風の中に残るもの
火は小さくなっていた。
薪が崩れ、赤い炭が静かに光っている。
林の向こうで夜風が鳴る。
騎士はもう何も話さなかった。
妹の話をしたあと、言葉は自然に尽きていた。
彼女も、しばらく黙っていた。
湯の入った椀を両手で包みながら、火を見ている。
長い沈黙。
けれど重くはない。
やがて彼女がぽつりと言った。
「わたしね」
騎士が顔を上げる。
彼女は炎を見たまま続ける。
「昔から、止まってる場所が分かるって言ったでしょ」
「ああ」
短い返事。
「最初はね、怖かった」
風が枝を揺らす。
「みんな平気なのに、自分だけ息が苦しくなる場所があって」
少し笑う。
「なんでだろって思ってた」
炎が小さく弾ける。
「近づくとね、動けなくなる人がいるのが分かるの」
騎士は黙って聞く。
彼女は言葉を選ばない。
思い出すように話す。
「でも、助け方が分からなかった」
一拍。
「だから、最初は逃げてた」
火の光が揺れる。
彼女の横顔が少し影になる。
「一緒にいると、自分まで沈みそうで」
騎士の視線がわずかに動く。
「……それでも」
彼女は続ける。
「離れたあと、ずっと残るんだよ」
胸に手を当てる。
「風みたいに」
消えない感覚。
置いてきたはずの重さ。
「だからね」
小さく息を吐く。
「たぶん、助けたいんじゃないと思う」
騎士が眉を寄せる。
「違うのか」
彼女は首を横に振る。
「うん」
炎を見る。
「置いていけないだけ」
静かな言葉だった。
使命でも正義でもない。
ただの性質。
風が二人の間を通る。
騎士はその言葉を反芻する。
助けるためではない。
置いていけないから。
それは祓いとはまったく違う理由だった。
彼女が少し笑う。
「だからさ」
「なんだ」
「騎士が斬るのも、分かるよ」
彼は驚いた顔をする。
彼女は肩をすくめる。
「斬らないと置いていけない人もいるでしょ」
火が揺れる。
騎士は答えなかった。
だが胸の奥で何かがほどける。
否定されなかった。
責められなかった。
ただ並べられた。
違うやり方として。
夜は静かに深まる。
火が小さくなり、炭だけが残る。
彼女が外套にくるまる。
「そろそろ寝よ」
軽い声。
さっきまでの話が嘘みたいに。
騎士は頷いた。
横になる彼女を見ながら、ふと思う。
この旅は、祓うためだけではないのかもしれない。
風が林を抜けていく。
止まらず、遠くへ。




