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青炎紀  作者: 二十二郎
〈2〉破魔之役:金剛の従者
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19 金剛の従者?

ヨラのデイルダム市内巡回業務は(つつが)なく終了し、三人は街の南端にある「城」の前にやってきた。


ここは王国時代には”デイルダム・レーブ(デイルダム公)”を世襲していた家門の居城であったのが、折悪く都に上っていた公爵一家が”大災禍”によって「消滅」してからは、以前より街の実力者であったジャナールに占領されているらしい。


構造は至って普通の台郭城だが、その白い城壁には城主の権勢を誇るかのように、数多の豪奢な刺繡の入った垂れ幕が下がっていた。それらが街の煤けた臭気に燻らせられて黒ずんでいるのを含めて、「この街」そのものを象徴しているかのようであった。


「ここがあの方の”居城”だ。闘技場はここの地下にある。」

「…。」


伝統的な意匠の大城壁は、アールンの目には未だ嘗て無いほど醜く、どす黒く映っていた。

今この瞬間も、この中でソーラが苦しんでいるかも知れぬことを思うと、憤慨や焦燥、或いは彼女に対する罪悪感とに苛まれ、居ても立ってもいられなくなる。

その気持ちをぐっと堪え、彼はヨラに付いて城内へ進んでいった。


「そういえば、お前らは二人で大会に出るつもりなのか?」


空気のよどんだ薄暗い地下道を行く道すがら、ヨラはふとそう訊いてきた。


「言っておくが、お前の”お目当て”が賞品になってるのは三人一組で戦う『集団戦』の種目だからな。」


それを受けて、アールンはちらりとメウナの方を見た。


「…行けるか?」

「うん。人相手はちょっと苦手だけど、頑張ってみるよ。」

「有難い。」


それから、彼はヨラの方に向かって頷いたが、彼女はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「まあ、別に止めやしないが…力を恃んで数差を軽んずれば痛い目に遭うぞ。頭数の上での不利を覆しうる何かが無いのなら、もう一人数合わせを調達しておくことだ。」

「数合わせ…。あんたは駄目か?」

「何かの冗談か? 私の役回りはお前ら猛獣共の見張り役だ。」

「だよな…。」


となると、初対面でのスカウトが必須というわけだ。

もとよりあまり外向的な方ではないアールンにとっては、見ず知らずの者にいきなりそのような事を切り出すのは一等気が引けることであるが、今回は彼より幾分か社交性のあるメウナもついてるので、そこまで苦労する事ではなかろう。


とはいえ、”集団戦”に単身乗り込んでくるような大馬鹿者など本当に居るのだろうか。居たとして、それがマトモな戦力になるのだろうか。やはり不安は残る。そんな彼の様子を察してか、ヨラがため息と共にこう言った。


「助っ人と言えば一人だけ、心当たりが無いこともないがな。」

「本当か!? そりゃ有難い…。」

「だが、あれは大層気難しい奴だ。言い出した以上顔は繋いでやるが。お前ら名前は何て?」

「名前か。俺はルーウィンだ。姓は無い。」

「私は、メウナっていいます! えと、同じく姓はありません!」


傍系とはいえ、この街でエルドーレンの名前を出すのは危険と判断したのだろう。

賢明な判断だ。無姓の者などこの街では珍しくも何ともないであろうし。


「ふむ。ルーウィンとメウナか。じゃあついて来い。」





地下通路の果ての開け放たれた大扉の先から、何やら騒ぎが聞こえてきた。


「何だ…?」

「喧嘩、かな?」

「…。」


困惑気味に呟くアールンとメウナを置き去りにして、ヨラは足を速めた。

大扉の先の、カンテラの灯りに満たされた広間の中には、喧騒を発する人垣があった。


「行けッ! やっちまえ!!」

「そこだ!! ぶっ飛ばせッ!!」

「ああ! ぼーっとしてんじゃねえよ!! 今右打てただろ!!」


飛び交う野次が、すっと引いた。

そして、群衆は素早く二つに割れ、その間から顔がぼろぼろに腫れあがった恰幅の良い男が、拳を握ったままアールン達の方に向かって吹っ飛んできた。


「うおっ!?」


思わずそう呟きつつそれを避け、彼は群衆の中心の方に目を向けた。


そこには背のかなり高い、険しい目つきの男が立っていた。黒の長髪を後ろで一纏めにし、乱暴に破られたと思しき袖なしの着物から突き出した双腕と首は、例外なく鍛え上げられた筋肉に覆われていた。それでも不格好とか異形という印象はなく、只ひたすらに鋭く輝く刃のような肉体であった。


歳はアールンの二つか三つ上、然程変わらないように見える。


男の細い双眸から放たれたぞっとするほど冷たい視線に射すくめられ、アールンは思わず息を呑んだ。


その隣で、ヨラは一つため息をついた後、腰の剣の柄に手を掛けた。

そして、彼女の姿は揺らぎ、アールンは頬を風が軽く打ったのを感じた。


(”超集中”! 殺しに行くのか!?…って―。)


「嘘だろ…!?」


しかし彼の予想とは裏腹に、余人には認識し得ぬ超速で襲い掛かったはずのヨラの刃を、男は軽々と左手につまんで受け止めていた。


アールン達と同様に向こうの群衆もざわめく中、ヨラは平然と口を開いた。


「場外乱闘は禁止だ。鍛錬がしたいなら一人でやれ。」

「フン…。」


それに対し、男は不満と嘲りの入り混じったような目で彼女を見据えた後、刃の拘束を解いた。ヨラは剣を収めると、今度は周囲の野次馬たちに向かってこう言った。


「お前らも、次はないぞ。」

「「「へ、へえッ!」」」


どうやら彼らには超集中型の”憑き人”たるヨラに対抗し得るだけの力は無いらしく、先程の威勢は何処へやら、及び腰でその場を離れていった。


「あいつ何モンだ…?」

「あの人、一人っぽいね。もしかして…。」


大抵何人かで寄り集まっている広間の中の荒くれ達とは異なり、件の男はその場の何人たりとも寄せ付けぬ雰囲気を纏い、一人壁際で得物と思しき長剣の手入れを行っていた。


「鋭いな。正しくその通りだ。」


そう言いながら、ヨラが悪だくみを成功させた少年のような笑みを浮かべて近づいてきた。


「マジかよ…。」

「言った筈だろう。気難しい奴だと。何だ怖気づいたのか?」

「…顔は繋いでくれるんだろ?」

「ああ。ついて来い。」


ヨラはつかつかと男の方に向かって歩き出した。


「ドール、ぼっちのお前に良い”お仲間”を見つけてきてやったぞ。」


馬鹿にしたような口調の彼女に、ドールと呼ばれたその男は手を止め顔を上げ、怪訝そうにヨラを、次いでその後ろからやってきたアールンとメウナを順に見た。


そして、再び目線を膝の上の剣に戻し、吐き棄てるようにこう言った。


「余計なお世話だ。」

「ふむ、なるほど。だが、この二人…ルーウィンとメウナはお前の助けを求めている。それを無下にするとは、お前の”戦士の道”も嵩が知れるな。」


その言葉にドールは機嫌を悪くしたのか、一層険しくなった眼光で目の前の三人を睨んだ後こう言った。


「ついて来たいのなら勝手にしろ。だがお守りは御免だ。俺は俺の目的を果たすためにここに居る。足手まといになるようなら見捨てるからな。」

「だそうだ。契約成立だな。では、お前の参加名簿の下にこいつらのを書き足しておくとしよう。御三方はごゆっくり~。」

「おい、ちょっ…。」


アールンが引き留める間もなくヨラは踵を返してどこかへ消え去ってしまい、取り残された二人とドールとの間に気まずい空気が流れた。


「あー…なあ、さっき”目的”って言ってたが、あんたにはこの大会での優勝以外に何かあるのか?」

「…。」


その重苦しさを打ち破らんとアールンはそう問い掛けてみたが、それに対して目の前の男は無言を貫き、剣を磨く手を止めるそぶりすら見せなかった。


「なあ、ドールさん? 聞いてる?」

「…。」

「むう…。」

「ねえ、この人多分今は集中してるんだよ。あんまり邪魔しないであげよ?」


三人一組で戦う以上多少なりともこの男とは話せるようになっておきたかったが、このまま続けても埒が明かなそうなので、彼はメウナに向かって頷いた後、ドールの座る場所にほど近い場所にある壁沿いの腰かけに座り、自身の武器の調整と”ハリージェ”内の物資の点検を始めた。


「チッ…いけすかねえ奴。」

「まあまあ、ソーラさんを助け出すまでの辛抱だと思って我慢しようよ。」

「そうだな。あいつも腕は確からしいし、優勝の可能性はだいぶ上がっ…た…。」


そこまで言ったアールンを、大男の影が覆った。


顔を上げると、そこには先程まで全くの無反応であったドールがいつの間にか二人のすぐ横までやってきていて、威圧するような光を湛えた目でもって二人を見下ろしていた。


「フン…お前たちも”従者”目当てか。」

「そうだが…。ってか、それ以外の奴なんて、普通に考えてこの種目に居るわけないだろ?」


そう言いつつ、アールンは周囲の物々しい男達を見回した。


「…男女の組だからと少し期待していたが、やはりか。だが、勝ったら”従者”は俺のものだ。お前たちには渡さない。それが嫌ならこの組は解散だ。」


その言葉にアールンは目の色を変え、反射的に立ち上がった。


「…何故だ?」


背の高いドールを上目に睨みながら、彼は声を抑えてそう言った。


それは、ドールに対するある種の期待によるものだった。

先程も言った通り、この広間にいる人間の中に、ソーラ目当てでない人間など居るはずもない。そして、その大半の根底にあるのは唾棄すべき欲望だろう。そのような人間に彼女を渡すわけにはいかない。

しかし、この男は不愛想かつ粗暴だが、彼の中にソーラ個人に対するそのような感情の存在は今の所感じられなかった。

だからこそ、他に彼女を求める正当な理由があるのなら今のうちに聞き出しておきたいし、そのような理由が()()()()()()という思いからの問いであった。


もし仮に眼前の男の動機が欲情によるものだとしたら、最終的にはこの男と対峙しなければならなくなるのだから。


アールンの尋問に対し、ドールは表情一つ変えずこう答えた。


「俺の”力”を証明するためだ。」

「力…? だったら優勝すれば十分だろ。どうして”従者”まで求めるんだよ。」


すると、ドールは気だるげにため息をついた。


「…こんな野蛮な賊共の祭りで証明される力などに興味はない。俺は”従者”を賊共の手から解放し、エルマードの向こうに連れていく。…俺が””金剛の従者””であることを証明するためにな。」

「は…?」


咄嗟にアールンは男の手の甲を見て、”紋章”の不在を確認した。


「え、あなたも、従者なの…?」と、メウナも驚きに満ちた声を上げた。

「…どうやら”祝福”はまだのようだが、”アトーヤーディ(挙使)”に推挙されでもしたのか?」


努めて冷静に問い質したアールンに、男は意外そうに僅かに眉を上げた。


「ほう、よく知っているじゃないか。確かに俺は”従者の祝福”は受けていないし、挙使の推薦も受けていない。だが、それは俺が”従者”でないことを意味しない。」

「だったら、どうして自分がそうだって言い切れるんだよ。」

「…金剛の従者の要件は”最も強き者”だろう。そして、それはまさしく俺のことだからだ。」

「…は?」


あけすけと言い切ったドールに、アールンは呆れかえった。

理解に苦しむ論理だ。


「お前も先程見ただろう。常軌を逸した武力を持つ”憑き人”…中でも最強格である”超集中型”でさえ、俺には敵わんのだ。ならば、この俺を差し置いて誰が最強の名を手に入れられようか。」

「は、はあ…。」

「だが、お高くとまった貴族共は、それでも俺を”従者”…百万歩譲って、候補であるとも認めようとしない。だが、単独で同輩たる”紅玉の従者”を救い出すという赫赫たる武功を以てすれば、俺の力は万人の知るところとなろうし、お偉方も俺の素質をきっとお認め下さるはずだ。」

「なんつー自信だよ…。」


つまり、この男は自信の栄光のために”紅玉の従者”たるソーラの存在を利用しようとしているのだろうか?


「でも、ということは…彼女()()には、然程興味はない、と?」

「下心の話をしているのか? 俺をお前たちのような下衆と一緒にするな。音に聞く紅玉の従者ならば、なるほど見目は麗しいかもしれないが、自分よりも年若い未熟な者になど全く惹かれん。やはり、至高は全てを包み込んでくれるような年上の女性だ。」

「はいはい、そうですかそうですか…。」


こいつ、毎度のことながら言ってて恥ずかしくならないのか?


しかし、動機はどうあれ「ソーラを救出し南に行く」という点では、この男も目指すところは同じらしい。そして、こんなことを宣うぐらいなのだから、いたずらに彼女をいたぶるような真似もしないと見える。

ならば、対立する意味はない。


「まあ、そういう理由なら止めはしねえよ。ちょうど俺たちも同じような理由だったんだ。…ああ、もちろん自分が従者だなんて言うつもりはねえが。」

「ほう…。まあ、邪魔にならんなら何でもいい。」


そう言うとドールは踵を返し、長い黒の総髪を揺らしながら自身の”定位置”に戻り、剣の手入れを再開した。


「なんだか、凄い人だったね…。」

「ああ。」


苦笑気味に言ったメウナに、彼は頷き返した。

そこから暫く、特段の会話もなく思い思いに過ごしているうちに、どうやら外は夜の帳が下りたようで、三人を含む大会の参加者達は”宿房”に案内された。


そこは、入口を除く三方を凹凸した冷たい石壁に覆われ、外の地下通路と繋がる入口側だけは黒い鉄格子で外界と隔てられた空間であった。


薄暗い中、各方に一つづつ設けられた壁付け式の硬い寝台が、外の地下通路の天井からぶら下がる灯にうっすらと照らされることで辛うじてその存在を知らせていた。


「これが今宵のお宿かよ…。ただの牢獄じゃねえか。」

「罪人にでもなっちゃった気分だね。」

「早く慣れておけ。ここは飯も大層不味いからな。」

「うっ…。」


三人が「牢屋」に入った後も、格子の外には自身の寝ぐらに戻る荒くれ達の耳障りな声や足音が響き渡っていた。


「おい、あれだぜ、今日ドールさんにくっついたっていう二人組!」

「おうおう、強い奴についていけば勝てるって算段かァ? クソ、ムカつくぜ。」

「試合で当たったらあいつら狙い撃ちにしてやるか。」

「チョーっと待ったぁ。あの女の子だけは残してくんな。行きがけの駄賃にあの子貰えば、優勝できなくても元はとれるってもんだぜェ。」

「それはドールさんから逃げおおせてから言うんだな。この好色馬鹿。」


その言葉を聞きながら、アールンは入って右側の壁の寝台に座り、隣に座るメウナを覆い隠すように身を少し乗り出した。


「なんだか、ソーラさんの気持ちが少し分かる気がするよ。」


俯きつつ小声で呟いた彼女に、アールンは外を睨んだままこう返した。


「心配するな。あんたも、ソーラも、誰一人あいつらには渡さない。俺は王子なんだ。その位の我儘は許されるだろ。」

「…そうだね。信じてる。勿論、私も頑張るけどね。」


「そうそう。その彼女についてなんだけどね。」


そこで、久しく聞いていなかった気がする声が前方から飛んできた。

金色の髪の少年ノルンは、相変わらずの掴みどころのない雰囲気を纏いながら、薄闇の中を軽い足取りで二人に近づいてきた。


そして、その首には瞬く間に長剣が突き付けられた。


「…。」

「誰だ。何処から入ってきた?」


ノルンは傍で剣を突き付けるドールを一瞥し、「ああ、君が…。」と一転真剣な声色で軽くつぶやいた後、いつもの軽妙な口調に戻ってこう言った。


「別に僕は悪い…奴じゃないよ。」

「ほう。それを淀みなく言えていれば、より説得力が増したことだろうな。」

「ま、何でもいいけどね。刺したいなら刺せばいい。君に刺せるものならね。」

「フン…!?」


馬鹿にするように鼻を鳴らしたドールの一突きはノルンの首の中軸を正確に捉えたかに思われたが、それでもその白い首から鮮血が迸ることはなく、剣の切っ先は少年の肌に()()()()何の手ごたえも無いようであった。


困惑して剣を振り回すドールに、少年は呆れ顔で言った。


「はあ、”憑き人”ですらない一般人に、この僕が傷つけられるとでも?」

「何だと…!?」


ノルンの煽るような言葉にドールは激高したが、それはそうと手詰まりなのも事実である。

渋々剣を下ろしたドールを尻目に、ノルンはアールン達の前に立ってこう言った。


「ここはジャナールの居城なのは分かっているね?」

「ああ。」

「で、いま居るこの場所は、この城の中でも特に彼の居館…ソーラちゃんが閉じ込められている所に近いんだ。」

「…!」


彼の言葉にアールンは一瞬肩を震わせたが、すぐに我に返ってこう返した。


「近いから何だ。どうせ、強行突破しようにも道中には見張りがうじゃうじゃ居るに決まってる。」

「別に襲撃しろなんて言っているわけじゃないさ。だいいち”近い”っていうのは直線距離の話で、ここからセラン(台郭)の屋上に出て居館に走るなら大変な回り道が必要だしね。…でも、()()()()()()その限りじゃないはず、でしょ?」


その言葉に、彼は今度こそはっと目を瞠った。


そうだ、あるじゃないか。それほど距離が離れていなければ、顔を合わせなくても「話をできる」方法が。

それを知らないメウナとドールが首を傾げる中、アールンはノルンに向かって頷いた。


「このぐらいの距離なら十分な筈だよ。それに彼女、今物凄く参っちゃってるみたいだからさ。声、聞かせてあげなよ。」

「…分かった。恩に着る。」


そして、彼は意識を視界の片隅の小さな箱に集中させた。


一層暗くなった視界の中、彼は拡大された箱の一番右にある『ソーラ=ベルハール』という縦の文字列に意識を移動させ、再び強く念じた。


すると箱は消えて視界は通常の明るさに戻り、視界の上の方には縦書きで『発信中:ソーラ=ベルハール』という青白い表示が出る。

永遠に続くとも思われた待機時間ののち、ついにその「発信中」が「通話中」に変化した。


そして、彼が最も待ちわびた声が、頭の中に木霊した。


『アールン、さん…?』


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