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青炎紀  作者: 二十二郎
〈2〉破魔之役:金剛の従者
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11 魔境の旅路

相も変わらず降り頻る雨の中、メウナと二頭の馬たちは、旧道を少し進んでいったところで待機していた。


歩いてくるアールンの姿を認めると、油紙の雨具に包まっていた彼女はまず驚きに目を見開き、やがて安堵と怒りの入り混じったような表情に変化した。


そして、彼女はアールンの前まで無言で歩いてきて、自らの額を彼の胸に当ててぽつりとこう言った。


「どれだけ心配したと…。」

「…すまん。」


メウナは顔を上げて、アールンの泥と血にまみれ、所々に落ち葉の引っかかった恰好を見て、申し訳なさそうに目を背けた。


「私も、残ればよかった。自分だけ逃げて、アールンをこんな目に遭わせて…。」

「あんたには馬を任せてただろ。あの魔物の近くに置いてたら、あの子たちも危なかった。あんたはよくやってくれたさ。お陰で、こっちも後顧の憂いなく戦えたってもんだ。」


そう言って、アールンはメウナの頭をポンポンと撫でた。歳はソーラと同じぐらいであろうが、彼女よりも更に背の低いメウナの頭は、アールンにとっては何気なく手を伸ばせるような位置にあった。


「…でも、あんな怪物どうやって倒したの?」

「う、それは…。」


彼女も”護国の剣”のことは知っているだろうが、それでも戦っていたときの彼の「醜態」は、彼女の前で言うのは流石に躊躇された。


とはいえ、下手に取り繕えば、そう遠くないうちに面倒なことになってしまうだろう。彼はため息がちに意を決し、口を開いた。


「…これで、な。」

「それ…でも、使えないんじゃ…。」

「…この剣は、霊石の力の代わりに俺自身の霊体の霊気を吸い取って起動したんだ。」

「それ…大丈夫なの?」

「大丈夫なわけないだろ。起動時は言わずもがな、その後もちょっとでも刃毀れするたびに霊気吸い取られて回復されちまうんだ。吸い取られる時も色々辛いのなんの…。」

「…。」


再び俯いた少女に、アールンは慌てて懐から小さな麻袋を出した。


「ま、まあ、ほらこれ見てみ。あんたが興味ありそうな物を手に入れたんだ。」

「ただの袋だけど……中身は何なの?」

「ふふん、驚くなよ。」


アールンは口紐をほどき、中から”制御装置”なる赤黒く光る方形の石を取り出した。


「これは…!?」と、メウナは目の色を変えて石を凝視した。


「これは”制御装置”っつって、要はあのタコの魂みたいなもんらしい。中には結構な”魔力”が込められてて、ノルンが言うには何かに使えるかもしれんらしいぞ。」

「はえぇ…でも、何かって、何?」

「そりゃ分からん。」

「ええ…?」

「まぁ、仮にも云百年生きた剣の神様からの有難~い助言なんだ。今後何かしらには使えるかもしれないだろ。」

「そう…そうだよね。ねえ、それ触ってみてもいい?」

「おう、いいぞ。」


”制御装置”を受け取ったメウナは、嘗め回すようにそれを見たり、くまなく撫で回して触感を確かめたり、匂いを嗅いでみたりもしてそれを観察していた。


「へえ…こんなのあるんだ…。あの魔物だけなのかな?」

「いや、”魂石”ってあるだろ。それを護国の剣で割ったら出てきたんだ。」

「え?あのとんでもなく硬いのを?流石は聖剣…。」

「それ、あんたにあげるよ。俺が持ってても持ち腐れだろうし。」

「え、いいの?ありがとう…。」


目を輝かせて制御装置を握りしめるメウナを微笑ましく見つめていたアールンだったが、そこで今の自分たちの最優先事項を思い出し、その微笑みはゆっくりと消えていった。


「さ…そろそろ、先を急ぐか。」

「そうだね。」




タコの魔物を撃破した日からもう一晩挟み、アールン達が山を下りていくと、山道の傾斜はだんだんと緩くなり、周囲の森も高地の針葉樹から温暖な低地の広葉樹に変化していった。気温も心なしか上がっているように感じられる。


「あ…雨、弱くなってきたね。」

「そうだな。せっかくいい感じの雨具が手に入ったってのに。」


風は収まり、雨も小降りに。そのうち雲間からうっすらと陽が差してきた。

道中の廃村から拝借した蓑笠を被り、二人は馬に乗って進んでいた。


「…!あれは…。」


アールンはドロドロという遠雷のような音に気付き、遠方の土煙を見た。


ディアネタック(人面馬)の群れ!!」

「前に回り込もうとしてる。させるかよ…!はあっ!!」


木々の向こうを失踪する異形の馬の魔物達に、負けじと二人は馬を走らせる。

アールンは駆けるネルトレイフの上で、左手(ハリージェ)から”巻狩の弓”を出して矢を番え、目で群れの先頭の人面馬を追った。


『いいこと?騎射をするときは、矢を番えてもここぞという時まで引き絞っては駄目よ。顔はまっすぐ前、無駄に力まず馬に身を任せるの。間合いに入ったと思ったら、一気に引いてすぐ放つ!…分かったわね?』


頭の中で、母の教えを反芻する。

右手の人差し指と親指の付け根辺りで矢を保持し、鏃を目標のディアネタックに向けてしかと定める。向こうは行く手を阻もうとしてきているので、彼我の距離は自然と縮まっていく。


(今!!)


彼はくわっと目を見開き、体を捻って弓を大きく引き、即座に右手を解放した。

矢は全速力で駆ける馬よりも速く飛んでいき、見事目標に命中した。


脇腹に矢の刺さったディアネタックの足が(もつ)れ、横転。注意散漫だった後続の魔物達も幾らかは巻き添えとなって地に倒れ、大きな土煙が上がった。


その玉突き事故を運よく回避した数頭に、アールンは次の矢を放っていく。しかし、今となっては彼我の距離は縮まりすぎ、魔物の背中から生えた腕に握られた粗末な薙刀や棍棒の間合いにも入ってしまっていた。


「はっ!!」


弓を構えるアールンとディアネタック達の間に、抜剣したメウナが割って入った。

彼女は敵の攻撃を躱しつつ、敵の得物よりも有効範囲の小さい剣を巧みに操っている。

払い上げ、突き、躱し、また薙ぎ払う。

ディアネタック達は腕を切断され、赤黒い躯体から血を流しながら次々に斃れていった。


「馬上戦もイケるんだな!!」

「誉め言葉はこいつらを片づけてから!そいっ!!」


後ろから迫っていたディアネタックの、引き攣った笑いを浮かべたような顔面を真っ二つにしたメウナを尻目に、アールンは弓を引きざまに体を大きくねじり、後背の人面馬に矢を放つ。


(矢は”ハリージェ”に幾らでもあるが、矢筒の残弾は少なくなってきたな。底をつく前に終わるといいんだが。)





何度かの魔物との戦闘を挟んだ後、二人は夕方頃になって遂に森を抜け、目の前には地平の果てまで続く大平原が広がった。


ただし、()()()のではあるが。


「あっちゃ~、薄々そんな気はしてたけど、酷いね…。」

「先の嵐で、大水が出たんだろうな。」


カイラン山脈を源として、嘗ての王都アズロムラーンの方面に流れていく”アズロナ川”、遥か西方の山脈から流れ出で、王国第二の都市ヘローラムを経由する”ヘローラム川”など、この地には幾多の大河川が流れ、流域の人々、王国の首都圏に水の恵みを齎していた。


だが、そのような地の大部分が、二十年もの間一切の人の手が加わらず放置されればどうなるか。その答えがこれである。


「小高い街道は水浸しにはなってない筈だから、心配しないで!」

「大丈夫かねぇ…。」


目の前の浸水地は、恐らく近隣を流れている筈のアズロナ川の氾濫によるものであろう。


曇天のもと、白茶けた海の上に浮き上がった自然堤防には、廃村が点々と連なっていた。

当然、そういった場所には魔物が巣食っている。


「あ…あれは!!」

「待って。」


廃屋の前に置かれた木箱の間にへたり込んでいる子供の影を見つけ、駆け寄ろうとしたアールンの腕を、メウナが掴んで制止した。


「何でだ。あれ…まだ息があるかもしれないだろ。」

「いいから。」


食い下がるアールンを無視し、メウナは足元に転がっていた小石を拾い上げて子供に投げつけた。

すると、何と子供の体は腹のあたりでばっくりと裂け、その奥からは太いぬらぬらとした舌が現れ、すぐに引っ込んで腹も閉じ、もとの”子供”に戻った。


「私たちはあれを”シャシャディ(人モドキ)”って呼んでるの。生存者に見せかけて、捜索者をも手にかけようとする魔物…。」

「あー、クソったれ。どうやって倒すんだ?」

「今やったみたいに、もう一度石を投げるから、出てきた舌を射貫いてくれる?」

「了解。」


アールンは巻狩の弓に矢を番え、キュッと引き絞る。

それを確認し、メウナは石を取って振りかぶり、正確に”子供”に投げ当てた。

ずいっと出現した太い舌に、矢が突き刺さる。魔物はホーーーッという異様な叫び声を上げた後、その場に崩れ落ちた。


近づいてみると、どうやら”シャシャディ”は口の長い爬虫類のような見た目の魔物であった。


「この子の死体を、離してあげて。」

「この子は…。」


男児と思われる”餌”を魔物から引きはがすと、その裏からは血まみれの吸盤が姿を現した。

遺体は上下に無理やり引き裂かれたような状態であるので、恐らくは魔物の口の上下についているこの吸盤に吸いつかれ、”餌”として使用するために「分裂」させられてしまったのだろう。


願わくば、その惨事がこの子の死後に起きたことでありますように。


「今までいろんな魔物を見てきたが、ここまで不快なのは初めてだ。」

「うん。私も一番嫌い。」

「あまり長居はしたくないが、この子の塚ぐらいは作ってあげようぜ。」


二人は近くの廃屋から取ってきた木板をスコップ代わりに、路肩に穴を掘って二つに分かれた男児の遺体を埋め、細かく砕いた土をかぶせて僅かに盛った。


「墓碑も作ってやれねえが…暖かくして眠れよ。」


出来上がった塚を撫でる彼の最後の言葉は、サンダの弔いの定型文の一つである。寝具に見立てた暖かい土をかぶせ、死者をいたわるのだ。


そうして、二人はまた旅路を進み始めた。


水浸しの平原を進み、森を抜け、魔物の襲撃を突破する。

メウナもこの世界を生き抜いてきただけあって、戦闘能力は流石のものであり、彼は安心して背中を預けることができた。


彼女によれば普段は魔物の他に群盗などとの遭遇もあるのだが、この洪水により彼らも出不精になっているようだ。


そして、三日三晩の西への行軍の末に、二人は遂にアズロナ川の氾濫被害地域を抜け、街道の両側には何処までも続く緑の丘陵地帯が広がった。


「んん?この音は…?」

「誰か戦ってるのかな。」


どこからともなく金属のぶつかり合う音が響いてきた。

それに気付いた二人が近場の丘に上ってみると、彼らの現在地の丘を挟んで向こう側の窪地にて、一人の小さな影が多数の”ヴォーダール(山羊)”に囲まれて戦っていた。


「あれは…!、助けに行こう、アールン。」

「お、おう…。あ、ちょっと待った。」


今度は制止する側に回ったアールンに、メウナは少し怪訝そうな表情で振り返った。


「どうしたの?早く助けに行かないと。」

「…ここからは俺の名前を出さないで欲しい。身元が割れちまったら、面倒事も多そうだ。」

「え、まあいいけど…でも、そしたら何て呼べばいいの?」

「何でも…ってのはちょっと乱暴すぎるか。そうだな…じゃあ、こう呼んでくれ…”ルーウィン”って。」

「了解…でも、何でまた”ルーウィン”なの?」

「特に深い意味はないが、前にソーラに作ってもらったお忍び用の偽名なんだ。ちなみにあいつは”セルカ”。」

「へえ…いいね。じゃ、行こう、ルーウィン?」

「おう。」


そして、アールンは一昨晩の戦闘で魔物から鹵獲した粗末な黒い薙刀を、メウナは剣を抜いて、馬を戦場に向かって駆けさせた。


蹄の音に気付いた魔物がこちらに向いて立ち塞がってきたが、剽悍な軍馬であるネルトレイフはそれをものともせずに撥ね飛ばし、その上のアールンは薙刀を振り回し、肉厚の刃で魔物の頭部や腕を粉砕していく。


メウナも速歩で駆けながら剣を左右に振るって敵を屠っていき、気付けば戦場の魔物は例外なく赤黒い血の池に漬かっていた。


「ちょっとイーセン!こんなとこで何してるの!?」


メウナは血相を変えて、先程まで魔物と戦っていた小さな男の子に駆け寄った。


イーセンと呼ばれた男の子は、そこで頭を振って我に返った。多くのポケットが付いた革製の外衣を纏い、大きな背嚢を背負っていた。


「いや、それは…というか、メウ姉こそ何でこんなとこにいるのさ!それに、そっちの男は誰だよ!」

「質問に答えなさい!まだ成人でもないのにほっつき歩いて…お母さんに言っちゃうよ?」

「ちょっ…それは…!」

「はぁ。分かったら、二度と危ない真似は止めて。いい?」

「…。」


メウナの諭す言葉に、少年は何か言いたげに無言で俯いた。この反応は…。


「えっと…イーセン君かな?ちょっといいかい?」

「…あんた誰だよ。」

「俺はルーウィン。メウナさんとは旅路の途中で会って、今はナーレンダムへの道案内をしてもらってたんだ。それで…君、何か隠してること、ないかい?」

「…。」


アールンの言葉に、イーセンは再度目を背けた。


(図星…か。)


彼はひざを折り、目線を少年に合わせた。


「別に怒ってるわけじゃないさ。悩み事があるなら、助けになれるかも。ただ、いずれにせよ聞かないことにはね?」

「…別に、あんたには関係ねぇよ。」

「ちょっと…。はあ、どうせまたホロ爺の口車に乗って、大人用の探索依頼でも受けたんでしょ?」


メウナの指摘に、少年は赤面した顔を上げた。単語は何一つ分からないが、どうやら図星らしい。

イーセンはおずおずと口を開いた。


「…”ネイ・ウーグファヤル(西ノ魔宮)”の。」

「はぁ!?」


ぼそりと呟かれた地名と思しき単語に、メウナは今度こそ血相を変えて声を上げた。


「そこ、よく知らないんだけど…危ないのか?」

「危ないってもんじゃないよ~!ああもう、今すぐ戻って受注取り下げるよ!!」

「ちょっと、メウ姉…!」

「駄目。命あっての物種なんだからね!?あの爺、今度こそ一発殴りつけてやる…!行くよ!アー…ルーウィン!!」

「お、おう…。」


未知の概念の濁流にたじたじになったアールンは、仕方なく彼女と、彼女に襟をつかまれて引きずられていくイーセンに着いて行った。


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