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青炎紀  作者: 二十二郎
〈2〉破魔之役:金剛の従者
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3 メウナ

やがて道の両脇には低木すらもなくなり、辺り一面には雪混じりの薄黄緑色の草原が広がっていた。

点在する小さな湖は空の青色を映し、その周囲には、タナオード近傍に生息する”クレミナ”にも似た、大きな双角の生えた茶色い毛むくじゃらの動物たちがたむろして水を飲んでいた。


高地の寒風は防寒着を貫通して三人の身体を芯から冷やし、赤らんだ鼻口から出る息は白かった。


もうかなり上がってきたはずなのだが、依然彼らの両側には切り立った岩山が幾重にも聳え立っていた。


「お...あの煙は...。」

「集落でしょうか。」


クルキャスに乗ったアールンは、遠くの山陰から薄っすらと細き一筋の煙が上がっているのに気がついた。

あれが、この地に住まう鳥人(?)ネユーカの村なのか?


「もうすぐですね。」

「ああ...でも、さっきの鳥人を見た限りだと、まるっきり友好的とも思えんけど。」

「奥地に引き篭もる者達など、それが普通でしょう。」と、アルアータが寒さに手を擦りながら言った。


「ふむ...日没までには着けなさそうだな。」


もう夕暮れもかなり近くなっている。今は陽の長い夏であるが、それでもあの煙の出処まではまだかなりの距離がありそうだ。

その時、彼は行く手の道端に、粗末な石積みの祠のような物があるのに気付いた。


彼は下馬し、その前を通り過ぎる傍ら軽く頭を下げた。


「如何しましたか。」とアルアータ。

「うん...?いや、一応な。旅の安全祈願...みたいな。」

「どういうものかも分からないのに。」


ソーラの苦言に、アールンは再び馬に跨りつつ頭を掻いた。


「それはそうと、そろそろお腹空いてきましたね。」

「...確かに。あの辺のやつ、美味しいかな。」


アールンが指差した方向には、草原の草を食む双角の獣達の群れが居た。


「どうでしょう、いきます?」

「おう、でも気をつけるぞ。キレてこっちに向かってくるかもしれん。」

「では確実に仕留めますか。」


そう言って、ソーラは”ハリージェ”の中から長大な筒、霊気鳥銃を出し、弾倉を確認した後狙いを草原に寝転んで油断しきっている一頭に定めた。


「最大出力でいきます!」


その言葉とともに銃口に僅かに青白い光の渦が発生した後、ドォンというまるで戦闘艇の主砲発砲時のような音が発せられて、獣の身体は光条に刺し貫かれた。


「ふう、相変わらず仰々しい音だな。」


突然雷に打たれたかのような出来事に、群れの仲間たちは一目散に四方八方に逃げていった。


「よし、じゃあ血が出きっちまう前に解体するか。あの肉が臭くねえことを祈ろう。」

「はっ。」


アールンはそう言って、血溜まりの中に倒れる双角の獣の骸に馬を走らせた。

しかし、彼の願いも空しく獣のゴワゴワした毛皮を剥ぐと、その中身からは異臭が漂ってきた。


「くっさ!?」と、ソーラが思わず叫んだ。

「はあ...本当に”クレミナ”と同じですな...。」

「焼けばなんとかなる!!うん!!」


アールンが気を紛らわせるようにそう言った時、背後から二組の足音と共にこのような声が飛んできた。


「それ...あなたが狩ったの?」


3人が振り返ると、そこには黒髪を三つ編みおさげにした少女と、がっしりとした体格で背中に巨大な翼の生えた壮年の女性が立っていた。

両方とも青地に白の模様の衣を纏って赤や緑、白の玉を連ねた装身具を着け、壮年の女性の方は顔に独特の模様の入れ墨を入れていた。


「えーっと...悪かったか?一応狩ったのは俺じゃなくてこの人。」

「ちょっ!......ははは...。」


言い逃れるように言うアールンに押し出され、ソーラは翼の生えた女性の眼光に射すくめられてただ苦笑いをするしかなかった。


「ふうん...こんななよっちい生娘がねぇ。」

「なっ...!」


翼の女性の言葉にカチンと来たソーラだったが、彼女の怒りは側にいた少女の讃辞に掻き消された。


「凄い!シィは”長躯の”ネユーカでもそう簡単に狩れないんだよ?一体どうやったの?」

「え...あ、えっと、これで。」


少女に手を握られて呆然としていたソーラはそこで我に返り、左手の革手袋から霊気鳥銃を取り出した。


その瞬間、少女の目が見開かれた。


「え!?それまさか霊気銃!?しかも実動モノ!?一体どこで...というかその手袋何!?」「え...え...?」

「ちょっとちょっと、一旦落ち着け...こいつも困ってるだろ。」


感極まったように捲し立てている少女にソーラはついていけず、見かねたアールンが助け舟を出した。


「あっ...ごめん。私の悪い癖なの。」


テンションが急転直下ししょんぼりした様子の少女に、アールンははぁと息をついてこう言った。


「俺達は北の方から上がってきたんだ。そこでは復興も進んでて、配霊(ハンラーグ)も復旧してる。銃も軍営に行けば...くれはせんだろうが、見せてもらうぐらいは出来るんじゃねえか?」

「そっ...そうなの!?」

「ああ...って、あんたサンダ人だろ。知らないのか?」


少女の黒髪や、少し彫りが深いが全体としてスラリとした顔立ちは、紛れもなく平地のサンダ人の特徴である。しかし、少女は首を横に振った。


「いっやぁ...私はこのカイランの山より北には行ったこと無かったから...。お母さんが行くなって言うし...。」

「はあ...あんたこの辺に住んでるのか?」


その問いに、少女は暫し考え込んだ後、住むの定義に因るかな。と答えた。


「定義って...。」

「私、ナーレンダ(鉄集めの人々)っていう、流浪の民の出なの。家は一応こことは別にあるけど、もう何ヶ月もこの山の中で暮らしてるから。」

「成る程...。」

「おい、いい加減そろそろ日が暮れちまうよ。」


そこで、翼の女性がそう声を上げ、天を指差した。もう日もだいぶ翳り、辺りは既に半ば夜の帷が降りていた。


「あぁ、すみませんね。」とアールンが謝ったが、女性はそれには目もくれず、”シィ”と呼ばれた獣の双角を剥ぎ取りはじめた。


「このけだものは食いモンじゃない。角はほれ、狩った証にとっときな。帰ったら宴をやるからね。主役があんまり遅れるんじゃないよ!」


そう言って、女性はソーラに大きな角を一本投げ渡した。


「それで...メウナ?あんたこの人達を里まで案内できるかい?わたしゃ日が暮れる前には戻らんと、里の奴らが心配するから。」

「分かった!」


そして、女性は口に鳥の嘴を模したマスクを着け、背中に生えた翼を大きく広げて夕暮れ時の空に舞い上がっていった。


「あんた...メウナって言うんだな。」

「そうだよ。私...メウナ=エルドーレンって言うんだ。」


その名乗りに、その姓に、メウナと名乗った少女を除く全員の目が驚きに見開かれた。


「へ...?」

「え!?」

「なっ...。」


アールン達の反応に、メウナは苦笑して補足した。


「うん、やっぱり面食らうよね。確かに私はエルドーレンだけど、アルトル王よりももっと昔の...確か始祖から数えて5代目辺りだったかな、そこから分かれた傍系も傍系なの。だから、別に気なんか遣わなくて大丈夫だよ。そういうあなた達は?」


その言葉に、まずソーラが名乗りを上げた。


「私は...ソーラ=ベルハールと申します。」

「私は、アルアータ、姓は...ありませぬ。」


2人の名乗りをメウナはうんうん頷きながら聞いていた。

そして、アールンの番になった。


「それで...俺は、アールン、アールン=エルドーレンだ。」

「...え、あなたもエルドーレンなの!?」

「...ああ。」

「えっと...ちなみにどこからの傍系とか、知ってる?」

「...どこでもない。」

「どこでもないって...まさか、嫡流?」


メウナの問いに、アールンは静かに頷いた。

これは、気を遣わせてしまうかな。そのようなアールンの心配とは裏腹に、メウナはぱっと表情を明るくし、両手で彼の手を取って強く握った。


「凄いね!!私なんかと違って正真正銘の王子様じゃん!!」

「その...怖くないのか?」

「怖い?何で?」

「いや、その...。」


そこまで言って、彼は自分が大層傲慢な事を考えていることに気づき、口をつぐんだ。

自分は畏怖の念をある種無条件に向けられる存在だと、無意識に思ってしまっていたのだ。


しかし、その考えを察したのか、メウナはふっと微笑んで手を放した。


「大丈夫だよ。私も分かるから。とんでもない姓や身分を持ってるせいで、それを明かしてそれまでの関係が壊れちゃうのが怖いのよね?」

「...ああ。」

「... だから、私は何も変えないわ。それに、何だかお兄ちゃんが出来たみたいで楽しいしね。いい?」

「...勿論。でも、何だか妹ってより、姉さんみたいな感じがするけどな。」

「アールンの方が背格好大きいんだから、お兄ちゃんでしょ。じゃあ、そろそろ日没だし、”ネユーカ”達の里に向かお!」

「了解!」


そうして、3人にメウナを加えた一行は、山間の高原を山際に覗く煙のほうへと歩き出した。




「ね、ね、ソーラさん。その...左手の手袋って、どうなってるの?」


月明かりに輝く沢に沿った道を進んでいた時、メウナが唐突に馬上のソーラに話しかけた。


「これ、ですか?」


そう言って”ハリージェ”を掲げたソーラに、三つ編みの少女はうんうんと頷いた。


「さっきの霊気銃、そこから出してたよね?一体どういう仕組みで、どこで手に入れたのかなって...。」

「う〜ん、これは私の友人が作ったものなんです。仕組みはちょっと難しくて覚えてないんですが、確か物体を霊気に変えて保存する...みたいな感じだったはずです。ハニスカに研究所があって、そこで開発されたんですよ。」

「へえ〜、ハニスカ!そこって、昔の霊気採取場だよね?今そんなことになってたんだ...。ナーレンダムに帰ったらみんなに教えてあげよ。」

「ナーレンダム?」


聞き慣れない地名に、アールンは思わず聞き返した。エーダで見た旧王国時代のサンゼール(中原)の地図にはそんな街は無かったはずだ。


「ナーレンダムは、私達”ナーレンダ”...街の廃墟とか古代の遺跡を探索して、使えそうな物とか、面白いお宝を集める人々の拠点だよ。」

「へえ...でも、すっっっっごい失礼なこと言うけど、それって、盗賊...。」

「まあ...そうとも言う。でも、追い剥ぎとか略奪はしないよ?人が持ってるものは、『手放すまでは、取らない。そして()()()()ない!』...が私達の原則だから。」


そう言って、メウナは笑った。


「ふうん...。しかし、中原にあるのか。なんというか、防衛とか大変そうだな。」

「うん、大変。でも街の人達もすっごく強いし、平原の端っこも端っこにあるから魔物もそんなには襲ってこないの。色んなものが集まってて、面白い場所だよ!...ガラクタも多いけど。」

「へえ...面白そうですね!」と、ソーラが言った。





道は一度沢を離れ、山の斜面を斜めに上り始めた。


斜面はゴツゴツした岩とその合間からはみ出す草とに覆われ、所々に石を積み上げたような小さな塔が立っていた。


「あれには、何か意味はあるのか?」

「それ?う〜ん、特に意味はなかったはずだよ。手先が器用な”山羊角の”ネユーカの牧童辺りが、放牧の暇つぶしに作ったんじゃないかな。」

「”山羊角”...?」

「うん。あ、そもそも”ネユーカ”がどういう民なのか知らないんだっけ。」


里に入るまでには最低限知っとかないと駄目だよね...などとぼそぼそ呟いてから、メウナは3人に向き直った。


「”ネユーカ”っていうのはね、さっきのレイサさん...あの大きな翼の人だよ。あの人みたいに、サンダ人とは結構違う見た目なんだけど、別にみんなレイサさんみたいな翼があるわけじゃなくて、ネユーカの中でも色んな”種”が居るの。」

「”種”...ですか?」

「うん、”大翼”、”山羊角”、”長躯”、”馬身”、”長爪”...色んな人がいて、それでも互いの得手不得手を補いつつ共同生活をしてるの。その共同体の名前が”ネユーカ”って感じ。」

「へ、へえ...。つまり、ブレのある古文書の記述は、全部間違ってなかったってことか。」

「多分そうなのかな?それでね、これはあまり彼らの前で言ってほしくないんだけど...。」

「何だ?」


そこで、メウナはコソコソ声で、こう付け足した。


「彼らの”種”には、ひとつの規則性があるの。」

「規則性...。」

「それは、魔物の種と対応するってこと。」


その言葉にアールン達は息を呑んだ。


「...!まさか、さっき言ってた”山羊角”って、”ヴォーダール(山羊)”か!?」

「つまり、ネユーカには魔との繋がりが...!?」とアルアータ。

「どこかには、あるんじゃないかな。でも、彼らは決して悪い人たちじゃないの。ただ、この山の中で穏やかに暮らしたいと願ってやまない人達だから、敵視しないであげて。」

「そう... なのか。」


確かに、先に彼らの前に現れたレイサも、異形で少し厳つい性格だったが、自分たちに襲い来るような素振りは全く見せなかった。


「あんたは、何で彼らと暮らしているんだ?ここには大したお宝も廃墟も無い気がするけど。」


アールンの問いに、メウナは”バレたか。”と言わんばかりに、てへっと笑った。


「...笑わないって約束してくれる?」

「ああ。しないよ。」


すると、少女は行く手は西の空に浮かぶ三日月を見上げながら、こう言った。


「私、”魔”を知りたいの。」

「...それは、魔を操る術ってことか?」


アールンは若干の警戒心を込めてそう聞き返した。


「それも、あるかな。でも、もっと広く。...魔物って、何だと思う?」

「魔物は...操れるものだ。召喚して、操って、人を殺すための尖兵にするもの。」


その答えに、メウナは頷いて、アールンの方に向き直った。


「じゃあ......その作り方は?原料は何?”種”はどうやって決まるの?どうやって操っているの?操っているのは誰?歴史は?」


次々と並べ立てられる疑問に、自信を持って答えられるものはほとんどなかった。

こうしてみると、”大災禍”が起きてから今まで20年も経ったというのに、自分たちの持つ”「敵」に関する知識”というのは驚くほど欠如している。


「魔物は私達を見たら問答無用で襲ってくるし、私達を知ろうとなんてまずしない。でも、私達は違うでしょ?私はそれが私達人間の強さだと思うし、それを知れば世界をもっと良くできる気がするの。」


それを聞きながら、アールンはただ黙って目の前の少女の視野の広さ、英明さに感服していた。


「そんなことを思って、私は”魔”を知るための旅に出て、”ネユーカ”達と出会ったって訳。...まあ、ナーレンダムの人達には笑われちゃったけどね。」

「いや、あんたは凄いよ。俺も、今までそんなこと知ろうとも思わなかったけど、考えてみればそれは何にも増して大事な知識だ。でも...。」

「でも?」

「これだけは言えるが、”魔”は危ないモノだ。あんたが弱いって言ってるわけじゃないが、それでも近づきすぎて力に呑まれないよう、くれぐれも気をつけるんだぞ。」


彼の忠告に、メウナは笑って頷いた。




何度目かの峠を越え、下り道を暫く進んでいくと、周囲に低木や針葉樹が増えてきた。


「あ!あれ見える?」


メウナが指差した先には、小さく灯りに照らされた木造の櫓群が見えた。


「あれが...”里”ですか。」


アルアータの呟きにメウナは頷いた。


「もうシィ狩りの宴始まっちゃったかな...急ごう!!」


そう言って、彼女は明かりに向けて走っていった。


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