影の温度
翌朝、空は薄く曇っていた。
雨になるほどではないが、光がどこか遠い。町全体が静かな布に包まれているようだった。
彼女は湯を飲み終えると、自然な足取りで長屋を出た。
向かう先を決めた覚えはない。それでも足は迷わず空き地へ向かっていた。
坂を上る途中、風が弱いことに気づく。
昨日まで確かに通っていた風が、今日は止まりがちだった。
空き地に着く。
草は揺れていない。
音も少ない。
子どもたちの姿はまだない時間だった。
彼女は中央まで歩き、立ち止まる。
何も起きない。
ただの空き地。
そう思った瞬間だった。
胸の奥に、わずかな重さが生まれた。
息が浅くなるほどではない。けれど、呼吸がどこか外側にあるような感覚。
彼女は動かなかった。
逃げる理由も、留まる理由もない。
ただ、そのまま立つ。
すると気づいた。
音が減っている。
町の気配は遠くにあるのに、ここだけ届き方が違う。
風も同じだった。
吹いていないのではない。
通り抜けられない。
何かに触れて、逸れている。
彼女はゆっくり視線を落とした。
地面に影がある。
自分の影。
けれど、それがわずかに遅れて動いた気がした。
雲が流れ、光が変わる。
影も形を変える。
それだけのはずだった。
それでも胸の奥の感覚は消えない。
ここには、何かがある。
目に見えるものではない。
けれど確かに、世界の流れが滞っている場所。
彼女は目を閉じた。
呼吸を整える。
昨日、少年と並んでいたときと同じように。
急がない。
確かめようとしない。
ただ、そこにいる。
しばらくして、頬に微かな風が触れた。
ほんの一筋。
止まっていた空気が、細い道を見つけたように流れる。
草がわずかに揺れる。
次の瞬間、胸の重さがふっと軽くなった。
音が戻る。
遠くの荷車の音。鳥の羽ばたき。町の朝の気配。
すべてが一度に届いた。
彼女は目を開けた。
空き地は変わらない。
けれど、さっきまで確かに何かが塞いでいた場所があったと分かった。
影は襲ってこない。
形も持たない。
ただ、
流れを止める。
それだけの存在。
彼女は静かに息を吐いた。
理解したわけではない。
けれど、確信に近い感覚が生まれていた。
昨日の少年は、ここで立ち止まってしまったのだ。
風が届かない場所で。
彼女はもう一度空き地を見渡した。
朝の光が少しだけ戻っている。
そして、ふと身体に震えが出た。
――ここは、まだ誰かが止まってしまう




