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焚き火のそばで

町を離れて半日ほど歩くと、街道は森の中へ入った。


木々の背が高くなり、風の音が変わる。


開けた場所を見つけ、騎士が足を止めた。


「ここで休む」


川の気配が近い。


地面は乾き、夜露も避けられそうだった。


彼は慣れた手つきで薪を集め、火を起こす。


火打石の乾いた音。


やがて小さな炎が生まれ、枝の影が揺れ始める。


彼女は少し離れた岩に腰を下ろした。


森の風を確かめる。


町の風より素直だった。


迷いがない。


ただ流れている。


火が安定すると、騎士は鍋を火にかけた。


干し肉と乾燥野菜を水へ落とす。


湯が温まり始めるまで、二人は何も話さなかった。


沈黙は重くない。


歩き続けた身体が、ようやく止まっただけだった。


ふと彼女が森の奥を見て笑った。


「ねえ」


騎士が顔を上げる。


「あの木」


指差した先、一本の木が途中から不自然に曲がっていた。


風に押されたまま育ったのだろう。


だが上の方だけ、また真っ直ぐ空へ伸びている。


「途中で生き方変えたんだね」


楽しそうに言う。


騎士は少し目を細めた。


ただの木だった。


だが、しばらく視線を外せなかった。


「……よく気づくな」


「面白いじゃん」


彼女はあっさり答える。


「負けたままじゃないところが」


鍋が小さく沸き始める。


湯気が夜気に溶ける。


騎士は木椀を差し出した。


「熱いぞ」


受け取ると、確かに熱かった。


彼女は息を吹きかけながら笑う。


「旅慣れてるね」


「生き延びる程度には」


「それ褒めていいの?」


騎士はわずかに口元を緩めた。


「腹は壊してない」


それで十分らしい。


二人は焚き火を挟んで座る。


夜の森は静かだった。


遠くで獣が動く音。


葉の擦れる気配。


風は絶えず流れている。


彼女が空を見上げる。


枝の隙間に星が見えた。


「町より風が自由だね」


騎士も空を見る。


「ああ。ここは止まりにくい」


少し間があった。


火が弾ける。


騎士がぽつりと言う。


「……怖くないのか」


「何が?」


「追われるかもしれないこと」


率直な問いだった。


彼女は少し考える。


椀を両手で持ちながら答える。


「怖いよ」


すぐに続ける。


「でも、止まってる場所にいる方が怖い」


火の光が揺れる。


騎士の視線が火へ落ちる。


長い沈黙。


やがて彼が言った。


「……俺は逆だった」


彼女が顔を上げる。


「動く方が怖かった」


それ以上は続かない。


説明もしない。


けれど嘘ではない声だった。


彼女は少しだけ笑う。


「じゃあちょうどいいね」


騎士が眉を上げる。


「私が動いて、あなたが止まる役」


「……役割か」


「ううん」


彼女は首を振る。


「並んでるだけ」


風が二人の間を通る。


煙がゆっくり流れていく。


騎士は何か言いかけて、やめた。


言葉が見つからない。


だが、不快ではなかった。


それが珍しかった。


火が小さく揺れる。


森の夜は深く、静かだった。


戦いも、影も、今は遠い。


ただ旅の最初の夜が、ゆっくり形になっていく。

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