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青炎紀  作者: 二十二郎
〈2〉破魔之役:金剛の従者
54/54

4 魔族

「でっか...。」


アールン達の目の前には、青い布の腰巻姿で恰幅の良い顔立ちの男が立っていた。

しかし、その背丈や腹囲は彼らの何倍もあり、分厚い体毛に覆われていた。


「”シィ・トギャリ(シィを狩りし者)”というのは、君かぁ。」


大男どころではない、巨人の男は興味深そうに髭を掻きつつソーラを見下ろした。


「は、はい...。」

「いやはや、すごいのう。私は”長躯の”トムノという者だ。以後お見知り置きを。」

「トムノさん、通れないよ...。」


メウナの呆れ声に、トムノは「おお、すまんのう。」と言って、頭を掻き掻き道を開けた。


(あれは...”ドロイ(巨大)”か...?)


ネユーカの里に入るや、アールン達は異邦人珍しさに出てきた多くの”ネユーカ”達に囲まれた。


集まってきた人々の見た目も、トムノのような巨人や、レイサのような四肢の他に背中から翼が生えている者の他にも、両手に鋭く長い爪を持つ毛むくじゃらの者、頭から山羊の如き丸く曲がった角を生やした者、犬や猫の耳を生やした者、更には下半身が馬の者など様々であった。


しかし、皆一様に青地に白模様の衣や毛皮を纏っているので、統一感が無いわけでもなかった。

だが、ひとつ気になったことと言えば、そこに子供らしき者の姿が見えなかったことだ。皆、どんなに若くても青年ぐらいの背格好である。



出迎えに出てきた”大翼の”レイサに着いて、アールン達は”里”で最も大きな枝葺・竪穴式の宴会場に案内された。

そこでは既に宴が始まっていたが、サンダのそれのような音楽や舞は無く、ただ思い思いに料理を食べたり談笑したりする和やかな空間であった。


「おお!ようやく主役がいらっしゃったか!」


長爪の老人がこちらに気づき、一見して持ちにくそうな手で器用にコルン(酒卮)を持ちながら言った。


「レイサ、お前トギャリぐらい背中に乗せて飛んでこんかい!」

「馬が居たんだ。置いてこさせるわけにもいかんだろう。」


床に”下半身”を寝転ばせ、肘置きにもたれるようにして座る半人半馬の老人の茶々に、レイサが言い返した。

そして、翼の生えた女性はソーラに近づき、その背を押して広間の中央まで連れていった。


「ここに居りしは、猛々しきシィを狩りし勇者なり!!勇敢なる狩人に、敬意と祝福を!!」


(ただ銃で撃っただけだけどな。って、危な...。)


その様子を後ろから見ていたアールンは、レイサがソーラの右の手首を掴もうとしたのを見て、思わず息を呑んだ。しかし、警告するには少し時間が足りなかった。


「痛って!?!?」

「あっごめんなさい!!」


レイサはソーラの手首に触れた瞬間手を引いて思わず飛び退り、大きな翼が反射的に広げられ、宴席に並んでいた高坏などは音を立てて倒れ、料理が床に散乱した。


「あーあ...。」

「えっどうしたの!?」と、メウナも何が何だか分からないといったふうに声を上げた。


「そう言えば、手袋で見えないから知らないんだよな。」

「えっえっ?」

「ソーラは...。」


その時、ちょうどソーラが防寒用の手袋を外し、右の袖を少しまくって腕輪に嵌った”紅玉の霊石”が顕になった。


「そ、それは...!」

「ああ。ソーラは”紅玉の従者”なんだ。」


光り輝く霊石に、場の老人たちも流石に酔いが醒め、茫然自失してそれを見ていた。


「あの...まずは黙っていてごめんなさい。私は、この”紅玉の霊石”の主である”紅玉の従者”ソーラ=ベルハールと申します。」


おずおずと名乗ったソーラに、老人たちも互いに目を見合わせながら次々に口を開いた。


「そうか...紅玉の従者だったのか、これはめでたいのぉ。」

「シィに打ち勝つのも納得ですな。」

「ふむ...となれば、こちらも本腰を入れて”秘所”の奪還を考えねばならんの。」


「秘所って何だ?」と、アールンは隣のメウナに尋ねた。

「私もよく知らないけど...”ネユーカ”達の聖地みたいな場所よ。今はすっごく手強い魔物に占拠されちゃってるらしいの。」

「へえ...。それと、”従者”が関係あるのか。」


「...そして、こちらがサンダのアルトル王が胤子、アールン殿下です。」


そこで、ソーラが爆弾を投下した。


「王子じゃと!?」

「王子様までいらっしゃったのか!今宵は何と目出度いことよ!!」


「え、ちょっ、待っ...。」

「なに貴方だけちゃっかり傍観してるんですか、逃がしませんからね?」と、ソーラは悪い顔で言った。


彼はすぐに大柄の老人たちにとり囲まれ、瞬く間に宴の席の中心、ソーラが居る場所まで押し出されてしまった。


「殿下!?ちょっ...貴様ら、いい加減に...。」


アルアータも血相を変えて追ってきて、部屋の中はいよいよ混沌極まってきた。

そのとき、宴会場の入口から山羊角の老女が顔を出し、ピシャリとこう言った。


「こら!!このジジイ共!まずは散らかした皿片付けんかい!!!」


「おお、怖い怖い。」

「ま、一先ず片付けるかねえ。」


すると、驚いたことに老人たちは潮が引くようにアールンとソーラから離れ、各々先程の騒ぎで散らかった皿や料理を片付け始めた。


「その...あんた達は上流の身分じゃないのか?自分たちで掃除するのか?」


既に一人掃除を始めていたレイサを呼び止めそう尋ねたアールンに、レイサは笑って答える。


「何言ってんだい。私らは別に王様や貴族様じゃないんだ。皆をまとめる立場にはあるが、それだけさ。自分たちの宴の後始末は自分たちでやる。ま、客人(まろうど)は別だけどね。」

「お、おう...。でも、俺達も手伝うよ。もともと()()()鹿()が黙ってあんたに霊石を触らせたせいでこうなったんだからな。」

「...。」


ソーラの肩を叩きながらアールンが言った言葉を受け、ソーラはぶすっとした表情をした。




一通りの片付けが終わり、宴は再開された。

しかし、用意されていた料理は粗方無くなってしまったようで、宴席には”里”近辺で盛んに作られているジャガイモで造られたフィーラ(蒸留酒)が並んだ。


この酒は”ネユーカ”達は割らずに飲めるが、サンダ人には強すぎるので水割りで飲むように...とレイサから注意を受けていた。しかし―。


「こやつ、いきよったわ!!」

「おお!小さいのにやるのお!!」

「ふふん、小さいは余計です。」


その「注意」に触発されたのか、アルアータは堂々と10割で呑み切り、酒が回ってうるさくなった異形の老人たちからの喝采を浴びて気持ちよくなっていた。


「あいつ、大丈夫か...?」

「ははは...アルアータさんって、酒豪なんだね...。」

「見てるこっちは気が気でねえよ...。」


アールンはため息がちに、改めて宴席の”ネユーカ”達を見回した。


考えてみれば、”山羊角”はヴォーダール、時折会場の天窓を開けて話しかけてくるトムノのような”長躯”はドロイ、”長爪”は、前にエーダの神殿に現れた猿面の魔物だとして、半人半馬や犬猫、レイサのような翼を持つ魔物はまだ見たことがない。


これから立ち入る”サンゼール(中原)”には、そのような魔物も居るのだろうか。

彼は目頭を押さえた。


「あの...ちょっといいか。」

「え、何...?」


メウナを近くまで呼び寄せ、宴の”ネユーカ”達には聞こえないように小さく耳打ちする。


「”大翼”や”馬身”みたいなのって、中原には居るのか?」

「...馬身っぽいのは見たことあるよ。大翼は...北には居なかったの?」

「ああ。遭遇報告は無かったはずだ。」

「じゃあ、南なのかな。少なくとも、ナーレンダム近辺では見たことないよ。」

「南か...まあ、中原も南北に広いからな。」


”姉”が居るはずのエルマード山脈以南というのは考えにくい気がした。




ソーラは、アールンとメウナが耳打ちし合っているのを見て、どこか胸のざわつきを感じ始めて顔をしかめた。


みっともないことだとは重々承知だが、この頃他の女性...エーダに居た頃はアルアータやティナ、果ては時折訪れてくるヤートルすら、彼女ら(彼)がアールンと親しげに話しているのを見ると、焦りにも似た、胸の締め上げられるような思いがするのだ。


そして、メウナはごく遠縁ながら()()()()()()()()()()()()()()という点で、彼には親近感があるのだろう。


性格も、彼の慣れ親しんでいるであろう市井の人懐っこい女性といった雰囲気だ。


(やっぱり、アールンさんもああいうのの方が、好みなんですかね...。)


堅苦しい上流の女よりも。


「全く、何をコソコソ話しているかと思ったら...。」


同じ方を見ながら、唐突にソーラの側に居たレイサが呆れ口調で呟いたので、ソーラはびくっとして、レイサの入れ墨の入った顔を見た。

レイサの言葉は場の喧騒に紛れてアールン達には聞こえていないようだが、彼らの話していることもよく聞き取れなかったソーラは、当惑してその言意を尋ねた。


すると、レイサは再びため息をついて、ソーラに向き直った。


「まあ...あの子に私達と”魔”の関係を教えたのは私だから、怒ってるわけじゃないんだがね。」

「...!その、それは...。」

「いや、いいんだ。あんたと王子様には、その内ちゃんと伝えるべきことだっただろうからね。あの子も、色々考えてのことなんだろ。...そろそろ、”融け時”か。」

「融け時...?」


すると、レイサは立ち上がって老人たちの方へ歩いていき、何かを話しだした。

場の空気は水を打ったように静まり返り、アールンとメウナ、アルアータも何事かと顔を上げて、先程までとは打って変わった神妙な面持ちで話し込む老人たちを見ていた。


「わ...儂は反対じゃ!!」と、”長爪”の老人が叫んだ。

「そうじゃ...先の弾圧も、元はといえばそれが原因じゃろうが。」


”山羊角”の老人も頷きながらそう言った。


「じゃあどうするんだい。”秘所”には”産花(ウブハナ)”が置きっぱなしだよ。だいいち、我々だけで秘所の奪還ができるのかい?」

「むむ...しかし...。」

「ひとつ言っておくとね、()()の王子様は既に”秘密”をある程度知ってるんだよ。」

「「「なっ...!?」」」


そして、皆の視線はアールンに集中した。


「え...?」


困惑する彼をよそに、レイサは滔々と話し続ける。


「どこまで気づいてるかは定かじゃないが、少なくとも”種の規則性”ぐらいは知ってると見たね。」

「見たって...レイサ!お前が喋ったのじゃろう!?」


前足でドンドンと床を叩いて怒りを顕にする”馬身”の老人に、レイサは背の翼をピクリと動かして冷静に返した。


「落ち着け。仮に秘密を知ってるとして、今までにこの王子様が私達に蔑みや恐れの視線を投げかけてきたことがあったかい?」

「む...。」

「それどころか、散らかった料理の片付けまで率先して手伝ってくれた。この方はハーバルやイルティンなんかとは違うと、私は思うけどね。」

「...。」


疑り深い老人たちの視線を受け、アールンは息を呑んだ。

そして、ソーラはレイサの言葉に息を呑んだ。ハーバル王やイルティン王は、サンダ史上でタル・トール(大王)と呼ばれる偉大な王たちだ。それを、まるで忌み嫌うかのように...。


「むしろ、私はその可能性に賭け、隠し事はしないほうが良いと思うのだが。違うか?」

「...今は頭が酒に浸っておる。一晩待たせてくれ。」

「分かったよ。」





宴は蝋燭の炎が燃え尽きるように終わり、アールン達は宴の会場近くの家屋を借りて一晩を越した。

翌日、昨夜の夜ふかしのせいで寝坊した3人の部屋の扉を、メウナが叩いた。


「レイサさんが呼んでるよーー!!」

「んん...おう、分かった!!もう少し待ってろ!!......ほら、起きろ。」

「うう...ふぁあ、おはようございます...。」


アールンはそう言って自らの寝台を出て、はす向かいのソーラの寝台に近づいてその肩を揺すった。

ソーラが一度仰向けになり、乱れた黒髪やはだけて胸元が見えかけた寝間着、寝ぼけた表情が顕になった。


「...はあ。」


アールンは頭を掻いてため息をついた。

今まで幾度かこうした無防備な彼女に接してきたが、その度に思うのは、よくもまあ、今までこれを前にして我を押さえてきたもんだ...ということだ。

このような、すっぴんすら整って美しいこの娘の扇情的な姿を目にし、一寸たりとも劣情を抱かない男などこの世には居るまい。

アールンには、彼を取り巻く様々な制約が全て取り払われてしまえば、自分もその例に漏れることはないだろう、という謎の自信があった。


当然、見目狙いの下心だけが、彼が彼女に抱いている感情ではない。

戦友として、相棒としての尊敬の念もあるし、なればこそ、それを無闇に汚さないために、”そっち方面”ではできるだけ平行線を維持しているという部分もある。


「おい、レイサさん待たせてるんだから、さっさと起きろ。」

「はっ...!」


再び彼が肩を揺すると、そこでソーラは我に返って体を起こし、顔を赤らめ掛け布団を引き寄せて防御姿勢を取った。


「み...見ました...?」

「肩以外はどこも触ってないし、見てもいません。ほら、外に出といてやるから、アルアータも起こしてさっさと着替えな。」

(...それはそれで何か...。)

「ん?何か言ったか?」

「何でもないです!!早く出ていってください!!」

「お、おう...。」



外の井戸で顔を洗った後、家屋の玄関の脇、軒先の壁によりかかって暇を潰していると、メウナとレイサが現れた。


「へえ、王子様が門番かい?」

「着替え中。」と、アールンは親指で家の中を指し示してレイサに答えた。

「ああ、そう。後どのぐらいで終わりそうかい?」

「まあ...もう少しで終わるんじゃねえか?」

「はい、これ。」


そう言ってメウナに渡されたのは、温かい黄白色の液体の入ったコルン()だった。


「ありがとう...。って、うっ!?」


感謝を伝えて一口飲んでみたが、口内には瞬間的に独特な味と臭みが広がり、彼は思わず苦悶の声を上げた。


「あっちゃ〜、アールンは山羊乳は駄目な人だったのね...。」

「うう...すまん。せっかく用意してくれたのに。」

「大丈夫、こればっかりは人によるから仕方ないよ。ほい、残り飲もうか?」

「え...口つけちまったけど、いいか?」

「いいよ、牧童達がくれたのを無駄にしちゃいけないし。」


そう言って、メウナは返却されたコルンに残った山羊乳をちびちびと飲み始めた。


「あ、終わりましたよ。」

「お待たせしました。」


そこで、旅装姿に着替えたソーラといつもの黒装束を纏ったアルアータが中から出てきた。


「じゃあ、行くよ。」


レイサはそう言って、静まり返った午前の”里”の中を歩いていった。

曲線を描く枝葺きの大きな屋根が覆い被さったように見える”里”の家々からは、上部に突き出た煙突から白い煙が立ち上っていた。既に昼が近くなっているので、きっと昼餉の準備だろう。


「そういえば、今日は結局何をするんだ?」

「”壁画”を見に行くよ。」


アールンの問いに、レイサは振り返らずに答えた。


「壁画...?」

「ああ。私達”ネユーカ”の出自の秘密を描き記した、ね。」






”里”の外れの岩山には、麓に広い洞窟の入口があった。

その両脇には篝火が焚かれ、昨日の宴席に居た老人たちが待っていた。


「...。」


老人たちは一様に、レイサに続いてきたアールン達を不安げな眼で見つめていた。

昨日の口ぶりからすれば、これを知られることで”弾圧”されるかもしれないという不安であろう。それほどまでの物、”秘密”とは、一体何なのか...。


洞に入って、暗い道を暫く進んでいくと、突き当りの洞窟の壁に”それ”が見えてきた。

天井の裂け目から漏れ入ってくる白い光に照らされて、壁に描かれた幾つもの独特な意匠の絵がはっきりと見えた。


まず、中央の壁に描かれた、黒装束を纏い邪悪そうな赤黒い気を発する人間の前に立つ、”ネユーカ”達を模したと思われる半人半馬や鳥人、爪の長い人物の群れが目に入ってきた。


「あれは...あんたらか。」

「そうだよ。」と、レイサ。

「後ろの人間...似たようなのを見たことがある。”魔”を操る者。」

「ほほう、そこまで知っているなら、話は早いかねぇ。」

「まさか...あんたらも昔は奴らに操られていたのか?」


彼の問いに、レイサはしかし、首を横に振った。


「少し違う。これを見な。」

「それは...?」


レイサは向かって左側の壁画を指差した。そこには...。


地面に寝転ぶ数多の人間の赤子、そして、体の一部を欠損した動物たちの骸のようなもの。骸からは謎の黒い球が取り出され、赤子の体内に”注入”されて、異形の”ネユーカ”となっていくさまが、惨たらしいほど活き活きと描かれていた。


「これは...赤子を()()し、貴女方が、その...()()()()、と?」と、ソーラが恐る恐る言う。

「私達の先祖は、そうだったんだ。そして、丁度現代の”魔物”のように、嘗て魔の尖兵として戦っていた。名をウーゲル・メーデ...”魔族”と呼ばれていたようだよ。」

「魔族...。だが、今のあんたらはそんな風には見えないぞ。」

「...こっちだ。」


レイサは空間の反対側へ移動し、中央の壁画の右隣の壁を指差した。


そこには、見覚えのある”花”のなかに生まれ出ずる新たな怪物たち、そして放逐される”魔族”の姿が描かれていた。


「この絵の語るところによれば、現代の魔物は...言わば私達の、改良版らしいのさ。操る側にしてみれば、私達の先祖のような、人のように言葉を話し意思を持つ使()()()()()()()()()よりも、無心に敵を屠る魔物の方がよいのは自然な話だろう?」

「だから、あんたらはお払い箱になったってわけか...!」

「そう。先祖の多くの者達は”廃棄”され、残った一部の者達がこのカイランの山中に逃げ延び、”ネユーカ”を形成した...というわけさ。」


アールンは、もはや絞り出す言葉すらも失った。”ネユーカ”達の先祖が彼らと同じく言葉を話し情を持つ者達なのだとすれば、もはやそれは人と大差ない存在だ。それを、型落ちになったから廃棄しただと...?


「どうだ、私達が怖いかい?兵を使ってこの地に攻め寄せ、私達を弾圧したくなったかい?」


レイサの厳しい言葉に、アールンははっと顔を上げた。

そうだ、”弾圧”...昨日の宴の席で出された2人の内、一方の”イルティン”という名前に、彼は聞き覚えがあった。


この山を登ってくる時にソーラが話していた。この道を、イルティン王子が通ったのか、と。まさか、彼の先祖、エルドーレン朝の歴代の王たちは、この話を聞いて、それで()()彼らを恐れ、弾圧しようと思い立ったのだろうか。


「だとしたら、とんでもねえ暗君、暴君だろうが。」

「...?」


アールンが両の拳を握る手を震わせながらそう言ったのに、レイサだけでなく、彼らの後ろから追いついてきた”ネユーカ”の老人たちも、黙って耳を傾けた。


「あんたらは、遥か昔に”魔”に使い捨てられ、挙句の果てに同胞を殺されてこの地に落ち延びてきたんだろ。そしたら、俺達がそんなあんたらを弾圧するってことは、つまりは”魔”と同類に堕ちるってことだ。そんなの”良き王”のすることじゃねえ。」


怒りに任せ、彼は更にまくしたてる。


「だいたい、俺の先祖もどうかしてる。今の話を隅から隅まで聞いた上で弾圧に走ったんだとしたら、とんでもねえ冷血漢の大馬鹿者だな。或いは居眠りでもしてたのか?いずれにせよ俺はそんな奴にはならねえ。なりたくもない。」


そして、彼は言葉を切り、息をついた。


「...俺は、誓ってあんたらを攻め立てたりなんてしない。いや、俺だけじゃねえ。俺の子孫達にも、絶対にあんたらを無闇に傷つけたりなんてさせねえ。絶対にだ。...正直に言ってくれて、ありがとうな。」


彼の言葉に、レイサはふっと笑い、背後の老人たちを振り返った。


「な、言ったろ?今までとは違うって。」


すると、老人たちは誰からともなく片膝をつき、手を胸の前で平らに据えるサンダ式の最敬礼を行った。”馬身”は膝を折れないため、その場で立ちつつ手を平らにした。


レイサも頷いてそれに続き、先頭に居た”山羊角”の老人が口を開いた。


「敬服いたしました。これまでの非礼をここにお詫び致す。我ら一同、改めて殿下に忠誠を。」


それを受けて、アールンは先頭の老人の肩を掴み、穏やかにこう言った。


「そんなに(へりくだ)らないでくれ、あんたらは俺の臣下でもないんだし。昨日の宴のように、気楽にしててくれ、な?」


その言葉に、山羊角の老人もにっと笑ってこう返した。


「では、”盟友”というのは如何かな?」

「成る程...盟友か、いいな!それ。」

「では、決まりじゃな!儂は”()けき山羊角の”オルイじゃ。宜しくの。」


”長けき山羊角の”オルイと名乗った老人に続き、その場に居た他の”ネユーカ”達も次々に名乗っていった。


アールンは微笑みつつそれらを聞き、ソーラとアルアータ、メウナを見た。

それに対し、彼女らも微笑んで頷いた。


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