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青炎紀  作者: 二十二郎
〈2〉破魔之役:金剛の従者
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1 南からの返事

心地よい温もりの季節はあっという間に過ぎ、今は”タン=エルユ(多雨ノ下)”(7月)...統治者たるアールンにとっては恵みの雨に感謝しつつ、洪水対策に何かと気を揉む季節である。


しかし、軒を打つ雨粒の音を聞きながら彼が今考えているのは、別のことだった。


「もうかれこれ半年以上も経ったのに音沙汰なし...流石に変じゃないか?」


アールンは頬杖をつきながら、執務卓の前に立つソーラとラディンに向かって言った。


「順風じゃないのかも知れませんよ。」

「それに、向こうからはホゥラの流れに逆らって航海して来なきゃいけないんだから、時間が掛かるってこともあるよ。」

「そういうもんか...。しかし、”姉さん”ね...一体どんな人なんだろうな。」




エーダ半島、特に北のペルオシーやガーテローの港には、時折北のエイローア王国や南方から商船団が寄港してくる。


そして、その手の者達が運んでくるのは南北の珍品だけではない。


アールン達がエーダの街とワンデミード一帯を平定してすぐの頃、丁度ペルオシーにやってきていたエイローア商人達から興味深い情報がもたらされた。


サンゼール(中原)の向こう、エルマードの山々の南の地にも、魔物に抗する人々の勢力があり、その頂点にはエルドーレン家の姫君が立っている...。」と。


コートやゲルトに記録を当たってもらった所、先王アルトルの遺児にはアールンの他に、腹違いでケルネという女性がいるのだそう。歳は彼よりも9つほど上の”姉”である。


魔物の大群に占拠されている王都アズロムラーン奪回を目指すに当たり、エルドーレン家同士で南北から挟撃できれば、戦を優勢に進められること間違いなしである。そう考え、彼はすぐに王子印章つきの文を(したた)めて特使に預け、商人たちの船に乗せて南に向かわせたのだった。


そして、それから半年が経った。


エーダ半島を含む大サンダ半島の東、ランダルイ海と呼ばれる外洋には、半島に沿うように南流する”ホゥラの流れ”という海流がある。その流れに乗れば、逆風でも二月(ふたつき)、順風ならばその半分の所要時間で北から南に渡れるのだ。


そして、帰りは順風ならば二月(ふたつき)、逆風なら半年は掛かってしまうのだが、今は夏の南風があるので、親書を送り、返事を貰うのに五ヶ月と見られていた。

予測の上ではそろそろ帰ってきても良い頃ではあるのだが、特使をはじめとする使節団は一向に帰ってこないままもうひと月になる。


「”ウーグス(魔の風:台風)”は観測されてるのか?」

「いいや。その季節はもう少し先だよ。」

「むむむ...。」


嵐に遭ったというのなら、この遅延も分からなくもないのだが。


「ひょっとして、あれ偽物だと思われてる?」

「まさか...。家章だってちゃんと付けたんですよ?」


アールンの言葉に、ソーラが首を横に振った。


「それだって、どうとでも言えるだろ。ほら、賊に盗み出されて勝手に使われてるとか。」

「それ言い出したらキリがないですよ...。それに、こっちに南の話が伝わったように、向こうにもここの情報が伝わってる筈なんですから、僭称の類の疑義はおこり得ないと思いますが。」

「そうだよな...もう、最終手段しか無いか?」

「最終手段?」





アールンはエーダに居るアルアータ達幕僚達や、タナオード公コート、カシダ公オーレ=シルファーン、ペルオシー公ハイエン=スレーンとソーラの父ワールディ、ハニスカの代官職に収まったゲルトなど、エーダ半島各地の第一級の公卿達を招集し、その前でこう宣言した。


「南に行こうと思う。俺自身で。」


それを受けて、既にその話を聞いていたソーラはため息、ラディンは苦笑した。

そして、並み居る臣下達の反応は2人の予想通りのものだった。


「いけませぬ。」と真っ先にアルアータが言った。

「いっやぁ...そう来たか...。」とヴェラード。

「悪いことは言いませぬ。思いとどまられよ。」とカイロー。

「ええ、それは流石に...。」とコート。

「恐れながら、反対にございます。」とオーレ。

「え...正気にございますか。」とハイエン。

「相変わらず、婿殿は大胆―グッ!?」とワールディがソーラに脇腹を殴打されつつ。

「私めも、それには賛成しかねますな...。」と、ゲルト。


言葉を発さなかったイズレールやディエルなども、その表情は厳しいものであった。


「俺だけってのは流石に現実的じゃないか、じゃあソーラも連れて行こう。」

「おお、それなら賛成じゃ!」

「父上はもう一発殴られたいのですか!?」


拳を握って言い放つソーラに、髪の薄くなった彫りの深い顔の老人は「全く...。」と頭を振りつつハイエンの後ろに隠れた。


「少数が危ういのは、殿下も”ヌアチャルテ”の一件で身に沁みたのでは無かったのですか?」

「うっ...。」


アルアータが痛いところを突いてきた。


「それはその通りなんだが...。海路ならその限りじゃ無いんじゃないか?」

「ああ、船に乗っていくのか。」

「それも、どうでしょうかな。」


アールンの返答にヴェラードが一瞬納得しかけたが、ハイエンの呟きがそれを踏みとどまらせた。


「船上というのは恐ろしいもので、大海原での孤独や望郷の念なんぞ序の口、潮風に体中は荒れに荒れ、痛み、血を流す者も居るとか。」

「そうなのか...。」


サンダ人は一般的に大海や長期航海に親しみが薄いので、その苦難を度々軽視しがちであるのだが、この男はその辺りもペルオシーの商人達から聞き知っていたのだろう。


「そりゃあ...行かせるわけにはいかねえな。」と、ヴェラード。

「だが、使節が帰ってこない以上、どうすることもな...。」

「この際、南の勢力を待たず我らだけで”サンゼール(中原)”に進出してしまうのは?」


コートの提案に、中原方面の偵察部隊と境界部の哨兵(シェラーディ)を統括するディエルが首を横に振った。


「現実的ではありませぬ。仮に戦端を開けば、我らはアズロムラーンと西のヘローラムの二大都市と戦線を直に接する事になります。そこにさえ強大な魔物が数多居り、南との連携なくしては、中原南部に跋扈する魔物もこちらに移動してくるやも。」

「それを独力で捌けるだけの”人手”は我々には無い。ですので、我々としては先だって南と同盟すること自体は賛成なのですが...。」と、イズレールがディエルの言葉を継いだ。


「じゃあ...一先ず、追加で使節を送るか...?」

「それで良いと思います。」


どうも意味のないことをしている気がするが、アールンは目頭をもみつつそう言ったのに、ソーラが相槌を打った。




彼らが話していた座敷に通信係が息せき切って飛び込んできたのは、その時だった。


「どうした!?」

「申し訳ありませぬ!!只今、ガーテローから報せが...!」

「何事ですか?」とソーラ。

「はっ、使節団が帰還したようです。南からの返書を携えていると...!」


その言葉に、その場の皆は顔を見合わせた。





「『アールン=エルドーレン王子殿下。至尊なる人界の代表者にして、サンダ王国王太子女ケルネ=エルドーレン殿下に代わり、”タルエレメーン(大輔政)”たる臣フラール=リントージャが丁重にご挨拶を申し上げる。恙無きや。』...。」


「なっ...??」

「は...?」


快速の浮艇便で速達させた返書を朗読するアールンに対し、それを囲んでいた者の多くが早速訝しげな声を上げた。


「どうした、呼称や待遇の問題は今はいいだろ。」


確かに、文面上で、アールンを差し置いてケルネが王に等しい扱いを受けているのは気になるが、そもそも彼だって事実上の主君、(トール)として散々儀礼を行ってきたのだし、サンダでは長子相続が基本なのだから、向こうの態度も理解できなくはない。


「失礼。」


理由を察しきれず困惑したアールンに、ゲルトが返書の文面を指差しながら丁寧に説明を始めた。


「それを差し引いたとしても、この...”大輔政”という職位は、この国の行政立法の頂点に立つ存在。その任命権は王のみに存し、幾ら王太子女といえど軽々しく任じることは本来出来ないはずです。それを...この、家名も聞いたことのない何某が名乗っているというのは...。」

「...取り敢えず、最後まで読むぞ。」

「はっ。」


返書は多彩な修辞や典故の引用に満ち溢れ、対句や韻なども意識された格調高いものだったが、内容を要約すると...。


「『序列の理に従い、王子と紅玉の従者はこちらに挨拶に来られよ。』というところですね。」と、ソーラがため息がちに言った。

「ふざけている...!これではアールン殿下が、まるで臣下のようではないですか!!」

「向こうの方が年長なんだから、仕方ないって...。」


わなわなと震えるアルアータを、アールンは苦笑いを浮かべつつ宥めた。


「しかし、向こうから『来い。』と言ってきましたな...。」


オーレは困ったように頭を掻いた。


「呼ばれたからには、行くしかないか。」

「船旅ですか...。」

「今から海路は危ないと思うよ。前も言ったけど、もうすぐ”ウーグス(台風)”の季節だから。」と、ラディン。

「ということは、陸路、と...。」

「結局そうなるんですか...。」


かくしてアールンの当初の望み通りになってしまった。


「となると、大人数で行くのも現実的ではありませんね。」と、ソーラは顎に手を当てて呟いた。


「ああ。大勢で行っても見つかりやすくなるだけだ。」

「この際、さっき言ってたみたいに君たち2人だけで行ってきたら?」


ラディンの提案に、流石のアールンも目を剥いた。

彼の前の言は、前提としてある程度の人数のお付の者+ソーラという意味だったのだが、たった2人だけというのは...。


「ネイレード殿、正気ですか?」と、アルアータが呆れたように言った。


「うん、十分正気。荷物は全部その”左手”に入れてしまって、最低人数で隠密突破...というのはどうかな。」

「それ、ハニスカに行った時にもやろうとしたんだけどな...。」

「じゃあ、大軍で中原を押し通るのかい?その二択になると思うよ。」

「...是非もないか。」

「では、せめて私も参ります。殿下の御側を預かる者として。」


アルアータの要望を、アールンは二つ返事で了承した。





昼下がりには、この季節では珍しく晴れ間がのぞいた。


そんな中、まだ白い床に水たまりの残るエーダムレーグ神殿北面の僧坊の屋上に、アールンとソーラの姿があった。

黙って眼前の湖の景色を眺めていた2人だったが、不意にその沈黙をアールンが破った。


「すまん。」


そう謝ったアールンに、ソーラは少し笑ってその方を向いた。


「何がですか?」

「いや...自分で言っといてなんだが、またあんたに迷惑というか、心配掛けちまいそうで。」


彼の言葉に、ソーラは苦笑した。


「本ッ当、どの口が。」

「...だよな。」

「...でも、本音を言えば、ちょっと楽しみではあるんです。」

「楽しみ?」


意外そうに眉を上げたアールンの顔を、彼女はじっと見つめた。


「はい。久々に、素のアールンさんと旅できるなって。」

「今までだって、十分素だったぞ。」


困惑して言うアールンに対し、ソーラは首を傾げた。


「ちょっと違うんですよね。”暮らしの友、必ずしも旅の伴ならず。”という言葉があるんです。別に一緒に過ごしてて嫌というわけでは無いんですが、私とアールンさんって、どちらかと言えば後者だと思うんです。」

「”旅の伴”...?」

「はい。一緒に旅に出て、まだ知らない色んな物事を共に発見していくような。私がやりたいのは、そんな”素”のアールンさんとの”旅”なんだと思うんです。」

「...よく分からんが、それが少しでも長く続けられるよう、精一杯あんたを守るよ。」


アールンの言葉に、ソーラは不意に目を背けた。

表情はよく分からない。その耳が赤くなっていることに、彼が気づくことはなかった。


その後彼女は勢いよく振り返り、彼を指差して捲し立てた。


「貴方は!私とアルアータさんに()()()()方なんですからね!!全くもう、危なっかしい...!」

「何だ、”素”の俺がいいんじゃなかったのか?だったら俺はあんたを守りに前に出るけど。」

「ッ!!?...もう、好きにして下さいッ...。」


おちょくるように言ったアールンに、ソーラは髪を乱してそっぽ向いた。


「しっかし...例の”二人目”も、南に居るんだろうか...。」


欄干にもたれかかって眼下のエーダ湖を眺め、アールンはふとそう言った。


「”金剛の従者”、ですか...。サイル殿からは、この地には居ないと言われてましたもんね。」


ソーラの持つ”紅玉”と双璧をなす、類稀なる”力”の象徴たる”金剛の霊石”。その持ち主に足る者を見つけることも、ひとつ大きな目標であった。


ソーラを見出した”アトーヤーディ(挙使)”のサイルによれば、それがエーダ半島に居る可能性は限りなく低いのだそう。もし仮に居るならば、既にアールンのもとに強大な武力を持つ者が馳せ参じている筈だ、思い当たる者が居ないのならば、それはこの地に”従者”候補が存在しないということだ...と。


また、紅玉における”トイスル=ケルパ(長じしケルパ)”に相当する、金剛の従者に試練を与える存在は、南はサンダ最高峰の山、”ヤラーディナ山”に住まうのだという。


ソーラと同様の手順を踏むのなら、”従者”を見つけた暁にはそこに連れて行くことになるだろう。

ならば、南か、或いは中原でその者を探すことも、今回の旅の主目的の一つというわけだ。


「何だか長くなりそうだ。ちゃんと書類は片付けとかないとな...。」


アールンは欄干に項垂れたが、心の中は対照的に沸き立っていた。

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