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空色刃──カライロヤイバ──  作者: 宗十郎
二章 氷華一刀
12/12

11 回想 / 兆し

 今から半年ほど前の冬、『兎の神使』との戦いから十か月ほど経ったある日。

 それは、迅が修行から家に帰った時のことであった。

 

 宗隆が倒れていた。

 

 突然の事態に、基本慌てふためくことのない迅が、冷静さを欠き、何をすればよいのか分からなくなった。 

 日が暮れて危険なため、天照(あまてらす)が付き添いしていたこともあり、手間取ることなく病院まで連れていくことが出来たが、彼女がいなければ宗隆はきっと間に合わなかったことだろう。

 

 病院での長い検査を終えた宗隆は淡々と。


「…癌だった。末期のな」


 一切の驚きも絶望もない、普段と何ら変わりない声色で宗隆は告げた。

 医者によれば、進行自体は手遅れというほどでもなかったが、全身に転移しており、完治は絶望的であるとのことであった。


「………男手一人で育児と介護をこなしていたのは、心身に悪影響を与えたのでしょう」


 付き添いで来ていた天照の言葉は、迅の心に深く突き刺さった。


 随分前から違和感や痛みを感じていたそうだが、幼い迅を親のいない哀れな子どもにするわけにはいかず、気持ちを隠して隔して───かくして、壊れてしまった。


「……これからどうする」

 

 痛みで苦しいはずにも関わらず、宗隆は迅の心配をしていた。頼れる親戚も村の住民もおらず、齢十二にして独り暮らしになってしまう、と。


「なぁ───」

 

 宗隆を安心させるために、迅は自分のことを話すことした。無論、『裏』のことを話すと陰陽寮に消されてしまうので、そこら辺は上手くぼかしつつであるが。

 最近帰宅が遅いのは剣を習っているためであり、遊び半分でなく本気で取り組んでいるということ、そして住み込みで頑張りたいということを、迅自身の言葉で伝えた。


 宗隆は終始目を瞑って考えており、感情を表にしない仏頂面であったが、迅の言葉をしっかり聞いていたことだけは確かである。

 しばらくの沈黙の後、宗隆はぽつりと話し出す。


「…そこの女性は指導者か?」

「え?あー、いや」


 言い澱んだ迅の様子に、そうなのだと勘違いをした宗隆は得心のいったように僅かに頷いた。


「…人とは思えない神々しさを感じる」

「!」


 宗隆は天照の正体に薄っすらと気付いていた。『裏』については知らないのだが、長年の人生経験から、なにかを察したのだろう。


「…苦しくないか」

「きつい時もあるけど、嫌じゃない」

「…そうか」


 どこを見ているのか掴めない強い視線のまま、宗隆は言葉を紡いだ。


「………お前がこれから身に着ける力は、誰かの為に振るうものだ」

「え?」


 宗隆は嗤った。いつもと同じ声色で、だがいつもと違う表情で。

 俯いていた迅が顔を上げた僅かな間に、彼は既にいつもの顔に戻っている。

 その様子は己が醜悪さを隠すようであった。


「…それが出来るのであれば、応援する」

「じゃあっ⁉」


 宗隆は震える手で迅の頭を撫でた。かつて筋骨隆々だった宗隆の腕はか細くなっており、元自衛隊員の面影はなかった。


───こんなになるまで………。


 迅は何も気が付けなかった。それがただ悔しくて、不甲斐なかった。


「…がんばれ、迅。お前が人を救うのだ」

「? うん。やっと本気になれるものが見つかったんだ。俺頑張るよ」

「……では、これで失礼します。これからのことはすべて任せてください。入院のことも迅君のことも」


 ずっと黙っていた天照が口を開く。これ以上宗隆に喋らせたくないかのように、半ば無理やりなものであった。


「…よろしくお願いします」


 宗隆の言葉を聞き、「それでは」と言って天照は迅を連れて診査室から出ていく。

 受付でなにやら話をして手続きをし、病院を足早に立ち去る。


「………………」


 ふと、天照はちらりと病院を見て、小声で呟いた。


「いじらしくて、健気で───愚かな人」

 

 その天照の顔は、正しく神の(かお)であった。



──────



「迅、朝じゃぞ」


 九十九の言葉で、迅は目を覚ました。

 時計を見ると時刻は5時であり、修練の開始時間であった。


「うぅ………すまん、寝坊した………」

 

 回らない頭のまま布団から出て、修練用の白い狩衣に着替える。


「うむ。……珍しいのう、お主が寝坊など。やはり昨日一人で戦ったのは堪えたか?」


 寝つきがよく、あまり夢を見ない迅であるが、なぜかあの日を夢に見ていた。

 宗隆の入院が決まったあの日。それから、生活は一新した。

 基本的に第六秘匿結界内の庵で生活をし、朝夕に九十九とマンツーマンでの修行。

 ただでさえ特別な迅が強くなるのは当然であった。


「ふわぁあー。……一人で戦ったことは何度もあるよ。なんか昔の夢を見て───」


 頭が冴える。


───待て、今俺不味いことを口走ったような………。

 

 迅が自身の失言に気付いた時には、九十九の圧が増していた。


「───何度も、じゃと………?」

「や、そういう意味じゃなくて! こう………そう、イメージ的な。的な、ね⁉」


───まずい、非常にまずい。朝から九十九の説教で始まりたくない!


 必死に手を振って言い訳をするが、そんなものが通用する訳もない。


「………お主、吾に隠れて祓魔(ふつま)に行っとるなっ⁉ 危ないから一人で戦うなと何度も言ったではないかっ‼ 時折帰りが遅いと思っていたが、約束を破って勝手に───」

「着替えたっ、着替えたっ! 寝坊したし、早く始めようぜっ⁉ な⁉」


 説教を中断させ、障子を開けて庭に飛び出す。

 その姿は、母の説教から逃げ出す悪ガキそのままであった。


「こら、待てっ!」


───こんなミスでバレるなんてっ。なにもかも夢とか見たせいだ!


「………おのれ宗隆っ!」

「なにを言っておるっ! こら止まらんか!」


───……最後に会ったのは一か月前か。宗隆、元気かな。


「こらー!」


 九十九の声が森に響く。


 まぁこんな生活だって悪くない、かな。

どこか楽し気な迅の様子が、彼が今充実していることの証明なのだろう。


「迅っ‼」


 最も、九十九はまさに怒髪天なのだが。



──────



 九十九に説教されて、萎えた気持ちで学校を終えた迅。

 授業が終わり、各々放課後の活動へと向かっている笛桐(てきとう)中学校一年一組の教室。

 仲の良い友人同士駄弁り合っている中、一人帰宅の準備を進めている迅に一人の少女が近づく。


「………あの、伊在衣君。今いいですか?」

「えーっと………、藤原さん?」


 クラスで口を開くことのない迅に声をかけたのは、クラス委員を務める藤原 理沙。始業してから早四か月であるが、仕事以外で彼女と話すのは初めてだった。


「委員会の仕事で手を貸してもらいたいんですけど、帰宅部なの伊在衣君だけで………。手伝ってもらえませんか?」


 彼女の頼みに、一瞬顔を歪める。ただただ面倒くさいからであった。

 

 断ろうとした迅だが、クラスで孤立をする訳にもいかないので、首を縦に振った。


 迅は中学校に進学する際、陸村(むつむら)の子どもが行く中学校ではなく、遠い中学校を選択した。

 それは九十九が気を使い、迅を恐れる地元から離れて生活すればよいというアドバイスをしたからであった。

 その選択は功を奏し、笛桐中学校では迅の悪名を知っている人などおらず、嫌うものも居なかった。

 同級生への苦手意識はそうすぐに薄れるものではないため、友人を作ることは無かったが、今までの比にならない程快適な学校生活を送れていた。

 その快適さを守るためならば、多少の仕事は我慢しよう、迅は肩にかけたバッグを置いて、理沙に向き合う。


「良かった! じゃあ、これ!」


 手渡されたのは分厚い書類。軽く百枚はくだらないだろう。


「………なにこれ?」

「今度課外学習あるでしょ? 三クラス分の班分けをしなきゃだめらしくて、希望と人数制限とを上手く調整しなきゃなの」

「………………ごめん、やっぱ」

「───辞めるなんて言わないでね? それじゃあ、頑張ろう!」


 迅が学校を後にしたのは、夜の七時を僅かに超えた頃であった。





「くそっ、今何時だよ」


 夜の中、疾走する迅。

 学校から庵まで五〇キロはあるため、氣で身体強化をしていた。

 田舎の田んぼ道には、電灯も人影も車すらもなく、本当の真っ暗闇である。空から照らす月の明かりだけが、唯一の便りだ。

 

 にも関わらず、その()は良く目立った。


「おうぃ」

「……?」


 車と同程度の速度で駆ける迅に驚くでもなく、また夜道を少年一人でいることに心配するでもなく、迅が通ることを識っていたような声色で、男が現れる。


「なんだ………ですか?」

「いやいやいやいや、用はないさ。強いて言うならね」


「………私は君にずっと会いたかったんだよ」


 夜闇の影から出てきた男は、ただ不可思議であった。

 見た目は一般的な男である。年齢は二十代後半か三十代前半、身長も大きすぎず小さすぎず平均的なもの。夜道を歩くには黒すぎる恰好であるが、違和感を感じるほどのものではない。


 ではなぜ?

 ───生きている感じがしないのだ。息をしているようにも、熱があるようにも思えないのである。

 これはあくまでも迅の感想だ。直感だ。

 だが、正鵠を射ているだろう。

 それほどまでに『命』が希薄な男であった。


「………俺には、あんたへの用はないんだけど?」

 

 男は胸元から一つの紋章を見せる───二重の五芒星、外側の金色の星と、内側の紫色の星。黒白の生地に印刷されたその印こそ、『裏』の人間であるという、陰陽寮所属という証である。


「! あんた………」

「く、くくくくく! 我ながら、くくくくく………」

「………………」


 何がおかしいのか、男は急に笑い始める。

 迅は無意識に、足を拡げて重心を下げていた。

 臨戦態勢をとる迅に、男は両手を挙げて、戦う意図はないとアピールする。


「ん? いや、すまない。本当に君を知りたいだけなんだ───彼女が死力を尽くして護る、君のことを」

「………彼女?」

「くくくく。彼女のせいで私はこうコソコソしなきゃならくてね。今日は無理をしているんだよ」

 

 一切会話ができない男に、迅はイラつき始めていた。彼が喧嘩っ早いのは、歪んだ家庭関係ではなく、単純に彼の気質のようだ。


「ごちゃごちゃうるせえなぁ。ぶっ飛ばすぞ、てめぇ………」

「おやおや、囚われの王子様はじゃじゃ馬のようだ」


 今日はここまでにしょう、そう嗤った男は、迅とすれ違うように去っていく。


 すれ違う直前、男は迅に耳打ちをした。


「───明日の夜、ふたたびここに来るといい」


「きっと、おもしろいものが視れるよ?」

「!」

 

 迅は振り返った。

 其処には誰も居なかった。






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