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空色刃──カライロヤイバ──  作者: 宗十郎
二章 氷華一刀
10/12

9 初陣(仮) ①

二〇十八年七月某日。


 福島県亥苗代町(いなわしろちょう)にある廃墟となったロッジ。

 観光地として有名な亥苗代湖から近いそのロッジは、倒壊の危険があるため侵入禁止となっているが、心霊スポットとして有名であり、怖い者知らずの侵入が後を絶たない。

 

 簡易的に設置された鎖を外し、侵入する三人組───黒いスーツに全身を包んだ一位階の退魔士「藤野(ふじの) 貴人(たかひと)」と神代流師範代にして女神「九十九」。そして、柔道着のような白い狩衣に身を包んだ神代見習い「伊在衣 迅」。

 

 夏とは思えないほど涼しいのは、避暑地故か、それとも───。


「ここは有名な心霊スポットなのですが、それゆえ(よど)みやすい地域ではありました。今回は()()を狙われてしまったようです」


 藤野は持っていた「術符(じゅつふ)」に令力を込めて簡易的な人除けの結界を作る。これにより、令力の凪いでいる一般人は一切侵入することはなくなる。


「澱みって?」


 唯一、凪いだ令力の持主でありながら侵入可能な迅は、だが持ちうる知識は一般人とそう変わらない。澱みという言葉に馴染みがなく、彼は九十九に尋ねた。


「恐怖のような人の悪感情は龍脈に乗って、六つの結界に流れてゆく───吾たちの第六秘匿結界のようなの。じゃが、流れる前に霊地に溜まり、澱んでしまうことがある」

「そうするとどーなんの?」

「溜まり澱んだとて、流れには逆らえん。いずれ、結界に流れてゆくじゃろう。じゃが、澱みは令力じゃからの、今回のように、澱みを自分の力に変える怪異が出てくるのじゃ」

「なるほど、それが今回の獲物ってわけだな」

「そして、お主への試練でもある」

 

 分かってるよ、不貞腐れながら迅はぼやいた。

 

 九十九は陰陽寮の仕事に関与しない。神が人の営みに深く関わるべきではないと考えているからだ。そのため、彼女は個人的に怪異を祓うことはあっても、退魔士や陰陽師と積極的に接触しない。


 だが、今は迅がいる。


 かつての弟子たちの時代は、今よりもずっと怪異が身近であったため、戦いには苦労しなかったが、平成のように怪異が少なくなった時代においては、迅の修行に丁度良いレベルの怪異は、陰陽寮によって管理、祓魔されてしまう。

 そのため、九十九は在り方を曲げて、陰陽寮所属の退魔士の仕事に協力することとしたのだ───すべては、迅の修行のためである。


「………ここ、ですね」

「へぇ、中々の()だけど、そんだけじゃん」


 様々な落書きのされた汚いロッジは、心霊スポットとしての不気味さはあるものの、怪異はおらず拍子抜け───そう考えていた常識知らずの迅の言葉に、藤野は目を見開き声を荒げるが、すぐにハッとする。


「は⁉ ………そうでした、伊在衣君は令力知覚が出来ないんでしたね」

「………できないんじゃない。意味がないから覚えてないだけ」

「………あるじゃろ。じゃからこの禍々しい令力が見えんのじゃろうが………」

 

 ジト目を向ける九十九。その視線に、迅は思わず姿勢を正した。

 

 だが迅の「令力知覚はできなくていい」という言葉を認めたのは九十九だった。

 “令力の知覚が出来るメリット”と、“令力を知覚できないと相手に思わせるメリット”を比べた時、後者をとったのである。

 とはいえ、この選択は迅だったからこそ出来たものであるが。


 ロッジには周囲の棟全体を覆う敵意の帯びた令力に満ちており、力のある怪異が根城にしていることが伺えた。

「お主にとって()()()の『マ型』の怪異じゃ。油断するなよ?」


 怪異には『マ型』と『シ型』の二種類がある。

 『シ型』は人の恐怖から生まれるため、強い個体が生まれやすい───のだが、陰陽寮の術師により、コミカルな思想を混ぜることで、強い個体が生まれることがほとんどなくなり、人にとって脅威ではなくなっていた。

 

 一方『マ型』の怪異は、令力を自発的に用いる人以外の生き物や霊が対象であり、人に敵意のない安全な個体も、今回のように人に悪意を持った危険な種も一緒くたにされている。

 現代において、怪異として脅威を振るっているのは、専らマ型の怪異であった。


「………おう!」

 

 九十九の忠告を聞いた迅は冷や汗をかき、静かに頷いた───それは怪異への恐怖からではなく、九十九への隠し事からの後ろめたさからであった。彼にとって、初めてではないのである。


「自分が先頭で入ります。最後尾に伊在衣君でいいですね?」

「はぁ⁉ ざけんな、子ども扱いすん───」

「────迅?」

「………………はい」

 

 九十九のドスの聞いた言葉に、迅はおとなしくなる。

 彼女と生活を始めて約半年、迅は九十九の言うことは素直に聞くようになっていた。


「それでは入ります。伊在衣君、くれぐれも、油断しないように」


 藤野の言葉を聞いた二人は、静かに氣を巡らせてロッジに入っていった。




 ロッジの中には、半ぐれが入ったのだろう、至る所に趣味の悪いスプレーアートがあり、空き缶が散乱していた。

 二階建ての戸建のようなロッジには、怪異どころか生き物の気配はなく、令力知覚の出来ない迅には、ただの廃墟のようにしか感じられなかった。


「………なぁ、本当にここで行方不明になってんの?」

「はい、そのはずですが………」


 今回、ここの調査をするきっかけとなったのは、大学生の男女4名がロッジに侵入した後、行方不明となったからであった。

 元から『表』の曰く付き心霊スポットとして有名であった本区域であるが、実際に人が消えたとなると、そこに産まれる『恐怖』は今までの比ではない。ここに巣くう怪異が恐怖を喰らい続ければ、やがて『外位』───通常の手段では対処できない強大無比な怪異へと進化してしまう。故に早急な祓魔(ふつま)が求められた。


「巧妙に隠れてるのじゃろうな。………藤野殿、吾らは既に捕捉されていると思ってよいでしょう」

「………はい」


 ごくりと生唾飲み込んだ藤野は、全身から冷や汗を流しており、ここに巣くう怪異の強大さが察せられた。


 ロッジの中を散策していた二人は細心の注意を払っていたが、最後尾にいた迅は、勝手にバスルームへと向かって行った。遅々とした散策に嫌気がさしたのである。


 長らく手入れされていないからだろう、歪んだ蝶番の扉を無理やり開けて、中を確認する。

 そこには宿泊用に広めに設計された脱衣所があり、大きな鏡のついた立派な洗面台があった。

 ちょろちょろと水が漏れていてむず痒くなった迅は、しっかりと蛇口を捻って水を止めた。


「………スマホだ」

 

 洗面台の前に、スマホが一つ落ちている。画面はバキバキに割れてしまっていて、焦って落としたのだと、迅は直感した。

 試しに画面を触ると、充電があったようでしっかり光った。画面が壊れても使用できるのは、さすがの技術力といったところだろう。

 年齢不相応の慣れない手つきで色々と弄っていたところ、横にスライドしたことでカメラが起動された。


「お」

 

 画面右下にある写真のプレビューをタッチして撮影履歴を確認する迅。最後に撮ってから五枚までを確認できる仕様だったようで、怪異の正体、その核心的な姿を目撃した。


「こら、迅! 一人で勝手するでないわ!」


 迅の不在に気が付いた九十九が、頬を膨らませて脱衣所に入って来る。

 迅はごめんごめんと雑に謝罪をしつつ、手に持ったスマホの画像を見せる。


「見ろよ、これ。怪異の正体!」

 

 スマホに写っていたのは、白い影によって湖に引き込まれていく男の写真であった。男の助けを求めるような大口開けた顔から絶望が、焦って撮ったであろうブレブレの写真からは悲惨な様子が伝わってきた。


「む、水子の類か。亥苗代湖では古くから水難があったと聞く。溺れて霊になったのだろうな。…………であればもう、四人とも死んでしまったか………」

「水子ってさ、湖とかで人を沈めるんだろ? この写真はまだわかるけど、スマホがロッジの中にあるのはおかしくないか?」

「………まさか⁉」

 

 九十九は迅の腕を掴み、焦った様子で脱衣所から離れていく。


「どうしたんだよ?」

「澱みで能力が強化されているのだ!『 湖』の中じゃなく、『水』の中に沈めるという術に!」

「やべぇじゃん、それ。ここ、水道繋がってるぜ」

「………………藤野殿は?」

 

 九十九の言葉を聞いた迅は、周囲を窺うが、人の気配が感じられない。

 焦った二人が二階に登ると、扉の空いたトイレと、揺らめく便器の中の水。


「………連れてかれた?」

 

 つぅーと汗を垂らした迅の呟きに、九十九は深く目を瞑って『探氣(たんき)』をする。周囲の氣を読み取った彼女は、近くに藤野の氣を感じた。


「そのようじゃの。じゃが、まだ大した力ではない。水の中を異界にする致命な力ではなく、水を通して自分の城へと運ぶ術のようじゃ」

「生きてたのね」

「じゃが、時間はない。急ぐぞ、藤野殿を助けに行く!」


 「なんで俺たちが」そう思った迅だが、顔には出さずに素直に九十九に従う。本来この任務は藤野一人で行うものであったのだ、迅がそう考えてしまうのも無理はない。

 

 ロッジから飛び出した二人は、亥苗代湖(いなわしろこ)へと続く森を疾走する。氣による身体強化を施した二人の速度は原付バイクと同等の速度を維持していた。


 森を進んでいくと、湖が近くなかったからだろうか、湿った空気に変わっていく。

 落ち葉には弾の水がつき、霧掛かった視界が、足元にある水たまりを隠す───明らかに怪異のテリトリーであった。


「迅、注意しろ。敵の怪異は思ったよりも強い。どこから攻撃がくるか分から───」

「九十九⁉」


 トプンッと、九十九は水たまりに吸い込まれていく。

 中学生ぐらいの少女が小さな水たまりに吸い込まれていくという、如何とも言い難い光景に、思わず歩みを止めてしまった迅。

 慌てて足元の水たまりに手を伸ばすが、こちらからの干渉はできない様で、そこの浅い水膜があるだけであった。

 

 普段の九十九ならきっと回避しただろう。俺を心配し、意識を乱した瞬間を狙われた───怒りで迅の『操氣(そうき)』が乱れる。


「ッ!」

 

 瞬間、体を裂けるような激痛が迅を襲う───それは、未熟な迅の目下の課題、過剰強化であった。

 全身を走る鈍い痛みを堪えて、大きく深呼吸。迅は自身に入ってくる大量の氣を、体外へと排出していく。


「………九十九、今助ける」


 迅は、静かな決意を込めた言葉と共に腰に佩いた刀を抜刀し、いつでも戦えるよう構えた。

 そうして鋭い眼差しのまま、亥苗代湖へと向かって行った。






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