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青炎紀  作者: 二十二郎
〈2〉破魔之役:金剛の従者
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2 旧き隘路

一機の大きな輸送浮艇が、青き農閑期の田園地帯の上を南に向かって飛んでいた。


その後部、軍馬用の狭苦しい厩に収まっている愛馬クルキャスの首を撫でながら、アールンは横の小窓を覗いて眼下を眺めた。


「ほら、高いなぁ。」


彼は愛馬にそう声を掛けたが、栗毛の馬はこの小さな空間が気に入らないようで、不満げに鼻を鳴らすだけだった。


「ごめんよ、もう少しで出してやれるから、それまで辛抱してくれ。」




アールン、ソーラと2人の愛馬、そしてアルアータと見送りのヴェラード、コート、ゲルトを乗せた浮艇は、カイラン山麓のレシェラという村に至った。


村外れの小さな駐屯地に静かに降り立った浮艇から出ると、見送り勢が一様に心配げな顔で3人を見てきた。


「ここからは殆ど道なき道が続きまする。地図はご用意いたしましたが、なにぶん古い物ですから、あまり信用しすぎませぬよう。」


ゲルトが心配げにそう念を押した。


「分かった。」

「本当に、気をつけるんだぞ。このカイラン山中にも”ネユーカ”っつう、サンダとは習俗も見た目も違う民が居るらしいからな。あまり奴らを刺激するなよ。」

「分かってるよ。じゃあ、行くか。」


そうしてアールンとソーラは馬に跨り、アルアータを連れて砦を出て、山道を上っていった。




白く濃い雲に霞む山々は、葉擦れや水の流れ、鳥鳴きの音で満たされていた。

森の中の道は徐々に険しくなっていき、彼らは馬の体力を温存する為に下馬して歩き出した。


「あのー!ソーラさん!?もうちょっと穏やかにやってほしいんだけど!!!」


ソーラは道を塞ぐ低い草木を回転する光の刃で切り倒しながら強行突破していくので、後ろを歩くアールンやアルアータには葉っぱや木屑が飛んでいき、非常に鬱陶しかった。


「これが一番手っ取り早いんですから、我慢して下さい!!」


彼らが進むのは遥か昔に放棄された古い道で、カイラン山脈を迂回する街道よりも険しいが、危険な二大都市の双方から距離を取った場所に抜けられるという点でゲルトが推してきた道筋であった。


山々の斜面を這うように造られた道の土台は、時代を感じる苔むした野面積みである。


「いや〜、良いですね。」


ソーラはそのような足元と、滔々と流れる雲を透かして見える緑の谷の対岸とを代わる代わる眺めながら、うっとりと呟いた。


「イルティン王子やジャーレン柱国が通った道を、今踏んでいるんですよね...。」

「あー、”南北朝時代”だっけか。よくそんな詳しく覚えてるよな。」


布で鼻口を守りながら必死にあとに続くアールンは、少し皮肉めいてそう言った。


嘗て、霊力兵器が生まれるよりも更に昔、北の異民族がエーダ半島に侵入して独自の王朝を建て、エルドーレン朝は北に近い王都アズロムラーンすら放棄して南遷した時代があったという。

幸いにして、最終的に国力にまさる南朝――エルドーレン朝が北朝を塞外に放逐して国を再統一したが、この道はその時代に行われた戦争に於いて、双方の軍が敵国の領土に侵入する際の往還に用いた隘路であった。


しかし、霊力技術の発展に伴い、軍を中心に霊気自動車の導入が進んだことで、このような道幅の狭く危なっかしい山道は幾つも廃されていったのだった。


「あんたは知ってるか?」


アールンは、背後のアルアータに振り返ってそう尋ねた。

彼女も知っているならば、この場でついていけていないのは自分一人となってしまうので、大層恥ずかしい。


「いえ、詳しくは...。」

「えー、中世も結構面白いんですよ?もう、ここを通るだけで猛々しく進撃する騎兵達の蹄の音が聞こえてきそうな...。」

「お、おう...。こっちはその光刃の音しか聞こえねえけどな。」


歩を進めつつ耳に手を当てすませはじめたソーラを、アールンとアルアータは若干引き気味に見つめた。


「大体、アールンさんも縁の深い時代なんですから、覚えておいて損はありませんよ。」

「縁?」

「ええ。貴方の母上様の旧姓、”シュニアー”でしたよね?」

「ああ。遊牧部族の名前なんだっけ。」


ソーラは頷いて、背後を振り返った。

そこで、アルアータもなにかに気付いたように声を上げた。


「ああ...北の三王朝の一番最後が”シュニアー朝”でしたか。」

「ですです。アールンさんの母方のご先祖も、昔エーダを都に国を治めてたって考えると、何だか他人事ながら感慨深いですよね。」

「ちょっと待て、それエルドーレン朝に滅ぼされてないか?」

「まあ...そうとも取れますね。でも血脈は途絶えませんでしたから、良いんじゃないですか?」

「う〜ん、何か複雑な気分...。」


父の先祖が母の先祖の国を滅ぼしに行った道を、今自分は歩いているのだ。

感じるべきは、亡国の悲哀か、輝かしき勝利の喜びか。


彼がそのような思いの中で歩みを進めていると、前方から何やら大勢の足音や馬の嘶き、布擦れや甲冑の金具の音が聞こえてきた。


「何だ、誰か来る...?」

「如何しましたか。」


足を止めて呟いたアールンの背中に、アルアータが気遣わしげな声を掛けた。

ソーラも足を止め振り返る。彼女らにはこの音が聞こえていないようだった。


「なあ、さっきあんた軍隊の蹄音が聞こえてくるとか何とか言ってたよな。」

「そうですけど...比喩ですよ?」

「そうなのか?でも、今は確かに音が...ッ隠れろ!!!」

「えっ!?」

「いいから!!!」


アールンは、狭い山道をこちらに向けて下ってくる黒い気を纏った大集団を目にし、弾かれたように困惑する2人と馬を無理やり側の茂みに押し込んだ。


(何事ですか。)

(上の方からなにか来てただろ...!まさか見えないのか?)

(え...?)


3人が小声で言い合う内に、大集団との距離は段々と縮まっていき、その風貌がよく分かるようになっていた。


その集団は二列に並んだ騎兵達と、その合間に挟まる幟旗持ちの歩兵とで構成されていた。

騎兵の出で立ちは現代の重装騎兵とそこまでの違いはない、無表情な黒い鉄仮面と大きな襟部を持つ鎧を纏っていたが、兜の頂点では目立つ羽飾りや黄金の角などの大仰な飾りが揺れていた。

幟旗の意匠も、現代サンダの軍旗のそれとは異なり、紫に近い赤地に金糸の模様が入ったものであった。


アールンは息を押し殺して「亡霊」達の行軍を茂みの影から見つめていたが、ソーラとアルアータは相変わらず何が何だかさっぱり分からない...という顔をしていた。


その時、軍隊は足を止め、周囲を見回した。

そのうちの騎兵の一人の冷たい仮面に施された目出し穴と、不意に視線を合わせてしまった。


(まずっ、目が合った...。)


アールンは息を呑んで剣の柄に手を掛け、茂みの影からゆっくりと身を晒した。

この場で対抗できるのは自分だけ、ならばやるしか無い。


「ちょっ、もう良いんですか?」

「いや、あんたらはそこに居とけ。見えてなきゃ、戦えない...。って、ヘ?」


彼は厳しい顔でソーラ達をかばうように騎兵達に向かい合ったが、それに対して騎兵達は

「オ”オ”...。」というような形容し難い声を上げ、馬に跨る者は次々に地に降り、皆が膝を折る最敬礼のような姿勢となってアールンに向かった。


「な、なんなんだよ...。」

「ちょっと、本当に大丈夫――!?」


そう言って彼の肩に触れたソーラは言葉を失った。


「あんたにも見えるようになったのか?」

「これは、一体...?」


「亡霊」達は顔を上げ、アールンに縋り付くように近づいてきたので、彼は思わず一歩二歩と後ずさった。


「殿下...?ッこれは...!」


その背中を支えるように触れたアルアータも、驚愕の声を上げた。どうやら彼の身体に触れることで、この「亡霊」が見えるようになるようだ。


「何なんだ、お前ら...!」


3人は逃げ道を背後の茂みに塞がれ、アールンの頬には黒い半透明の手が纏わりついてきた。

しかし、そこでまたも兵達は動きを止めた。


そして少し引き下がって再び恭しく敬礼し、そのまま塵となって曇天に散っていった。


3人はあまりの恐ろしさに息を荒げながらその様子を見守った後、誰からともなくその場に崩れ落ちた。


「ありゃあ...やっぱりこの地の幽霊かなんかかな。落ち武者の亡霊とか。」

「危害は加えられなかったのは幸いですね...。」

「いえ、油断は禁物です。何か呪いを掛けられたやも。何処かで祓えるとよいのですが。」


”呪い”という言葉の不吉な響きに、アールンとソーラも息を呑んだ。


「やはり、この力でさっさと消し去るべきでした...。ごめんなさい。」

「いや...しょうがないさ。今は先に進もう。ひょっとすると、この先に居る”ネユーカ”の祈祷師か何かに祓ってもらえるかも。」

「まず、言葉が通じるかどうかですが...。」




延々と続く山道を登っていく内に辺りは暗くなったので、3人は野営を始めた。

踊る焚火を見つめながら昼間の事を考えている内に、アールンは一つの考えに行き当たった。


「いや、やっぱり大丈夫かもな。」

「...何がですか?」と、同じく焚火を囲んでいたソーラが聞き返す。


「例の”幽霊”のことだけどさ、あいつらの軍旗、エルドーレン朝のそれとはかなり違っただろ。」

「...そうでしたね。装備も若干古いものでしたし、恐らく北朝の軍の亡霊だと思います。」

「そう。それで、彼らは俺を見た時、いの一番に自分たちの膝を折ったんだ。最敬礼の姿勢みたいにな。」

「...。」


ソーラは彼の言葉を反芻するように、彼らの中心で揺らめく炎を見つめた。


「あ、もしかして...。アールンさんがシュニアー王家の血を引いているから...?」

「ああ、多分あいつらはそれに気づいたから、敬礼したんだと思う。その後擦り寄られたのはよく分からんが、そんな相手に呪を掛けるってのは、ちと考えにくいなって思ってな。」

「それ...アールンさんは良いですけど、私達は駄目じゃないですか。」

「あ...。」

「まあ、どこかで祓ってもらうのは確定事項ですね。」


2人がため息をついたとき、狩りに出ていたアルアータが帰ってきた。

その手には小さな野ウサギが耳を鷲掴みにされていた。


「只今戻りました。」

「おう、おかえり。」

「おかえりなさい。お疲れ様です。」

「...お返しします。」


そう言って、アルアータは狩りのためにアールンから借りていた”巻狩の弓”を彼に返却した。

この弓も、アールンは以前ワンデミードを訪れたときに、カートの旧知である木こりのデインに返そうとしたが、かの男からは「お前に預けたものなんだから持っとけ。」と言われ、それ以来正式に彼の持ち物となっていたのだった。


「中々良かっただろ、これ。」

「はい。弓弦は軽く、威力は強い。しかし、如何せん機構が複雑で危なっかしいのが難点です。」

「むむ...弓職人にも同じ事を言われたけど、やっぱりそうなんだな...。」


この形の弓を軍に配備できれば弓隊を大いに増強できると踏み、彼は以前軍の弓箭を作る工人達に掛け合ってみたことがあった。しかし、職人たちはひと目見ただけでその欠点を見抜き、彼の提案は無事お流れになったのだった。


「ま、今料理してやるから待ってろ。」


アールンは慣れた手つきでウサギを解体し、自分の”ハリージェ”から出した小鍋で簡単な煮込み料理を作った。


「あったけぇ...。」


香草で臭みを消した柔らかいウサギ肉と根菜や玉葱の入った(スープ)の椀を手に、彼は恍惚としてそう言った。


「夏とは言え、山の夜は流石に冷えますからね...。というか、アールンさん”左手”に食材入れ過ぎじゃないです?」


ソーラが呆れ気味に言うのに、アールンは得意げな笑みを浮かべた。


「旅先だとしても美味い飯を食べ、健康体でいるのが一番だからな。本当は米も持ってきたかったんだが...。」


ウロ米を”ハリージェ”に入れようとすると、信じ難いことに米一粒ずつ収納しなければならず記憶の容量を圧迫したので、彼は泣く泣く諦めたのだった。


「まあ、帰る頃にはティナかラディン辺りが改良してくれてるだろ。」


そう言いながら、アールンは箸で肉と玉葱をつまんで口に運び、スープを啜った。

この味は、彼が故郷ガーテローで、まだ健康だった頃の母サリーと食べた味だ。

娼婦などではないが夜職も幾つかこなしていた母を支えるため、素朴だが精のつくような濃いめの味付けにした。母が身体を壊してからは味をだいぶ薄めたが、それでも母はこれが一番好きな料理だと言ってくれていた。


勿論、それを目の前の2人に言うつもりはない。

言ったところで、彼女らに無駄に気を遣わせるだけなのだから、それより目の前の(スープ)を純粋に味わってもらいたかった。


「美味しい。」と、ソーラがほっとした表情で言った。


アルアータも、礼儀に従って目上の2人が口をつけるのを待ってから箸を取ったが、そこからは無心に椀の中身をかきこんでいた。


「そりゃよかった。」


アールンは満面の笑みを浮かべて、そう答えた。





既にアールンとアルアータ、2頭の馬すらも寝静まった頃、ソーラは一人身を起こして、月明かりに照らされた白く細い煙を上げる消し炭を見つめていた。


月の光は彼女をも明るく照らし、そのせいで彼女は覚醒状態になってしまっていた。


ふと思い立ち、視界に”ハリージェ”の内容物を記した窓を表示する。

アールンが大量の食材を持参していたが、それに対してソーラが持っていたのは大量の霊力機械や兵器だった。


使い慣れた短銃は勿論のこと、長射程の霊気鳥銃や、イロモノでは腕に装着して使う手榴弾などの発射器、後は大量の霊気弾倉や、砲弾などとは違いそれ自体が爆発する霊気手榴弾など。


(これと、これで、私が貴方を守りますから...。)


そして、ソーラは旅装の袖をめくり、手首に光る”紅玉の霊石”そして右手の紋章に視線を移し、そしてアールンの寝顔を見つめた。


霊石の加護を受けられるようになったからか、彼女はそれまでなら瞬く間に頭痛を催してしまうほどの、複雑な構造の光の物体を生成出来るようになっていた。


左手と、右手。


準備万端、今ならどんな敵が来ても怖くない。そう、たとえあの”東エーダの怪異”がまた現れたとしても、瞬く間に駆逐してみせる。


...と息巻いてみたものの、今日のあの”亡霊”に対し足が竦んでしまった自分を顧みると、先行きの不透明さは拭えない。


(出来ることなら、これのお世話にはなりたくないですよね...。)


彼女は”ハリージェ”の内容物に目を戻し、最後に記されたあるものを見て、心のなかでそう言った。



試作型の携帯型長距離無線霊信装置。


一回使うだけで霊気切れを起こしてしまい、適切な霊気の補給がなければほぼ使い捨ての代物である。

万が一の事があれば、これを用いてハニスカに救難信号を送る手筈となっていた。


しかし、それはこの旅の悲劇的な失敗を意味する。

その時に全員が五体満足でいられるというのは、高望みというものだろう。

血だらけとなって気を失ったアールンやアルアータを抱えながら、伝声器に掠れ声で叫ぶ自分の姿を想像し、彼女はひとつ身震いした。


そして、ブンブンと漆黒の髪の頭を横に振った。




翌日も、曇り空であった。

しかし、森の色が滲んだような薄い青色の靄が満ちる隘路を進んでいくと、やがて両脇の木々の高さは徐々に低くなっていき、雲のある高さを越えたのか頭上には抜けるような青天が広がった。


「凄い...。」


ソーラが感嘆の声を漏らした。

振り返ると、眼下には延々と白い雲海が広がっていた。


「...あいつ、何だ...?」


アールンはソーラとは逆方向を向き、目を凝らした。

彼が見つめる先の岩山の中腹付近には、一つの小さな人影があった。


人影は手に背丈の1.5倍はありそうな長弓を携えていたが、それ以上に彼を困惑させたのは、その背中から生えた一対の”翼”であった。


人影はアールンと目が合うと、踵を返して巨大な翼を開き、颯爽と宙に舞い上がって何処かに飛んでいった。

その顔は、心做しか()()()()()ように見えた。


「今の...まさか例の”ネユーカ”か?」

「どうしました?」と、景色を眺めていたソーラが振り返った。

「あんた、今の...鳥人間?見たか?」

「え...?もしかして、また貴方にしか見えないものですか?」

「いえ、私も確かに見ました。翼の生えた鳥面の人間が、つい先程空に飛んでいったのです。」


アルアータの言葉に、ソーラは暫し空を仰いでなにか考えていたが、やがて煮詰まり顔で口を開いた。


「でも...伝世文献のネユーカの記述って、結構錯綜してるんですよ。鳥人の記録もあったはずですが、一方で半人半馬だとか、毛むくじゃらで爪が長いとか、剽悍な犬のような見た目だという記録もあったはずです。」

「ということは、”鳥人”が正しかったってことなのかねぇ。」

「とにかく、先に進みましょう。もう少しで峠を越えるはずです。」

「クッソ...まだ上るのか。」


そうして、3人と2頭の馬は晴天の下、低木のまばらな荒れ地を更に奥へと進んでいった。


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