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青炎紀  作者: 二十二郎
〈2〉破魔之役:金剛の従者
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14 砂の犬

炎に照らされて煌めく砂の犬の顎が、アールンの肩の至近距離を掠めた。


「くっ…!」


背筋に寒気を感じながらも、彼は身を捻って剣を振るい、犬の「首筋」を斬り付けた。


(本体はこん中か…!)


砂の犬の”外殻”とも言うべき砂の表皮は意外に薄く、砂自体で形作られているというよりも、透明の体表面に砂が纏わり着いていると形容した方が正しい。

斬撃によって一部が僅かに崩れた砂の躯体の中に、首を吊られたような形で宙に浮いている”犬”が一瞬見えた。


だが、傷はすぐに塞がってしまい、彼は首を回してきた砂の犬の噛みつき攻撃を辛うじて剣で防いだ。


「きゃあっ!?」

「があッ!!」


砂の躯体の反対側で、メウナとイーセンの叫び声がした。


彼らは薙ぎ払われた砂の犬の尾に強打され、壁に激突。

しかし、二人とも流石は魔境たる中原で生き残ってきた者だ。すぐに起き上がって体勢を立て直し、再び果敢に突撃。

アールンも彼らの様子を犬の砂の体を透かして確認し、息を合わせる様に反対側から攻撃を行い、犬は二方向から挟まれる形となって徐々に押されていった。


しかし、幾ら体表の砂を斬り付け犬を圧倒しても、根本の解決にはなっていなかった。


「チッ…!やっぱり中の奴をどうにかしないと駄目か…!」


アールンがそう呟いた時、犬は一度後ろに飛び退って吠え、砂の尻尾を回転させ始めた。

三人が警戒して様子を窺っていると、回転する尻尾に煽られた砂塵が周囲に満ちてきた。


(しまった!視界を奪う魂胆か!!)


アールンは歯噛みしたが、不幸にも犬の狙いは()()()()ではなかった。


(うなじ)がひりつき、彼は直感のままに横に跳ぶ。その刹那、彼の至近距離を何かが()()()()、彼の左脇腹に鋭い痛みが走った。


「ウグッ!?」


傷口が鈍い熱を発し、思わず抑えた左手にはヌルっとした感触を覚えた。


(深くいかれたな…クソ、何だってんだ…?)


そのとき、彼は幸にも、この”第三工房”に侵入する前にイーセンが言っていたことを思い出した。

悪化した視界、背後からの殺気。どうやら『背中に気をつけろ』というのはかなり切羽詰まった忠告だったようだ。


「メウナ!イーセン!聞こえるか!!背後だ!!背後に気をつけろ!!」

「りょ、了解!!」

「分かった!!!」


砂塵に隠れて姿は見えないが、彼らも健在であるようで、アールンは内心安堵しつつ剣を構え直した。


(さて、どうする…?犬本体はまだ動いてねえようだが…。)


相変わらず、砂を巻き上げる風はアールンの前方から吹いてきていた。

カイラン山脈からの下山道で戦った蛸の魔物と同様の遠隔攻撃を行っているのだとしたら。決定打は本体…内部に項垂れている”犬”に与えなければ埒が明かなさそうだが…。


彼は次の一手を考えあぐねた。

しかし、そうした棒立ちでの沈思を魔物が許してくれるはずもなく、彼は再び背後からの殺気を感じた。


「ッ…!!」


ネタがある程度割れているなら、回避はさほど難しくはない。

前回よりも速くかつ確実な距離まで飛んで攻撃を避けると、彼は瞬時に地の砂を蹴って”砂の犬”の居るであろう方向に突撃を敢行した。


三歩ほど進んだところで、行く手に濛々と立ち上る砂煙の中に突然竜巻が発生した。


「そんなこと出来んのかよ…!」


暴風に巻き込まれるギリギリの距離で彼は横に回避したが、着地点を見計らったように背後から殺気が。回避が間に合わないと悟ったアールンは一か八か、剣を真一文字に振るった。


ガキィンという身震いするような金属音を響かせ、白い刃と何かが衝突し、剣はその何かに掴まれて動かなくなってしまった。


よく見てみると、そこには宙に浮かぶ砂の膜で出来た犬の”顎”があった。

”顎”は刃にがっちりと噛みつき、幾ら力を掛けてもがちがちと軋む音を立てるばかりで一向に離れる気配がなかった。


彼がその”顎”を足蹴にしてようやく剣を解放したとき、背中に強烈な打撃を受けてしまった。


「ガハッ。」


吹っ飛ばされざまに背後を確認すると、そこには薄っすらと”砂の犬”の前足を上げた姿が見えた。


(囮かよ…!)

「はあああ!!!」


その時、反対側から”砂の犬”に迫っていたメウナの掛け声が響いてきた。


彼女は”犬”がアールンにかまけている隙を見計らって遂に肉薄し、短めの刃の剣で二、三度斬り付け、犬の体躯を構築する砂の膜に決して狭くはない穴をあけた。


そして、彼女はその間も集中を切らすことはなく、不埒な襲撃者を滅せんと背後に現れた”顎”をひらりと躱し、顎はそのまま反対側にいた”砂の犬”本体に轟音を立てて命中してしまった。


他でもない自らの攻撃の威力により、”砂の犬”は堪えきれず砂を巻き上げて横転。激突箇所には大きな穴が開き、修復にはかなりの時間を要しているようであった。

メウナがこれを狙っていたのかは定かではないが、それは兎も角として、その一部始終を見守っていたアールンはそこである作戦を思いついた。


「おい!!メウナ!!イーセン!!聞こえるか!?」

「何!?」

「なんだよ!!!」

「あいつの背後からの攻撃を、今みたいにあいつにブチ当ててやるんだ!!避けて、当てる!!多方面からの攻撃が必要だ!!協力してくれ!!!」

「「ッ了解!!!」」


そして、犬の正面と左右の三方向からの飽和攻撃が始まった。


「オラこっち向けェ!!」


最も危険な正面方向を担当したアールンは、鋭く凶悪な牙による噛みつきや、頭自体を打撃武器として薙ぎ払ってくるような攻撃に耐えつつ、その隙間隙間に刃を捻じ込んでいった。


「!」


そして、彼はこの作戦の鍵、背後から飛来する”顎”を察知し、ギリギリでそれを回避する。狙い通り顎は空を切って主人のもとに飛んでいき、反逆の牙を剥く。

ドォンという鈍い轟音を立てて顎は激突し、”砂の犬”の体表に大穴を空けた。

”犬”に「計画性」の三文字は無いらしく、同時に左右から攻撃していたメウナやイーセンの背後に現れた顎も激突し、犬は度重なる重い衝撃に、思わず一歩後退(あとざさ)った。


(クソ、再生速度が速すぎる…!)


それでもなお、犬の内部にいる「中核」に剣を届かせるには、そうして出来た穴に剣による追撃を加えて押し広げなくてはならない。

”砂の犬”の薄い砂膜の内部は空洞であり、膜の内側に潜り込めさえすれば、中に項垂れる犬は煮るなり焼くなりこちらの自由となる。しかし、犬の膜は周囲の砂塵を吸い込んであっという間に再生してしまい、こちらが一閃する間に三閃分の隙間が埋まってしまうというような状況であった。


(あと一歩だってのに…!よし、かくなる上は!!)


彼は塞がっていく傷口に追撃を加えつつ、必死に次の”顎”を待った。


そして、待ちに待ったそれが到来すると、彼はまたもギリギリで回避しつつ、脇を駆け抜けていくそれを()()した。


動きを捉えろ。

見るんだ。

()()しろ。


(頼む、上手くいって、く、れ…。)


果たして、彼の期待に応えるように、飛んでいく”顎”の速度が徐々に遅くなっていった。


(来た!!!)


現実離れした”超集中”の世界の中で、アールンは”砂の犬”の顔面に当たって炸裂する”顎”を観察し、再び開かれた大穴に向かって剣を振るった。


(この速度に着いてこられるかよ!!)


再生速度が速いなら、それを上回る速度で押し広げ続ければいい。単純明快で至極当然の考えであった。

この状態においては、彼は再生のために吸い込まれる砂の一塵一塵さえ視認できた。

やっとの思いで僅かに伸びた砂の膜は、アールンの斬撃によってその十倍近くも後退させられ、穴が塞がる時など来ようはずもなかった。


(これだけ広がりゃあ…!)


彼は意を決して巨大な砂の犬の膜に手を掛け、内部に侵入し、そして遂に、空中で不気味に項垂れている”犬”の首を刎ねた。


(まだだ。)


自由落下の速度も極度に低下し、切り落とした後も首は体に繋がっているかのようであった。彼はその全体を縦に切り裂き、泡状に噴出する赤黒い血を見た。


そして、”犬”の体に深々と剣を突き刺して引き抜いたところで、彼の”超集中”状態は解除され、眼前の屍の落下、血の飛散、そして周囲の砂の躯体の崩落の速度が上昇していった。


「はー…うおっ、ゴホッゴホッ。」


返り血を浴びながら余韻に浸る間もなく、アールンは上から降ってきた砂を頭から被り、思わず腕を口に当てて咽こんだ。


「やった…やったねアールン!」

「へっ!?」


砂まみれになった彼の背後から、メウナがその腰に抱き着いてきた。

彼は唐突な出来事に一瞬うろたえたが、すぐに微笑んで自らの前に回された彼女の両手を軽くトントンと叩いた。


「こらこら。砂まみれになっちまってんだから、あんたまで汚れちまうぞ。」

「それは私だって一緒だよ!だから大丈夫!」

「はあ…。」


そこで、遠巻きに冷ややかな視線を送るイーセンに気づき、いよいよ居た堪れなくなったアールンは腰のメウナを半ば強引に引きはがした。


「…前々から思ってたんだけどさ、メウ姉この人のこと好きなの?」

「えっ!?いや…。」

「…まあどうでもいいけど。別に。」


そう嘯くイーセンの口調は、どこか不機嫌そうだった。


(まあ…目の前で実の姉が男とイチャつき始めたら、そりゃそうなるよな…。)


アールンは苦笑いしつつその様子を見ていたが、やがて一つパンと手を叩き、二人にこう声を掛けた。


「さ、”守将”も倒したことだし、目的を果たすとしようぜ。」

「そうだね。でも、ここの部品はどこにあるんだろ。戦ってる時はそれっぽいのはなさそうだったけど…。あ、あそこかな。」


そう言って、メウナは部屋の隅にある砂の掃きだまりに足早に歩いて行った。


「当ったりー!」


彼女は砂山の中から大きな石箱を引きずり出し、蓋を開けてその中から細長いコルン(酒卮)のような形の土器を二つ取って戻ってきた。


「それで…操作盤はどこだ?」

「あそこ。」


イーセンが指さした方の壁には、”第一の部屋”や”第二工房”と同様の操作盤があった。


「あれ、入ったときは無くなかったかい?」

「ああ。でも、さっき改めて確認したらそこにあったんだ。多分、この部屋に巣食ってた魔物を倒すと出現する仕組みなんだと思う…。」

「成程。よし、じゃあその酒器みたいなのを納品するか。」


土器を二つ続けて挿入し、赤く光るボタンを押すと、またも聞き覚えのある声色の音声が響き渡った。


『制御心蓋を確認しました!最終組立区画にお進みください!』


「さてと…一体次は何が待っていることやら…。」

「後ろに控えてるってことは、あの糞犬より強いんだろ…?」

「あのタコがまた出てきたりしてな。」

「やめてよ…縁起でもない。」


しかし、この工房の奥の大扉の向こうにいかなる怪物が待ち構えていようとも、やることは変わらない。


(何が来ようと、押し通るだけだ。)


撃破し、宝具を手に入れ、持ち帰ってソーラの行方の情報を得る。

道は定まっているのだ。何を迷うことがあろうか?


そんな思いの下、彼は”第三工房”の出口の引き戸を押し開いた。


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