。

 逆に、人間のいない世界では生きることができない。


 世界の壁を超える力すらあるが、ダンジョンは人を必要としていた。


 主に、ダンジョン内部の環境を整えるためである。簡単に言うとダンジョンにとって人間とは、腸まで届く乳酸菌飲料と同じなのだ。

 ぶっちゃけヤクルトである。


 ダンジョンはしゃべれない。

 コミュニケーションは、たまに体を震わせる程度だった。


 ダンジョンに言わせれば、


「ぷるぷる。ぼくわるいダンジョンじゃないよう」


 と言っているつもりなのだが、何かの前兆なのではと恐れおののかれていた。


 そんなダンジョンが岩山に気付いた。

 ダンジョンは変わった人間が大好きである。

 ダンジョンにとっては珍味のようなものだからだ。


 それに、なかなか手に入らないと、どうしても欲しくなってしまう。

 どうにかできないかとダンジョンは考え始めた。


 ***


「何度来ても無駄だ!!」


「いえ、今日はダンジョンに入っていただくお願いではなく――」


 ダンジョンは、近くにいる人間の思考をほんのり誘導する力がある。

 とはいえ、強制的に何かをさせるような力ではなく、あくまで背中を押すレベルのことだけだが、人を動かすことが可能だった。


「――スキル鑑定を一度受けていただけませんか、というお話で」


 ギルド職員の男が岩山にそう持ち掛ける。


 ダンジョンの作戦はこうだ。


『このオジサンに、思わず入りたくなるようなスキルをつけちゃおう!』


 というものである。


 スキルはダンジョンに初めて入った時に付与される、とされているが実はそれは正しくない。

 別に入る前でも、付けようと思えば付けられるのだ。

 もちろん遠くは無理であるが、入り口から50mの岩山の家は十分射程範囲内だった。


 オジサンに素敵なスキルを付ける。

 ギルドでスキル鑑定を受けてもらう。

 すごいスキルが付いているから、ダンジョンに試しに行ってみようかと思う。


(完璧な作戦だ!)


 ダンジョンはそう思っていた。


 ダンジョンが最初に選んだスキルは『取得経験値2倍』。

 一般の探索者にとってよだれが出るほどのスキルだ。


 岩山はダンジョンに入らないのであれば、それなりに話は聞く方だ。

 スキル鑑定についても、渋りはしたものの最終的には謝礼に釣られて受け入れたのだった。


 ここまではダンジョンの作戦通り。

 だが――


「経験値? わしには関係がない話だな」


 岩山に探索者の常識が通用するわけはなかった。

 というか、ダンジョンにはダンジョンに入らぬ人間の気持ちは分からぬのだ。

 はっきり言ってスキル選択を間違えたと言っても良いだろう。


 これは例えるならば、使うつもりのないサービスで、


『今なら永久にポイント2倍です!』


 と勧誘を受けたに等しい。

 それがどうした、となるのが普通の感覚である。


(なんで!?)


 ダンジョンは岩山がダンジョンに入ってくる様子がないので、次は『取得経験値3倍』を付与した。ダンジョンは倍率を上げればきっと大丈夫だろうと深く考えなかったのだ。


 しかし、当然岩山に変化はない。


 仕方がないから、その後も4倍、5倍と倍率を増やしていった。

 そのころには、ダンジョンもだんだんムキになっており、どんどん倍率を上げてスキルを岩山に付けていった。


(このスキルじゃダメだったのかな?)


 結局、ようやく『取得経験値10倍』まで付与したところで、ダンジョンは考え方を少しだけ変えるのだった。


 それでもスキルの種類を変えてみるだけという浅はかさであったが。


 一方、その頃の岩山である。


「岩山さん、さすがにこれはおかしいですって! 報酬は支払うんで定期的にスキル鑑定だけでも……!」


「ダンジョンに入らないなら、わしは一向に構わん!!」


 次々とスキルが変わる岩山の異常事態に、ついに国が動く。

 岩山に起きた異変を正式に調査することが決まったのである。


 調査と言っても、定期的にスキル鑑定を受けることと、身体能力、知能などのテストを受ける程度のことである。それで少なくない報酬が支払われるようになった。


 収入が出来たことで、ますますダンジョンに入る理由が無くなる岩山。


「がははは! ダンジョンとやらが、わしにちょっかいを掛けてきたこと、少しばかり感謝してやってもいいな!!」


「あの、それでしたら一度ダンジョンの方に……」


「それとこれとは話が別だ!!」


 徐々に増えていく岩山のスキル。

 ダンジョンは、より深く攻略が進んでいる探索者のスキルを選んで片っ端から付与しまくっていた。


(これもだめ、あれもだめ。ああ、これもハズレっと)


(なんで! なんで!! なんで、なんで、なんで!!!!!)


 ダンジョンは、人がいないと生きられない生物である。

 それゆえに人を求める気持ちが強くなりすぎると、心と体に異変が生じる。


 一人の人間にスキルを集中して付与できているのが、すでに異変だった。

 完全にダンジョンとしてのリミッターが外れている。


 そして、岩山にスキルを付与することに集中しすぎたため、世界中のダンジョンで資源の産出が滞りつつあった。

 今はまだ小さな変化だ。

 だが、ダンジョンに依存している社会においては、死活問題になりうる。


「時期的に、因果関係があるのは間違いありません!!」


 著名な学者がテレビやSNSで警鐘を鳴らす。

 岩山の異常なスキル付与と、資源の減少の関連性に徐々に注目が集まり始めていた。


「岩山さん! さすがにかばいきれません……! とにかく一度はダンジョンに入っていただかないと――」


「愚かものめ!! これはダンジョンの罠だ!! 逆にわしが入ったらとんでもないことになるぞ!!」


 ギルドの職員も、国の役人も、岩山がダンジョンに入ることを求めてきた。

 それでも岩山は頑として、その要求をはねつけていた。


 罠とかなんとかは口から出まかせである。だが岩山の言うことにも一理あった。

 これらの動きはダンジョンの差し金によるものだったからだ。


 ダンジョンの力は、異変とともに増大していた。

 人を操る力も、範囲は際限なく広がり、強制力も強くなっていった。


(もっと、もっと、もっともっともっと!!!!)


(そうだ……)


(モンスターを外に出しちゃお♪)


(オジサンが、外の世界も危ないって気が付いたら、きっと中に避難して来てくれるよね♪)


(……………)


(……な、なにを言ってるんだ僕は! そ、そんなの――)


 ダンジョンは、狂気と理性の間で揺れていた。


(―――にげて!!)


「なんだ、頭の中に声が……?」


 ある時、岩山は突然頭の中に声が響くようになった。

 逃げろとしか言わない声だった。


 当然、岩山なので、そんなものの言いなりになることはなかった。


「ダンジョンめ、ついに直接攻撃にきたな。だが、その手は食わんぞ!!!」


(ええぇ………)


 ダンジョンの思惑はことごとく岩山には通用しない。


(僕の理性が残ってるうちに逃げてってば!!!)


「そう言って、わしを立ち退かせる魂胆だというのが見え見えだな!!」


(逆なのにー!!!)


 この時、ダンジョンは最後の理性を振り絞って、岩山に「念話」のスキルを付与したのだった。

 本来、ダンジョンと話せるようなスキルではない。


 だが、リミッターが壊れているダンジョンには、それを無理やり可能にする力があった。


 ……しかし、結果はご覧のありさまである。


「ふん、本当に理性がなくなりそうなやつはそんなこと言わん!!」


(なんで、信じてくれないのかなあ!? じゃあ、ダンジョンの中に入ってきてよ!!)


「なにが、じゃあなんだ! なにが!!」


(どさくさ紛れに行けるかと思ったんだよ!! いいじゃん!!!)


「完全に詐欺師の手口だな!! やはりわしは正しかった!!」


(うええん……!)


 ダンジョンと岩山のかみ合わない会話。

 しかし、ダンジョンも諦めない。


 その後も、事あるごとにダンジョンは岩山に逃げるように伝えた。

 自分はおかしくなっているから。

 ダンジョンからモンスターがいつか溢れるから、できるだけ遠くに逃げて欲しいと。


 そのたびに岩山は拒否をし続けた。

 岩山だから仕方がなかった。


 そうして、ダンジョンと岩山の問答は延々と続き――


 ――なんやかんやで一年が経っていた……


(――それでね! 変わった人間は中に入ると変わった感じがするから面白いんだ!!)


「なるほど、いうなれば珍味ということか!! で、やはり食べるのだな!?」


(食べないってばー!!)


 岩山とダンジョンは、なんか仲良くなっていた。


 そして、いまだにモンスターはダンジョンから溢れていなかった。


 全ては、ダンジョンが岩山との念話に夢中になっていたからだ。


 最近はダンジョンからの資源は復活したし、操られる人もいなくなっていた。

 岩山の増え続けていたスキルも、念話を最後に増えていなかった。


(――だから、一回くらいダンジョンに入ってくれても良いと思うんだよね!!)


「だから、ダンジョンには入らんと言っておろうが!!」


(だから、なんで!?)


 何十回も繰り返された会話。

 だが、この日はちょっとばかり違った。


「ううむ……たしかに今となっては、な」


(えっ……!?)


「わしはな、ダンジョンが怪しいから入らないと、そう言い続けてきた」


(それは知ってるよ!)


「今も、お前はちょっとウソつきだと思っておるが――」


(なんでっ!?)


「モンスターなど、いまだに溢れていないではないか!!」


(そ、それは最初はそうなると思ったんだもん!!)


「だが――


 お前は悪い奴ではないと、今では思っておる」


(お、オジサン……!!)


「まあ、だからと言ってダンジョンには入らんがな!!」


(い、今の流れでなんでー!?)


「嫌な予感がする!!」


(ええ……)


 結局、岩山は生涯、ダンジョンに入ることはなかった。

 この勝負は岩山の勝利と言って良いだろう。


 余談であるが――


 岩山のこの決断は正しかった。

 岩山に付与されたスキルの数々が、あまりに強力すぎたからだ。


 例えば、『取得経験値2倍』~『10倍』であるが、この効果は≪加算≫ではなく≪乗算≫である。

 つまり、掛け算なので計算すると――取得経験値は、362万8800倍にもなるのだ。


 その他にも、攻撃範囲〇倍などのスキルも同じような状況になっており……


 岩山がダンジョンで剣を一振りすれば、最初の経験値で人類最強の男となり、二振り目ではダンジョン全体の生物という生物を屠る。


 そして、その膨大な経験値で強化された岩山の三撃目は――


 ――ダンジョンを貫き、それどころか地球ごと破壊することになっていたからだ。


 〇絶対にダンジョンに入りたくないオヤジ

 VS

 ×絶対に入らせたいダンジョン


 勝者:岩山一徹


 ――ダンジョンの敗因:「スキル付与は計画的に!!」


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― 新着の感想 ―
普通の常識が一切通じない岩山にことごとく空振りしていくやり取り、笑えました。 念話を通じて二人がいつの間にか漫才コンビのような仲良しになっていくのも微笑ましかったです。 そして、最後に明かされる、…
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