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青炎紀  作者: 二十二郎
〈2〉破魔之役:金剛の従者
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15 魔動人形

一本道の先にある”最終組立区画”の大扉の向こうを覗くと、真っ暗闇の部屋の中央に幾筋かの赤色の煌めきが見えた。


「あれ…何だ?」

「何かゴツゴツしてるね…機械?」


この部屋は、嘗てこの魔宮を訪れた探検隊も辿り着かなかった、完全なる未知の領域である。

部屋の真ん中に鎮座するモノが何をしてくるのかも全く以て謎であるが、かといっていつまでもここに居るわけにはいかない。


「行くか。」


三人は頷きあい、抜き足差し足で部屋の中に足を踏み入れた。

すると、”第三工房”の時と同様に、突然燭台が点灯。


炎の灯りに照らされたのは、筒や管が至る所に巡らされ、複雑な模様の彫刻が施された金属製の”人形”であった。

人形は徐に立ち上がり、無骨な腕を目一杯広げ、先の三つの部屋で聞いた音声そのままにこう言った。


『親愛なる”使いっ走り”の皆さん~?これまでの作業、お疲れさまでした!』


「喋った!?」

「あいつの声だったんだ…。」


アールンとイーセンは驚愕の表情で声を上げ、メウナも息を呑んで後ずさった。


『私は、改良ハル型”魔動人形”です!ハルちゃんって呼んでくださいね!別に呼ばなくてもいいですけど。』

「どっちだよ。」


アールンのツッコミに、魔動人形”ハル”ははぁと息をつき、両腕をゆっくり構えた。


『だって…皆さんはもう死んじゃうんですから。』

「「「ッ!?」」」


その言葉に、三人は咄嗟に武器を構えた。


『だってそうじゃないですか~。見ず知らずの部外者に”宝具”をあげられる訳ないですし。あ、皆さんを利用して集めた素材は、次に”ご主人様”がいらっしゃるときにきちんと活用させていただきます!ですから…。』


魔動人形は、そこで姿勢を低くした。走り出しの構えか、アールンは警戒して剣の柄を握る手に力を込めた。


『安心して、あの世に行ってくださいね?』


その言葉と共に、”ハル”はガシャンと音を立てて足を踏み切り一気に距離を詰め、三人の真ん中に立っていたメウナに肉薄してきた。


「ッ!?」


突然の敵対行動に、流石の彼女も足を竦ませてしまったが、彼女の見開かれた眼のすぐ目の前で、魔動人形の拳はアールンの剣に防がれた。


「くっ…!」


ガギィンという耳障りな音が響き渡り、その音と剣を握る腕に掛かってきた圧力とに、彼は呻きつつも必死に耐えた。


「ぼーっとすんじゃねぇ!!今のうちに立て直せ!!」

「あっ…ありがとう…。」

「礼なら後だ!!早くしろ!!もうそろそろ、限界…!」


メウナが彼の後ろから退避したのと、彼の腕の力が抜けたのはほぼ同時であった。


「くうっ。」

『ふうん。結構耐えますね!まあ、何処まで持つか見ものですが。』

「ぬかせッ…!」


アールンも果敢に突撃するが、それに対する魔動人形の動きは、おおよそ人の出来うる想像を軽く超えてくるものであった。

人形は向かってくる刃に対してずいっと片手を伸ばしてきた。普通の肉体ならばそのまま切り裂かれてしまうはずであるが、それは血肉ではなく鋼鉄で出来た堅き掌である。


刃と掌が擦れる身の毛もよだつような音を意に介さず、人形はそのままその手で彼の剣を握りこみ、自らの側に引き寄せ、両手で力を込めてバキンと折ってしまった。


「なっ…!?」


彼は目を疑った。

ほぼ新品同然の剣だった筈なのに、斯くも簡単に破壊されてしまうとは。


『抵抗は無駄ですよ〜。私のこの体は、そんじょそこらの剣じゃ精々擦り傷をつける位しか出来ないでしょうから!』


「チッ…。」

「そんな…!」

「何だよそれ…。」


彼の剣がそうであるように、メウナやイーセンの得物もかの凶悪な人形兵器には通じないのだろう。


(あまり頼りたくは無かったが…致し方ないか…!)


先の魔動人形の言葉を聞いた時から、アールンの意識は懐に入っている”護国の剣の柄”に向けられていた。

彼らの目の前で醜態を晒すのは耐え難いが、この状況を打開できるのはこれしかないのもまた事実。


「…メウナ、イーセン。少しだけ…30秒だけでいい、あいつを引き付けて貰えるか。」

「何か、作戦があるのか…?」


イーセンの期待を込めた眼差しに、アールンは頷いた。


「ああ。それと、出来れば俺の方を見ないでくれると、大変、助かる。」

「…?わ、分かったよ。頑張ってみるね。」


そう言って、メウナとイーセンは厳しい面持ちで彼の前に立った。


『なんですか~?今更何しようが―。』


その時、アールンの懐から青黒い”柄”が取り出されたのを見た魔動人形はそこで言葉を途切れさせ、代わりに無言の突撃を開始した。


「ッ…これが”何”か、知ってんだな…!」

『…。』


その突撃を避けざまに彼はそう言ってみたが、返事はない。どうやら本気のようだ。


「相手は私たちだよ!!」

「こっち向け!!」


メウナとイーセンが左右から人形に迫り、代わる代わる金音を響かせる。

先程の感触からすると、彼らの攻撃もどこまで効いているかは定かではないが、幸いにして人形は標的を二人に向けたようであった。


この隙を逃してはならない。


(行くぞ。)


ドクンという動悸がし、アールンは目を見開いた。

体が芯から熱くなり、鼓動が速くなっていく。

思わず彼はうずくまり、荒い息をしながら青白い”光の刃”が現れ始めた剣の柄に()()()()()()


視界の外で金属同士の打ち合わされる甲高い音が何度も鳴り、彼の頭の中に響き渡る。

永劫とも思える時の末に、それらの異様な感覚はすうと引いていった。


「ハアッ、ハアッ、どうだ…こいつなら、折れねえだろ!」

「アールン、それ…!」

「すっげえ、あれが…。」


振り返って感嘆の声を漏らす二人とは対照的に、人形はその場に立って沈黙を保っていた。

しかし、アールンが一歩前に出た時、人形はそれまでとは打って変わった低い声を出した。


『あー…待って、待って。それ出されたら流石にお手上げだって。よりにもよって何でそんなん持ってんだよ…。』

「え?」


まるで思春期を拗らせた少女のような口調で話しだした魔動人形に、アールンは護国の剣を握りしめつつも困惑した。


『あ~あ、もーいいや。どのみち死ぬだけだし。”宝具”が欲しいんでしょ、勝手にしなよ。…何、なんか言いたいことでもある訳?』

「いや、その…さっきと随分性格が違うんだなって。」

『何、あんなん本気にしてたん?笑えね~。大体ずっとこんなカビ臭い所に居ててさぁ、あんな明るく振舞える訳無くない?』


人形はそこで一度言葉を切り、これ見よがしに項垂れた。


『あ~あ、マジ萎えるんですけど。ずっっっっとこんなクソッタレの場所に詰めさせられて、今まで何とか我慢してきたのに、今更こんなクソしょーもない事で死んじゃうなんてさ〜。チッ…何見てんだよ。持ってくならさっさと持ってけば?は~あ。』


「…ねえ、何か可哀想になってきたんだけど。」


嘯く人形の様子を見たメウナの耳打ちに、アールンは頷いた。


「おい、えーと、”ハル”だっけ?あんたさっきから死ぬ死ぬ言ってるが、俺たち以外に誰か、あんたを殺してくる奴がいるのか?」

『…”ご主人様”、ここの。役立たずな番犬は処分されるだけって事。これでいい?』

「ここの主人…でもそんな奴、とうの昔に死んでるはずだろ。」

『とにかくいんだよ…。ったくもう一から十まで全部説明しないと駄目!?』

「はあ…。ちなみに、そいつにとってあんたはどの位重要なんだ?」

『どっちが?この機体?それとも私自身の事?』

「違いがあるのか。」

『機体の方はまあまあ大事なんじゃね?作るのダルいらしいし。でも、制御体系(システム)たる私の精神の初期化は簡単な訳で…。でもそしたら今の”私”は居なくなっちゃうじゃん。”死ぬ”ってのはそういうこと。分かった?』


人形の話を聞き、アールンは顔を顰めた。嘗てネユーカの里の洞窟壁画の前で語られた内容と、あまりにも酷似していたためだ。

嘗て使い勝手が悪いからとかいうふざけた理由で彼らを放逐したくせに、またもこの人形のような意識ある”兵器”を作り、而して使い捨てにする。一体どういうつもりなのだろうか。


「…仮にあんたがその体で逃げ出したとして、そいつらは追ってくるのか。」

『さあ?やってみたことないから知らんし。まあ、諦めて新しいやつ作り直すかもしれんけど。でもなんで急にそんな事…。』

「カイランの山中に、あんたと似たような境遇の者たちが居るんだ。そこなら、あんたを受け入れてくれるかもしれない。何だったら紹介状を書いてやれるけど、どうだ?」


もう、そのような人非人共の思う様にさせてたまるか。その一心で申し出たアールンだったが、人形の回答は予想を裏切るものだった。


『あー…もしかして、”魔族”たちの事言ってる?』

「知ってるのか。」

『まーね。でも、やめた方がいいって。この機体…というよりも魔物一般に言えることだけど、私たちの中には小さな発信器が入ってて、”ご主人様”がその気になればいつでも追手を出して処分できる筈だからさ。私がここで初期化されるだけならまだしも、逃げ出して追手が来れば、匿ってたあの人たちもタダじゃ済まない。あんたはあの人たちをそんな危ない事に巻き込みたい訳?』

「む…。その発信器とやらは、どうにかして取り除けたりは…。」

『無理。中枢制御装置に埋め込まれてるから、無理やり抜いたらそれこそ死ぬし。』


八方塞がりである。

このまま見殺しにするしか、途はないのか。発信器がついているというのなら、どこに逃げても結果は同じだろう。敵に研究材料を渡すことになるのだから、そのまま見逃してくれるという可能性は無きに等しい。


それは自分一人が犠牲になる選択肢ではなく、自分一人のその選択の為に数多の人間を苦しめる禁忌肢なのだ。


『ま、助けようとしてくれる気持ちは…嬉しいけどさ。私の事はもういいから、さっさと目的のモノを取って帰りな。それで…二度とここには戻ってくんなよ。』


やりきれない気持ちのまま人形の言葉を聞いていると、不意にゴゴゴという音と共に部屋の壁の一角がせり出し、回転して”操作盤”が現れた。


「あれが、最後のやつか。」

『そう。完成品が出てくる場所。あ、そういえばあんた達、魔力込められるの?』

「魔力…?」

『”宝具”は、魔力を貯めないと完成しないけど、まさかそういうの無理?魔力貯蔵器とかも無い?』

「…そうだ。沢山貯まってそうなやつなら心当たりがある。ちょっとメウナ、あれ出してくれるか。」

「…!分かった。えーっと、どこに仕舞ったっけ…ほい。」


そう言って、メウナは背嚢をまさぐって赤黒く光る方形の石を取り出した。


『おお、随分とデカい制御装置だな。ま、それなら足りるか…。』

「これを…どこかに入れればいいの?」

『そこにさ、ちっさい台みたいな場所あるでしょ。そこに置けばいいよ。』

「小さい台…ここ?」

『そ。』


メウナが操作盤の一角にあった台座に”制御装置”を置くと、強く発光する石から流れ出した赤黒い魔気が台座に吸い込まれていった。


そして、ボタンの一つが赤く点灯した。


「これを…押すんだね。…わっ!?」


彼女がそのボタンを押したとき、突然操作盤の上部に赤黒い寒天状の、節くれだった”腕”が一本湧き出し、操作盤中央の穴に突っ込まれた。


その腕につまみ出され、中に赤く光る物質を湛えた円筒状の器具が姿を現した。


「これが…”魔除けの宝具”…!」

『そ。上の摘まみを回せば起動する仕組みね。』

「随分と丁寧に教えてくれるんだな。」

『どうせこれを明け渡した時点でもう初期化確定してるんだから、もうなんでもいいし…。』


破れかぶれ、或いは自分を束縛してきた者たちへの最後の抵抗といったところか。


『まだ在庫残ってるっしょ。魔力もまだあるし、もう一回そこ押してみ。』


人形の言う通りにして二本目の”宝具”を手に入れた彼らは、後ろ髪を引かれる気持ちになりつつも”最終組立区画”を後にした。

あの人形の差配によるものか、魔宮への侵入時にあれほど苦労させられた”人面足”は影も形もなく、彼らはあっけなく地上に帰還した。


外はすでに陽が落ち、星が瞬いていた。


「これで、ひとまず依頼、達成かな…。」

「ああ。」

「全く、ホロ爺もとんでもない依頼出したもんだよね。最後はもう、アールンとその剣無かったら絶対無理だったじゃん。」


メウナは話題を変えようとするかのように、すでに刃は消してある”護国の剣の柄”を見ながら空元気でそう言った。


「そう…か。」

「不甲斐ねえけど、その通りだな…。」


イーセンも頷いたが、アールンはとても手放しで喜ぶ気にはなれなかった。






一日掛けてナーレンダムに戻り、成果をホロ爺に報告した。


「それで、これがその”宝具”ね。」

「ほう…これが…。」


メウナが二つの宝具を机の上に広げると、老人はその赤い光に暫し見入った後、一つを背後の棚に仕舞った。


「もう一つあるが…。」


アールンの言葉に、ホロ爺は首を横に振った。


「そっちはうぬらが持っててよい。依頼というのはの、一を頼んだら一が出てくるのが互いにとって最も望ましい形なんじゃ。依頼人が一つと言えば、儂から出すのは一つ。減りも増えもせん。それが健全な”信用”というものじゃ。」

「成程…じゃ、ありがたく。それじゃ、こっちの要件もいいかい?」

「そうじゃったな。ソーラという女の行方については、先に言っておくが、その人と確定されたものは無い。ただ―。」


そこで、ホロ爺の言葉を聞き覚えのある背後からの声が遮った。


「え?今ソーラって言ったかい?」


見れば、アールン達の背後には、特徴的な巨大背嚢を背負う、少女と見紛うほどの可憐な人物が立っていた。


「あ、あんた…!」

「え、アールン…?君だよね!?何でここに!?」

「そりゃこっちの台詞―。」

「む?うぬの本名はアールンと言うのか?」

「あーちょっと待て!!ひとつずつ説明するから!!」


唐突に現れたヤートルと、”アールン”という名前に反応したホロ爺それぞれへの説明と情報共有にかなりにはかなりの時間がかかってしまった。


「いっや~、しっかしまさかアールンがここに居るなんてね。驚いちゃったよ。それに…何よりソーラが誘拐されたなんて。」

「うぬが本物のアールン王子とはのう。それに、師匠と親交があるのならはやくそうと言わんかね…。だったら別にこんなに危ない仕事を交換条件にしなかったものを。」

「いや、知らねえよ…。でも、本名黙っていたことは、すまなかった。なるべく伏せておいた方が良いと思ったんだ。」


「あ、あの…あなたが、ホロ爺の、師匠…?」


おずおずと尋ねてきたメウナに対し、ヤートルはふっと微笑んで答えた。


「まあ、そう見えないのも分かるよ。でも、こう見えて僕とホロさんは昔からの付き合いなんだ。お得意様でもある。」

「師匠はこれでいて結構歳食っとるからな。あとイーセンよ、気を付けるんじゃぞ、師匠は男じゃ。」


ぼーっと「彼女」を見つめていた少年を、ホロ爺は少し弄ぶようにたしなめた。


びくっと震えた少年を尻目に、アールンは本題を切り出した。


「それで、そろそろ本題を聞いてもいいか。」

「おお、随分と逸れてしまっていたな。そう、それで…近頃、南西海岸のデイルダムという…盗賊が集まっとる街にて、ある大層悪趣味な大会が開かれとるのを知っとるか?」

「”大会”…?」

「そうじゃ。なんでも人と人を戦わせて流血を楽しむという、なんとも野蛮極まりない大会じゃが…今度催されるそこの大会に、”北から運ばれてきた大層な美人”が優勝賞品として出される…らしいのじゃ。」

「ッ!?」

「儂はそのソーラという女が美人かは知らぬが、まあ”北”という一点においては、その誘拐の出来事とも整合性があるとは思わんかね?」

「…。」


整合性どころか、それはほぼ間違いなくソーラの事だ。彼はこれを齎してくれた目の前の老人に感謝するとともに、そんな下らない理由で誘拐を行った犯人への怒りに打ち震えた。


「…ああ、多分その人のことだ。その”大会”はいつあるんだ?」

「おそらくは…もう一週間もすれば始まるであろうな。」

「分かった。ありがとう爺さん。あんたは…。」


アールンはヤートルに目を向けた。

助力してくれれば心強い限りだが、彼は首を横に振った。


「行きたい気持ちは山々なんだけどさ。僕がこの街に来たのも、エーダで緊急の仕入れ依頼を受けたからなんだよね。ごめんだけど、同行は無理かも。」

「そうか、残念だが、分かった。」

「お主、逸る気持ちも分かるが、ここからデイルダムまでは馬を精一杯飛ばしても五日…かなりの距離があるでの。今からすぐに出発では体が持たん。悪いことは言わんから、今日いっぱいはこの街で休んでいくのがよかろう。」


真剣な顔のホロ爺に、アールンはゆっくり、不本意そうに頷いた。




その日の夜、アールンがエルドーレン家の縁側にて、先の依頼の報酬で買い直した剣を手入れしていると、背後からメウナがやってきた。


「それ…二本目になっちゃったね。」

「すぐぶっ壊しちまって、申し訳ない。」

「いいのいいの。気にしないで。」


そう言いつつ、彼女はアールンの隣に腰を下ろした。

そして、夜空を見上げながらこう呟いた。


「アールンは、本当にソーラさんのことが好きなんだね。」

「…ああ。」


あくまで自分の気持ちとしては、それを否定するつもりは彼のどこにもなかった。


「今日さ、ホロ爺の所でソーラさんの情報聞いたときのアールン、本当に怖い顔してたんだよ?」

「そうか…怖がらせちまったか?」

「ううん。寧ろ…。」


そこで、彼女の言葉は途切れる。見ると、彼女は手で顔を覆っていた。泣いているのだろうか?


「…大丈夫か?」

「うん…ごめん。」


そして、彼女は顔を覆う手を下げた。


「あのねアールン、伝えたいことがあるの。」

「どうした?」

「…許されない事なのは分かってるし、これを聞いたらアールンを怒らせちゃうかもしれないんだけど、それでもいい?」

「…いいよ。怒らないから、言ってみ。」


アールンに促され、彼女はわずかに俯いて話し始めた。


「昨日の魔宮の探検でも、その前のサンゼール(中原)の旅でも、アールンはずっと私のことを守ってくれてたよね。」

「それだけじゃないだろ。俺だって、あんたに沢山助けられたし。」

「…でもね、私、その度に、とっても嬉しかったの。もちろん心配もしたよ?でも、その一方で、心のどこかでアールンに守ってもらえるのが凄く嬉しく思ってたし、そんな旅ができて凄く幸せだった。でね、何が言いたいかっていうと…。」


そこで、メウナは意を決するように息を呑み、剣の上に置かれた彼の手に自身の手をゆっくりと重ねた。体温の高い柔肌がアールンの手の甲に触れ、彼は息を呑んだ。


「やっぱり私、アールンの事が、好きなんだと思う。」

「…。」


厳しい顔のままのアールンを見て、彼女はすぐにその手をひっこめた。


「…ごめんね。怒ったよね。アールンにはソーラさんが居るのにね。あの人の居ない間に、こんなこと言ってさ。ああ、これじゃまるで私、泥棒みたいじゃん。」


自嘲気味にそう話す彼女の肩は、わずかに震えていた。その目じりにも、うっすらと光が見える。

アールンは、目の前の少女にどう返答したものかと、暫し思い悩んだ。


きっと彼女は、並々ならぬ、それこそ自分もまだ持てていない勇気を以てこのことを切り出したのだろうというのは、彼も重々理解していた。だから、それを鎧袖一触に叩き落とし、この娘の思いを無下にすることだけはしたくなかった。


だが一方で、自分の気持ちに嘘をつくような真似もまた、彼にはできなかった。

ソーラが自分をどう思っているのかは、究極的には分からない。それでも、自分のソーラへの思いならばはっきりと分かる。ならば、せめてそれだけは、裏切らないでいたい。


「すまない。それには、俺は応えられそうにない。」

「…そうだよね。」

「…でも、あんたが正直な思いを伝えてくれたのは、とても嬉しいんだ。それを言えば、今までの関係が壊れちまう可能性だって十二分にあったはず。それを怖いと思うのは俺も同じだ。」


そこで、彼は言葉を切り、慎重に次の言葉を探した。


「だから…ちょっと違うが、前にあんたが俺にそうしてくれたように、俺もあんたとの付き合い方を変えたり、避けたりするつもりは毛頭ない。それだけは、分かっててくれ。」


彼がそこまで言った時、目の前の少女の目から涙があふれた。

彼女はそれを拭い鼻をすすりつつ、鼻声でこう言った。


「はぁ、何で振ったのにそういう事言うかなぁ…。そんなの、また好きになっちゃうじゃん…!」

「え、いや…すまん。」


それからしばらく、彼女は涙を腕で乱暴に拭っていた。それを、アールンはただ見ていることしかできなかった。


ひとしきり泣いて落ち着くと、彼女は手をパンと叩いて立ち上がった。


「よし。もうこの話は終わり!ごめんね、付き合わせちゃって。私、戻るね。」


そう言って、アールンの返答を待たない内に、彼女は母屋の奥、彼女の私室へと消えていった。



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