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斬る理由

昼前、小さな村が見えてきた。


畑は整い、煙も上がっている。


どこにでもある旅路の休憩地。


異変は遠目には分からなかった。


だが村へ近づくにつれ、騎士の歩幅が変わる。


わずかに遅くなる。


空気を読む歩き方。


「……いるな」


低い声。


彼女も感じていた。


強い停滞ではない。


けれど、流れが歪んでいる。


村の入口に人だかりがあった。


声は荒くない。


だが困惑が混じっている。


中央に、若い男が座り込んでいた。


地面を見つめたまま動かない。


呼びかけにも反応が遅い。


怪我はない。


恐怖もない。


ただ――動かない。


村人が騎士に気づく。


「旅の方……あんた、祓い手か?」


騎士は短く頷く。


「何があった」


老人が答える。


「昨日から急にだ。畑に出てたのに、急に座り込んで……」


「眠ってるわけでもねぇ。飯も食うが……動こうとしねぇ」


騎士は男を見る。


影は見える。


だが暴れていない。


黒い歪みが背後に薄く重なっている。


絡みつくような影。


斬れる。


確実に。


彼の手が自然に剣へ伸びる。


――いつもの流れ。


その瞬間。


彼女が小さく言った。


「待って」


騎士の動きが止まる。


男の周囲の風を彼女が見ている。


乱れていない。


むしろ守るように留まっている。


彼女はゆっくり近づく。


村人が息を呑む。


男の前にしゃがむ。


「……疲れた?」


問いは静かだった。


男の目がわずかに動く。


「……分からない」


かすれた声。


「立てる?」


沈黙。


そして小さく首を振る。


「……立ったら、また同じになる気がする」


騎士の眉がわずかに動く。


影が揺れる。


怒りではない。


重さ。


押し潰されそうな疲労。


彼女は何も言わない。


ただ隣に座る。


数分。


何も起きない。


村人がざわつき始める。


「祓えるんだろ?」


「このままじゃ畑が――」


騎士は剣を握る。


斬れば終わる。


男は立てるようになる。


村は元に戻る。


それが今までの正解だった。


だが。


彼女の背中を見る。


何もしない姿。


ただ、隣にいる。


風が静かに留まっている。


騎士は初めて考える。


――これは、祓うべきか?


影は害ではない。


止まらせているだけ。


守っている可能性すらある。


村人が焦る。


「頼む、祓ってくれ」


騎士の指が剣の柄を強く握る。


選べる。


斬ることも。


斬らないことも。


長い沈黙。


やがて彼は一歩前へ出た。


剣を抜く。


村人が息を呑む。


彼女は振り返らない。


騎士は影を見る。


そして理解する。


祓いは正しさではない。


選択だ。


彼は静かに剣を振った。


影が裂ける。


風が一気に流れる。


男が大きく息を吸い込む。


肩が震える。


泣き出す。


理由も分からず。


村人が歓声を上げる。


騎士は剣を下ろした。


終わった。


――だが。


胸の奥に、わずかな違和感が残る。


彼女が振り返る。


責めない目。


ただ、静かに見ている。


騎士は初めて思った。


自分は今、正しかったのか。


風が通り過ぎる。


少しだけ重たい風だった。

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