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断たれる風

森を抜けた先、街道は低い丘陵地へ続いていた。


空は広く、風は強い。


だが流れが不自然だった。


一定の方向へ吹かない。


渦を巻き、戻り、地面へ沈む。


彼女は歩きながら眉を寄せた。


「……重い」


騎士はすでに気づいていた。


足を止め、遠くを見る。


丘の麓に小さな集落があった。


煙は上がっている。


だが動きがない。


風がそこだけ避けている。


「影だ」


短く言う。


迷いはなかった。


二人が近づくにつれ、空気が変わる。


音が消える。


鳥の声がない。


草が揺れない。


まるで世界が息を止めている。


集落の入口に、人が座り込んでいた。


目は開いている。


だが焦点が合わない。


恐怖に固まったまま、動けない顔。


彼女の胸が締めつけられる。


風ではない。


圧力。


感情が外へ溢れ続けている。


騎士が低く言う。


「下がれ」


声に迷いはない。


彼女は従った。


今回は分かった。


これは待つ影ではない。


流れを拒んでいる。


集落の中央。


井戸のそば。


黒い歪みがあった。


影は人の形を保っていない。


裂けた布のように揺れ、空間そのものを引き裂いている。


近づくほど息が苦しくなる。


怒り。


恐怖。


絶望。


混ざり合った感情が暴風のように吹き出していた。


騎士が剣を抜く。


金属音が静寂を裂く。


その瞬間、影が反応した。


空気が爆ぜる。


風が逆巻く。


地面の砂が巻き上がる。


彼女は思わず一歩下がった。


違う。


これまでの影とは根本が違う。


これは――


進もうとして暴走している。


騎士は一歩踏み込む。


迷いがない。


長年繰り返してきた動き。


呼吸が整う。


剣が静かに構えられる。


影が膨れ上がる。


叫びのような音が空間を震わせた。


次の瞬間。


騎士が走った。


速い。


風の流れに逆らわない軌道。


一閃。


剣が空気を断つ。


音が消えた。


遅れて衝撃が広がる。


影が裂ける。


黒い歪みが崩れ、暴風が解き放たれる。


風が一気に流れ出す。


止まっていた空気が走る。


草が揺れる。


空が戻る。


騎士は止まらない。


二撃目。


三撃目。


断つ。


迷いなく。


影の中心が砕けた。


静寂。


そして――


風が吹き抜けた。


強く、まっすぐに。


集落の空気が軽くなる。


座り込んでいた人が息を吸い込む。


遠くで犬が吠える。


世界が再び動き始める。


騎士は剣を下ろした。


呼吸は乱れていない。


ただ確認するように周囲を見る。


終わった。


完全に。


彼女はしばらく動けなかった。


胸の奥が震えている。


恐怖ではない。


理解だった。


祓いとは破壊ではない。


流れを取り戻す行為。


騎士が剣を鞘へ収める。


振り返り、短く言う。


「行こう」


それだけだった。


誇りも説明もない。


彼にとっては、ただ必要なことをしただけ。


だが彼女には分かった。


世界が長い間、この行為に救われてきた理由が。


風が丘を越えて流れていく。


強く、澄んだ風だった。

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