Naked1~終わったあとの始まり~
かすかな声に、私は顔を上げた。
夕暮れに染まる放課後の廊下、図書室帰りの私の他に人気はなく。
――否、そういえば、さっきクラスメイトの佐竹さんを見かけたっけ。
ひっそりと咲く淡い花のような印象の彼女は、私同様、放課後を図書室で過ごしていることが多い。
尋常でなく本好きな私と違い、ただ、時間を潰すだけのために、そこにいるようだが。
いつも窓の外を眺め、迷子のような瞳をしている彼女が、密かに気になっていた。
――家に帰りたくない理由でもあるのか。
彼女についてのあの出来事を考えると、それも、無理はないと思うけれど。
「――! ――……!」
やっぱり佐竹さんの声だ。何だろう、あの大人しい彼女があんなに声を荒げているなんて。
首を傾げながら、手にしたハードカバーの重さをを確かめつつ、声がする方へ向かう。
「――て、……もう――、」
「――、――から――……」
近づくにつれ、言い争うような会話が聞こえて。
感情的になった佐竹さんの声、そして妙な響きのある成人男性の声。
私の記憶が定かならば、教師の誰の声でもなく、その音の深さから生徒でもないだろう。
もう一度、荷物を確かめ直した。
「今さら迎えに来ただなんて、都合のいいこと言わないで! 帰ってよ、もう、あたしにはなんの力もないんだから! 他に利用出来る女を探しなさいよっ」
「カヅミ――」
姿が見える範囲に至り、やり取りも聞き取れるようになって――なんだ、痴話喧嘩かとほんのわずかに気をゆるめる。
が、本意はどうであれ佐竹さんは嫌がっている。
そして相手は不法侵入者(推定)。
先生を呼びにいった方がいいだろうか。
でもその間に佐竹さんが連れていかれたら――
「王。誰かいますよ」
佐竹さんとそのオトコ、以外にも人がいたらしい。迷う間に、第三者に私がいることがバレてしまった。
二人が弾かれたようにこちらを向く。ていうかうちの学校の警備どうなってるんだ。部外者(確定)が校舎内まで入っているなんて…………
「……………はぁ?」
間抜けな声が出た。
――結論から言えば、私はそこで回れ右をすべきだったのかもしれない。
あとあとの面倒ごとを考えるにつけ。
「い、委員長……っ!」
倍もありそうな男に腕を掴まれている佐竹さんが、うろたえた様子で私を呼ぶ。
はい、アナタのクラスの何でも屋、ミチコ委員長さまですよー。
とりあえず。
男が金髪美形だとかどうみてもコスプレなマントを翻してるとか側にいる白髪男がいわゆる魔法使いっぽいローブあんど杖持ちとかモロモロのツッコミどころを置いといて、私は右手を振りかぶった。
「……なっ、」
ジャストミート。
見事、私の手から離れた厚み五センチの書物が男の頭に当たる――前に叩き落とされたけど、目的は果たせた。
投げつけられた物に反応した男の手がゆるんだ瞬間、掴まれた手を振り払った佐竹さんが身を翻し、私の後ろに隠れる。ぷるぷるしながら前の男を窺って。
そんな彼女を眺めつつ、制服のポケットから携帯を出し、私は聞いた。
「佐竹さん、どうする? 不審者通報したほうがいい?」
「しちゃってください!」
間髪を入れずに返った彼女の答えに男が声を上げる。
「カヅミ!」
私の背中に隠れるようにしがみつく佐竹さんの瞳が揺れる。
彼に想いを抱いているけれど、従う訳にはいかない、とばかりに唇を噛んだ。
はいはい、私は女の子の味方ですよ。
佐竹さんを庇いつつ、犬を追いやるように手を振った。
「フラレ男うっさい。何処から来たんだか知らないけど、粘着質な奴は嫌われるのよ、これ万国共通だし」
「―――っ、ギデオン! 笑ってないで何とかしろ!」
吐き捨てた私のセリフに金髪男が連れの青年を振り返った。その間に、私は携帯のボタンを押す。
こちらのやり取りを他人事のように忍び笑っていた白髪――ギデオンとやらが、男を呆れたように見つめるとヤレヤレと言わんばかりに肩をすくめて、指を弾くしぐさ。
途端、バチンと音がして、私の持つ携帯の電源が落ちる。
「……ああ?」
我ながらドスの利いた声を出してしまった、と思ったのは背後の佐竹さんがビクリと身体を震わせおののいたからだ。
ウンともスンとも言わない携帯を手に、私は野郎共を睨み付けた。
「ちょっと! 機種変したばっかだっつうの! なにさらす! 弁償しろ貴様ら!!」
「い、委員長……」
ツッコむところ違わない、と彼女が呟く。
大家族で育った私はどんな些細なことも自己主張をする癖がついている。相手が誰であれ、ルール違反者に遠慮などしない。
液晶が真っ黒になった携帯を印籠のようにかざして野郎共に迫る。
私の勢いに白髪は困ったように首を傾げて、懐を探った。
財布あんのか。とっとと出せ。
「――カヅミ、来い」
この際私は無視することにしたのか、男が佐竹さんに手を伸ばす。
佐竹さんは首を振って私の後ろに隠れる。
泣きそうな声で、言葉を絞り出して。
「無理なんだよ――もともと、生きる世界が違うんだから……、あたしはもう、光の神子でも何でもないの! ――ただの、一美でしかないのっ」
「ただのカヅミでいい。俺の、傍に」
うわ、卑怯。
その顔でその台詞はないでしょう。
男は真摯な、せつなげで愛しげな眼差しで真っ直ぐに佐竹さんを見つめる。
少しでも気をゆるめると、彼の方へ気持ちが向かいそうになる自分がわかるのか、ぎゅう、とますます私にしがみついて。そんな彼女を見て、男の顔が険しくなった。
いや、睨まれてもさぁ。
あー、痴話喧嘩に巻き込まれるのってワリにあわねぇ。
だけど、私の目の前で行方不明者を出すわけにはいかない。
まして、佐竹さんは二度目――
そう、彼女は一年前行方不明になったことがあるのだ。
クラスメイトの佐竹一美に関する噂話。
高一の夏、彼女は登校途中に突然姿を消した。
誰も理由に心当たりはなく、彼女の性格から家出というよりも何か事件に巻き込まれたのではないかと騒がれた。
そうして三週間。
姿を消したときと同じく、突然戻ってきた佐竹さんは、行方不明だったときのことを何一つ語らず、ただ、とても遠い場所にいた、とのみ言葉にしたのだ。
姿を消す前、佐竹さんは目立たない――というよりそこにいることがわからないくらい、希薄な存在の女の子だった。
戻ってきたあと、佐竹さんは静かな落ち着きと目の離せない微笑みを身につけた、どこか浮き世離れした雰囲気の女性になっていた。
寂しそうに空を見つめていたのも。
迷子のような瞳も。
――きっと、彼らの――彼の、せい。
はりつめた糸が切れる一瞬前の緊張感が、私を挟んだ男女の間に通う。
私を通り越して、見つめ会う二人。こちらの息まで詰まってしまいそうだ。
そこへ空気を読まない呑気な声が投げられた。
「財布忘れたみたいです。取りに戻っていいですか、てかめんどくさいからもう皆で移動しましょう」
ヘラ、と笑った白髪が杖を上げ、空に何かを書き込むしぐさをして。
時空が歪む。――ちょっと待て。
「ぅえっ?」
「ギデ――」
「てめえ待てコラァ!!」
何がなんだかわからないけれど、白髪の行動を止めさせようと私がヤツに掴み掛かるより早く。
“それ”は完成してしまった。
ぐるりと天地がひっくり返る、そんな感覚。反射的に目を瞑った私はすぐそばにあったものを掴む。
――そして、次に目を開けたときには見知らぬ世界。
そこで私を待っているのは、王様のプロポーズから逃げまくるクラスメイトの援護射撃活動だったり、ネジの外れた魔術士からの訳のわからない求愛行動だったり、ダンディ宰相閣下からのスカウトだったり、女の戦いだったり、精霊との契約だったりするんだけれど――
とりあえず今は。
明日のバイトが確実に無断欠勤になるであろうことを確信し、この損害は必ず携帯弁償金に上乗せしてやる、と、逃げられないよう加害者のローブに強くしがみついたのだった。
・・・To be continued?
初出:2010年07月07日サイト拍手お礼文
⇒後書きとかいう言い訳。
なろうさんでのお気に入りが異世界トリップばかりな件。
それを読み漁っていてふと思い浮かんだ小ネタでした。
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異世界トリップ後の少女。
恋人と別れてもとの世界に戻る。
それを迎えに来る恋人(もちろん王様だ)。
だが、別れる間際、仲違いをしていた事で素直に頷かない少女。
そこに行き合わせてしまったもう一人の少女。
巻き込まれて異世界トリップ――
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……たぶん探したら同じようなネタがありそうな。
(あったらごめんなさい、こちらもそちらもオリジナルです! ということで。)
自サイト掲載時、「ネタなので続きはない!」と断言し、あくまでも突発的なネタだったのですが、読者様の続編希望の声にお応えして、何故か2も執筆中。
(7/13の活動報告に初出の後書きも載せておきます。突発的なネタのわりに詳細な設定が・笑)