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空色刃──カライロヤイバ──  作者: 宗十郎
一章 神との邂逅
9/12

「っ⁉ じ、迅……な…にをしておる…んじゃ………⁉」

 

 迅は今にも死んでしまいそうな九十九の前に立ちはだかり、神使を睨みつける。

 自ら死に逝く蛮行───それに躊躇を覚えることすらない、異常思考。迅は生き物として、決定的に欠けていた。


「兎、ぶっ殺すぞ!」


 九十九が迅を抱きかかえる────瞬間、衝撃が走って浮遊感が二人を襲った。


「───うわぁっ」


 九十九と二人で吹き飛ばされた迅は間抜け声を挙げながら、地上から見上げていた大木の葉部分に体がぶつかりながら飛ばされ続ける。

 2、3秒ほどの浮遊感の後、やがて臓器が揺れるような落下感へと変化する。


「まじか、まじか、まじか、まじか………!」


 迅はジャングルジムから飛び降りたことがあったが、それ以上の高さで、尚且つそれ以上の速さで近づいてくる地面に、思わず声が漏れ出た。


「堪えろっ!」

 

 九十九の声が聞こえた、と同時に別の衝撃が襲ってくる。

 砂煙をあげて地面に激突、水切りの石の様に何度も跳ねる。ずっと目を開けていたのに、今どこを向いてるのか分からなくなるほど回転する。

 やがて数度の衝突を経て、大木の幹にぶつかって止まる。

 常に九十九がかばっていたとはいえ、迅が無傷ですんだのは奇跡だろう。


「九十九、大丈夫⁉」

「た、助けてくれたのはありがたいが、阿呆かお主………!」

 

 声を荒げる九十九だが、いつものようなキレも声量もなく、かき消えてしまいそうなほどのか細い声だった。


「……っ。兎の神使がこっちに来ておる。主は隠れて………ぐっ!」

 

 迅の身を案じる九十九だが、痛みをこらえられないようで、顔をゆがめる。


───……俺に出来ること。九十九は死にかけで、もう戦えない。時間稼ぎというからには救援はくるはずで、それも後少し───のはず。なら、俺がするべきことは一つ。


「………おい、九十九。刀借りるな」

 

 そう言って、迅は九十九の手から刀を奪い取った。

 一般的な刀と異なり、鍔がない。柄には細工がなく、触り心地の良い木のみで作られていた。鞘と柄が同じ木目であり、一本の木から削り取ったものをそのまま柄と鞘にしたようで、仕込み刀のような形状をしていた。(かしら)からは美しい布が括り付けてある、そんな神秘的な刀。

 ドスのように簡素であるが、ドスと呼ぶには、鋭い殺意が帯びていた。

 持っただけで一端の剣士のような気になれる、そんな名刀である。


「な、なにを………しておるっ⁉」

「九十九は休んどけよ。俺がちょっと時間稼ぐから」

「ばかな! 一般人が相手になるものか! お主など瞬く間に………ゲホッゲホッ!」


 吐血する九十九。彼女の口から流れ出る大量の(いのち)が、迅の覚悟をより強固なものへと変えた。

 死ぬことを恐れたことはない迅であるが、緊張していた。当然だ、迅の命だけでない、九十九の命も懸かっている。「誰かを背負う」そんなこと、迅は考えたこともなかったのだから。


 ノシンッノシンッ、と近づいてくる、死の足音。


「ふぅ───」


 迅は目を瞑り、大きく深呼吸。手が震えた───それは武者震いというやつなのだろう。


「早う、刀を返せっ。主は隠れて助けを………ぐぅ!」


 立ち上がろうとした九十九だが、力が入らない様で倒れ伏す。

 立ち上がれないほど弱り切った九十九は、最早戦力足り得ない。迅は彼女を守るべき対象だと、再度確認した。

 

 どんどん、音が近づいてくる。


 素人ながらに刀を構える迅───九十九の一振りに恋い焦がれていたのだ。脳内で何度も反芻したため、初心者とは思えないほど、様になっていた。


 ついに迅の目の前に神使がくる。愛らしい見た目と裏腹に、口元はどす黒い赤に染まり、凶悪な怪獣さながらの獰猛さが感じ取れた。


「じ、迅………引け………!」


───俺が()る。俺が()る。俺が()る。


 集中からだろうか、音が遠のき、世界が遅くなっていく。


「───え?」


  ───突如、繋がる。

  迅の感覚が地球全体にまで広がり、ありとあらゆるものが()()()

  星全体に広がった感覚が、やがて収束するかのように縮まる。

 

 迅にはすべてが(わか)った。目の前にいる兎の一挙手一投足が。その風圧で揺れる木々が。ゆっくりと枝から落ちていく葉の動きが。───そして、世界を流れる『力』の波動、星を巡る『力』の循環が、手に取るようにすべて。

 

 この『力』は誰も知らないものだった。

 

 すべての生き物が無意識のうちに取り込んでおり、令力と似た性質を持っているにも関わらず、誰も理解していない。

 人の生み出す令力と、この『力』とでは『位階』が異なるのだ。

 低俗な生き物では、世界を巡る、当たり前の『力』を認識することが出来ない───ただ一人、九十九を除いて。

 

 兎の戦闘形態───真っ白な体毛に覆われた後ろ脚が盛り上がり、筋肉質になる。

 同時に、迅の視界から消える。

 さきほど九十九にも見せた、兎の『古行』。

 周囲にある“面”を足場とした、空間跳躍をする高速移動。

 音速を越えているにも関わらずなんの影響もない? ───当然だ、これは空間を跳んでいるのである。(せいれい)の膨大な令力は、瞬間移動すら成しえた。


 だが、()()()()()()()()()()()

 

 周囲を移動し続ける兎の動きが、完全に。

 兎が無意識的に取り込んでいる、世界を巡る『力』を追うことで、視力では追い付いていないにもかかわらず、すべてが児戯のように、迅の手の内にあった。

 

 「刀を振るう」そう考えた時、周囲の『力』が迅へと入っていく。とてつもない奔流が、迅に全能感を与える。

 

 兎の下等生物など塵芥。


 迅の背後から兎が襲い掛かる。およそ狩人としては百点の、死角を突いたよい一撃であった。

 

 刀を振るう───人とは思えない、高速の一振り。音速を越えた兎の噛みつきを、それ以上に速い刃で迎え撃つ。

 

 力の奔流がとめどなく流れる───そして、その力は迅をより強くしていく。


 なぜか迅の両腕に激痛が走る。極限まで伸びた一瞬の中、迅の振るう刀が兎の首に吸い込まれる瞬間のことであった。

 

 こらえることの出来ないほどの強い痛みの中、だがぎゅっと握った刀だけは離さない。


「───っあぁっっ!」


 痛みを振り払うように、迅は吠える。

 実際は吠えるどころか、口も開けていない。凝縮されたこの時間も、実際は1秒にも満たないのだ。


 それでも、迅には永遠に感じ取れた。

 腕が消し飛ぶと感じるほどの激痛も、少しずつ肉が裂けて血が浮かび上がってくる様子も、振るう刃の煌めきも、兎の鋭い歯が迫る様も───そして、振るった刀が、兎の首をたしかに通り抜けた瞬間も、すべてが見えていた。


 この一瞬が、迅が生きてきた十一年間(じんせい)よりも濃密だった。


 刀を振りぬくと加速した時間は徐々に遅くなり、兎の頭が落ちる時には元に戻っていた。


「──────ッア嗚呼ああああああああアアアああぁぁぁぁああァァ⁉」

 

 腕が爆ぜ、激痛。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い、ただ、痛い。


 あり得ないことに、爆ぜた腕が急速に塞がる───「お前は壊れるな」と言わんばかりに傷が消えていく。

 

 そして、再び爆ぜる。治った腕が、内側から裏返る。

 また、治る。

 壊れて、治って。爆ぜて、直って。割れて、(なお)って。それの繰り返し。

 

 迅には、自分がなんなのか分からなかった。神使と戦えるのも、傷がすぐに塞がるのも、そんなものは人間じゃない。


───まるで本当に「化け物」ではないか。


「っあぁぁぁぁあああああああああああああああだぁぁぁぁぁあああああああ!」


 再び腕が壊れる。消えゆく全能感は、代償と言わんばかりに、痛みを残す。


「じ、迅………」

 

 這う這うの体で九十九が来る。

 そして、彼女は迅の腕に手を当てた。


「───落ち着いて、深呼吸じゃ」


 迅は九十九の言葉に縋るように深呼吸をする。

 そんな迅を見た九十九は、痛む躯体に鞭打ち、集中するかのように瞠目する。


「………よく、頑張ったの」


 九十九が優しくほほ笑むと、彼女の周囲が輝く。


「あ──────」


 迅の内にとめどなく入っていく『力』が逆流し始め、空へと昇り始める。傷の再生が緩やかになり、先ほどまで続いてた腕の破壊が起こらなくなる。


 昇っていく『力』は、空高く上がった所で花火のように美しく散っていく。幾つもの光が空で爆ぜ、輝きを放つ。

 茜色のキャンパスを染める、厳かで神秘的な輝きに───迅はただ見とれた。


「───感じるのじゃろう?『()』の流れが」

「うん………」

 

 力の正体───『氣』。令力とは同質で、だが全くの別物の力。

 『神代』だけが使いこなすことの出来る、神秘の極致。

 その尊さは、迅と同等であった。


「………お主を()()()()()とする」

「え?」

「………お主は氣を知ってしまった。もう今までのように生活できん。であれば力の扱い方を教えるほかあるまい」


 迅が望んでいたことが叶ったにも関わらず、彼の胸中を満たしていたのは喜びよりも困惑であった。

 兎の神使を一刀で倒した力、そんなことは人間には出来るはずもないのだから。


───俺は何なんだろうか。


「───お主が何者で、一体どんな秘密があるのか」

「!」

「そんなものはどうでもよい。迅、主は一体、何者になりたい?」


───俺のなりたいもの、それは。


 またも、宗隆の言葉を思い出していた。彼の言葉は、迅を雁字搦めにしているのだ。


『…お前はいずれ、救世主となる』

 

 その時、宗隆は醜く嗤った。


───宗隆が別人に見えたあの言葉は、だけど間違った事ではないはずだ。


「俺は──────」


 皮肉なことに「尊くあれ」そう願う宗隆の言葉が、迅を()に留めている。


 多くのことが起きたからだろうか、迅の意識が遠のいていく。残っていなくとも、痛みは確かにあったのだ、当然である。


「………………そうか。ならばお主に刃を………」


 迅の言葉を聞いた九十九は、小さく呟いた。


 最後に見た九十九の顔は、辛そうで苦しそうで───笑顔にしたいと、そう本気で思った。

 迅は、彼女の苦しみを和らげたいと、強く思った。



──────



 暗い昏い森の奥。

 

 刃の墓標の上に立つ、黒い少女が居た。腰元まで伸びた艶やかな漆黒の長髪に、美しい彼岸花が描かれた黒い着物は上品で、人とは思えない気品を放っていた。


「───見つけた」

 

 少女の言葉が夜に溶け込むと、石像が動き始める───否。石像ではなく、苔や蔦、そして砂にまみれた一人の男であった。

 身じろぎに合わせて男に纏わりついた砂や苔が落ちて、男の地肌が現れる。


「そうか………」

 

 重苦しいほどの重厚感を帯びるその声から、彼の感情を読み取ることは叶わない。


「漸くじゃ!」


 少女は月を見上げる。

 跳ねるように刀を飛び移り、男の元へと進んでいく。

 

 輝かしいほど逞しい肉体を一切隠していない男は、真横に刺さっていた錆びた刀を引き抜く。

 男が力を込めると、刀が朱色に染まり禍々しく変状する。そして、男は令力で作った着物───狩衣(かりぎぬ)を身に纏い、千年眠っていたとは思えないような一閃を放つ。


 (わざ)を試した男は、しかし満足いかなかったらしく、僅かに息を漏らし、刀を腰にしまった。


「………覚悟は決まったか?」

 

 少女は背後から男を抱きしめ、男の顔を窺う。挑戦的な笑みは、だが若干の緊張もはらんでいた。


「……お前はどうなんだ」


 男の問いかけに、少女は瞠目するが、それは(またた)きのもので、迷いを振り払えたようには思えなかった。


「……()の答えは、五百年前に既に決した」

「………ならば、私も最後まで付き合おう」


 男の体に少女が溶け込む。


『愚かしい人間。一匹残らずすべて滅ぼす』

 

 少女の言葉を聞き、男は歩き始める。

 

 夜を往く男の額には、二本の角が生えていた。



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