5 威力偵察
「それじゃあ...こっちからも一つ聞いていいか?」
アールンは意を決して目の前の”ネユーカ”達に切り出した。
「何じゃ?」
「その...”秘所”って何だ?」
すると、レイサが再び壁画の方へ歩いていき、向かって右端の絵を指差して「これを見な。」と言った。
「これは...”花”?」
見ると、そこには魔物が生まれ出る”花”に似たものを取り囲むネユーカ達の絵が。
ネユーカ達は花に向かって祈りを捧げているようで、花の上には様々の”種”の赤子が描かれていた。
「祈って、赤子を得ているのか...?」
「まあ、これは結構抽象的に描かれてるが...”秘所”ってのは、要するに私達が子作りをするための場所さ。んで、この”花”...私達は”産花”と呼んでいるが、これはそのための機械みたいなもんさね。」
「こ、子作り!?」
「何だ、キョドっちまって。まさかその歳格好で童貞なのかい?」
思わず上ずった声を上げたアールンに、レイサはからかうように返した。
「う...。」
「ま、一口に子作りと言ってもサンダ人のそれとは大分違うが。で、そんな場所が、今は魔物に占拠されちまってる訳さ。」
「それって...死活問題じゃないのか?」
「私達はサンダ人よりもずっと長生きだから、そこまで焦らなきゃいけない問題でもないんだ。ただ、やっぱり次世代が居ないときに戦はしたくないのもまた事実。」
「いずれはどうにかしなければ...と考えていたところに、貴方がたが現れたのだ。」
オルイも話に加わってきた。
「”秘所”は単なる子作りの場所に留まらぬ。その最奥には...”護国の剣”が祀られておるのだよ。」
「護国の剣!!?」と、その時ソーラが叫んだ。
「...あんた知ってるのか?」
「逆にアールンさん知らないんですか?建国の神話に出てくる、デイル王の携えた聖剣ですよ!」
「ほう、従者殿はご存知のようですな。デイル殿は、アールン殿と同じように我らの盟友であった。そして、彼は山の最奥にある神殿に聖剣を隠して扉を固く閉ざし、我らに後事を託されたのだ。子をなすための”秘所”は、言わばその秘匿と警衛のための”囮”よ。」
「そんな事が...!文献には、そのような話は...。」と、ソーラ。
「ないじゃろうな。」
そこで近づいてきたのは”長けき馬身の”エラールという名の、半人半馬の老人であった。
彼はこの中では最長老であるという。
「デイル殿は、敢えてそれを伝えぬ道を選ばれた。選ばれし者は、何もせずともこの地にやって来る運命にある。それを史書に書き記してしまえば、強大な力を持つ剣は、必ずや欲深き者の手に落ちてしまうであろうからの。」
成る程、仕組みは霊石と同じか。アールンは心の中で独り言ちた。
記録を残さぬことも、時には薬になる。そして、始祖デイルはそれをしかと見極めていたのだ。
「そして、それを伝承するあんたらは奥地に籠もり、”来る者にしか話さない”...って訳だな?」
「その通り、それが秘匿の最後の一手という訳じゃ。」
それを聞くと、アールンはソーラやアルアータと顔を見合わせた。皆、考えているところは同じであった。
『何でそんなに大事な所を魔物に占領されたんだ?(されたんですか?)(されたのですか?)』
声を合わせてそう言った三人に、レイサは頭を掻きながら申し訳なさそうに返した。
「どうもねぇ...表門の鍵を閉め忘れた阿呆が居たみたいで。」
「嘘だろ...。」
「聖剣は大丈夫なんですか!?」
「それは大丈夫なはずさ。聖剣は”秘所”の奥、選ばれし者のみに開かれる神殿の堅き石扉の向こうにあるから。」
「本当に大丈夫かよ...。」
「まあ...すぐにでも奪還に行きたいところじゃが、こちらも急な話で戦支度などまるでしておらんからの。山の向こうの仲間たちを集める時間も合わせて、2日ほど猶予を貰いたい。」
オルイの頼みに、アールンは逸る気持ちを押さえつつ渋々頷いた。
昼餉を終えたアールンが”里”近くの牧草地を散歩していたとき、彼は不意に大岩の上に座るメウナの姿を見つけた。
「おーい!!何してるんだー?」
「ああ、アールン!今ね、さっきのことを記録してるのー!!」
アールンは岩をよじ登り、彼女の手帳を覗き込む。そこにはびっちり細い筆による文字が書かれていた。
「うお...熱心なのは良いが、聖剣のことは記してないよな?」
「分かってるって。始祖様の大切な秘密なんだからね!書くのはネユーカ達のことだけ。」
アールンが彼女の隣に腰を下ろすと、メウナは手帳を一旦閉じ、足を投げ出して清冽な高地の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「はあ〜、やっぱりアールンは凄いね。」
「急だな。でも、なんで?」
「だって、私がこれまで何ヶ月もここで暮らしててやーっと集まった知識の量を、さっきでもう超えられちゃったんだもん。まさかネユーカ達は造られた存在で、魔物に取って代わられて捨てられちゃったなんて、初めて聞いたよ。」
「...俺自身の功績じゃない。血筋がうまく働いただけだ。」
アールンは首を横に振った。”高貴な生まれ”と云うものは、利用するものであったとしても笠に着るものでは決してないはずだ。
「...でも、そんな酷いことをする奴って、一体何者なんだろうね。」
少女の言葉に、アールンは一つの存在を思い出した。
嘗て、ハニスカへの道中で遭遇した、”荒野の魔王”。
”魔”の王ならば、あれが、諸悪の根源なのだろうか。
タナオードで遭遇した暗殺者のムルヤ夫妻や、フージェンなども、全てあれの手下なのだろうか。
「一つだけ、思い当たる節があるんだ。」
「え!?アールンなにか知ってるの?」
「不確かな情報なんだが...。」
「それでも全然いいよ!教えて?」
「...俺は、北を旅していた時、ある人物に出会ったんだ。そいつは、自分のことをこう言った。”荒野の魔王”と。」
「...!」
彼の言葉に、メウナは息を呑んだ。
しかし、彼女は顎に手を当てて少し黙考した後、不思議そうにこう言った。
「でも...その”魔王”はアールンを殺さなかったの?それとも、アールンが勝ったの?」
「...そうだな、そもそも奴は俺に手を出してこなかったんだ。そこに目をつけるとは、中々やるな。」
「お褒めに預かり恐縮!でも...そしたら、別にそいつは悪い奴じゃなさそうだけど...。それこそ、”ネユーカ”達をモノみたいに捨てるような奴じゃない気がするよ?」
「う〜ん...何か狙いがあってのことかも知れないから、何とも言えんな...。」
そのとき、牧草地の上の方から、沢山のカランカランという乾いた鈴の音が響いてきた。
見ると、杖を持った背の低い犬耳の牧童に追い立てられて、山羊の大群がゆっくりと山を下りてきていた。
放牧の終了の時間にしては、今は早すぎる。
「あれ...?」
メウナは振り返り、大きく息を吸い込むと、犬耳の牧童に向けて声を投げかけた。
「ジョレルさーん!!!もう畜舎に戻すのーーー!!!?」
それに対し、ジョレルというらしい犬耳の牧童は岩の下までやってきて、坂を下っていく山羊たちの群れの中で一人立ち止まった。
「さっきヴェルイの奴が来てなぁ、産場を取り返しに行くっていうから、今日はもう切り上げてその手伝いにな。」
「え〜?でもジョレルさん戦士じゃないでしょ?」
「バカモン、剣を振り回すだけが戦じゃないわい。...おや?」
そこでジョレルの犬耳がピンと立てられ、彼は空を仰いだ。
西の空と山の稜線の間から、鏃型の編隊を組んだ”大翼”の群れが飛んできた。
先頭以外の”大翼”の背中には、小柄な人影や荷物が載っていた。
「おうおう、山向こうの若衆たちも集まってきおった。こりゃ大戦じゃな。こうしちゃいられん、これにて失礼する!」
そう言って、ヴェルイは勇み足で山羊を追い立て里の方へ向かっていった。
「私達も戻ろうか。」
「そうだな.....おい、いい加減出て来いよ。」
「え?」
困惑するメウナをよそに、アールンは厳しい面持ちで背後の草地を見つめた。
そこには、何もいない。隠れられるような茂みや岩すらない。それでも、彼にはそこに何者かの邪悪な気配を感じたのだった。
そして、その予感は的中した。
「…お見事ですな。」
虚空に赤い霧が生まれ、その中からは被りつきの漆黒の外衣を纏った初老の男が現れた。
「あんたは…!」
「お久しゅうございます。”山颪の館”以来ですか。」
「チッ…こっちは二度と会いたくなかったけどな。」
初老の男――アラート=ムルヤは高らかに笑った。
「は~、いやはや、それにしても、貴方という人は本当に独行がお好きなのですなあ。北に残った貴方の家臣たちも気が気でありませんでしょうに。」
「…あんたらにとっちゃそっちの方が好都合なんだろ。」
「よくお分かりで。」
「アールン、誰なの?この人。」と、メウナが不安そうに言った。
「…下がってろ。こいつは…前に俺の命を狙ってきたんだ。魔を操ってくる。」
「そっそうなの!?」
アールンは立ち上がり、メウナを庇うように大岩の上に立って腰に差した剣の柄に手をかける。それに呼応してアラートも剣を抜き、その黒ずんだ刃に魔の気を纏わせた。
アールンは目を見開き、剣を抜き放って大岩から飛び降りざまに大上段から振り下ろした。
「はあっ!!」
それを真正面から受け止めたアラートは即座に剣を返し、身を一回転させて横薙ぎ。強烈な一撃をかろうじて剣で防いだアールンは、しかし得物を握る手に強い衝撃を感じて堪らず飛び退り、体勢を立て直して再び突撃した。
青い夏草の揺れる牧草地の上で、剣の軌跡が強い日差しに輝く。
「相変わらず、うざったらしい剣だな!!!」
タナオードの時と同様、魔力で強化されたアラートの剣は、攻撃を防がずに回避しようとすると変形し、確実に彼に傷をつけてこようとする。
素早い剣の応酬の中で、アールンの腕や肩、頬には着実に切り傷が増えていった。
だが、あの時の彼とは違うものもある。
(集中を…!集中しろ…!)
アラートの剣を防ぎ、痛みに耐える傍ら、彼は自分にそう言い聞かせていた。
彼は以前ソーラを通じ、先のエーダムレーグ神殿の戦闘にてフージェンが語ったというこの”超集中”というらしい彼の低速時間の能力のあらましを聞いていた。
その話から推測される発動条件とは、相手や対象への並々ならぬ「集中」である。
上下左右に自在に繰り出される攻撃を避けては弾き返し、反撃も交えながら、アールンは必死に目をいからせて相手を睨んだ。
(戦いに没入しろ…目の前の糞爺以外何も考えるな…!)
戦いが最高潮に達したとき、アラートが隙を巧みに突いてがら空きとなったアールンの懐に横薙ぎを払ってきた。しかしその動き、普段は瞬間的に伸びてくる切っ先の伸縮すらも、徐々に「遅く」なっていった。
(来た!)
彼は一度宙返りして距離を取り、一気にそれを詰めて喉元を狙う突きを放った。
しかし、既のところで初老の男の体は赤い霧と消えてしまい、彼の剣先は空を切るに留まった。
「は…?」
困惑とともに、彼の”超集中”も切れてしまった。
「危ない危ない。ここでは回復も満足にできない以上、ここらが潮時でしょうな。」
少し離れた場所に再び姿を現したアラートは、首筋の汗をぬぐいながらそう言った。
「ではまた、”繁殖場”で。」
そして、またもアラートは赤い霧の中に其の身を消した。
「今のが…”魔”…。」と、メウナが呆然と言った声でアールンは我に返った。
「大丈夫か!?怪我は無いか!?」
「うん、私は大丈夫だけど…、アールンこそ…。」
「俺は、このぐらいなんてことはない。しっかしクッソ…あの野郎、威力偵察に来やがったんだ…。」
然したる血もついていない剣を一振りして汚れを払い落し、鞘に仕舞う。
「奴が去り際に言ってた”繁殖場”ってのは、字面からするに”秘所”のことだろう。気を付けねえとな…。」
「うん…。」
「またいつ襲われるかもわからん。俺は戦が始まるまでは”里”の中に引きこもっておく。あんたも気を付けておいた方がいい。…その、面倒ごとに巻き込んじまってすまねえな。」
「ううん、大丈夫だよ。もともと、”魔”を調べるなら、そういうことも避けては通れないと思ってたし。」
メウナは大岩の上から滑り降り、努めて明るい笑顔でそう言った。




