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火のそばで眠る

日が落ちるころ、二人は街道を外れた。


低い丘に囲まれた草地。


風を避けられる岩場があり、水も近い。


野営には十分な場所だった。


騎士は慣れた手つきで火を起こす。


乾いた枝を組み、火打石を鳴らす。


火花。


煙。


やがて小さな炎が立ち上がる。


彼女はその様子をしゃがみ込んで見ていた。


「毎回思うけどさ」


「なんだ」


「火つけるの上手だよね」


騎士は枝を調整しながら答える。


「普通だ」


「いや、普通の人こんな早くつかないよ」


少し得意げに炎が大きくなる。


騎士は無言で薪を足す。


褒められている自覚はあるが、反応に困っている顔だった。


干し肉を温め、水を沸かす。


単純な食事。


だが火の匂いが混じるだけで少し違う。


彼女は湯気を眺めながら言った。


「今日、風やさしいね」


騎士は空を見上げる。


星が出始めている。


「嵐は来ない」


短い判断。


それだけで十分だった。


食事を終えると、火は小さく落とされた。


夜の音が広がる。


虫の声。


遠くの草が揺れる音。


彼女は外套にくるまり、すぐ横になった。


「おやすみ」


早い。


騎士は少し呆れた顔をする。


「警戒心が薄いな」


「いるじゃん」


目を閉じたまま言う。


「騎士が」


沈黙。


騎士は返事をしなかった。


だが視線だけが火から彼女へ移る。


無防備な寝息。


数分もしないうちに、呼吸が深くなる。


本当に眠った。


彼は小さく息を吐く。


火のそばに座り、周囲を確認する。


異常なし。


風も安定している。


いつもの夜。


――のはずだった。


時間が過ぎる。


火が小さくなる。


彼は起きているつもりだった。


警戒を続けているつもりだった。


だが、ふと気づく。


肩の力が抜けている。


呼吸が深い。


周囲を過剰に探っていない。


静かだ。


危険がないからではない。


隣にある呼吸が、一定だから。


彼は火を見つめたまま思う。


妙だ。


こんな感覚は久しぶりだった。


戦場ではない。


任務でもない。


ただ夜が過ぎていく。


瞼が重くなる。


瞬きをする。


もう一度、周囲を見る。


問題はない。


風は穏やか。


草が揺れる。


彼女の寝息が続く。


その音を聞きながら――


彼の意識が途切れた。


火は静かに燃え続ける。


風がやわらかく二人を包む。


夜の間、誰も起きなかった。


襲撃も、影も、何も来ない。


ただ、朝が来た。


騎士が目を開けたとき。


空はすでに明るかった。


一瞬、理解が追いつかない。


眠った。


見張りのまま。


完全に。


彼はすぐ起き上がる。


周囲を確認する。


異常なし。


彼女はまだ眠っている。


安心しきった顔で。


騎士はしばらく動かなかった。


理由が分からない。


だが胸の奥に、奇妙な静けさが残っていた。


火の灰から、細い煙が立ち上る。


風がそれを運んでいく。


彼は小さく呟いた。


「……初めてだな」


誰にも聞こえない声だった。

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