影のない夜
焚き火は小さくなっていた。
赤い炭が静かに光り、夜の草原に淡い明かりを落としている。
風は止まらない。
草を揺らし、空を渡り、遠くへ流れていく。
彼女は目を覚ました。
理由はなかった。
ただ、自然に。
しばらく横になったまま、夜の音を聞く。
虫の声。
風の音。
遠くで小さく鳴く獣。
すべてがはっきり届く。
胸の奥が静かだった。
それに気づいて、少しだけ不思議に思う。
以前なら――
夜に目を覚ますと、まず体が固まっていた。
音を立てないように息を浅くし、
朝が来るまで時間を数えていた。
暗さが終わらない気がしていた。
理由は分からないまま。
ただ、怖かった。
彼女はゆっくり起き上がる。
焚き火の向こうで、騎士が眠っている。
規則正しい呼吸。
安心した寝息。
その音を聞きながら、ふと気づく。
体が緊張していない。
肩に力が入っていない。
耳を澄まさなくても大丈夫だと思えている。
夜が、ただの夜になっている。
彼女は小さく息を吸った。
深く。
自然に。
胸の奥まで空気が入る。
その瞬間――
何かがほどけた。
言葉にできない結び目。
長いあいだ気づかなかった重さ。
目の奥が熱くなる。
涙がこぼれた。
声は出ない。
大きな感情ではない。
ただ、静かな涙。
彼女は膝を抱える。
怖かった夜。
動かずに過ごした時間。
誰にも知られなかった小さな自分。
その記憶が浮かぶ。
けれど――
もう、そこに閉じ込められていない。
同じ夜の中にいるのに、違う場所に立っている。
風が頬を撫でる。
冷たくない。
彼女は小さく笑った。
「……終わったんだ」
誰に言うでもなく呟く。
過去が消えたわけではない。
忘れたわけでもない。
ただ、
今の自分を止めなくなった。
それだけ。
焚き火がぱちりと音を立てる。
騎士がわずかに寝返りを打つ。
起きない。
それが嬉しかった。
守られているからではない。
守られなくても大丈夫になったから。
彼女は空を見上げる。
星が広がっている。
暗さは深い。
けれど怖くない。
夜は、ただ夜だった。
彼女はそのまま座り、風を感じる。
長い旅の途中。
けれど確かに、ひとつの場所を越えた。
やがて再び横になる。
目を閉じる。
眠りはすぐに来た。
待たなくても。
逃げなくても。
朝が来ると知っている眠りだった。
風が草原を渡る。
二人の影は焚き火のそばで静かに揺れていた。




