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風の向かう先

翌朝。


町は静かに目を覚ましていた。


市場には早い時間から人が集まり、荷車の音が石畳に響く。


昨日より少しだけ声が多い。


小さな笑い声が混じる。


変化はわずかだ。


だが確かに続いていた。


宿の外で、彼女は空を見上げていた。


雲が速く流れている。


風が強い。


いつもと違う方向から吹いていた。


胸の奥が落ち着かない。


理由は分からない。


ただ――呼ばれているような感覚。


騎士が荷を整えながら言う。


「今日、町を出る」


確認のような声。


彼女は頷いた。


迷いはなかった。


その瞬間だった。


風が変わる。


強く吹き抜け、通りの旗を大きく揺らす。


彼女の呼吸が止まる。


違う。


これはただの風ではない。


流れが一点へ集まっている。


遠く。


見えない場所。


彼女は無意識に振り返った。


町の外。


丘の向こう。


風が細く伸びている。


まるで道のように。


胸の奥が締めつけられる。


痛みではない。


重さ。


停滞の気配。


今まで感じたものより深い。


「……あっち」


小さく呟く。


騎士が顔を上げる。


「何がある」


彼女は答えられない。


言葉にならない。


ただ分かる。


風が進めない場所がある。


強く。


長い時間。


止まり続けている場所。


彼女は一歩踏み出した。


無意識だった。


騎士がすぐに気づく。


「待て」


だが足は止まらない。


怖いわけではない。


引き寄せられているわけでもない。


ただ――


放っておけない。


町の門へ向かう。


風が背を押す。


門を出た瞬間、空気が変わった。


冷たい。


乾いた風。


遠くの空がわずかに暗い。


嵐ではない。


だが重い。


騎士の表情が変わる。


戦場の顔。


久しぶりだった。


「……強いな」


低く呟く。


影の気配。


だが暴走ではない。


沈み込んだ圧力。


長く蓄積されたもの。


彼女は立ち止まる。


胸に手を当てる。


息が浅くなる。


「苦しい?」


騎士が問う。


彼女は首を振る。


「違う」


ゆっくり言う。


「……進めなくなってる」


風が丘の先で渦を巻く。


前へ行こうとして、戻される。


何度も。


何度も。


騎士はその景色を見つめた。


剣が必要になる予感。


だが同時に理解する。


これは斬るだけでは終わらない。


彼女が小さく言った。


「行かなきゃ」


問いではなかった。


決意でもない。


ただ自然な言葉。


騎士は少しだけ沈黙したあと、荷を背負い直す。


「……なら、行くか」


命令でも導きでもない。


並ぶ選択。


二人は丘へ向かって歩き出す。


風が前へ流れる。


今までより強く。


遠くで空がわずかに暗く揺れていた。


旅が、はじまった。

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